うらす

うらすふたたび『赤短』の話をしましょう。

花札の5点札は全て短冊が配置された図柄、そして1月から3月までの3枚はいずれも赤地に文字が書かれている、
そうでしたね。
競技において、これら3枚を集めると、その名のとおり『赤短』という出来役になります。
赤短、別名『うらす』、『裏菅原』ということですね。1月〜3月の10点札3枚で『表菅原』でした。

裏と表。
『裏』というのは差別用語的だから使うな! という意見の人もいますよねえ。例『裏日本』。
でも考えてください。
表千家より裏千家の方が格上ですよ。
それから、裏技なんてのも。
『裏』を上位におくあたりに、日本人の奥ゆかしさを感じないでしょうか?

  人の行く 裏に道あり 吉野山

古今東西、都には人をひきつける魔力があるようです。
奢る平家久しからず、平家の面々をはじめ、義仲も義経も、みな都の魔力にしてやられ滅びていきました。
で、結局勝ち残ったのが、都に積極的に近づかない、(行かなければならないときも)用がすんだらさっさと鎌倉に引き上げてしまう、のポリシーを貫き通した頼朝です。

同じような例がのちにもあったでしょう?
信長・秀吉はどんどん都に近づき、一代限りで終わった、
逆に家康は、三河、遠江、駿河、江戸とどんどん都から遠ざかり最終勝者になった。

やはり、へそ曲がりが生き延びるようで、


と、この言い回し、



人の行く 裏に道あり 吉野山

を丸写ししました。
しかも『ぜんぶん』(全文&前文)…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!




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高坂 弾正 − 信玄の『ホモ達』

65b86af3.jpg戦国時代最強の部類に数えられた武田軍。
その武田軍随一の用兵家にすれば、表記の副題は大いに不本意かもしれない。

事実、信玄の信州の平定は弾正の力なくしてはありえない。
その地の豪族高坂氏を名乗るようになった彼は最前線を任され上杉謙信に備えた。
また文の方にも優れた弾正は、かの甲州流軍学書「甲陽軍鑑」の著者でもある。

が、信玄と男色関係であったことも紛れもない史実だ。
近習として出仕した彼は信玄には寵童として非常にかわいがられ、信玄が弾正に対してしたためた嫉妬の手紙、浮気の謝罪文も見つかっている。

これは、別に両人が特異だったわけでもなんでもない。
戦国時代、ほとんどの大名は幼い男子を側に侍らせした。
小姓… あれである。
また一説によれば、盟友の証として大名どおし肛腔性交に及ぶこともあったという。
けっして男色は不潔視されてなかった。
いや、むしろ不潔視されるようになったのが極近年になってからなのである。

古く古事記の時代に遡ろう。
有名なヤマトタケルのクマソ征伐。
記載を読むと、

女に化けてクマソタケル兄弟に近づき刺し殺す、先に兄を刺し弟のほうは尻から貫いた。
この勇敢さに敬意を表した弟はタケルの名を譲り息絶た。

とある。
女に成り済ませるほどの美青年、寝所、尻から、敬意を、このキーワードから読めるとおりであろう。
非常に艶かしい。

さて、論者はなぜ同性愛の話題に1稿を費やしたか?
『生殖を目的としない性行為』の典型例であるから、勿論それもある。
が、それ以上に大きな意図は、時代背景を元に戻さなければ歴史文書などは正しく読めやしない、ということを訴えるためである。

論者は、ヤマトタケルは非常に艶かしいと言った。
これは取りも直さず、クマソ征伐をした人物は現在の価値観に置き換えれば『女である』と読むべきである、という意味で言ったのである。
同様の例が、京の五条の橋の上・牛若の弁慶退治。
これは、『女』が大男をやっつけたという伝承である。

男色が異端視されるようになったのは、いつの時代からなのであろうか?
おそらくは男女同権の思想の元、女性が男性の領域に入るようになってからだろう。
ついでにいえば、戦前までは男女共学は変態中の変態という価値観で見られていた。
ノーマル・アブノーマルの線引きなるものは、全く以って曖昧模糊としたものであるのだ。
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S女とは「サディズムに『濡れる』女」?

サディズム、マゾヒズム、フェチシズム等々耳にする機会も少なくなくなってきた昨今、これらを冠した創作めいたものを目にする機会も多い。
これらの大多数は、「濡れた」「勃起した」「射精した」「イッた」と性的昂ぶりに行き着く。
これらは、完全なる誤りである。

そもそも、これら特殊性癖はそれぞれ『性向』『嗜(愛)好』であり、少なくても語義には肉体的変化を内包するものではない。
よしんば『性的昂ぶり』を必前提とするものであったとしても、肉体的なものである必然性はない。

SMプレー、フェチその他に因する行為。
ひとくくりにして、なんと言ったらよいのであろう? 特殊性癖を基とする性行為?
これらは(性行為と呼べるかどうかは大いに疑問なのであるが)『生殖を目的としない性行為』である。
だからこそアブノーマルなのであるが。

ドライオルガスムスということがある。
ホモサピエンスは思考することができるだ。

性的昂ぶりを前面に押し出す自称『特殊性癖』作家。
まあ一部早飲み込みに乗じたインチキな連中が、商売や自己満足のために称しているのであろうが、かかる人種に関して多く紙面を割くのは本意ではない。


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永田洋子 − 総括の名の下、次々に同志を私刑

5065e104.jpgぐっと時代をあがって戦後日本史から。本稿を書いている今このときも、東京拘置所内で存命であろうと思われる人物である。

連合赤軍事件。
あの浅間山荘銃撃戦に震撼した国民は、永田ら幹部逮捕の安堵感もつかの間、リンチ殺人の発覚に更なる戦慄を覚えるのである。
なんと、12人もの同志を殺害して埋めていたとは!

素手で人を殺すのは相当な抵抗があるものだ。
それを、この小柄でおとなしそうな女性は…

リンチ殺人は主に永田、獄中自殺した森恒夫、そして最後は犠牲者となる山田孝の手により行われた。
圧巻は、この山田のときの逸話である。
山田は断末魔の中、地面の雪を口にし、そして息絶えたという。
さすがに一同しんとなるなか、永田は、
「コイツ、最後まで食い意地がはってやがる」
と、せせら笑いながら死体をつま先で小突いたとある。

いやはや、書いていても背筋が寒くなるような話だ。
が、その一方、例えば夫の坂口弘に対しては。
少ない食料の中肉は全て坂口に食べさせ、自分は西瓜だけですき腹を膨らませていた、などという優しい面も覗かせている。
これは当時流行していた尽くす女…
彼女は冷血殺人鬼であり、そして間違いなく女だったのである。

ようやく、サディズムによる女性支配の実例を見つけられた、か…
どうであろうか?
論者とすれば、フェムドム信奉者諸氏には甚だ申し上げにくいのであるが。

災害時・戦争時においては、永田類似の事例はよくある。
極限下においては、人の本性すらが変わってしまうということだ。
そして連合赤軍の面々は、その主観においては将に戦闘中であった。

永田洋子という人物が、平時において同じ行っていたのならば。
間違いなく真性サディスティン、サディズムによる支配を実現した人物と言うことになるのだが、悲しいかな立証する術はない。

