雨 のち 『紺碧の空』

雨開口一番に使った柳(雨)の20点札。
花札中、唯一実在の人物が配されている札です。

小野道風、平安時代の書家ですね。
そして道風が見つめているのは、蛙。
雨の中必死に柳に飛びつこうとしている蛙を見て、努力することを学んだ道風と伝えられます。
投稿日付に拘らず、随分前にタイトルにしました。

今だから言います。
僕は、あのタイトルでトリノ五輪の日本選手団に応援を送ったんですよ。
然るに結果は…
雨降り続きでしたねえ。もう土砂降りといっていい。
けど、この世に止まなかった雨はありません。

敢えて言うまでもないでしょう。
フィギュアスケート女子が、見事雨雲を吹っ飛ばしてくれました。

僕は女子フィギュアには注目していたんですよ。
いやいや、別のアダルトブログで記事にしたような

  い や ら し 〜 〜 〜

意味でばかりではありません。
荒川・村主の両選手は早稲田大学出身。僕の後輩なんですよねえ。
僕も競技当日はテレビの前に釘付けになり、早大第一応援歌・紺碧の空

 紺碧の空仰ぐ日輪 
 光輝あまねき伝統の下
 すぐりし精鋭闘志はもえて 
 理想の王座を占むる者我等
 早稲田 早稲田
 覇者 覇者 早稲田

を歌ったりして。
勿論声に出してではない、心の中でですけど。
それはそれとしても、変態マゾ男の僕も、かろうじて早稲田マンの端くれではあったようです。

さて、僕は優勝した荒川選手よりもむしろ、4位の村主選手のほうに感動したんですよ。

ここで早慶野球戦の話をしましょう。

花の早慶戦。
俗に、投の慶応、打の早稲田、と言われています。
この『打棒・早稲田』とは決して「スラッガーをずらり集めたチーム」という意味ではありません。
見るも無様な構えから、それでもここぞというときに生み出す集中打…
これが他の5校の好投手たちを震え上がらせた打棒・早稲田なのです。
「戦前には成田高出身の選手がよく中心打者になっていたが、打席に立った彼等の背中の後ろには(成田山新勝寺の)不動明王像の如き炎が上がっていた」
オールドファンは回想してます。

日本時間2月24日未明。
スルツカヤ選手に負けるものか、
コーエン選手に負けるものか、
そして、同僚の荒川選手にだけは絶対負けるものか…
村主章枝選手は闘志の塊となって挑みました。
ええ、僕ははっきり見ましたよ。銀盤に焔(ほむら)が立っていたのを。

結果は負けてしまった、でもそれはそれでいいではありませんか。
村主さん、貴女こそ名五輪代表、伝統の稲門体育会正当中の正当です。

日本国歌『君が代』を送られた勝者・荒川選手。
村主選手には、『紺碧の空』作詞:住治男 作曲:古関裕而 のこの名曲を送りたいと思います。

と、この言い回し、



日本野球の生みの親

を巧みに丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!





posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


なんぞなんぞ

おいちょかぶ今日はまた『カブ』の話を。

カブ競技を下世話には『おいちょかぶ』と呼びます。
おいちょとは8のこと、かぶとは9のことですよね。

おいちょ=8、これ英語のeightなんですよ。
花札の起源は意外にもトランプ、前に書きました。
ここらあたりにも、室町のポルトガル宣教師が持ち込んだという名残があります。

ときにこんなのを知ってますか?
「サイボーグ009とエイトマンがおいちょかぶをした。どっちが勝ったか?」
答え - サイボーグ009
 
種明かしはいいでしょう。
ともかく、これもまた古典です。

春は曙。

「清少納言が夜中に寝床でシコシコやるもの、なーんだ?」

「枕のソージ」

ってね、

と、この言い回し、



これも古典(?)

を丸写ししました。
しかも全くひねり…なし…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



 
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


琴の音

ウソ梅に鶯は花鳥合わせから、鳥の鳴き声というのもまた風流なものです。
無粋な理屈で言うなら、
花鳥はともに視覚だけでなく他覚をも楽しませてくれる、前者は嗅覚を後者は聴覚を、
ということになりますか。

さて、今年の冬は寒かったですよねえ。
こういう年は、残念ながら梅や桜は不作とか。
ウソという鳥がいるんです。これが花のつぼみが大好物とか。
寒い冬は当然餌が少ない、そこで山から下りてきて人里の梅や桜のつぼみを食べてしまうからなんだそうです。

それにしても変な名前の鳥ですね。
でも鳴き声は美しいそうですよ。あたかも琴の音のような。
空で琴がなっている → そらごと → ウソ …
いやいや、ウソではありません、一説によるとこれで正解のようです。

まあ、古語「うそぶく」からきたものとする説の方が一般的ですけど、琴というのは色々な音色の楽器を指しますからねえ。僕は『そらごと説』に傾きます。
そうでしょう?
風琴 = オルガン 手風琴 = アコーデオン 口琴 = ハモニカ
乱暴な言い方すれば、楽器という意味そのものかも知れません。

隣の国の琴はどんな音色だったのでしょうか?

  竹里館 王維

 独り坐す 幽篁の裏
 琴を弾じて 復た長嘯す
 深林 人 知らず
 明月 来たって相照らす

唐の王維は熱心な仏教信者であったことで知られてますよね。 
字は摩詰、名前と合わせると『維摩詰』になる。

さて、竹里館ですけど日本における仏教とは少し匂いが違う中国仏教の匂いが漂ってきますよね。

などと知ったかぶるのはやめ、この言い回し、



ここまできたら、ってわけでもないですが

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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頼朝と日本コンベンションセンター

桜20
 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

お花見が待ちどおしい今日この頃です。
花札の20点札のように幔幕を張り巡らして花を愛でることができたら、もう最高ですよ。

ときに幕張という地名はご存知でしょう?
近年急激に全国区になってきたこの地名。なんか変な響きですね。
メッセがあるのは、まあ埋立地なのですが、元々の幕張は奥地の方はお狩場の出来るような場所柄です。
狩のために幕を張ったから幕張だ、という説もありますが、どちらかというと少数説です。

ここで、話は源頼朝の伝記になります。
初戦で敗れた頼朝は房総、今の千葉県に逃れ再起を計るんですよねえ。
千葉県には多くの頼朝伝説が残っています。

もてなしてくれたある村のお百姓さんに頼朝は、褒美として苗字を与えようといいます。
「いえいえ、手前どもは百姓でごぜえますから、そのようなものは…」
「そうか、バカ」

ソウカさんとかクサカさんとかいう苗字は地に多いですよ。
そうなんですよ。その村のお百姓さんは、「そうか、バカ」を貰った苗字だと思いこんでしまったんですよ。
『バカ』なんて苗字じゃ流石にかっこ悪くて敵いませんから、『馬加 = ウマカ』ですね。
見事な(広義)重箱読み(湯桶読み)ですけど、草加(ソウカ)を草加(クサカ)と読むのもありですからねえ。

苗字はやがて地名に、これは万国共通の法則です。

 馬加 → 両方訓読みにすれば『マクワリ』 → マクハリ

お分かりになりましたでしょう? 『幕張』の話をしてたんですよ。
こっちの説の方が有力です。
事実、昭和31年に千葉郡幕張町が千葉市に編入される前までの幕張の中心部は『幕張町馬加』でしたから。 

もうひとつ同じく房総の頼朝伝説で、仁右衛門島の話をご紹介しましょう。
仁右衛門島…
南房・鴨川沖にちまりと存在する小島で、代々仁右衛門を称する頭首の私有地です。

石橋山の合戦で破れ、房総に逃れてきた頼朝、与力してくれたご先祖仁右衛門にこういいます。
「安房一国をくれてやろう」
と。

ところが、口頭での契約とは齟齬が生じやすいもの。
仁右衛門は「安房一国」を「粟一石」と聞き違えてしまうのです。
うーん、同音。アクセントも同じ。

そんなもの、もらっても仕方がない、それよりも沖に見える小島でももらったほうがマシ、と考えた仁右衛門はそう申し出ます。
欲のない奴と思いつつ承諾 (まー当然ですわ、真部分集合ですからねえ) する頼朝。
そして、現在に至ります。


と、この言い回し、



これであってたかなあ? ソースは記憶だけ

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


 

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猪鹿蝶

猪鹿蝶お待たせしました。
今日はかの有名な『猪鹿蝶』の話を。
もはや、説明は不要でしょう。花札競技において、牡丹・萩・紅葉の10点札を揃える出来役ですね。
これもある種、「花札といえば〜」の口で、前にお話したセガ『サクラ大戦』でも猪・鹿・蝶の敵ボスが登場します。

でも、これ、何かの法則性なり関連性なりがありますか?
『X光』のように同点(高点)札を揃えたてるわけでもないし、『のみ』のように雅な趣があるものでもない、
猪と鹿だけならば微かに共通点があるものの、そこに昆虫である蝶が入ったことで『微かな法則』すらもぶち壊しているし、牡丹・萩・紅葉にも何らの共通点も見出せません。
ただ、「いのしかちょう」という響きが語呂がいい、ってことだけじゃないんですか?

