開設にあたって



 このブログは巷間Webサイトで取り上げられているフェムドムの欺瞞性に関する理解を深め、未成年者を含むすべての認識あるネット人の方々への情報発信を意図しています。
内容は全てネット人の言論レベルであり、価値観の押し付けやネット外に波及するイマイマシイ現象の勃発を目的とするものではありません。
特定の集団に限定されずに、広く一般の読者を対象としていますが、なれあい以外には関心ない方には退屈感を与える可能性はあると思います。
 その点をご理解いただきご覧ください。また、コンテンツの二次利用、再配布等はご随意ですが、全ては自己の名・自己の責任にておいて願います。



さて昨今、目にすることも少なくなくなってきた、『フェムドム』(Female Domination = 女性支配)…
論者はこの言葉に大いなる懐疑を抱いている。
結論を先に言えば、男性が頭の中で作り上げた虚構の世界ではなかろうかと思料しているのだ。
少なくても、フェムドムの世界に登場する女性とサディスティン(女性のサディスト)とは距離がある。
以下、本ブログはサディズムを始めとする世に言うところの特殊性癖を検証していくのであるが、二点ほど論者である管理者の我侭をお許し願いたい。

1.特殊性癖を取り上げる以上アダルトカテゴリにおくのが通念であることを知りながら、あえて一般カテゴリにおくこと。
2.コメント・トラックバックを受け入れず、不特定多数の閲覧のように供するネットにおいて評論すること。

もし、お許し願えないということであるのなら、『不適切なブログ』としてブログ運営会社まで通報されたい。

 ※ 一部原文を変更してあります。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


生きる

 僕がこのブログを始めた大きな理由の一つに、いわゆる

死後のコレクション問題

というのがありました。

 団塊の世代に続くオタク世代の高齢化に伴い、今後この種の問題はますます表面化していくと思われます。昔から古本屋で一瞬大量に出回る貴重本の出所は、遺族が処分した故人の蔵書だったりするわけなんですが、これからはヤフオクなどでDVDやフィギュアなど、残された家族にとってはゴミ同然の骨董品が「1円スタート」とかで出品されたりするんでしょうか。

 今僕が一番あたまを痛めているのが、

膨大な数のMビデオ をどうするか。

 トランプ社から北川プロ、美芸会、カバリエ、セビアン、スウェーデン、シネマジック、甘美会、ブレーントラスト、プライム映像、シルバークイーン(志摩ビデオ)、妖美マゾビデオ、アダルト21、アロマ企画、パナシア、ヤプーズなど、他にも1本で消えたレーベルも入れるとタイトル数で300本を超えるんだなこれが....
 ほとんどがパッケージ入りVHSテープで、かさばることかさばること。北川プロのは超ご丁寧な分厚いハードプラスティックケース入りで、これにもホント泣かされた。いつの間にやらDVDも増えてるし、マジメにコレは深刻な問題なのです。老後の楽しみにとっておきたいけれど、自分の死後、家族や友人から「こんなの見てたの?」と思われるのはなんとなく困っちゃうな〜と。
(↑もう死んでるんだから困らないよ!)

 ま、僕のことはどう思われてもいいのだけれど、数や内容がハンパじゃないコレクションの処分に戸惑う遺族の心情を考えると、これは今のうちに少しでも自分で何とかしておかなければという気になってくる。
 それで3年ぐらい前からコレクションのダイエットを始めました。以前は8ミリビデオにダビングして、パッケージをスキャンして(一応印刷品質)保存し、比較的つまらない作品をヤフオクで売ったりしてました。昨年ぐらいからビデオ・エンコーダーが激的に安くなり、映像をMPEG保存することも可能になった。M本や女王様グラビア本も、いいとこだけスキャンして本体は古本屋にたたき売り。こうして、僕のパソコンのハードディスクにはあんな映像や、こんな画像で容量がどんどん増えていった。