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あそびごころ

花述べてきましたように、花札は長い間日本人に愛されてきました。
その証拠に呼び名も、花札、花カルタ、花、花合わせ、と多く、単に自分の鼻を指してみれば「花札をやろう」というこころが通じてしまうほどです。

言うまでもありませんが、鼻→花 という暗号ですね。
これもまた、日本人流の遊び心の顕例といえるでしょう。
同音意義の言葉のダブルメッセージを送る、

 花の色は うつりにけりな いたづらに 我身世にふる ながめせしまに

和歌の技法に多くありますよねえ。

ではお隣の中国では? 
漢字の発祥地に相応しく、漢字をくっつけたり分解したりが同流のお遊びのようです。

漠然としましたか。具体的に。
くっつけるほうを言えば、『幼婦』はイコール少女だから『妙』の字という具合に。
これは、三国志・曹操&楊脩のお話です。
では、同じキャストで、分解するほうを。

-------------------------------------------------------

ある人が魂の武帝(曹操)に一杯の酪乳を贈った。
武帝は、「おお、これはめずらしいものだ」といい、少しばかり飲んでから、器の蓋に「合」という字を書き、
「みんなにまわせ」
といった。一同は何のことかわからず、つぎつぎに器をまわした。順番が楊脩のところにきたとき、楊脩が蓋を取って一口飲むと、武帝はうなずいて、
「さすがに知恵者だ」
といった。
「合」という字を分解すると、「人、一口」となる。各人一口ずつ飲めという意だったのである。

-------------------------------------------------------

演義における楊脩の最期もこんな感じですよねえ。
舞台は曹操の漢中攻略の段。
思うに任せず攻めあぐんでいた、その日の曹操の夕食が鶏料理だったんです。

指令を聞きに来た伝令が聴いたのは、曹操の「鶏肋…鶏肋…」のつぶやき。
意味が解らない伝令は楊脩に相談します。
そして、楊脩は即全軍に退却を命じるのです。

鶏肋、ほらフライドチキンでもそうでしょう?
肋部分って全然食べられる部分がないでしょうが。そのくせ何か捨てるのは惜しいような気がしますよね。
ちょうど、そのときの戦況がそうでした。
別に戦いを続けても大した成果も期待できない、そのくせ転進も小癪だ、
いつもの通りいつものごとく楊脩は主人曹操の気持ちを読み取って行動を起こしたのです。

ところが、後ほど曹操がやってきて、何だこれは?! となるのです。
明朗に応対する楊脩。苦りきる曹操。
曹操にすれば、そんなことをつぶやいたことも意識下になかったのです。
それを内心の本音まで完璧に読まれてしまったので、薄気味悪さ爆発、楊脩を処刑していまうというお話になるのですが。

まー、いつものことでこれも史実からは遠いお話、

と、この言い回し、



こ、このIME・・。漢字を知りませんナ(`ε´)

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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曹植 − 兄・魏帝にうとなまれ続けた天才詩人

63167cad.jpgここで、フェムドムからは完全に離れた1稿を挟む。
後期三国志演義で名高いのが、この曹丕曹植の兄弟げんかである。

演義によれば、曹丕は弟・曹植をなきものにしようと様々な難題を吹っかける。
その極めつけが、背中に刀を突きつけ、七歩歩くうちに漢詩をひとつ作ってみろ、の帝命、ご存知『七歩詩』である。

この心底には勿論サディズムは存在する。
が、メインをなすのは近親憎悪であろう。
人というのは、自分により近しいものに嫌悪感を抱くものである。
曹兄弟は同腹である上に、詩という特技まで同じ、激しくいがみ合ったとしても不思議はあるまい。
まあ演技では、悪玉善玉を仕立てる必要があるので植が一方的な被害者に描かれるが、史実では決しておとなしい弟というわけではない。
純然たる喧嘩であったと見るほうが自然だ。

けど、その兄弟がかたや皇帝として栄華を極め、かたや敗残者として『匹夫に等しい』余生を送ることを余技なくされたことは、紛れもない史実だ。
王とは名ばかりで実態は匹夫に等しい… 帝位につけなかったきょうだいたちの生活は本当に悲惨なものであったそうだ。
いや、まだ命があるぶんだけマシか?
同じアジアでも西のほうでは、敗者は消石灰と一緒に麻袋に詰め込まれ海に放りこまれてしまうのである。骨も残さないために。
何百人もいるきょうだいたちのうち、たった一人を残した全員が辿る運命、惨い話だ。

何百人もいるきょうだいと言った。
実際、イランあたりには15歳のとき既に700人以上も子がいた王もあったらしい。
ここで『たった一人』のほう、王なり皇帝なりに話を戻そうか。

このような酒色三昧の生活が身体にいいわけがない。
皇帝(王)などというものは、それが原因で並べて早死である。
後漢の皇帝はほとんど30まで生きられなかったのではなかったろうか?
これが勝者の辿る運命、いやこれでは到底『勝者』とはいえまい。
どうやら支配者もまた、勝者たりえないようである。

いつの時代も、勝者なき戦いは空しい。


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則天武后 − 中国歴史上で皇帝と名乗った唯一の女性

aec73555.jpg同じく我が子をしいして帝位についた女性をとりあげよう。

女性でありながら皇帝にまで上り詰めたくらいであるから、彼女も相当に血なまぐさいことをした。
だが、なかなかの名君であったようだ。
政治だけではなく、文化の面でも功績あり。文字を作るといった業績も残してる。
水戸光圀の圀の字、これが則天文字である。

さて、『后』というくらいであるから、もともとはこの人は女官の出である。
若き日、太宗皇帝から癖馬の扱いを問われた折の逸話をひとつ。

「私なら先ず鉄鞭で打ちます。それでも従わなければ鉄撾を首につきたててやります。それでもなお従わないときは匕首で喉をかっきってやります。」

因みに論者が同じ質問をうけたとしたら全く同じことを言ったであろうが、それはさておき。
二代の皇帝の寵愛を受けただけあって、則天武后という人は美しい女性であったようだ。
そして、非常に若作りだったようである。なんでも70歳過ぎても30歳くらいにしか見えなかったとか伝えられる。

にも拘らず、武后からは女性のイメージがあまり浮かばない。
なぜか? 上述の為政者手腕のせいもあるだろう。
が、それよりも大きいのは彼女の『遊び方』から、ではあるまいか?