正直僕は詳細は知りませんから、上に書いたことは間違ってるかもしれません。
ですが話しかけたことです。続けてみましょう。
音の響き・語呂のよさというのは和歌の世界では重要なファクターです。
歌は心の音楽ですからねえ。例によって万葉集からです。

 よき人の よしとよく見て よしといいし 吉野よく見よ よき人よくみつ

聞いたことのある方もおありかと。これ、万葉集の天武天皇の歌なんですね。
吉野僥倖のおり、「おお、できたぞ」とニコニコしながら披露する天武帝の姿が浮かんできます。
奥さんの持統天皇にもこんな歌があるんですよ。

 否と言へど 強ふる志斐のが 強ひ語り このころ聞かずて 我恋ひにけり

「志斐の」とは「志斐(シヒ)の嫗(オミナ)」の略。
ほら、あるでしよう? 「清水の」とか「黒門町の」とか、こういう略し方することがよく。
つまりは、側近の老女を親しみをこめて軽くからかった歌ですね。
それを受けて、志斐の嫗もこう詠みます。

 否と言へど 語れ語れと 詔らせこそ 志斐いは申せ 強ひ語りと詔る

(いなといへどかたれかたれとのらせこそしひいはまをせしひがたりとのる)
話すのはいやだと申すのに、語れ語れとおっしゃるからこそ志斐はお話し申すのです。それを帝(ミカド)は強(シ)い語りだとおっしゃる。

お見事! 天皇の歌に音的にも似せたパロで、即カウンターを喰わせたわけですね。
ま、どちらが話しかけてるということでもなかった模様。
この主従がよきお喋り友達だったということが真相でしょう。

と、この言い回し、



この人の政治手腕も
似た者主従

を丸写ししました。

………
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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


 
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賭け事とファーストフード

花札賭博花札の話をするなら、好むと好まざるに拘わらず賭博のことにも触れざるをえないでしょう。
座布団の上に札が舞い跳ぶあの光景、やはり連想してしまいます。
本ブログといたしましては本筋からはずれないよう、言葉の成り立ちから切り込んでみることにします。

博打場、別名鉄火場。
これは、元々鉄を打つ場所のことですよねえ。
それに比することが出来るほど熱い場所ということで博打場という意味になったことは想像に固くありません。
鉄火肌、鉄火打ち、そして鉄火丼、色々に凡例が生まれます。

鉄火丼は何で鉄火丼なのか?
一つには、マグロの切り身の赤い色が焼けた鉄に似ているからという説がありますけど、もう一つ別の説があります。
博打場でよく出された食事だから、という説です。
江戸時代は湾でもよくマグロがとれましたよねえ。
品川あたりの飯屋は地場産物を使った、この丼物を賭場に出前していたようです。
早くかっ込むことが出来るのが、博徒たちに好まれたのですね。

ヨーロッパの事情と全く同じですよ。
ほら、サンドイッチ伯爵がポーカーを休むことなく食事できるよう考えたのが…
ファーストフードは博打打たちの必要のために生まれるもののようです。

さてさて、粋でいなせな博打の話がでたついでに、もうひとつ、江戸っ子言葉に触れましょうか。
オシャカ。
オシャカは何でオシャカなんでしょう?
まあ、単純に考えれば、死んだ人を仏様ということから、ってことになりますけど、これにも別説があります。

鋳物屋だったか、ほかの火を使う職人だったかは忘れましたが、火が強すぎてダメにしてしまった。
ヒガツヨカッタ → シガツヨカッタ → シガツヨウカ
4月8日、花祭、潅仏会、お釈迦様の誕生日、江戸っ子ことばで、「ひ」を「し」と発音するわけで。

と、この言い回し、



東京にも方言があります

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



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秋の七草

萩カス猪との取り合わせで描かれる花札の萩。
和歌の世界では、鹿や雁と取り合わせて詠まれることのほうが多いようです。
別名『鹿鳴草』と呼ばれるくらいですからね。

そして、もう一つおもしろいのが、草に分類されていること。
競技で、藤、菖蒲、萩の5点札を集めると出来役『くさ』になる、藤のところでお話しました。
そういえば、萩は秋の七草ですものねえ。
万葉集を開きましょうか。

  萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花

ハギ(萩)、オバナ(尾花=ススキの花穂)、クズ(葛)、ナデシコ(カワラナデシコ、河原撫子)、オミナエシ(女郎花)、フジバカマ(藤袴)、アサガオ(今のキキョウ、桔梗)、秋の七草を歌った山上憶良の歌です。

さて皆さん、この歌の文字数を数えてみてください。
五七七五七七、
あれ? 歌と言うのは五七五七七じゃなかったっけ? すごい字余り!
と感じた方がいるかもしれません。

別に字余りではありません。これは旋頭歌という歌体です。
万葉集には、今で言うとこの和歌、五七五七七の短歌以外にもこうした別歌体の歌もあるんですよ。
そういわれりゃ長歌なんてものあったな、
と思い出したひともあるでしょう?

奈良時代以降は長歌や旋頭歌は殆ど詠まれなくなり、和歌といえば短歌を指すようになりました。
ちょうど将棋みたいなもんですか。

ご存知?
元々将棋には、大中小の3種類があったんですよ。
今の将棋は「小」。
銅将だの鉄将だのって駒があったようで。
そうそう、太子なんて駒もあって、玉をとっただけでは勝ちにならなかったらしいですよ。
太子がいるかぎり国は滅びない…

と、この言い回し、



こうなりゃ何でも構わないから旋頭歌を

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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本業から離れよ、されど本業を忘れるな

桐カスカス札が3枚もある桐。
これもよく見ると同じもの3枚でなく微妙な差異がありますね。
改めて芸の細かさを感じさせられます。

ということで今日掲げたカス札ではなく、投稿日付に拘わらず随分前の投稿で使ったカス札です。あれを思い出してください。
大抵、下の黄色いところに製造元が書かれているでしょう?
ご幼少のころの僕は、あれを『任天堂』という札なのだと思っていました。

ご存知、任天堂。
引退した山内前社長は僕が尊敬する経営者のひとりです。
二十歳のとき老舗のトップについた山内氏は、早くから伝統産業の斜陽化を察して色々多角経営に乗り出したようなんですよねえ。
タクシー会社の経営に乗り出したり、インスタントライスの開発に目をつけたり。
そして、乗り出したのがテレビゲームです。

それからの任天堂についてはここでとやかく言うまでもないでしょう。
遊戯具の会社が多種他産業を試した後に、また新世代の遊戯具の製造に戻ってきた、
「本業から離れよ、されど本業を忘れるな」
将に、この金言を実践した経営者でしょう。

…惜しいですよねえ、『本業』から離れすぎで暴走してしまった某IT企業、
っと、この種の話題は本ブログの守備範囲ではありませんので元に戻します。
ともかく、今僕たちが当たり前のように電子ゲームに接することが出来る環境を作り上げてくれたのは、花札の任天堂なのです。

さてさて、このテレビゲーム。
走りの時代こそ、画面を光線銃で撃つシューティングのタイプゲームが流行ったものの、やはり元々ゲームというものはシュミレーションですよね。
電子計算機が飛躍的発展したという時勢の変化も手伝って、やがてシュミレーションタイプのテレビゲームが家庭にも出回るようになってきました。

代表格は光栄歴史シュミシリーズ。
歴史シュミとなってますが、実質は国取り・ウォーシュミレーションですね。
それ故、戦いにいたるのでの苦悩が描かれてない、これじゃ信長も劉備もただの喧嘩犬、という批判がありました。

それが解消された国取りシュミが、PCアダルトの「大悪司」です。
戦いに至るまでの苦悩や、人身売買に手を染めるに至った理由が、ロールプレイング部分で語られます。
絶対の絶、お奨めですのでご存知ないかたは是非。

と、この言い回し、



大特集!