 だけど、スキャンやダビングという作業はけっこう手間ヒマかかるもので、つまらん作品のためにこのような労力を費やすのがアホらしくなってきた。また、つまらんとはいえ何万も出して買ったものが二束三文で落札されるのも悲しい。それにこんな作業が長続きするはずがない。このままでは俺の人生スキャンとエンコーディングで終わってしまう。単調な作業に飽きてきて、だんだんとお気に入りの作品だけのデータ化と簡単に内容がわかるようなメモとリストの作成だけになり、そのうちに感想や詳しい解説、自分のSM論などを書くのがメインの作業になっていきます。こうして将来の「マゾヒズムに花束を!」の主要コンテンツが少しづつ出来上がっていったわけです。

 押し入れの中だとかさばってホコリをかぶっていくだけだけど、デジタルデータ化してインデックスを作成すれば、いつでも手軽に呼び出すことができる。最初はコレクションの永久保存を目指してスタートした作業が、お宝映像の整理整頓教室となり、ネットから入手していたFemDom系統のイラストや画像なども含めてまとめていくうちに、ブログブームが到来していました。
 
 死後のコレクションが無惨に処分されるのが避けられないのなら、生きているうちに同じ趣味を持つ他の人たちとそれらをシェアして、もっと有意義な活用方法の可能性がブログにはあるのではなかろうかと、そう思ったわけです。へンなへ理屈ですけれど... ^^

  40歳も過ぎると死後のことをぼんやり考えたりもします。本当はいつ死ぬかはわからない。今特に健康上問題なければたぶん70歳ぐらいまでは生きていけるだろうとほとんどの人は思ってるかもしれませんが、極端な話、明日死ぬかもしれない可能性は誰にでもあるわけです。数年前に入院した時にこの思いは切実になりました。

 平和な時代にそこそこの人生を無難に生きているけれど、残りの人生をどう生きていくのかをきちんと考えないうちに、死ぬわけにはいかないんじゃないか。最近はそんなことを考えております。

 ということで、相変わらず死後のコレクション問題は課題を残したままなのですが、Mビデオの「形見分け」が欲しい人がいらっしゃいましたら、メールでご連絡ください。遺言上に書いておきます。

 ↑そんなこと書かれたくないって(。。)☆\バキ 
posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!


mixiなるもの

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 最近、というか今月からmixi なるものを始めています。これがなかなか面白そう。

 ブログやってる方ならご存知かとも思いますが、ソーシャルネットワークサイト(SNS)と呼ばれる、なんだかよくわからない招待制ブログサービスの組合みたいなもの。これは直接の友人、知人を介してしか入会できない、言うなれば全員がなんらかのつながりを持つ共同体。会員はニックネームは使えるがmixi内でのやりとりには自動的に自分のIDがつくので、自作自演やネット2重人格みたいなことはできないシステム。全ての人が誰かの紹介で入って来る身元確実なメンバーであり、マナーの悪い人は少なく、女性会員が多いのも安心して利用できるというこの仕組みにあるようだ。

 mixi内での直接の知り合いをマイミク(My mixi)と呼ぶ。僕を招待してくれたのは東京女神のミストレスで、最初僕のマイミクさんは彼女一人だけだった(普通はそうなる)

  それで、この先いったいどうなるの?

 誰もが最初はそう思うはず。いきなり転校してきてクラスに一人しか友達がいないような状態ですよ。

 マイミクつながりの日記やフォトアルバムを閲覧したり、メッセージを送ることはできるけど、これって特にどこがどう面白いのかがよくわからん。

 しばらくは「なんだかな〜」と思いつつほったらかしにしてたのだが、ある日僕を招待してくれたミストレスのマイミクさんのマイミクリスト(つまり彼女の友達の友達)に北川プロの女王様を見つけた! 女神のミストレスと北川プロは全く関わりはなく、おそらくこの二人も直接の接点はなかったであろう。

 しかし、そこから先のマイミクリストからイモヅル式にラッシャーみよし、むらけん、美人Pからスメリーさんまで、Go! Fetish! Go! の関係者が次々に現れ、本当にもうびっくり!
 