お気に入りの家来に陰核をしゃぶることを許したり、美少年を集めたハーレムで乱交にふけったり…
将に男の遊びそのものである。
事実、臣下から乱行を咎められたおり、武后は「男の皇帝ならば…」と愚痴ったという。

性格面という切り口からすれば、皇帝としての則天武后はドミナントを通り越して『男そのもの』であったといえるのではなかろうか?
少なくとも論者には同性の匂いが感じられない。




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北条政子 − 我が子を謀殺した尼将軍

760a00ee.jpgでは、我が国における女性支配者をとりあげよう。
北条政子、源頼朝の正室。
論者は別所で、源平時代一の女傑と評した。

頼朝なきあと、政子は幕府実権を手中にし徐々にその勢力を磐石にしていく。
詳細には触れぬが、2万の武装兵の前に単身立ちはだかり睨み返したり、尻込みする兄に発破をかけ朝廷と一戦交えさせたりと、将に将軍そのものである。
そして、何よりも。
能力がないと見て取ると、自分の子供であっても容赦なく切り捨てる徹底振りは特筆に価する。

かつて古代にも、夫亡き後夫婦で築き上げた権力を守り拡大していくため、謀略を巡らせた女性支配者がいた。
持統天皇である。この女帝もかなりの血塗られた支配をしてのけている。
だが、政子とは決定的な差異がある。
持統帝が葬り去ったのは、我が子・孫の政敵である人々である。

母たるものが自分の子を守り立てるために血を流すのは、むしろありがちなことだ。
そして、極めて女性的である。
だが、尼将軍・北条政子の場合はかくのごとし、もし夫・頼朝が能力がないと見て取っていれば、これをも切り捨てていたであろう。
母性をも殺した、究極の女性支配者…

さりとて、政子の性格の部分に母性欠如の傍証は見出せない。
ましてや、サディズムに至っては匂いすらも感じられない。
思うに尼将軍は、その支配目的のためにありとあらゆる感情を殺し去っていたのではあるまいか?

支配とは限りなく忍従的である。

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せめて一輪 母上に

梅と兵隊春夏秋冬四季折々の花の咲き乱れる花札。
親しまれている花で、登場しないものがあります。何でしょう?
ってことで万葉集は防人の歌を見てみましょう。

  時々の 花は咲けども 何すれぞ 母とふ花の 咲き出来ずけむ

そうでした。『母という花』は出てきません。
さて、この歌の作者は丈部真麻呂 (はせつかべのままろ) 。遠江国山名(やまな)郡の人。天平勝宝七歳(755)二月、防人として筑紫に派遣される。丈部(はせつかべ、はせべ)は「杖」に由来する軍事的部民、とあります。

生没年未詳とのことですが、おそらくとても若いと思いますよ。
母という名の花は咲かないのだろうか? もし、あるのなら手折っていくのに、という感性から読み取れます。

で、連想されるのがバタヤンの『梅と兵隊』。

  春まだ浅き 戦線の
  古城にかおる 梅の花
  せめて一輪 母上に
  便りに秘めて 送ろじゃないか

この歌、僕、好きなんですよ。気が付けば口ずさんでます。
トンでないときにも。
一斉を風靡した家庭用テレビゲームでドラゴンクエストというのがありますよね。
あれのUをやりながらです。
最終敵との決戦に向かう場面のBGMに乗せながら口ずさむは3番の歌詞、

  明日出てゆく 前線で
  何れが華と 散ろうとて
  武士の誉じゃ 白梅を
  戦闘帽(ぼうし)にさして 行こうじゃないか

まあ、ゲームBGMなんてのは繰り返しである上に軽いことが条件になりますから、リズムの乗せて別の歌が出てきたとしても不思議ではありますまい、

と、この言い回し、



歌謡に古いも新しいもあんもんか! と訛る

を膨らまして書きました。
いつもみたくの丸写しじゃないぞ〜
でも、ネタを丸々いただいちゃって…る…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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今年の振替納税の引落日は4/20(木)になります

どこかでお会いしましたねえ。またお会いできてうれしいです。

さて、桜の開花が待たれる今日この頃、皆様方には所得税の確定申告も終わり、充実感に浸っていらっしゃることと思います。
いかがでした? 改めて去年はよく働いたなあ、感じられましたか?

え、まだ?
いけません。理由なく申告をしなければ罰則がありますよ。懲役刑まで定められてます。
すぐさま、取り掛かりましょう。

これもご縁ですから、少々見落としがちなことをお知らせしましょう。
先ず僕は、なまじっかな知識を持ってらっしゃる方が心配なんですよねえ。
例えばですよ。

自分は外国人だから日本の税金は関係ない?
違います。人種国籍は関係ありません。
所定期間日本に住んでるのなら、日本人と同等に扱われるのが所得税なのです。

源泉徴収で1割取られたから、もういい? ああ、掲示板サイトでよく見ますね。
いいですか? それは仮払いです。
その精算をするのがまさしく確定申告なんですよ。

サラリーマンで年末調整をしたから関係ない?
うん、かなり読んでらっしゃいますねえ。
でもですよ。
少額所得申告不要の規定が地方税法にあるかどうかご覧になるといいでしょう。

とまあ、こういったことをおっしゃる方もそうなんですけど、僕が一番心配してるのは学生諸君なんですよ。
未成年であろうが、極端な話小学生でも例えばアフリで稼いでいれば、所得税の申告納税義務が生じます。
そして、ご本人だけでなく、親御さんの所得税の方にも影響するんです。
これが肝心ですよ、いいですか?

親御さんは貴方を扶養にしているでしょう?
所定以上の所得のある貴方は扶養から外れますので、親御さんも申告しなければならないことになります。
もし貴方がですよ。収入があったことを親御さんに話さなければ、親御さんは所得税等を少なく計算したままで終わってしまいます。
そして、どうなるか?
もし親御さんがサラリーマンなら、会社に通知が行くことになります。
つまり平たく言えば、親御さんが脱税者として会社等に通報されることになってしまうのです。

こんなことになったら大変ですよねえ。
覚えがある君はすぐさまご家族に相談の上、行動を起こしてください。

さてさて、これは、ウザいのキモいのと、はぐらかして済む問題ではありません。ほんとですよ。
良識あるネット人とは社会規範に従う人のことです。
サイトの真価はアクセス数や信奉者の多寡の決まるのではなく、社会規範に従ったか否かで決まるのではないでしょうか?

さあ、先ずは行動を起こすことです。
そして、来る4/20に備えましょう。

   マゾヒズムに花束を!

   マゾヒズムに札束を!


    マ ゾ ヒ ズ ム に 納 税 を !


エリザベス一世 − スペイン無敵艦隊を討ち破る

5b489871.jpg名実ともに女王様である人物を登場させよう。
ヨーロッパの女性君主には、あちらの意味でも女王様であるケースが多い。
中には自分宛の手紙を配達してきた配達夫を全て断頭台にかけた女王もいたとか。

かの『流血のメアリー』の後を継いだエリザベス一世も処刑にかけては先代にひけはとらない。
どうも彼女は、好きになった男を断頭台に送ってしまう癖があったようだ。
だから、生涯子をなすことがなかったのであるが。
その分、為政でカタルシスしたのかもしれない。

さて、エリザベス一世即位当時はスペインが世界最強国であった。
彼女は考える。どうやってあの無敵艦隊を破るか?
そして一つのアイデアが浮かぶ。
もうひとつの頭痛のタネ、海という海を荒らしまわっている海賊連中。
彼らを使えないものかと。毒をもって毒を制す。

紆余曲折あって、いよいよ海賊首脳部との会見に及ぶ。
彼女は、本題から入らず古典文学の話を用いだし海賊どもの機先を制した。
頃やよしと見て女王は切り出す。「さて、最近、そのほうら…」

いよいよ説教が始まるのかとビクついた海賊どもの耳に飛び込んできたのは、意外や意外、「もっと、おやりよ」という励ましの言葉であった。
「海賊船であることさえ示めさなければ、我が国どの港への寄港も許す」
「水・食料・燃料を提供する」
海賊にすれば、どれひとつとっても、耳を疑うようなおいしい話ばかり。女王の申し出を辞退する理由はない。
全ての条件に合意し、下がろうとした彼らをエリザベスは呼び止めた。