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
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posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


花の咲かない枯れすすき

芒カス芒が花札12ヶ月に堂々ランクインしているのは興味深いことです。
花が咲かないことに却って風情がある、花札の成立した江戸期の風潮であるわびさびに通じるところがあったためでしょうか?
はたまた、日本人流のユーモアなんでしょうか?
ともかく、お馴染みの坊主の札です。

そう、坊主。
聞いただけで滑稽な気分になりますよねえ。
原義は僧侶の俗称なのですが、まあ色々な意味に転用されているものです。
大体は碌な意味ではありません。

この傾向はお隣の中国でも同様なようです。
水滸伝第四十四(四十五とも)回、『楊雄醉罵潘巧雲 石秀智殺裴如海』から。

 禿ならずんば毒ならず
 毒ならずんば禿ならず
 転禿なれば転毒なり
 転毒なれば転禿なり

 一個の字なれば便ち是れ僧
 両個の字なれば是れ和尚
 三個の字なれば鬼楽官
 四字なれば色中餓鬼

まー、坊さんが法事にかこつけ、奥様とムムムな関係になるというのは定番中の定番、人間の思考の最大公約数とでもいったとこですか。
…それにしても、ひどい言われよう!
「禿」とはお察しのとおり僧侶の蔑称、「鬼楽官」とは葬式カンパニーということです。
そうそう、劇中この文章は、蘇東坡の言葉として語られ(騙られ)ますね。

なんでなんでしょうねえ?
やはり、やっかみなんでしょう。
生産に携らないのに、お師さん、お師さんと崇め奉られてふんぞり返っている、
って、これもやっかみの口ですね。

高収益業種、ベスト3。『薬屋九十(くそ)倍、百姓百倍、坊主丸儲け』
これもよく言われますか。
半ばは言葉の遊びながら、なかなかに本質をついてますぞ。

坊主丸儲け。
経済学的にいえば、坊主には価値犠牲としての原価が無い…
会計学的にいえば、損益計算書上の各収益の額が、売上高から税引き後利益に至るまで全て同じ数値が並ぶ…
建前どおりにやっているなら、そーゆーことになりますか?

と、この言い回し、



漸く見つけた『道鏡の続き』

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


なんとも...

 最近、特にブログ始めた去年あたりから、どうにもやりきれない事件が頻発していますね。そんなことを、わざわざここでとりあげたくもないのですが、精神的にやはり、気になります。

 僕は助手席に乗っていた、容疑者母の娘のことが気になります。子どもに罪はないのは当たり前ですが、自分の娘の目の前で犯行を犯した母は、二重の意味で罪深い。トラウマにならないわけがない。

 こういうものを見ると少し気分もよくなるかも、という僕のお気に入り癒し系サイトをご紹介しますです。

  ↓

http://www.mariaclaudiacortes.com/

 Flash ムービーが快適に再生できる環境でないと楽しめないかもです、スミマセン!

 ちょっとインターフェースが最初わかりにくいかもしれませんが、トップメニューは楽屋のドアが3つ並んでます。真ん中のドアをクリックすると全てのムービーが自動で始まります。

 一番左側をクリックすると中に7色のキャラクターが出番を待っているという具合。持っているファイルをクリックすることでその色のキャラのムービーがスタートします! 
 英検2級程度の英単語の知識があると、よりいっそう楽しめると思いますが、知らなくても見ればよくわかる、わかりやすい!あなたのキャラのカラーは?

 Flash ムービーは、インタラクティヴィティというか、どこをクリックするかを探りあてる楽しみもあります。そういう意味でこんなのも面白いですよ。
 
 ↓

http://questfortherest.com/





posted by homer_2006 | Comment(3) | マゾヒズムに花束を!


陰陽

牡丹カス花札の6月は牡丹。
うーん、日本ではあまりポピュラーではありませんよねえ。
そういえば、カブ札には牡丹がありませんし、投稿日付に拘わりなく昨日お話した花札占いも牡丹の札は使いません。
ねえ。牡丹の花というのは圧倒的にお隣の国・中国のイメージでしょう?
占い同様、大陸からの『純輸入品』なのでしょう。

占い、八卦。
これは2ベキ乗ですか?
太極が先ず、陰と陽に分かれる。 
たとえば、偶数は2で割れるから陰、奇数は割れないから陽です。

男女で言えば、男-陽 女-陰ですね。
割れる割れないに加え、まあ主に性器の形状からのインスピレーションであることは想像に難くないでしょう。
陽根、女陰、言葉にあるくらいであまり面白くない。
その形状ゆえに♀は自分の性器に劣等感を持ち、♂は…、

と、この言い回し、



拾い物画像を客寄せパンダにしちゃおう、っと

を丸写ししました。
しかも随分とまた中途半端に…

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
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    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


「来る」「こない」…

占い古今東西カードの類は必ずと言っていいほど、占いに使われるもののようですね。
『花札占い』も、やはりありのようです。
花に花言葉があるように、花札に託して恋や運命や商売の前途を占う…
なんでも、昔から商家や花柳界で歓迎されていたとのこととか。

花を使った占いといえば、ほら、あれ。
ちょっと乱暴な定番があるでしょう?
「来る」「こない」
花びらを一枚づつ抜いて、待ち人が来るか占うってやつが。

好きな男を待つときの女心ですよねえ。
万葉集にある大伴坂上郎女のこの歌が、ちょうどその心情を表しています。

  来むというも 来ぬ時あるを 来じというを
   来むとは待たじ 来じというものを

なかなかやって来ない待ち人に、じりじりする♀の気持ちがよくでてますねえ。
「来るってったって来ないときがあんじゃない。それをアータ、来ないって言ってんだから、来ると思っては待たないわよ。だって来ないって言ってんだから。」
ここで、ギリギリギリとハンカチを噛みしめるのだそうです。
やってきたって絶対に許すモンですか!
音的にも、お、お、お、の繰り返しで重苦しい感じを醸し出す…『歌は心の音楽』。

さてさて、なかなか来なかった待ち人がやってきたとき、郎女は本当になじったのでしょうか?
愚問ですよね。そんな訳ないじゃないですか。
皆様がたには当然お分かりのことと思います。

と、この言い回し、



カウンターを付けてみました

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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菊を采る…

菊カス復習から入りましょう。
普段はあまり意識しないですけど、花札の菊には特色があります。
5点札の青短冊、そして10点札です。
先ずこの10点札、動物が配されてません。
競技においては、一部にカス札とみなすことが出来る特例があったり、『のみ』役のパーツになったり結構重宝な札ですよねえ。

くしくも実際の菊も鑑賞だけではなく、色々と重宝します。
ねえ、食べることが出来たり、蚊取り線香になったり。

さて、今日は伝来元の中国における菊の話をしましょう。
陶潜(淵明)(365-427)の有名な詩、ずばり『飲酒』です。


 廬を結んで 人境に在り
 而も 車馬の喧しき無し
 君に問う 何ぞ能く爾るやと
 心遠ければ 地自から偏なり
 菊を采る 東籬の下
 悠然 南山を見る
 山気 日夕に佳く
 飛鳥 相与に還る
 此の中に 真意有り
 弁ぜんと欲し 已に言を忘る


『悠然見南山』は古くは、悠然として 南山を見る、とする説が有力でした。
実は今見た資料もそうなっていたのですが、あえて削った次第です。

悠然として、だと作者が悠然としてるということになるでしょう?
悠然としてるのは『南山』、少なくても私は断然そう思います。

同じく直したのは、弁ぜんと欲すれば → 弁ぜんと欲し 
全っ然、こっちの方がいいですよ。
是非、そんな光景を目の当たりにしたいもの、
というよりは、そういう心境になりたい、ということですか?