 世の中というかネットワーク社会も意外と狭いや。

 さらにmixi内の見ず知らずの方からも、「マゾ花」の愛読者です!とかメッセージを頂いたり、転校先の教室で孤立無縁かと思っていたところが、一気にクラスメイトが増えてしまった。

 みんなが友達の友達という連帯意識のせいか、コメントやメッセージのやりとりもスムーズで心地よい。とはいえ、馴れ合いつながりの保守的な雰囲気への違和感も一方ではある。表の無料ブログにある自由奔放な開放感があまりないのだが、それがいいって人もいるのだろう。実名で登録し、仕事つながりやビジネスチャンスを広げるのに利用している人もいるし、語学や自己啓発の有効な手だてともなっているようだ。

 mixi内には実に様々なコミュニティーと呼ばれるサークルや同好会があり、自分でもすぐ作ることができる。僕はさっそく「お馬さんごっこ普及振興会」と「春川ナミオファンクラブ」結成してみました。M男の集まりになるかと思っていたら、次々と女性が入会してくるのにも驚きましたね。ブログよりも交流の密度は濃く、リアルな発展性が期待できます。

 まだ全体像はつかめていないし、それほど活用もしていないのだけれど、新しいネットワーク時代のダイナミックなうねりは感じる。爆発的に普及しブームになっているのもわかるような気がした。僕がこのブログ始める前のmixi会員数は30万人程度で、この数字は当時のgooブログの会員数(約20万人)より多くて、「スゲエな〜」とか思っていたものだが、今では150万人を越えたらしい。半年もたたないうちに100万人以上もの人が新たに登録したことになる。今年になって加速度的に普及しているようだ。自分でもブログとどう棲み分けしていけばよいのか模索中ではあるのだが、今後の展開に注目したい。
posted by homer_2006 | Comment(1) | マゾヒズムに花束を!


お大事に

 最近、親しい人の入院、退院という事態が相次いでいる。

 僕も数年前に交通事故で入院したことがありますが、こういうことって、たいていの場合突然の事態で、けっこうショッキングなものです。

 もうイキナリ 拉致・監禁 されたようなもの。病気やケガの本来のインパクトの方が大きいから見過ごされがちだと思いますが、なかなかSMっぽい状況だと思う。自由はないし病状によっては羞恥的なシチュもかなり発生することもある。点滴や注射などは苦痛を伴う、回復へのパスポートとしての快楽。看護婦さんの支配的な言動。手元にSM雑誌やそれっぽいものはいっさいないから性欲処理の手段も絶たれちょっとした妄想で下半身はすぐ反応。なんか射精管理されているような。

 包帯フェチや医療プレイなど関連するアイテムも豊富。病んでる当事者にとってはそれどころじゃないですけれど、普段健康な生活をしてきた者にとってはふってわいたような非日常的な世界。しかもそれはリアルなのである。
 
 僕の場合は、事故に関しては相手の信号無視が原因だったので、落ち度はこちら側に全くなくて「なんで僕が?」と、突然の理不尽な運命を呪う。

 どうして僕だけがこんなめにあうのよ!

 ( ↑ あんただけではないよって ^^ )
 
 もともと性格がひねくれているので、入院中はかなり屈折してしまいました。他に何もすることないから普段考えないことを考えてしまう。それは真面目に哲学的なことから、くだらない妄想まで、とりとめもないことからどんどんディープになってゆく....

 で、結局人間の運命なんてわからんものだなと。交通事故にしてもケガだけですんで幸いだったという前向きな考え方もできるわけで、もしかして死んでたかもしれないよねっていう・・・
 あるいは下半身不随で自慰すらできない身体になっていたかも、とか。

 粗食にシンプルな生活。禁欲。孤独。それまでの僕からは信じがたいピュアな環境が、悟りにも似た境地に導いてくれました。

 よし、これからはまっとうに生きよう!(それまでも、普通にまっとうに生きてきたつもりですけれども)

 とにかく健康で五体満足なことに感謝し、他人に思いやりを持って地球環境にやさしく、そして自分には厳しく生きよう。入院中の後半は、かなり本気でそう思ったものです。

 いまでも基本的にはそう思ってますが、当時の本気度からは64パーセントぐらいにダウンしてるかも。この数字の根拠は?
 
 退院する時思ったのは、いつ死んでもいいように悔いのない人生をきちんと生きようと。そして明日死んでもいいように、とりあえずはまず

押し入れの中のSM雑誌やビデオをなんとかしなくっちゃ!
(↑ なんでこうなるかね ^^)


 処分できたのは全体の3割程度(36%)
置き場所があるうちはやっぱり捨てられないや ^^
posted by homer_2006 | Comment(2) | マゾヒズムに花束を!


