喜多玲子



 またの名を須磨利之。責め絵の第一人者である伊藤晴雨とも直接の交流が知られており、ある意味では我が国の伝統的な責め絵の流れを受け継いだ正式な画家として喜多玲子の名は記憶にとどめていいだろう。後年は美濃村晃のペンネームで主に小説やルポを発表し、イラスト作品がそれほど残っていないのが残念である。「奇譚クラブ」ではラフなカットや挿し絵の中で、この人独自の才能が光っていた。


 精神的なマゾヒズムを理解していないと描けないような構図や表情の表現にすぐれ、女性緊縛図が多い中でも、男性マゾヒズム願望にも応えてくれるイマジネーションにあふれていた。編集仲間で友人でもある濡木痴夢男によると須磨はかなりマゾっ気があったらしい。「縛られる快感を知らないと、いい責め絵は描けない」とは須磨の名言である。


 喜多玲子の「玲子」の名は須磨の妻の名前でもあったらしい。男でありながら、「喜多玲子」という女の気持ちになって描かれた被虐と羞恥の美は、男女を問わずマゾヒストの歓喜を呼び起こし、マニアの絶大なる支持を得ていた


posted by homer_2006 | 新・マゾヒズムに花束を!


性癖の親バレ

 このブログのコアな読者のほとんどの方々が、mixi内でマイミクさんになってくれたこともあり、約一ヶ月でアクセスカウントが1000を突破しました!どこからともなく噂を聞いてはメッセージがやってくるのも、mixi内の検索機能が充実していることもさることながら、意外と僕のブログの知名度が高かったのが理由のようで、今さらながら驚いています。なんだか変に有名になってしまったみたい ^^
 特に北川イベントに出演した前後は1日のユニークアクセスだけで1000を超える日があり、とんでもない状況でした。

過去ログはどうなった?とのお問い合わせも最近多いので、昔のコンテンツを こちら で少しづつ公開していますので、よろしければどうぞ。

 僕のブログのコンテンツは言わばお蔵出しみたいなもので、ネットから入手したものもありますけど、ほとんどは押し入れから持ってきてます。親にも見せられないいわゆる「死後のコレクション」なわけですが、実は数年前に入院した時、身の回り品を病院まで届けてもらうために僕のマンションに入った妹や親にこの秘蔵コレクションの存在が部分的に発覚してしまいました。もっとも、それよりずっと以前、子供の頃に隠しもっていたSM雑誌を捨てられていたこともあり、

面と向かっては何も言われない けれど、

なんとなく僕がSMに関心があることは前々から親バレはしていたのですが。

 だから療養中ということもあり、見られた恥ずかしいコレクションについてはとやかく言われませんでした。もともと家族で性に関する会話そのものがなかった家庭だし、わかっていても口に出さないというムードは、我が家の伝統としてあったのです。親にしてみれば、自分の子供がマゾだなんて、やりきれないんじゃないかな。特に戦前に生まれて、いわゆるSMに関する免疫もない世代なわけで、僕としてはできれば知られたくなかったことです。ま、知られちゃったものは仕方がないけど。
 それより以前にこの種の話は赤の他人ともそんなに気軽にはできない気がしています。

 マイミクさんの日記などを読んでいると、最近の若い人はわりとオープンに性に関する会話を家族ともできているようでちょっと驚きました。特にSMに関する話題は、もうそれほどタブー視されていないような状況で羨ましいというか、ちょっと複雑な気持ちになります。友達感覚の親子関係とでもいうのか、「キミ」とか、ファーストネームで呼び合うような雰囲気には違和感があるんだけど、変に断絶しているよりはいいのかもしれない。子が親を殺す犯罪も多発している現代において、コミュニケーションの最も基本的なスキルが育まれる家庭という空間で、性やその他のマジな会話が交わされるムードはむしろ望ましいとも言えるのでしょうかね。
posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!
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