「お待ちよ。これだけ有利な条件出してるんだから、そっもアガリの…」

この瞬間、エリザベス一世は海賊集団の『大姉御』となったのである。
そして、彼女は子飼いとなった海賊どもに教育を施しスペイン無敵艦隊に勝る海軍を育成していく。

さて、この記事における論者の目的は、フェムドム信奉者の描くサド性むき出しの支配者像に一石を投ずることある。
もしエリザベス一世がサド性を爆発させ海賊狩りをしていたのであったなら、以後の大英帝国は存在しなかった。
耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び…支配とはむしろ忍従的なものでおる。

ここまでが本論であるのだが、少々余談を。

このブログもお世話になっているライブドアは、M&Aという言葉を世間に広めてくれた。
そしてその企業買収路線の暴走からの脱線した。
エリザベス一世の海賊集団買収はM&Aそのもの。
16世紀のヨーロッパには、世界最強艦隊以上の海軍を只で買収してのけた『天才女社長』がいたのである。
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『水』たる『砂』

菖蒲10再び菖蒲の10点札を見てみましょう。
菖蒲に八橋でしたね。水の風景です。
と、花札48枚を見返すに水の景はこれのみなんですよねえ。

意外なことです。
和歌の世界では、海浜・河川・湖沼の風光を歌った佳作は数知れないというのに。

うーん、つらつら惟るに。
枯山水というのがあるでしょう? 池や流水を用いず、石と砂で山水の風景を表現する庭園形式。
ちょうど時期も室町時代。
案外、水なしで水を表現する、という流行が影響しているのかもしれません。

さて、輸入元である中国の国。
やはり、水に例えられた砂があります。

   磧中の作

 馬を走らせて 西に来たり 天に到らんと欲す
 家を辞してより 月の両回 円かなるを見る
 今夜は知らず 何れの処にか宿せん
 平沙 万里 人煙絶ゆ


盛唐・岑参(シンジン)の七絶です。
西遊記では流沙河、河に例えられたゴビ砂漠の景ですか。

砂漠といっても、日本の鳥取砂丘のような細やかな砂ではない、
陳舜臣さんの記述によれば、石炭殻大のごつごつした砂に覆われた「痛そうな」砂漠なのだそうです。

そして、西遊記における流沙河の住人、いや『住怪』ですか? こそがご存知沙悟浄。
松カテゴリーでも話題にしましたが、ちょうど今、某民放でやってますよねえ。
演ずるは内村光良、金をかけた学芸会だと酷評されることの多いこのドラマで、うっちゃん沙悟浄は例外的に好意的評価がされているようです。

某民放西遊記でも沙悟浄は河童です。
そうでしょう。沙悟浄といえば河童、絵本あたりではそれが定番ですものねえ。

ところが、原書では「水の怪」と書かれているだけなんですよ。
そうそう。ある箇所にこんな記載があります。

「悟空はサルのような顔をして、八戒はブタのような顔をして、悟浄はトラのような…」
どうも河童ではないようです。

調べるに、河童というのは純国産品の物の怪で、中国には存在しないのだとか。。。
と、この言い回し、



…もたついたなあ
沙悟浄≠河童

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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織田信長 − 鳴かぬなら殺してしまえ

d839a9e2.jpg日本人2番手は男性である。
表題のホトトギス3様であらわされる様に、数々の残酷エピソードを残す織田信長だ。

が、よくよく伝記を読めばイメージとは少し違う信長像が見えてくる。
信玄や謙信を「御館様」と呼び、世辞たらたらにへつらっていたことはご存知だろうか?
大凡「殺してしまえ」の信長とは思えない。
彼は短気者どころか、目的のためなら百年でも我慢できる男なのだ。
こうしてみると、残酷エピソードは彼のサド性癖から発せられたものとは思いがたい。

むしろ論者が興味を覚えるのは、若き日のかぶいていた頃である。
信長は女の着物を着て女踊りばかり踊っていたという。
そして、御馴染みのこの肖像。極めて中性的な面持ち…伝承とも一致する。

つまり織田信長という人は、今日で言うところの性同一性障害の傾向があったように思えるのだ。
彼が残酷行為に及んだのは『女性』が爆発したときなのではなかろうか?
例えば、秋山信友を長良川で逆さ磔に処したあたり。
将にそう感じる論者である。

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サディスト vs マゾヒスト はベストカップルにあらず

この記事ではSMプレーの話題に触れる。

この話はご存知だろうか?
「マゾヒストなるものはいない」

マゾヒストとは嗜虐性向者、ひらたく言えば、苛められて悦ぶ者、という意味である。
ところが、「悦んでいるのなら苛められてるわけでもなんでもない」、極めてシンプルな壁に突き当たるのだ。

念のために言っておくが、これは言葉の遊びでもなければ哲学や宗教の問答の類でもない。
れっきとした論理学の問題である。
「落書きするなと落書き」「張り紙するなの張り紙」、論理のブラックホールは極身近にある。

これを突き詰めるのは、本ブログの趣旨ではないので本題に移ろう。SMプレー。
出会い系サイトを覗けば、よく目にするであろう「Sです。M募集」、一見正しいように思える文言である。
が、考えればすぐにおかしいと気づく。

S = サディストとは加虐性向者、ひらたく言えば、苛めて悦ぶ者、という意味である。
マゾなるものの存在の如何に拘らず、『相手を充足させて昂ぶる者』ではない。
どうも、女性S男性Mの世界では、S = マゾ理解者 という位置に置かれているきらいがある。
気の毒ながら、サディストはそんな寛大な存在ではない。むしろ峻烈な存在ですらある。

そして何よりも。
事実、真のサドはマゾなど相手にもしないのが現実だ。
色々検証していくつもりの論者である。

下世話に言われる「サービスのS、満足のM」。
これもフェムドムワールド信奉者が作り出してきた虚構のひとつといったところであろうか。


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秋思

ボズゾロ煌々たる満月の20点札、雁の鳴き渡る10点札。
これらを見た後に素の札(カス)を見ると、改めて秋の物悲しさを感じさせる花札・芒です。

土用は、五行でいうところの赤夏から白秋へと季節が変わる初秋の頃。

赤から白へ。
有から無へ。
そして、生から死へ。

秋の物悲しさは、生物のもつ「死の本能」Todestriebに起因するものなのでしょう。

飛躍しました。戻します。
五行思想の本場では、どのような秋思(あきのおもい)が描かれているのでしょうか?
見てみましょう。


   秋の思い  劉禹錫

 古より 秋に逢うて 寂寥を悲しむ
 我は言う 秋日は 春朝に勝れりと
 晴空 一鶴 雲を排して上る
 便ち 詩情を引いて 碧霄に到る

想定どおりですね。
では、続けてもうひとつ同じく『秋の思い』を。
但し、これは『シュウシ』と音読みにします。


   秋思  張籍

 洛陽城裏 秋風を見る
 家書を作らんと欲して 意 万重
 復た恐る 怱怱 説いて尽くさざるを
 行人 発するに臨んで 又た封を開く


ふんふん、家族への手紙ですか。
封を閉じても、またもう一度開いてしまう、何度も書き直したであろうに、更にもう一度見直さずにいられない。故郷を離れた旅人の寂しく切ない心情。
どっかの解説はこうとってました。
同じ秋思でも、劉禹錫のは「秋は物悲しい」的記述に「しゅうし」してましたが、こちらは一歩進んだ心情描写があると僕も思います。