でもまー、現実は、なんざん す、ね、


と、この言い回し、



なかなか、ここまでは

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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平成17年度所得税確定申告の受付が始まりましたね

さあ、やって参りました、今年も春先恒例の、
ということで、皆さんにもお知らせします。

人を呼ぶ魔法の言葉『マゾヒズム』…
これに目をつけ、SM、男性受け、フェチ等々を冠して作品を出した著作権業者、おっと!!もといっ! 『創作家』の諸兄諸姉は、相当お稼ぎになっていると思います。
いえいえ、嘘はいけませんぞ。
お天道様と税務当局は全てをお見通し
です。

僕は昨年、魔法の言葉『マゾヒズム』には、歓迎せざる余所者をシャットアウトする煙幕効果があると書きました。
続けて、大会社の人間すらもおいそれとは入ってこないとも。
はい、確かに会社人間はそうでしょう。
しかし、上役人は別ですよ。
商売にならないこと、いやなことをやるのが彼らの仕事なのです。
ちゃんと、
貴方の収入
を把握していますよ。

ちょっと前に「利益が出ている同人など極僅か」との2ちゃんねるカキコを見ました。
愚の骨頂ですよ。この程度のデマを流して何とかなるものとでも思ってるのでしょうかねえ?
映画『マルサの女』あたりを観て、「税務とはあんなもの」と思い込んでいる方がいたら、それはとんでもないことですから。

といいましてもそんな恐ろしいことではありません。
法規どおり申告し納税すればよいのです。
めんどくさいようでしたら、売上高そのものを雑所得として計算してしまってもいいじゃありませんか。
幸いなことに、アクティビティコストが無視しても構わないほど些少な販売物なんですから。
そして何よりも、儲かった以上に持っていかれる直接税はないのです。

金は天下の回り物、先ず他人様に回さなければ自分のほうにも回ってきません。


梅咲けど

梅短花札のルーツとなった絵合わせで『花鳥あわせ』というのがあります。
なんでも、梅に鶯はこの花鳥あわせにもあった組み合わせとか。
将しく『あかよろし』、本当によく似合います。
そして、繰り返しに繰りますが、長い冬もようやく終わりにの慶びを感じさせてくれるものです。

江戸時代の大俳人・小林一茶に、

梅咲けど 鶯鳴けど ひとり哉

という句があります。
うーん、梅&鶯ベストカップリングをもっても癒されない寂しさとは?
父親を亡くした寂しさ、だと言われています。

いや確かに家族を亡くした悲しみは何物によっても癒されないものです。
そして、それが年老いてからのものになると…
投稿日付に拘わらず前に、万葉の代表歌人・山上憶良&大伴旅人の話をしました。
そうでしたよねえ。
かなり高齢になってからの九州赴任、ともに妻に先立たれての境遇、でしたね。

妹が見し 楝の花は 散りぬべし わが泣く涙 いまだ干なくに

巻五・七九八、同じく山上憶良。
大伴旅人に奉った「日本挽歌(バンカ)」の反歌の中の一首です。

涙は古くは「なみた」と清音で読みました。
番号も798=ナクヤ、亡妻にちなんだものが消えてゆくのを嘆いた歌ですよねえ。

歌に詠まれた女性が旅人の妻か憶良の妻かについては両説があるあるものの、兎も角♂にこんな悲しい思いをさせてはいけません。
妻たるものは絶対に夫より先に死んでしまってはいけない、

と、この言い回し、



神となった悲劇の歌人
女たるものは

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


日本人の姓

藤5花札12ヶ月の中では、あまり印象に残らない藤。
でも競技の方では、藤がらみの役があります。
藤、菖蒲、萩の5点札を集めて『くさ』、
そして、藤の札4枚を集めたのが『藤シマ』。
どっかで聞いたような名跡ですが、そこには触れず、まあ、藤もまた日本では親しまれてる植物なのでしょう。

そうですよ、日本の苗字です。
四姓・源平藤橘などと言いますけど、実際は数においては『藤原』がダントツ、半分は藤原なんです。
左大臣の藤原で佐藤、伊勢の藤原が伊藤…
何とかは道の端のイヌの糞とか。

この藤原家の祖が鎌足ですよねえ。
日本最古の歌集・万葉集に一首残してます。

鎌足といえば、ご存知藤原氏の祖、中大兄皇子のブレーンとして大化の改新を推し進めた大偉人です。
さて、どんな歌でしょう?

    内大臣藤原卿、采女安見児を娶りし時作る歌一首


   われはもや 安見児得たり 皆人の 得がてにすとふ 安見児得たり
 

僕はマアマア、安見ちゃんをお嫁さんにできたよ、みんなの人が得ようとしても得られないという安見ちゃんをお嫁さんにできたよ(ウレチイナ)

如何です?
…まるで厨! いやさ消!!
なんとなんと、これがあの超切れ者、藤原鎌足の歌なんですよ〜。

でも、大好きな采女、安見ちゃんと結婚できた喜びが、よーく伝わってきて、ほのぼのとした気分になりますよね?

と、この言い回し、



エラい人だって

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


秋を彩る

紅葉短紅葉の5点札には青地の短冊が配されますよねえ。
コウヨウと書いて紅葉と読むくらいに、紅葉(コウヨウ)の代表格の紅葉(モミジ)が青タンとは、是いかに? といったところです。

改めまして文部唱歌の話を持ち出すまでもなく、紅葉は秋の彩りでしょう。
時に、カエデとモミジはどう違うのでしょう?
あえて調べませんが、関係する僕の小学校時代の武勇談でも披露しておきましょう。

この文部唱歌の歌詞、「松を彩る カエデやツタは」の部分を、ふざけて、

 ♪〜 かえーで やー も・み・じ

と歌ったんです。
なのに、誰も気がつかない。いやいや、それどころか、
「え?」
と聞き返しても、
「それで合ってるじゃないの」
と音楽教師。

ま、それから先は言わぬが花なのですが、ともかく、
歌の歌詞なんで案外誤解されたまま歌われることが少なくない
ってことなんでしょう。

有名な例を言えば、『麦と兵隊(徐州小唄)』

「髭が微笑む麦畑」

「麦が微笑む髭畑」
と伝えられ、そのまま歌っていた向きもあったようですよ。

どんどんいきましょう。
もうひとつ小学校時代の思い出で、同じく文部唱歌の『茶摘』です。
2番の歌詞。
「ひよりつづきのきょーこのごろを」を「キョウコちゃんのいい人のゴローちゃん」
だと固く信じて歌っていた…

と、この言い回し、



劉備と呂布のキミョーな関係
直リンくらいしたって文句言えた義理じゃないわね、ふんっ! って独り言、、、

を丸写ししました。
しかも、下の方は、、、

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


ホーキング、宇宙のすべてを語る

ホーキング、宇宙のすべてを語る

ランダムハウス講談社

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 宇宙の謎が今度こそわかります。帯にそう書いてあったのでつい買ってしまった。
子どものころから宇宙への漠然とした興味はつきないのだが、この種の本を読むのは初めてだった。

前半はとても読みやすい。特に第1章の「宇宙について考える」から第7章の「膨張している宇宙」あたりまでは文系の理解力でもワクワクしながら読める。しかし僕の頭では第9章の「量子重力理論」あたりからチンプンカンプンとなる。わかりやすい宇宙論という触れ込みだが、そうでもなかった。

しかし面白くないというわけではなく、難解ではあるが読み応えはあり、視野は広がる。

 宇宙空間は今どういうことになっているのかを考え、科学的、理論的な方法で予測していくわけだが、アリストレスからアインシュタインまでの偉大なる先哲たちの思想や理論をいくら理解したところで、結局は宇宙の本質に迫ることは出来ない、ようだ。

 例えば宇宙はいつ始まったのかを解明できたとする。ならば、それ以前はどうなっていたのか?