星の王子さま



 サン=テグジュペリの不朽の名作がなぜSM的な文脈で語られるのか? 読まれた方も多いので意外に思われるかもしれない。もちろん特に具体的な描写はないが、あえて言うなら王子がきつねと出会うシーンに次のような会話がある。

おうじ:僕と遊ばない?僕、ほんとに悲しいんだ

キツネ:遊べないよ。あんたに飼いならされちゃいないから

おうじ:「飼いならす」って、それどういうこと?

キツネ:よく忘れがちなことだが、「仲良くなる」ってことさ。


 ここでたんに「調教」という言葉を連想される場合もあるだろう。
この後、バラの花のエピソードがあり、王子さまとバラとの関係性の中に、いつくしむ者を崇拝する心理や愛の感情といった意味で、なんとなくマゾヒズムやFemDom的な視点が喚起されるのは、これは僕特有の感じ方なのだろうか。バラの花は物語の中では擬人化によって一人の女性が象徴されており、いろいろなエピソードが伝えられている。わかる人にしか、わからないだろう。もしかして怒る人もいるかもしれない。純粋な名作を不埒な考えで汚すな、と。その気持ちはよくわかるし、そんなつもりはありません。声高に「解釈の自由」を訴える気もない。
 この作品は僕も子供の頃からの愛読書で、同じような読者の気持ちを踏みにじるようなことはしたくないのである。それだけは俺はやるまいと。
 ↑ もうやってるっての (。。)☆\バキ

 ただ、この作品は並のおとぎ話ではなく、様々な暗喩や風刺、解釈が可能なディープな世界が描かれていて、大人になってからぜひ再読してもらいたい名作。すでに多くの人にとって忘れがたい座右の書となっているはずで、ここで僕があらためてお勧めする必要など全くないくらいだが、最近、作家の倉橋由美子(僕を探しに/シルバスタイン)による「新訳・星の王子さま」(宝島社)が出版されたので、再読するにはいいタイミングだとは思う。

 大人になってから、もし初めて読むのなら倉橋訳の方が少しだけいいように思う。先に岩波の内藤訳を読んだ経験のある人は、複雑な気持になるだろう。僕は英訳もフランス語版も学生時代に読んでおり、内藤訳は何度も読んでいる。日本語訳だけを比べるとわからないかもしれないが、少なくとも英訳と比較すると、倉橋はいい仕事をしている。内藤訳と比べてどうのこうの言えないけれど、僕の好みとしては倉橋訳のほうがいい。しかし、ちょっと子どもじみた内藤訳が捨てがたいのも事実。昔から馴染んでいるだけに悩ましいところだ。

 今年になって長年にわたる岩波書店の独占翻訳出版権が切れ、この他にも池澤夏樹などが新訳を出している(集英社)
 他にも何点か出版されており、従来の子供むけ訳のイメージを脱し、アダルト向け新訳が今後どう評価されていくのかちょっと楽しみだ。

キツネ:心でみなくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは目に見えないんだよ。
One sees clearly only with the heart. Anything essential is invisible to the eyes.

*英訳も複数あり、古いペーパーバックでは次のような表現になっている。
You can only see things clearly with your heart. What is essential is invisible to the eyes.

 英語版は英検2級レベルで充分鑑賞できるシンプルさ。英文の新旧訳を読み比べるのは1級レベルのマニアックさかもしれない^^

大切なことは心でみよう。

小さな王子―新訳『星の王子さま』

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プチ・プランス―新訳 星の王子さま

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【アフィリエイト文責】

homer_2006@goo.jp
僕の実名住所等はメールにて確認ください

posted by homer_2006 | Comment(8) | マゾヒズムに花束を!