と、この言い回し、



税込み100円で買ってきた国語大百科が大活躍
今日のは「秋思」を「しゅうし」と音読みにする

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


阿部定 − ご存知「チン切り」

阿部定フェムドム神話の非現実性を述べるにあたり論者は、『体格体力体型の男女(格)差』という言葉を使った。
体格体力の2つは個別差がある。従って男女の逆転もありうる。
だが、残りの一つである体型。これは苦しい。
とりわけ性器の形状だけは、いかんともし難い宿命である。

男性は凸状の性器に優越感を持ち、女性は凹状のそれに劣等感を持つ。
よって、男性は優越感のある性器を見せ付けたがる傾向に走る。
大凡女性たるもので、男性から性器を見せ付けられた体験のないものはないであろう、と言われるくらい男の露出癖はポピュラーな事例である。

幸いにして論者はその被害にあったことはないのであるが、ただ…
ネット巷間における『2次元露出狂』から男性器を見せ付けられつづけ、少なからず不快な思いはしている。
それ故、「チン切り『定』」には密かなる喝采を送りたいところだ。

かの有名な阿部定である。
文字通り男性のシンボル、誇りの象徴であるペニスを切り取ると云う行為は、勿論サディズムであろう。
ただ、その心底にあったものは?

ここで考えなければならないのは、当時の社会背景だ。
思えば、幕末から終戦までに至る時期は日本史上女性の地位が最も低かった時代である。
対等な立場で自らの充足のため、チン切り行為に及んだとなればサディスティンでもあろうが、そうでないとすれば。
この阿部定も、箱屋殺しで毒婦中の毒婦と謳われた花井お梅あたりと同列に置かれるべき人種ではなかろうか。

それにしても、大陸に目を転ずれば東西を問わず、何百何千のペニスをチョン切った女などウジャウジャいると言うのに!
たった一本切っただけで、歴史に名が残ってしまう日本はやはり島国である。
posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


売買春の変態性

ブログのテーマからは少々外れるのだが、是非にも書きたいのでここに。

巷間あふれる時事報道のなかで、論者が激しい憤りを感じるトピックスがある。
それは『児童買春』。
誤解のないように願いたい。『買い手』ではなく『売り手』に憤っているのである。

懲罰を定めた法規の立法趣旨によれば、「わずか、18歳、17歳、16歳、15歳…」だから?
冗談ではない。その年代なら十分に物事の善悪の判断はつくではないか!
「18歳、17歳、16歳、15歳… にもなって」である。
何が『児童』であるか!?

買い手の行為は勿論悪事であるが、心理はノーマルであろう。
男性が若い女性を求めるのは優勢生殖のための自然の摂理。
それ故に、女性、とりわけ若い女性には貞操観念というのがあるのだ。
生活のためならばいざ知らず、ただの遊び金欲しさ・興味本位から春をひさぐような女は変態としか言いようがない。

中高生が売春をしているのではない。
売春婦が高校・中学に通っているのだ。
と、月並みではあるが全くの正論であるこの言葉で締めくくる。

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サロメ − 舞踏の報償として洗礼者ヨハネの首を求めた舞姫

サロメさて女性のサディズムを探る上で、いの一番にあげなければならないのは、この人物であろう。
キリスト教の新約聖書中のエピソードで史実と言えるかは疑問であるが、人類史上最古のサディスティンの一人と位置づけられている。

正直論者はサロメに詳しいというわけではないのだが、話によればサロメは皿に盛られたヨハネの生首に口付けたとある。
これはある種、屍姦。そして艶かしくもある。
立派なサディズムである。

だがこの逸話からは、もっと別のファクターを色濃く感じる。
何かといえば、女性型の独占欲とでも言おうか。
ここに、一つの戯曲がある。木下順二『夕鶴』、論者はずばり嫌いだ。
鶴女房つうは、愛する与ひょうのためと思い自らの羽で布を織り上げた。
ご存知のとおり、結果的には裏目に出て与ひょうをダメにしてしまい、悲しみにくれることになるのだが。
サロメの生首逸話の根底に、つうの布織と同種の心理状態が感じられてならない。

それにつけても、目的の為より強大な権力にすがらなければならないサロメのような女性像は、見ていて限りなく物悲しい。
巨大掲示板群に好事例があった。
年下の女上司…、役員の愛人であるがために若くして管理職についた女性になりきった書き込みに、論者は物悲しさを覚えた。
脇から入り込んで件の女性像をぶちこわしたのは論者の仕業である。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


魔女性

男性よりも女性のほうが、残酷なことを平気でする。
これを魔女性という。

この魔女性はアニマ論で説明がつこう。
アニマ… これは男性の心に存する『永遠の女性像』である。
全ての男性の内面には女性がいる。
逆に、全ての女性の心にはアニムス = 『永遠の男性像』が住まっている。
その内心の男性が女性をして、過酷な振る舞いをさせるのである。

男たるもの立場上、厳格に振る舞わなければならぬことが多い。泣いて馬謖を斬る…
「可愛そう」と泣きながら、心の中では「なにさ、いい気味」とせせら笑うのが女。
論者も大いに覚えがあるのだが、それはさておき。

では実際問題として、残酷好きの女のほうがサドが多いか?
答えは明らかにNOであろう。
そこらが、フェムドム神話の非現実性なのであるが。

この原因として考えられるのは、体格体力体型の男女(格)差だ。
女性とすれば、これらに勝る男性をいたぶり辱めることは逡巡していまう。
なぜならば、いつ何時気が変わった相手からやり返されないとも限らないから。
恐怖が先にたってしまうのだ。

それ故に、女性のサディズムは同性に向くことが多い。下世話に言うところの『レズボス』。
この事象は、フェムドム信奉者たる紳士たちにとって慰めとなるか、はたまた…

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世に言う『サディスト』なるものは存在しない

冒頭申し上げておく。
この記事に関しては論者の私見ではなく、現行分析学等における通説を示す。
その点を踏まえてお読み願いたい。

さて近年、「自分はS(サディスト)だ」「彼はM(マゾヒスト)だから」亜流の言い回しがされる。
そもそもの成り立ちに立ち返れば、これは明らかに誤った用例である。
本ブログ第1稿は、この点の擦り込みを目的としよう。

『粘着』。このネット符牒はご存知であろう。
おそらくは、ドイツの精神医学者 エルンスト・クレッチマー の『体格と性格』に登場する粘着性気質の略。
彼は同書において、性格三分類(粘着、躁鬱、癲癇)を行った。

ここで注意しなければならないのは、粘着性気質の人間、躁鬱性〜、癲癇〜なるものはいないということである。あたかもドンキホーテ型・ハムレット型の人間はいたとしても、ドンキホーテ・ハムレットという人物はいないが如くに。
挿絵つきの書であるので、3つのうち体型の一番近いものを指して「ああ、自分はこれだ」という人がいるがこれは、そもそもの根底を理解していないがための誤解だ。