  無? なにも無いって、その「ない、という状態」が存在するんでネ?

 「無」とは、イッタイ何ナノか。

 突き詰めて本格的に考えると本当に悩む。発狂しそうになる。

 後半でちょっとだけ理解しやすい表現があった。

「私たち(人間)が存在するから、宇宙はこのように見えるのだ」

どんなに優れて難しい理論も、結局は人間が理解可能な範囲内の、自分たちに都合のよい理屈にすぎないのかもしれない。

人はどこから来て、どこへ行くのでしょうか....

【アフィリエイト文責】

homer_2006@goo.jp
僕の実名住所等はメールにて確認ください

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花束を!


貝合わせ

うんすんかるたここらで花札の歴史を垣間見て見ましょう。
意外なことにルーツはトランプにあるようです。
となると、伝来は室町後期から織豊時代にかけて。
ポルトガル人の宣教師あたりが運んできたものでしょう。

そして、ご存知のように徳川幕府は鎖国政策を採ります。
当然トランプなぞは禁止。
そこで、禁じられた遊びの虜になってしまった人々が、代用品をつくるわけです。
まず最初にできたのが『うんすんかるた』、その後幕府の禁止令と江戸庶民の知恵とのシーソーゲームの中から、札にも改良が加えられ現在の花札へと進化していくのです。

どうです? これまた意外に歴史の新しいものなんですね。
では、室町以前の日本人は、カルタ・絵合わせの類で遊んでなかったか?
そんなことはありませんよねえ。平安貴族のお遊びで『貝合わせ』というのがありますよねえ。

西行の二見賛歌でこんなのがあります。

     今ぞ知る 二見の浦の 蛤を 貝合はせとて おほふなりけり

うーん、貝合わせ、貝合わせ。
昔日本流パズル遊びですか。
そうですよねえ。
二枚貝というのは、どれも似てるようで大きさ形状に微妙な差異があり、2つとして同じものがありません。

…似たような例を現代に引けば。
靴下ですよ。
あれも似てるようで、(同色でも)微妙な差異があるんですよねえ。
一旦バラバラになってしまうと、もータイヘン!

と、この言い回し、



下駄箱をかき回して ← 掲示板を読んでくださった方のみ分るのです

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


さくら、さくら

桜カス日本を象徴する花、桜。
繰り返しますが、単に「花」と言ったら桜の花のことを意味する、これが昔からのルールです。

国歌論争としても話題になりますよね。
「君が代がけしからんのなら、さくらさくらはどうよ?」
まあまあ、このブログでは、政治外交問題にまで踏み込みませんが。
ともかく、日本では桜が愛されていることをお伝えしたくてひきました。

何故こんなに愛されるのか?
それは、ぱっと咲いてばっと散るから。

  世の中は 三日見ぬ間に 桜かな

ひとつの答えとして、よく言われますよねえ。

さてさて、転じて。
上の句を、

 世の中は 三日見ぬ間の 桜かな

としたら?
全然意味が変わりますよねえ。
日本語における助詞、これもまた非常に日本的なトピックスです。

  米洗ふ 前に螢の 二つ三つ

  米洗ふ 前を螢の 二つ三つ

皆さんこれも、ご存知でしょう。ネット検索にも『二つ三つ』ではなく引っかかりますね。
もっとも僕が知っていたのは、

  米洗ふ 前に三つ四つ 螢かな

  米洗ふ 前を三つ四つ 螢かな

  米洗ふ 前へ三つ四つ 螢かな

でしたけど。

僕は英語かぶれでして国語教師ではありませんから、くだくだ解説めいたことは書きません。
どうか、皆さん。
ご自身で、出来れば声に出して読んでみて、日本語の奥行きを噛みしめてみてください。

と、この言い回し、



で、有名な事例
を丸写ししました。
いや、タイトルには著作の概念が生じないんです…けど…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


『あや女』

菖蒲5いずれをあやめかきつばた、ですか。
そういえばショウブというと男性的、アヤメというと女性的な感触を受けます。
音的にも メ=女 に通じますし。

えー、投稿日付に拘わりなく少し前にセガ『サクラ大戦』を話題にしました。
ここにも『あやめ』というキャラクターが登場します。藤枝あやめ中尉。
主人公・大神少尉の上官兼お姉さん格、といったところなんですが、これが中盤『降魔・殺女(あやめ)』として覚醒し敵方に回ることになるのです。

 ♪〜 あーなたを〜 あーやめて〜 みーせましょーか〜

なーんて、歌まであるんですよ。
さてさて、それはさておいて字引をひいてみるに。

『あや女』、ありました。
漢女 = 古代、大陸からの渡来人のうち、機織り・裁縫などに従事した女性。
うーん、古来より機織は女の仕事。万葉集にもこんな歌がありますよ。

      庭に立つ 麻手刈り干し 布さらす 東女を 忘れたまふな

巻四.五二一、藤原宇合が帰郷する折に常陸娘子が贈った歌とあります。

これホント当時の服飾産業のありようがよく解りますよ。
麻を刈って布に織り上げてさらす作業から染色や縫製に至るまでの全てが♀の仕事だったわけですね。

あっと、言い忘れるところでした。
「東女」は「あづまをみな」と読みます。

と、この言い回し、



これも服飾関係?
を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


表現の自由について



 イスラム教の予言者 ムハンマド(マホメット)の風刺漫画 をデンマークの新聞が掲載した件で世界が燃えています。大使館が焼き討ちまでされるとは想定外でしたね。


 もしかしたら、イスラム教徒にはマゾヒストはいないのかもしれない。と書くとちょっと唐突?

 日本でも例えば

天皇がコケにされたような場合
を想像すれば少しはわかりやすいだろうか。

 昔の奇憚クラブの記事で第二次世界大戦中だか後に、日の丸国旗をアジアの現地女性がふんどしにしていたというエピソードが紹介されていました。事実なのか創作なのかよく覚えていないけれど、とにかく尊厳や崇拝の象徴がそういう風に扱われ、辱めを受けていることにマゾヒズム的な気持ちを覚えたというようなものだったと思います。

 羞恥プレイなどという言葉が示すように、辱めを受けて得る快楽はマゾヒズムの中でも中心的な要素です。苦痛を受けて得る肉体的な快感とは別の、精神的でよりデリケートな倒錯。(もちろん肉体的な部分と連動している場合もある)

 これはある種のタブーを犯すことによって解放される精神の自由ではないかという気がしています。言わば「禁断の果実」みたいな?

崇拝しているものが汚されることは、耐え難い屈辱でありながら、屈折した喜びにもなってしまう。

 画像チャンネルのフェチ板で去年から伸びてるスレッド M男的台詞付き画像の中でも、包茎や短小をバカにされるというものが多いですが、これなどは本来男の象徴であるべきものがコケにされることに喜びを見いだしているケース。最近は 韓国人アイドル も登場し、こんなとこにも韓流ブームが巻き起こっているのかと苦笑してしまいました。民族差別意識を持ちこむことにはちょっと危険な感じもしますが、マゾヒズムを楽しむためのユーモアとしてとらえることも可能だとは思う。激怒する人や団体はあるかもしれませんが....

 以前にも「不快の定義」というエントリーをしたのですが、表現や言論の自由という観点からいうと、意図的に悪意のあるものはやはりいかがなものかと思う。第一義的には民主主義、つまり弱者の声をアピールするためのコンセプトです。だからといってそのデンマークの新聞社が悪意的にイスラム教を侮辱しようとしたのかどうかは知りません。ただ、そのデンマーク紙ユランズ・ポステンは、以前キリストを風刺するイラストを提供しようとした漫画家に対し、その作品の掲載を断わったという。これが事実だとすればキリスト教社会からイスラム社会へのバイアスが働いていたのではないかという疑惑は残る。しかし、今さらメディアに真の公正を期待するほどのアマちゃんでもなかろう。

 いずれにしても、大使館を放火するほどのものですか?とは思う。

 キリストやお釈迦様だってこれまでに風刺の対象になってきているわけで、今特にマホメットだけでどうしてこれだけの騒ぎになるのか理解に苦しみます。僕の認識不足もあり、宗教的な感覚としては日本人とかなり異なるのかもしれませんが、もう少しユーモアのセンスというか、もしかしてマゾヒズム的な気質でもあればいいのになァと思いました。

 「けしからん」という理由だけで暴力沙汰になってしまうことが悲しいですね。


*掲載したイラストはフランスかどこかの新聞が最近掲載したもの
「まあ、おさえてマホメット君。僕たちだってコケにされてるんだからさ」とでも言ってるのでしょうか?