美少女クイーン・ザ・畜奴

畜奴


 妖精クイーンとか、シルバークイーンなどというシリーズで他にも多数のタイトルが出ていた。仮面の奥には童顔がかくれているのだろうか?頑張っているのは伝わるんだけれど、ちょっとウブさも感じられる意味不明の女王様だった。もともと真性のS女という感じでもなさそう。腕のいいM男に「言わされている」みたいな感じで、時々セリフもとちっていた。ただ、その台本を書いているのは絶対にM心を理解している人物と思われ、それがまたいい味をだしていた。

 それもそのはず、その後頂いたコメントからこの女王様は元アイドルタレントの北原ちあき、または北原佐和子であったという情報が発覚。ぶりっこは筋金入りであった。落ち目のアイドルタレントが起死回生に脱いだりAV業界に進出するケースなど人生いろいろあるというお話でした。(補足)


マゾロポリタン美術館

 この種類のイラストの作家はほとんどが匿名で、作品も偏在しています。
春川ナミオやイギリスのSardaxのようにメジャーなアーティストもいますが、その多くは謎のベールにつつまれています。


 このカテゴリーではそういう世界にスポットをあてています。

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マゾロポリタン美事術館




マゾヒズムに花束を! バナー画像(お持ち帰り用)

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posted by homer_2006 | Comment(1) | マゾヒズムに花束を!


SMいろはかるた

 

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SMいろはカルタ
posted by homer_2006 | Comment(1) | マゾヒズムに花束を!


マゾヒズムに花束を!:SMを題材とするコミック作品

マンガで女王様が登場する作品、男性マゾヒズムをテーマにしているものをピックアップしています。


BdSmマンガ夜話

posted by homer_2006 | Comment(1) | マゾヒズムに花束を!


北川プロSMイベント

 このブログを公開してから3ヶ月ぐらいした頃だっただろうか、SMビデオの老舗である北川プロからメールが来た。僕のブログの熱心なコメンテーターでもあったその担当者は、同ビデオ作品に古くから出演されている筋金入りのM男性だった。

 SMイベントのトークショーで、パネラーとして出演してほしい

こういう依頼を突然され、ちょっと面食らう ^^

この経緯を下記の過去ログのサイトで詳しくレポートしています。

北川プロSMイベント 体験記
posted by homer_2006 | Comment(1) | マゾヒズムに花束を!


刺青

「無垢な娘が刺青を彫られることによって女王様になる」
マゾ男を自称するとある人物が最近吐いた名言(迷言)です。

無垢な娘たちよ。
自らをマゾ性癖なるものと吹聴して回る男どもには決して近づいてはいけません。
入れ墨を彫られて、売り飛ばされたくなかったら……


iPod

88a97821.jpgやぶからぼうになんですが、僕は Mac ユーザーです。今まで黙っていましたが(←誰も聞いてないからね) iPod も愛用しています。MacとかiPodって、なにソレ?っておっしゃる人もいるのかもしれませんが、まあ それはいいや。
 
 ただ、MacユーザーってMッ気のある人多いのかな?とふと思ったもので。

昔から医者とか検事、大企業の重役にはマゾが多いなどという言説は有名ですが、ヤクザさんにもいるとか、雑誌編集者はマゾばかりとか、ブルーカラーよりはホワイトカラーに多いとか、いろんな人がいろんなこと言ってます。どれもこれも根拠や説明はもっともらしいのですが、血液型の性格判断みたいなもので、なにがしかはあてはまったりするんではなかろうかと思ってます。

 1984年(初代Macが発表された年)に新しいカテゴリーが生まれました。Macユーザー。止む事のないシステムエラーにもメゲズ、辛抱強くMacを愛し続けるその姿勢は、なんとも哀れであり、M的共感をそそるものがある。だから普段あまりクローズアップされないMacがらみのネタをみつけると思わずうれしくなってしまい、いつもは買わない雑誌を買ってしまった。しかし、本当の理由は コレ にあったりして。本日発売のビッグコミック・スピリッツのグラビアです。

 Macユーザーに花束を!