人間だれしも3つを持ち合わせている、状況いかんでその何れかが表にでる、というのがクレッチマーの理論なのである。ご確認のほどを。
人間、十人十色、千差万別の性格…この分析であることに留意されたい。

サディズム、マゾヒズム、フェチシズム…全く同じ事情である。
これらも万人が大なり小なり持ち合わせている性格因子の一に過ぎない。
何れかの時に何れかの人物のサディズムが表に出たとしても、彼もしくは彼女が即サディストというわけではないのだ。

冒頭掲げたような意味でのサディスト、即ち、マゾヒズムを全く持ち合わせない、いや全人格がその正反対の極にある、サディストなどいうものは存在しないのである。
ましてや、S、M、ノーマルの『性癖三分類』などナンセンスの極み。

さらに付け加えれば、クラフト・エービングの時代からは年月を経過した現在のこと、生活様式、価値観その他、かの時代からは大きく変化している。
かのサディズム命名者の分析自体にも陳腐化が生じつつある。
posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


自然の織りなす三原色

紅葉カス紅葉なのに青短とは是如何に?
と、10月の花札をよくよく見てみると、ちゃんと青色紅葉も描かれてますね。
いや、それだけではありません。黄色紅葉も。
なんと、見事に三原色ではありませんか!

この様に、花はなくても花並に、いやそれ以上にカラフルなのが10月・紅葉の札です。
その艶やかさは、百人一首の時代は言うに及ばず万葉時代において既に『日本の秋の彩り定番』なっていました。

見てみましょうか。
遣新羅使人。当時朝鮮半島にあった新羅国に使わされた使者ですね。
万葉集巻十五には、この遣新羅使人の歌が収録されています。
ご存知の方もあるでしょうが、この一行の旅は苦難を極めました。
大幅に予定が遅れ、玄界灘に出たときはもう秋。
そして、対馬の竹敷に着いたとき、「對馬娘子、名は玉槻(たまつき)」なる人物が現れ一行と一緒に歌を詠むのです。

  もみち葉の 散らふ山辺ゆ 榜ぐ船の にほひに愛でて 出でて来にけり 

  竹敷の 玉藻靡かし 榜ぎ出なむ 君が御舟を いつとか待たむ 

 もみぢ葉のしきりに散る山辺を通って漕ぐ船の、美しさに心引かれて、ここに出てきましたよ。
 竹敷の浦の玉藻をなびかせて、漕ぎ出していらっしゃるあなた様のお船を、いつおかえりと思って、お待ちしたらよいのでしょうか?

品のいい歌ですね。

玉槻。今でもこの名の土地があるようです。
おそらくは浮かれ女の類だったんでしょう。一番の教養人というわけですね。

って誰です、誰です?
「たますき」なんて品のない連想してんのは、

と、この言い回し、



くどいようですが、万葉時代は「もみち」と清んでよみました

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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鬼か神か

鬼札再び、柳(雨)のカス札=鬼札の話をしましょう。

投稿日付に拘らず前に話した『むし』競技ではこれがトランプのジョーカーに相当する札になります。
そう、むしでは鬼札は雨のカス札ではなくなり、(逆に雨以外の)どんな札とも合わせてとれる万能の札になるのです。
これに関連した用語もいくつか。
鬼付の場 (始めの場札の中に鬼札のある状態)、めくりの鬼付、鬼をかつぐ(逡巡して折角の鬼札を持ち続けてしまうこと) 等々。

一義的には悪である鬼も能力的には、人を遥かに凌駕する存在。
羅生門の下を散策していたら、すばらしい(漢詩の)対句が浮かんできた、これは自分に鬼が乗り移って創ったに違いない、『鬼の対句』だなんて。
人智を超えた傑物のことを『鬼』ということがありますよね。

「小次郎将門、鬼か神か?」
大昔の某国営放送大河ドラマで、山口崇ふんする平貞盛が吐いた台詞です。
小次郎将門とは、主人公・平将門、西暦三桁の時代にわずか2ヶ月で関八州を平定し坂東の地に独立国家を築きあげた武将ですよねえ。

ほんと、これ、神業ですよ!
いや、将門という人の肉体に鬼が乗り移ったんですか。
はい、鬼神将門の子孫である僕が申しておるのですから間違いはございません。

こういうのご存知ですか?
直系尊属、父母は二人、祖父母は四人、と、固めにみて一代30年で計算すると…
1705年、赤穂浪士時代あたりかな、には1000人超の私のご先祖がいると計算できます。
そして、更に300年遡った一休さんの時代には100万人。
という具合に、10世紀まで遡らないうちに当時の日本人口を超えてしまうのです。

このお遊びは、先祖は誰々というのはバカみたい、というアイロニーに用いられますよね。
殿だかなんだかといわれてやに下がっていた、いつぞやの総理大臣、

と、この言い回し、



土佐日記ですよ〜

を丸写ししました。
……女鬼平……鬼ミユ

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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西遊記

松再三申し上げているように、さて今日もこの出だしから、松は大変おめでたいとされている植物です。
投稿日付に拘らず前に紹介した『花札占い』の松の言葉は?

 松が常盤の緑に繁るがごとく、富貴発展する吉兆である。
 人の援助を受ける。
 恋愛、結婚は必ず結ばれ、開業、新築、移転、就職などよろし。

将に想定どおりといったところです。

さて、今日は少し趣を変えてお隣の国・中国の松事情を見てみましょうか。
やはり、長寿の象徴ではあるようです。

代表的なポピュラー古典・西遊記。今ちょうど某民放でやってますね。
この一節をひいてみましょう。荊棘嶺の段。
ここでの主人公は悟空ではなく八戒です。

猪八戒正しくは猪悟能。マンガその他では、マヌケの代表格になってしまうあの八戒。
そして『某民放〜』で演ずるは『電車男』でスターダムにのし上がった伊藤淳史。
原作と大幅に設定を変えたこのドラマでも、この設定は共通のようです。

けど、これ、なかなかの使い手なんですよ。
ただ悟空との比較ですっかり見劣りがするんですけど。
荊棘嶺の段では、その熊手をふるって大暴れします。

ここで現れ出た妖怪は十六公、例のごとく例によって三蔵をかっさらうのでありますが、それから先がちと違う。
「風清く月あきらかなる今宵、あなたにおいで願って、友を集め、詩を語り合いたいと思ったのです」
現れ出たのは皆老人で、それぞれ、孤直公、凌空子、払雲叟と名乗り、三蔵と詩文の応酬をするのですが。
杏仙と名乗る仙女があらわれてからがおかしくなります。

それこそ例によって例のごとく、三蔵の童貞風前の灯火! となったとき三兄弟が現れて救い出すのですが、妖怪どもの姿は雲散霧消。
いや、ここに、と目の前の松の大木を指して悟空。
十六公、一文字で書けば松ですよね。同じく孤直公は柏、凌空子は檜、払雲叟は竹、杏仙は言うに及ばず、
でございまして、つまりは植物性の妖怪軍団だったのです。

で、このときの暴れ役は八戒なんですよ。
いつもの暴れ役悟空は、木を打ち据える八戒を止めようとした三蔵に釘を刺したに過ぎません。

と、この言い回し、



詩文を入れようとしたのだけど、、、

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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4月? 5月?