 さすが、おフランスのユーモアは機知とウイットに富んで お 上品ざ〜ますね!




      
posted by homer_2006 | Comment(1) | マゾヒズムに花束を!


燕のもたる子安貝

柳10柳(雨)の10点札に描かれている鳥は燕です。
うーん、陰暦11月にも新暦11月にも似合いませんねえ。
投稿日付に拘わらずちょっと前に書きましたけど、11月に『雨』ってのも不思議ですし、あの特徴あるカス札も。

この季節感のなさ…
多分なら12ヶ月を作るために、後から入れられた月なんではないでしょうか?
そういえばカブ札には、この月と12月がありません。

とは言うものの、花札に燕がいることだけは確かのようで。
考えてみれば竹取物語あたりにも出てくる鳥ですので、特段不思議なこともないですね。
ほら、公子の一人が、燕(つばくらめ)のもたる子安貝なるものを採ってくるよう要求されるでしょう?

ホント、かぐや姫ってのはひどい女ですよ。
無理難題で男たちをボロボロにしといて、

   今はとて 天の羽衣 着る折ぞ 君をあはれと 思ひ出でける

なーんて、詠み残してハイチャ。
絶対にS女ですね。

というのは冗談。
これは難題婿という東西共通の昔話に出てくる定番パターンです。
この気風は、つい最近まで残ってました。

僕なんかよりちょっと上の世代の男どもは女を口説くために色んなことをやってくれたようで。
高い崖から飛び降りて見せたり、「僕と結婚する、といってくれるまで出てこないぞ」と言って水に潜ったり。
世界各地の伝承にある「難題婿」の密室版といったとこでしょうか?

と、この言い回し、



先輩Blogの管理人さん、ご心配をおかけしました 「こういう解釈をしてる」でよろしいでしょうか?

を丸写ししました。

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posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


花はなくても

松1再三申し上げているように、花札12ヶ月、いの一番・正月は松です。
そして、これもまた幾度となく申し上げているとおり、日本人は松が大好きです。
小中高の校歌ですよ。
1番から3番までの標準的構成の歌詞のなか、松に関係する語句が一度も登場しない校歌は珍しい、と言っても過言ではないでしょう。

さて、松なんですが、よくよく考えてみるに、花がないではありませんか!
にもかかわらず、花札のトップという重責を担う。
うーん、文学的に言えば、「花はなくても華がある」、こんなとこですか。
本当に松というのは美しい木ですね。

ただ美しいだけではありません。
松というのはたくましい木です。
傾斜などはものともせず、岩をも砕きしっかりと根づくのですよねえ。
それから、忘れてはならないのは根からとれる油ですよ。
ガソリンの代用品として使える。戦争中、天然資源の乏しい日本は松の根っこを掘って飛行機を飛ばしたとか。
それでも、零戦は世界一でした。
そうですよ〜。昭和43年まであれ以上の戦闘機は世界のどこの国も作れなかったんですからね〜。
まさに松は、日本人の誇り、心のよりどころ、こういったとこですか。

と、この言い回し、



因幡の雪 − 万葉終焉の地

を丸写ししました。

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posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


虫の声

かぶ札投稿日付にはあまり関係ないところでの今まで、本『マゾヒズムに花札を! 』においては、
花札競技は、大きく分けて『こいこい』と『合わせ(八八)』の2種類があり、
と言及してきました。

疑問をお持ちの方があったと思います。『オイチョカブ』はどうした? と。
確かにカブは花札賭博の代名詞ですね。
しかし、正確に言えばカブは(現在の花札の原型となった)『カブ札』でやるものでして、花札(の一部札)を使ってやるのは代用だ、と考えて触れないでおきました。ここで付け加えておきましょう。

もうひとつ付け加えるとすれば、『合わせ』と『八八』は別物、とする記載もありますよね。
『八八』競技では、出来役ができたところで競技は終了、最後まで札を合わせていかない、とするものです。
後だしジャンケンめきますが、これも含んでました。
合わせ系の競技には、色々なローカルルールあり、それに吸収されてくる問題だと思ったからです。
そんな合わせ系の競技のうちで、あまり有名でないものを紹介しましょう。

『むし』、関西のほうでよく行われてる合わせ系競技で『大阪むし』ともいいます。
ひとくちで言えば、八八を一回り小さくしたような競技で、牡丹&萩を除いた40枚の札で競技します。
一回り小さくしたのは、簡素化のためですか? 簡素化も賭博では重要な要素ですね。

ところで、なんで『むし』なんでしょうねえ?
勿論僕はしりません。が…
ひょっとして『虫』に関係あるのもしれません。
サイコロ賭博で『ちんちろりん』ってものありますし、
ってのは穿ち過ぎとしても、やっぱ博打には雅に通じるところがある、ってのはあながち荒唐無稽な仮説ではないでしょう。

秋の夜長を鳴き通す虫の声、百人一首にも有名な歌があります。

   きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかもねむ

作者は、後京極摂政前太政大臣こと藤原良経(ヨシツネ)。

きりぎりすとはコオロギのこと、古語と現代語ではキリギリスとコウロギが逆になっている、という話はあまりにも有名ですので、これ以上は触れません。
替りというわけではないですけど、『前(=サキノ)』という言葉から話を膨らませましょう。

前(=サキノ)、前任の、ってことです。
ほらほら、あれです。
「こちらのおわすをどなたと心得る!? 畏れ多くもサキノ副将軍…」
一発でお判りになったでしようから、良経の時代に戻しましょう。

まー、この時代においても定期の人事異動というものがあったようで。
そんな時期になると貴族の家人たちは、ウチの御前が次はどんな役職になるか、そわそわ興味津々待つわけです。
と、届いた速報、
「前(=サキノ)○○になられました」
慶賀慶賀と心にもないことを言いつつ、あからさまにどっちらけ…
あ、割と有名な古典で触れていることなので、お調べの程を。

と、この言い回し、



《出典》俳諧古選(ハイカイコセン) 《作者》来山(ライザン) と偶にはひねりのないタイトルを

を丸写ししました。

………
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ミュンヘン

 この映画を見るにはパレスチナ紛争や中東情勢の基礎知識が欠かせない。それらに興味がなければもともと見る気にもならないのかもしれないが、そもそもミュンヘン事件を知らない世代にとっては、高校で習う世界史的な情報だけではわかりにくい作品と言えるだろう。
 
 元来僕は、この問題には特に興味はなかった。

 政治的にも宗教的にも関心がないから、公にされている事実関係すらまともには知らない。しかしメディアに関わる仕事を長年してきたこと、一昨年から親しい友人にピースウオークに誘われ、ごく「個人的」に世界平和に関する体験をしたことなどから、ちょっと見て見ようかなという気分にはなっていた。そして、この種の問題に

関心のない者が見るべき作品 なのかもしれない、

というのが見終わった後の僕の感想である。

 正直なところ、血で血を洗うような泥沼化したこの問題は、日本人には理解しがたい世界だし、また特にそれが必要だとも思っていなかった。しかし、地理的にも民族的にも遠いからといって、全く無関係な話ではないのである。そういうことをこの映画は伝えようとしている。一応娯楽作品としての味付けもしてあるし、複雑な背景知識はなくとも楽しめるようにはなっている。(少なくとも、イスラエルとアラブが何故対立しているかを知っていることが前提)

 ただ、ちょっと気になったのは、監督がユダヤ系のスピルバーグだから仕方がないとはいえ、どちらかというとイスラエル寄りの視点。同じ題材でアラブ系の監督ならどう描くのか。そんな後味の悪さが残った。

 たまたま今、イスラム教の風刺漫画問題で抗議デモが過激に深刻化している最近の情勢にしても、報道のリソースはキリスト教西洋社会に立脚しているような気がする。この映画を見る前だったら、僕も単純に「アラブ系ってなんであんなに野蛮なのかしら?」と思ったかもしれない。

 どちらにも正義はない。いやどちらにも正義はあるのかもしれないが、そんなことを考えるのは無意味だということもこの作品は教えてくれる。

 人の心に国境はない。

憎む気持ちも、何かを慈しむ心も、人は皆同じものを持っている。


 それにしてもユダヤ問題は根が深い。靖国問題で近隣からとやかく言われるのとはレベルが違う。(←違うって)

 そういう複眼的なものの見方を、あらためて突きつけられたような気がするのでした。

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花束を!