麗子女王様





 カリスマ的タトゥー・クイーンといえば、この人しかいないであろう。僕が初めて見たのは1998年の「Mistress」 vol.34号で、表紙と巻頭グラビアを飾っていた。その時のインタビュー記事によると、中1の時既にSMツーショットダイヤルを経験、高校時代にはSM テレクラでM男と出会って実際にプレイをしたという筋金入りだ(←なんのだろう...^^) 


 刺青はかなり本格的なもので21歳の時に彫ったらしい。本人は彫り物マニアを自称している。



 概算だが麗子女王様は、僕が中学生ぐらいの頃にお生まれになっている。僕が谷崎の「刺青」を読んでいたウブなお年頃で既にSMライフを実践されていたというのだからぶっ飛んでしまう。以前他の雑誌には新人類女王様とも紹介されていたが、どういう感性でSMを考えているのだろうかと、ずっと気になっていた。

 別に刺青なんか彫らなくたって、すでに女王様の資質充分なものがあるだろうに。何故彫ったのか?ハクをつけて業界でのし上がるために?

 あるいは「刺青」の清吉のように彼女を崇拝する誰かがいたのだろうか。肥やしになってしまったM男はいたのだろうか?破滅に追い込まれたM男が....



 北川イベントの打ち上げで同席した際、長年の思いをぶつけてみた。刺青に関するこの種の質問はこれまでにもイヤというほどなされていたであろうし、初対面でいきなりこんなことを聞くのも失礼だとは思ったのだが、酔った勢いもあって恐る恐る尋ねてみた。(三次会か四次会でかなり酔っていた)







ボク : 耳タコかと思うんだけど、彫ってから人間変わった?


    (↑ どこが恐る恐るなんだか) 



麗子 : そうですね。かわったと思います。



ボク : 彫ろうと思った動機は?



麗子 : 変わりたかったからかな。劣等感をなくしたかった。



 なんとも意外な答え。この人にもコンプレックスがあったの? 

これだけの美人で、これほど自信に満ちた表情からは信じがたいことなのだが。やはり刺青は人を変えるのか。




 それ以上に驚きだったのは、温和で繊細で、人に気を遣わせない、麗子さんの人柄だった。刺青に関して見識の浅い僕に対して、自分のコンセプトや過去のプライバシーにかかわることまでを交えて丁寧に説明してくれた。



 僕は最初自分がビビっているのがわかっていたが(北川イベントの間中ずっとびびりまくっていたようなものだが)話しているうちに不思議と打ち解けてきて、彼女がどう思ったかはともかく、親しくもあるような、隔たってもいるような不可解な距離感に心地よいものを感じてきた。



 刺青には、処罰として、装飾として、愛情のしるしとして、または権威の象徴として人の身体に彫られてきた長い歴史がある。そういう伝統の重み、表象の深さのようなものが説明し難い一瞬を感じさせていたのかもしれない。「彫る」という意志と「彫った」という結果が、彼女のアイデンティティと魅力を増幅したのだ。もし彼女に刺青がなかったならば、こういうオーラを感じることもなかったのだろうか。



 そんなことはでうでもよくなっていた。



 これが肥やしになるってことなのか。それならなってもいいな。



 もうどうにでもして下さい! 


思わずそう叫んでいた。( ↑ 心の中で)





(注)諸事情から写真部は消してあります


お願い

 このブログをお読みのほとんどの方には関係ない話で恐縮ですが、迷った末にあえて書きます。たぶん一般論として。

 僕の書く記事の中には、その方面の趣味や関心のない方にとっては不愉快な、または不可解な内容もあろうかと思われます。すでにそういうお約束で始めていますので、その流れの上から、他の読者の方が不快に感じるようなコメントは極力お控え願えませんでしょうか。
 
 エントリーの内容に関連して僕に対する意見、批判は歓迎です。ただ、そのコメントを読まれる他の人のこともよく考えて頂きたいということです。

 ハッタリとしゃれで、僕は偉そうなことを書いていますので、もしかしてカチンとくることもあるでしょう。誤解や間違いもある思う。

つまんねえコト書きやがって

 ↑ こう思ってる人、たくさんいると思います。

 一応は使用許諾書に同意して使ってるアプリケーションみたいなもので、

多少の不具合 には目をつぶって下さい、

とまでは申しませんが、ある程度は読まれる方の自己責任でお願いしたい気持ちもあります。とか言いつつも

「ふざけんなよ、 Photoshop ! コラ」 と、

思わず深夜に一人で怒鳴っている時もある自分ですから、お気持ちもわからなくはないですが...