あやめぐささて、5月には五節句の一つ『端午の節句』がありますね。
『菖蒲の節句』とまではいかないものの、軒に菖蒲を挿したり菖蒲湯に入ったりする風習がある…
花札テーマの本ブログとしてはうれしいことです。
そうそう、端午の節句には菖蒲がつき物、『六日の菖蒲(あやめ)十日の菊』という格言があるくらいですしね。

ただ調べてみると、菖蒲湯に使うショウブは花札に描かれているハナショウブとは全く別の植物のようですね。
形が似ているということでしばしば混同されるとのことですが。
そして、既に万葉時代には菖蒲草(あやめぐさ)という名の、今のアヤメとハナショウブとカキツバタの原型があったようです。
一首見てみましょう。巻十-1955、作者不詳の歌です。

   ほととぎす 厭ふ時なし 菖蒲草 縵にせむ日 こゆ鳴き渡れ

あれあれ? この歌のメインテーマはむしろ、ホトトギスのようです。
前に他月でも触れましたように、ホトトギスはさわやかな初夏を象徴する鳥ですものねえ、花札ブログとしては残念。
そして、この組み合わせは多いんですよ。
万葉中、あやめ草の登場する歌は11首、うちホトトギスとセットが6首。

と、この言い回し、



初スランプ(?)13日目

を巧みに丸写ししました。
向こうだって、こっちに…

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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いけない僕をイヂメて、イヂメて!
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    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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無の境地

白少し前の投稿で触れましたが、花札には12ヶ月48枚のほかにもう一枚、何も描かれてないこの札が入ります。
予告したとおり、今日はこの札の話をしましょう。

これもまた、花札のルーツがトランプにあることの傍証でしょう。
トランプのジョーカーを見て48枚に加えられたものと思われます。
事実、欧米あたりには「日本のカードのジョーカーだ」として伝わっている向きもありますし。
ただ、ご存知のとおり、この札にはジョーカー的効力はありません。

さて、『何もないもの』。
これもまた、風情があるものです。
オリエンタル的な情緒。仏教では有よりも無の方がはるかに上位ですね。
そういえば数字の零を発見したのは印度人、っとそらさずに仏教関係者の和歌を紹介しましょう。
作者はおのずと判ります。

  うろじより むろじへ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け


ね、ちゃんと名前が入ってるでしょ? 一休さん。
後小松天皇の御落胤でありながら、母が南朝ゆかりのものであったため、室町幕府によって僧籍に入ることを余儀なくされたのですよね。

うろじ = 有漏地 とは、煩悩多きもののいる世界ということで、この世のこと。
むろじ = 無漏地 とは、煩悩の穢れなき世界ということで、平たく云えば極楽浄土のこと。
仏教修行もあせらずたゆまずやりましょうということでしょう。

と、この言い回し、



なにがいいたいか、お分かりですよね?

を巧みに丸写ししました。

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仲よきことは…

桐カスさて、桐に関しては好意的に記述してきた本ブログです。
では、投稿日付に拘らず前にお話した、花札占いで桐の札の意味するところは?

 「余りにも自己を主張し、反省がなく、人の言に耳をかさないので、足をすくわれ転倒しやすい。
 わざわい身辺より生ず。協調の精神を保つよう努力すること。」

どうも、碌な意味ではないようです。

何か思い出しませんか? 
大手日刊紙のコラムに興味ぶかい記載がありました。

なんでも、ふた昔も前の某財界人によると、
「会社を窮地に追いやる経営陣には二通りのパターンがある。バカ同士が仲良くやっているか、利口同士が反目しあってるか、どっちかだ」

そうです。
続けて、日航を後者の典型パターン、そしてかのライブドアを前者の典型パターンと論説してありました。

将しく、ってとこですよねえ。
そして花札占いに話を戻せば、最後の処方だけが違っていた(正反対だった)、ってことになりますでしょうねえ。

ただまあ、敢えて擁護するとすれば、『バカ同士が仲良くやって』ってのは単にライブドアだけのことではない。インターネット(関係するところ)広く全般に言えることなんです。
アレですよ、ウェブサイトのネチケットとやら…

サイトの強制削除、これ最近、本当によく目にしますよねえ。
あん? 「何度削除されても〜」ですか? 結構なことです。

けどですよ。
万人のうち9999人までが認めるような規約違反・法規抵触をしておいて、その言い草はないでしょうがよ。
しかも当人たちには全く『罪の意識』がない、あたかも権力に圧力を掛けられたかの如き錯覚に陥っているのは、全くもってタチの悪いことです。
これもまた『バカ同士が仲良くやって』の弊害ですよね。
自浄作用が働かないんですよ。
『○○の常識は世間の非常識』、この陳腐な提携文で揶揄されることのないよう、襟を正したいものです。

と、この言い回し、



皆さん、『目指せ!! 平成の女蜀山人!』の読み納めになるかもしれませんよ〜

を巧みに丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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霞立つ

札一覧今日はまた、八八(合わせ)競技の手役を一つ紹介しましょう。

三本。配られた七枚のうちに同月の札が三枚あるというものです。
七枚のうちに3/4を揃えるというわけで、確率的に出来にくいということですね。
三本のうち特に、藤・菖蒲・萩の三枚、あと桐に限ってはカス札限定で三枚揃った場合は、立三本 と呼び一段上の役になります。

まあ、法則性はよく分かりませんが、『立』というのは「主席、主流の」という意味なんでしょうね。
立女形、立三味線… この亜流です。

さて考えてみれば、『立』という字はホント色々な意味がありますよねえ。
『たつ』を掛詞にした和歌でも詠んでみるかなあ、
時は3月、ほとんど形式的な投稿日付だけでなく実日付も…

  春霞 たつみの山の 桜花 …

っと下の句が続かない、、、

三十一文字すべて出来なければ和歌になりませんね。
ということですので、古典から引きましょう。

  都をば 霞とともに 立ちしかど 秋風ぞ吹く 白河の関

後拾遺和歌集<羇旅・五一八>より能因法師の歌を。
これも初秋の名歌ですね。
今見た解説書によると、

> 立ち=「春霞が立つ」と「旅に立つ」との掛詞
とありますが、僕はその説には与しません。
「立つ」は全く同じ意味の立つですもの。
霞が立つ + 私も(旅に)立つ → ab+ac=a(b+c)
こんな言い方でお分かりですか?