食はもとい

萩猪萩の10点札には猪が配されています。
あまり関連性はないように思われる萩と猪ですが、昔は初秋の野山でよく見られた光景だったんでしょう。

イノシシ。
そもそもは『い』一文字ですよねえ。
『い』の『しし』で、イノシシになったんでしょう。
同じく『か』の『しし』で、カノシシ = シカのことです。
そして、『しし』を漢字で書くと『肉』、つまりはここらの動物が当時の食肉だったわけです。
今は言うまでもなく、野生猪の改良種であるブタが代表的な食肉ですが。

ときにこんな話はご存知ですか? いや、あんまり綺麗な話じゃないんですが。

中国の酪農家は、豚舎の上に便所を作っていた、と言おうか、便槽の部分が豚舎になっていた、と言おうか、そんな構造になっていたようですね。
即ち、人間様がボトボトとウンコを落とすと、ブタちゃんがやってきてそれを食べる…
便器マゾを別名「豚マゾ」というのは、ここに由来します。
この便器マゾは圧倒的に♂が多いことと、スカトロとは(少なくても概念的には)別物ということを付け加えておきましょう。

ふー、ようやっと、『マゾヒズムに〜』に相応しい投稿が書けたわい、
と、思いきや、この言い回し、



もうひとつ外部反響があった件につき

をいつものごとくに丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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親の子を思ふ

道具花札セットには、もう一枚、何も書いてない白札が入ってます。
スペア? トランプのジョーカーに相当する札?
ここらの話は折があればということで、ここでは数に注目しましょう。

花札12ヶ月×4に1をプラスすれば49、7×7になりますね。
合わせ競技は参加者7人でやるものだと聞いたことがあります。

まず七枚づづ7人に配るわけです。
この白札を引いたプレーヤーは無条件でオリ、残りの札が6枚の場札になります。
そして親から順に、競技するかオリるかを意思表示していって、3人の競技者が揃ったところでプレーになるわけです。

うーん、親というものは権限を持ってるものですねえ。
『親』という用語概念が用いられるあたりが、いかにも儒教の根付いた日本らしいというか。

なんでも、昔の親、特に父親なんてものは、子供の前では滅多に笑い顔なんか見せなかったもの、よーく聞かされます。
そんな親が何らかの拍子に「子供のためならエーンヤコラ」ってところを見せてしまう、これを称して『親馬鹿』という、
今日日の親たちのように、年がら年中子供の前でヘラヘラしてんのは親馬鹿でなくて『馬鹿親』、

と、この言い回し、



掲示板 5月12日(木)21時43分28秒 を参照してください

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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白菊・黄菊

菊短さて、投稿日付にはあまり拘わりなく随分前に、菊は外来の花のようだ、とお話しました。
意外に感じた方も多いでしょう。
そうですよねえ。かしこきところが家紋にしているくらい、日本人に親しまれている花ですもの。
おそらく、伝来と同時に爆発的に津々浦々へと流布していったものと思われます。

なぜ、こんなにウケたか?
僕はひとつには、色が色々と揃っていることが人気の秘密になっていると思うんですよねえ。
ご存知のとおり、花札の菊は黄菊ですけど、その他もろもろ。
小倉山百人一首の時代には、既に白菊もあったようです。

  心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花

もう、お馴染み、凡河内躬恒の歌です。

ところがですよ。
明治の大歌人・正岡子規は、この歌をボロクソに評してるんですよ。

「此躬恒の歌戸人一首にあれば誰も口ずさみ候らへども一文半文の値うちも無く之駄歌に御座候。此歌は嘘の趣向なり。初霜が置いたくらいで白菊が見えなくなる気遣い無く之候」

うーん、確かに嘘はいけません。理屈を並べてもひとのこころをうつことはできません。
ただ、写生主義を提唱した子規流でいけば、万葉集志貴皇子の歌

  葦辺ゆく 鴨の羽交に 霜零りて 寒き夕は 大和し思ほゆ

などという歌はやはり同じ理由で「一文半文の値うちもない」ということになってしまいますよねぇ。

頼山陽の漢詩「天草洋二拍ス」


 雲耶山耶呉耶越 水天髣髴青一髪
 萬里泊舟天草洋 烟横篷窗日漸没
 暼見大魚波間跳 太白當船明似月


 雲カ山カ呉カ越カ 水天髪髭青一髪
  万里舟ヲ泊ス天草洋 煙ハ篷窓二横タワリテ日漸ク没ス
瞥見ス大魚ノ波間二躍ルヲ 大白船二当リテ明月二似タリ

もダメ。J・シュトラウスの円舞曲「美しく青きドナウ」もしかりでしょう。

なぜならば、眼に写る現実を写生すれば、生きものである鴨は霜が羽に置く前に飛び立つであろうし、月は金星の一万倍以上の明るさであるし、ドナウは赤茶けた色の川水であり、これらはすべて「嘘の趣向」でしょうから。

もとより、前書後段での反論「菊は霜が置くと赤みを帯ひる。だから白菊と色菊の区別がつかなくなるでのあり、躬恒はそれを歌っているのだ」などというチャチな屁理屈は論外ですよ。

しかし、現実に眼球に映るものだけが真実の世界なのであり、これのみが至上ときめつけるのはどうなんでしょうか?

霜の凄さに感じた躬経の気持ちが菊の見分けをつけさせなくなったのであり、志貴皇子の旅情一前にもいったとおり辛く厳しいもの一が朝の寒さを水鳥の羽に霜が置くほどに感じさせたのであるし、天草の雄大な風景が山陽をして金星をマイナス四コンマ四等級よりは一万倍以上明るいマイナス十コンマ六等級近くに見さしめ、ウィーンを愛するヨハンの心が国の象徴であるドナウを美しく青く見せたんですよ。

『嘘の趣向』ではありません。皆、心眼で見た真実をかたっているのです。

と、この言い回し、



「歌よみに与ふる書」、異議あり!

を丸写ししました。
こんなに長々…と…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


十一・光一

札例によって投稿日付には拘らず少し前に、合わせ競技の手役のお話をしました。
少し続けてみましょう。

配られた7枚の札が全部カスの役が『からす』。
では宝くじの前後賞よろしく、一枚だけ5点・10点・20点札が入っていた場合は?
これもまた役です。
それぞれ、短一(タンイチ)・十一(トイチ)・光一(ピカイチ)と呼ぶのですが、からすより安いことは言うまでもないでしょう。
そうそう、柳(雨)20 + カス6枚の場合は、雨は全てカス札とみなすことが出来るという特例で、からすにしたほうが得になりますから。

それにしても、十一光一だのどっかで聞いたような響きですよねえ。
そのとおりです。花札の用語がそのまま一般名詞になったわけです。
まあ、博打経由でそうなったのでしょうけど、同様な例を。

二個のサイコロの目の合計の偶奇に賭ける丁半博打これも知らない人はないのではないでしょうか?
時代劇でお馴染みですね。
丁半博打をする場所のことを『盆』と呼びます。
ここから派生した言葉、ぼんくら=盆に暗い、ぼんやり=盆をやり過ごす、等々。
これもまた、「人は(ギョーカイ用語である)隠語を使いたがるもの」の恒例でしょう。

ところで、九半十二丁をご存知ですか?
半の目(奇数)のパターンは九通り、丁の目(偶数)のパターンは十二通り。
だから丁に張るほうが得だと云うのです。
ホント?