 もしどうしても何かあれば、直メールでお願いします。またはTBしてご自分のブログで書かれるのもよろしいかと。読んでて何か気になる記載をみつけて、

コイツ、お仕置きしなくちゃ、だわ

 てな感じのコメント、たま〜にだったら歓迎致します!(S女様限定) 

 かたいこと書きましたが、僕自身はかたい人間ではありません。

 また、そんなに変態でもないので...

  ( ↑ この台詞、ほんとは使いたくなかった。誰かまたカチンとくるかも....)


 なんだかんだ言っても、多くの方に読まれているということ、反対意見も含めてリアクションのあることが大きなモチベーションになっていますので、今後ともひとつよろしくおつきあい下さい。

 僕とは嗜好性、考え方やセンスの異なる方のご意見やご感想はむしろ知りたいし、間違いがあれば指摘をお願いします。
 ざっくばらんな話、気楽にコメントしてくれてかまいませんが、前向きにネ、ってことでお願いします。

(注) 諸事情により画像部は割愛


刺青



 僕の入れ墨に対する考え方はこうです。

かっこいい。けど、痛い。これは肉体的にも精神的にも痛い。

僕は痛いのダメってことで。

しかし耽美主義の前では、そんなことはどうでもよくなってしまう。

 タトゥ−は自己表現のひとつ。アート。そうとも考えている。
だから自分ではやらないけど、上手い彫りはきれいだなあとは思うし、ネガティブな気持ちはない。
(痛そう...というのはある意味でネガティブと言えるのかもしれないが...)
 ただ、長年にわたるこの国の文化的、因習的偏見の影響は受けていたのかもしれない。

 アメリカでは入れ墨は非合法であったが、5年造ど前にマサチューセッツ州で合法化され、公衆衛生上の問題点もクリアされ一気にブームに。彫る人(アーティスト)の数も急増しそのクオリティは向上、技術を学びに多くのアメリカ人が日本にもやってきた。数年前に僕が世話をしたハーバード大学からの留学生(女性)もワンポイントのタトゥ−(「和」という漢字)をしていた。留学を斡旋していた事務局には・女も隠しており、お世話揃としてちょっと親しくなった僕にだけそっと見せてくれたのには苦笑してしまった。一応向こうにもなんらかのタブー意識はあるらしい。いや日本でタブー意識が根強いことを知っていただけかもしれないが。

 いずれにしてもセレブやプロのスポーツ選手がこぞって入れ墨をやりだした影響もあり、日米ともに入れ墨・タトゥ−に関する社会的許容度はこの5〜6年で激変したような印象を受ける。とてもポジティブになった。ある一定の年齢層を除いて、誰もがファッションとして気軽にできる雰囲気はある。茶髪と似ている。

 しかし、それでも、身体全身に大きな面積で本格的に彫るのはよ造どの覚悟がいるだろうし、ワンポイントで彫る場合とは目線がだいぶ異なってくるのではないだろうか。敬意を飛び越えて、畏怖の念さえ湧いてくる。

 微妙な苦手意識があるにもかかわらず、僕が入れ墨にこだわってしまうのは、中学生の頃に読んだ谷崎潤一郎の短編「刺青」の影響が大きい。この作品の荒筋をひとことで述べるなら、

 「無垢な娘が刺青を彫られることによって女王様になる」というもの。
(先日の「痴人の愛」の時も思ったけど、↑ レベル低い要約ですみません。短いのでぜひ読んでみて下さい)刺青は人を変える。

 作品的な評価や感動とは別に、そういう知識・読後感を持った。この頃の僕にはコンプレックスはあったかもしれないが、それを他り越え、「変わりたい」という自分を見つけることはなかった。いや、今から思うと、「人は変わらない」というシニカルな絶望を感じていたのかもしれない。

 だから、まれに銭湯や温泉でそういう方にお目にかかると、いったい何がこの人を変えたのだろうか...とか、あるいはこの人は変わることが出来たのだろうかとか、背中から感じるその人なりの人生を思ってしまったりするのです。偏見とかではけっしてなくて。

 よけいなお世話ですよね。すみません。

さて、今回の写真は本文とは関揃ありなんですが、アップしたかった本命の写メがPCに転送できず、本題は次回にエントリーします。


(注)諸事情から写真部は消してあります
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