マゾ・トラウマ

 マゾになる、あるいはマゾヒズム願望を抱くきっかけというのには実に様々なものがあると思います。ひょんなことが引き金になることもあるだろうし、とても深刻な経験がもとになったり、時期も幼少期から成人してからまで幅広い。
 それこそ人それぞれで、別にどれが 「正しいマゾのなり方」 と言えるわけではないのだけれど、やはり実体験がトラウマとなるケースはインパクトが大きいと思う。しかも実際に女性に虐められるという経験は、幼児虐待にも匹敵する深刻な事態なのかも...と思ってしまいました。

 最近偶然みつけた サイト は、全て「事実」や実体験をコンテンツとしているもので、僕のように妄想主体ではなく、かなり読み応えがありました。特にギャラリーは管理人さんがご自分で撮影された映像からキャプチャしたもので構成され、ナマナマしくてリアルです。そしてどことなく微笑ましいところも救いです... ^^
 プロフ欄によるとこのサイトの管理人であるKANさんは、中学2年の時に6人の女性達に犯され童貞を喪失されたそうで、この体験がマゾとしての覚醒の原因となっている。しかしご自身は真性マゾというよりは、女性に奉仕、とくに舌奉仕をして喜んでもらうのが好きなだけで、これをして「マゾ」と自分をみなすのには抵抗があるようです。「マゾヒスト」としてカテゴライズするかできるかは別にして、「マゾヒズム」的な心理、精神構造はあるんじゃないかとは思いますけど。

 僕にはここまで強烈な、つまり童貞喪失というところまではいかなかったのですが、小学校5年生の時に同級生の女子に集団リンチみたいなことをされたことがあって少しは気持ちがわかるような気がする。一般的にはおそらく理解しにくいであろう「落ちる」という感覚も僕なりによくわかる。

 僕はSEXに対するこだわりはあまりないです。ノーマルな人なら、というか「普通の」変態さんでもSEXは人類本来の根源的な欲望だと考える人は多いと思うのですが、僕にとってはそこまでこだわる願望にはなっていません。きらいじゃないけど ^^...
 それよりもたわいのないお馬さんごっこや顔面騎乗などに心が傾いてしまうところが、マゾとしての資格にたるに充分なものがあると考えています。と、偉そうに言えるレベルでもないので自虐的に「仮性マゾ」とか自分では言ってますけどね。
 
 僕のマゾ・トラウマは段階的で、小5の時の集団リンチ事件のちょっと以前に親戚の家でSM雑誌を目撃したこと(その後自分の家の近所で偶然拾ったこと)と、一番の原体験としては7歳か8歳ぐらいの時に(詳しい状況はよく覚えてないのですが)女の子から悪ふざけで顔面騎乗されたことです。だから春川ナミオのイラストとの邂逅以前にこの行為・形態への強烈な憧憬が長らくあり、初めて春川作品を見た時のショックは今でも忘れることができません。その後中学生の頃には谷崎潤一郎や沼正三の小説などに触れ、いっぱしのマゾヒズム的概念をそれなりに会得したとような気になり、SEXを知る思春期以前にマゾとして覚醒していたことになる。これがコンプレックスともなって、その後の人生に多大な影響を及ぼして...は実はいない。性生活としてはノーマルに振る舞えるし、幸か不幸か遊びとしてのSMプレイに満足できる程度で、特に異常な行動、少なくとも犯罪にいたるほどリビドーはないですしね。(道ばたで女性に土下座して「顔面騎乗して下さい」とお願いするのは迷惑防止条例違反になるかな?)

 この歳になっても、いまだ本来的なトラウマを特定できずにいます。幼少時の最初の顔面騎乗体験にしても、いいなと思っただけで、女の子からの被虐願望までには至ってなかったと思う。様々な体験や妄想の合わせワザで、ぼくのマゾヒズム願望は形成されていったのだと今では思っています。


posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。