ま、こちらをご覧の皆さんにすれば、「あはっ!」ですよね。
と、この言い回し、



九半十二丁とな?

を巧みに丸写ししました。

………
………

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いけない僕をイヂメて、イヂメて!
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    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


ネカマ

 インターネットの世界で「ネカマ」という言葉をたまに見かけます。僕はなんとなく

オネエ言葉をしゃべるビル・ゲイツみたいな奴か?

みたいに勝手な想像をしてました。

 ビル・ゲイツは昔からコンピュータおたくの代名詞的な感じで、特にネットに限定したキャラではないから、もともと根拠のないイメージですが、このフラッシュムービーを見て、まんざらでもなかったのかもとあらためてナットクしました。

 *「ネカマ」とはネット上で女性人格を演じる男のこと




スティーヴジョブスの偽物? こいつこそカマっぽいゾ!


 ちなみにアップル関連の話題ではインテル仕様のMacが最近リリースされましたが、それをネタにスターウォーズをパロッったこれなどはなかなか秀逸。MacユーザーにとってインテルPCはダークサイドになるという比喩にも納得させられました。

 スパム・メールなど件名で「初めまして美樹です」とかいきなり「お会いしたいです」というのがたまに来ますが、それらはほとんどが出会い系サイトへの誘導やワンクリック詐欺めいたものだったりする。文体や内容から特に女性人格を特定できるわけではないのに「もしかして女の人からのメールかも...」と何となく思わせてしまう何かがネット社会にはあるような気がします。
 
     ( ↑ 女に飢えてるだけだったりして)

 





posted by homer_2006 | Comment(4) | マゾヒズムに花束を!


月見る月

芒20芒の山にまんまる満月。
芒(坊主)の20点札は、いかにもそれらしい構図です。
花札と言われて先ず思い浮かべるのはこの札、という人も多いのでは?
花からは外れますけど、それはそれで雅はあります

  月々に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月

そうですよねえ。陰暦8月は仲秋の名月です。
日本のことはあえていうに及びますまい、お隣の中国あたりも名月を愛でること盛んなようです。
例えば、『十五夜月を望む

 中庭 地白うして 樹に鴉棲み
 冷露 声無く 桂花を湿す
 今夜 月明 人尽く望むも
 知らず 秋思の 誰が家に在るを

なんて七言絶句が。

ところが、欧米には名月を愛でるという風習はないようです。
このあたり、明治の文人・赤木格堂は「巴里人はみやびなきかも望月の今宵の月を願みもせず」と嘆いています。

うーん、どうなんでしょうねえ?

欧米が『みやびなき』ってのは穿ちすぎかと。
生活慣習の違いだと思うんですよね。

こんな話も聞いたことがあります。
ある立派なお屋敷の苔むす庭を褒めたところ、主人の欧米人が、
「そうなんですよ。この汚いカビを退治しなければならないんですけどなかなか手が回らなくて」
ま、言われてみりゃ成るほどと頷けも。彼らには彼らの風流があるんでしょう。

と、この言い回し、



また、2カテゴリ投稿をしてみるか

を丸写ししました。

………
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posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


五光のすりきれ

五光投稿日付には余り関係なく一昨日の日、三光・四光の話をしました。
五光については触れてませんでしたね。
花札競技中、もっとも高い役になることは言うまでもないでしょう、5枚の20点札を全て揃えた役です。

これを別名『雨入り四光』とも言います。
うん確かに、四光 + 雨(=柳の20点札)ですものね。
また、『雨四光』という役もあります。
一般的には、雨(=柳の20点札) + 他20点札4枚のうち3枚。

いいですか? ここからが肝心です。
この『雨入り四光』と『雨四光』が同じ意味で用いられることもあるんですよ。
まあ、この場合、「4枚」の役の方を指したり「5枚」の役の方を指したりで、まちまち。
競技前にルールで合意しておかないと、トンチンカンなことになりますね。

トンチンカン。
ある人によれば、語源はこうとか。

日米中3人の商人が、綿の取引をすることで合意した。
ここまでは順調。でも具体的な取引条件に進んだあとが。
米国の商人は、ロット=重さ単位をtonでいい、それを受けた中はチンではかり、さらに日は貫で返した。
もう訳分からなくなって物別れ。

いや、言葉の定義というのは軽んずることが出来ないようで。
いい実例が、「平均寿命」です。まー、この「平均寿命」ほど不正確に概念把握されているものも珍しいでしょうねえ。

ほら、よくいるでしょう?
平均寿命から自分の年齢を引き算して、あと何年、てやってる人が。
なんの意味のない数字ですよ、これ。

満(平均寿命-1)歳の人はあと一年しか生きられない?
んな、バカな!
ならば、満(平均寿命)歳の人は必ず死ななければならなくなっちゃうじゃないですか!?

平均寿命の定義は「その年出生の人間の平均余命」、これを読んでないんですよ。
かなりのインテリといわれる人たちが、この誤解をしてるのには驚かされます。
「平均余命」は男女別1歳刻みに算定されてましてね、この該当数字から「引き算」をしなければなんの意味もない数字を導き出してしまいますから。

と、この言い回し、



歌詠みたくなる名月の里、というタイトルです

を丸写ししました。
トンチンカンの話もそう…かな…



マゾヒズムの発明〜知的にSMを語ろう!




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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


不快の定義

 最近はブログもアダルトものからSM関連も含めて、数の増加に伴いその内容はますます細分化、多様化してきています。過激さも以前よりエスカレートしてきている印象。M願望にしても、自分には「そこまでできない」ような内容がけっこうある。
 基本的に不快なら読まなきゃいいわけで、他人のやることだし、別にたいしたことなかろうなどと思っていたものですが、これからはそうも言ってられなくなりそうなニュースがアメリカで話題になっていました。

 ブッシュ大統領は先月、身元を明示せずに不快な書き込みをインターネット上で行ったり、迷惑な電子メールを送信したりすることを禁止する法令に署名しました。
 これはつまり変態ブログを匿名で公開することも犯罪になる可能性を暗示する法律で、憲法修正第一条(言論・表現の自由)ともからんで現在もかなり物議をかもしているようです。

 そもそも「不快」とはなんぞや? 

「女性から鞭で打たれたい」と思うことはある人にとっては不快かもしれない。
(ていうか普通は痛いし、不快なんでしょうね、やっぱり^^)

 だからといって、そういう願望や妄想を、あるいは体験記を書くことが、犯罪になるとしたら、これはかなり深刻な問題でしょう。

 不快と感じるかどうかは人によって異なるからです。ある人にとっては快感になる。そんな曖昧なことで犯罪を定義されてはたまらない。

 表現の問題とは少しズレますが、姉歯建築士による偽装やライブドア問題でも「違法性の認識」がとりざたされていました。法律で線引きをするのはどこからどこまでなのかというのは、とてもやっかいな問題です。

 例えば、使用済み下着を未成年から買うことを禁ずる条例がある。買わなきゃいいのならもらえばいいの?または成人した女性からは買ってもいいとか?
 さらにそういう条例のない他の都道府県ではオッケーだったりする。

 法律に触れなければ何をしてもいいのか?

 結局、個人のモラルの問題から整理しないとならないような気がします。

 青少年を犯罪から守るという視点は必要とはいえ、露骨な性的描写からも法律で規制するのには違和感を覚えます。または、ある特定の人にとって「不快」という理由だけでその情報を規制してしまってよいのでしょうか。

 今のところ日本ではこの種の議論はあまり活発ではなかった。もともと米国などに比べると個人の自由や権利を尊重するようなかたちで多様な意見を持つことが難しいとされる日本社会。インターネットの普及やブログの流行が、そうした壁を崩しつつあるような感じです。

 だけど、ブログなどで個人的な体験や妄想を公開することが、その内容に関して法的な規制が可能なのか必要なのかという議論はバカげている。

 親とか学校、またはプロバイダーの自主規制ぐらいであれば納得できなくもないですが、お上にとやかく言われたくねえ!というのが本音ですね。
posted by homer_2006 | Comment(4) | マゾヒズムに花束を!
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