> 「白河の関」の「白」は「秋風」の「秋」と縁語。
これは同意です。
白秋、前にとりあげた中国五行思想。

と、この言い回し、



今度は足フェチスト殿方ではなく豚マゾ紳士のお心を乱してしまいますかねえ…

を丸写ししました。
「尿飲奉仕」しますから許して…なんて書いたら余計怒らせ…ちゃう…

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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滅びの美学

刺青判官再三書いてますように、桜の花がウケるのはバッと咲いてパッと散るから。
「咲いた花なら散るのは覚悟」、これもある種の『滅びの美学』でしょう。
あー、今日はあまり触れたくない話題に発展させてみますか。

その潔さから、桜吹雪は博徒たちが好んで彫る刺青の図柄ですよねえ。
待ってました! ご存知『刺青判官』!
「この金さんの桜吹雪、散らせるものなら散らしてみな!」
そういえば、銭形平次の投げ銭よろしく、金さんが花札飛ばしをやっていたシリーズもありましたっけ。

『遠山の金さん』こと江戸北町奉行・遠山左衛門尉景元。
恩ある弟に家督を継がせるため、わざと無頼の徒と交わり墨を入れて身体を汚した人ですよね。
江戸末期の名奉行といて現在まで語り継がれています。
まあ実際は、時の南町奉行・鳥井甲斐守があまりにも評判が悪かったために江戸っ子たちの支持を集められたんですけどね。
それでも反骨の政治家であったことだけは確かでしょう。

それに引き換え、投稿日付に拘りなく本日、記者会見をした某野党議員
なんですか、あれ!?
あの未練な物言いはなんですかいな〜
官僚じゃないんですよ。
野党なんだから、野人の心意気で政治にあたって欲しいものです。

そうですよ。
別に政治生命を絶たれても実際に死ぬわけではないんですから。
これが、本当に死んでしまうとなると…
歌を行きましょう。

   春さらば 挿頭にせむと わが思(も)ひし 櫻の花は 散りにけるかも

万葉集巻十六には雑歌が収録されてます。
評掲の三七八六も「由縁ある雑歌」として、歌物語風に収められてるものです。

なんでも、昔、櫻児というおとめがいて、二人の男が求婚し、共に命をかけて争うので、進退窮まって首を吊って死んでしまった。
そのあとに遺された二人の男は悲しみにくれて、それぞれ嘆きの歌を詠んだ。
そのひとつですか。

それにしてもですよ。
三角関係ぐらいで自殺するなっちゅーの!
温存ネタとしてとっておきたいため敢えて名は出しませんが、万葉にはもっとメジャーな同類♀が登場するでしょう。
最後の最後まで生きようとしなければねえ。
少なくとも滅びの美学として後人のこころを打つことなどありえないでしょう。

と、この言い回し、



そうそう、単に「花」と言ったら桜の花のことを意味する、これが昔からのルールです。

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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桃の節句

雛祭りさて、今日3/3はお雛祭りですね。正しくは桃の節句。
花札テーマの本ブログとしては『桜の節句』でないのは残念なことです。
まあ、節句は元々中国の習慣ですからねえ。かの国においては旧暦3月の代表花は桃なんでしょう。

では、日本 → 桜 中国 → 桃 なのか?
必ずしもそうではないでしょう。
日本最古の歌集である万葉集を見ましょう。
投稿日付に拘りなく前にお話しましたが、万葉集には『桜の吉野』は一首も出てきませんし、大伴家持の有名な

 春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ乙女

こんな歌もありますしね。
結構古来から日本にもあった桃の花です。

というものの、やはり本日は中国に敬意を表しましょう。
僕の一番好きな漢詩です。

  江南の春 杜牧

 千里鶯啼いて 緑紅に映ず
 水村山郭 酒旗の風
 南朝 四百八十寺
 多少の楼台 煙雨の中

起句承句が晴れの光景、転句結句が雨の光景と綺麗なコントラストをなしてます。
転句の『四百八十寺』は何故か昔から『しひゃくはっしんじ』と読むのが倣いのようで。
金偏に十と書くと『針 = しん』、偏は意味、つくりは読みということで納得。

七言絶句だから、韻は一三四の『紅』『風』『中』。
麻雀をやってるひとなら直ぐにわかるでしょう。

僕も一句詠みたくなってきましたよ。

 『江南の春』に重ねる 桃節句 

と、この言い回しと句、



さてさて、新カテゴリー
桃の節句について詠む ミユ - livedoor ハイクブログ

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


あおたん

牡丹5牡丹の5点札も青短冊ですね。
これもまた興味深いことです。
投稿日付に拘らず過去に述べたことを復習しましょう。

@菊と紅葉の5点札が同じく青短である。
A1月から3月までの5点札『赤短』と呼ばれており、それぞれ文字が書かれている。
B青短には文字が書かれていない。

ということなのです。
ねえ? 他の二月は秋なのに牡丹だけは季節が突飛してますでしょう?
なぜかと思いネットでばっと検索してみたのですけど、判らず仕舞でした。
というのは、『青短』で検索すると学校関係ばかりかかるもので。実際に確認してください。

まあ、副産物というわけでもありませんが、『青短』は『青丹』と書くこともあるということを知りました。
青丹 = アオニ と読むと、これ、奈良の枕詞ですよね。

 青丹よし 奈良の都は 咲く花の 匂ふがごとく 今盛りなり

万葉集から、小野老の有名な奈良賛歌。
「咲く花の匂ふ」と例えられた栄都の実情は果たしてどうだったんでしょう?

今昔物語あたりを読むと垣間見られるますよねえ。平安貴族の『排泄』の話。
今で言うとこの『おまる』にしてた訳ですね。そして、下人がその中身を毎日道端に、バシャと巻き捨てる。
だから、汚くてしょうがない。それに加え、『一般の下水も』あります。
段々段々都は汚れ、臭くて汚くて住めなくなる。

平安時代においてすらそうだったんですから、それより昔の奈良時代はどうだったかは押して知るべしですね。
遷都が繰り返された理由はこれ、遷都せざるをえないのです。

下水汚水対策は、(著名な万葉学者・犬養孝博士曰くの)『つい最近』までは都市計画に携わるものにとって最重大事だったんでしょうね。
例の『家畜人ヤプー』のイース社会で『下水のない社会』が描かれていることあたりからも読み取れます。

と、この言い回し、



内情を推測することも時には肝要かと

を丸写ししました。
いやいや! 偶には僕も、僕もオリジナルを!
いいですか? 一句詠みますよ〜

 タンよりも 少しきれいな ツバキかな

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


しょうぶ!

菖蒲カス例によりまして投稿日付に拘わりなく前にお話した『花札占い』。
5月・菖蒲の言葉はこうです。

 自粛自戒。一歩一歩足元を踏み固めて努力していけば、それだけ少しずつ目的に近づいてゆく。
 決して飛躍すべからず。急いては大失敗をする。

うーん。菖蒲(ショウブ)にかけて勝負のことを言ってるのですかねえ?
一か八かの博打は控えよ、なんて戒めです。
でも、我々男というものは、一か八か的な勝負事が好きですよねえ。何事につけても。
男ならやってみな… 時には美徳にもされます。

随分前の歌謡曲ですが、 流行歌 万葉集 というのがあります。

 千年以上も昔の男が
 今と同じよな片思い
 いやじゃありませんか当ってくだけろ
 磯のアワビじゃあるまいし

こんな歌詞が。
ここで、正真正銘の万葉集、舎人親王の歌が入るんですよ。

  ますらをや 片恋せむと 嘆けども 醜のますらを なほ恋ひにけり

流行歌〜では『思』の字を使ってあるシコですけど、本来は『醜』が多いようです。(原文『鬼』)

大の男がうじうじしてて、と親王は思いのたけを舎人娘子にぶつけたのですね。
而して、

  嘆きつつ ますらをのこの 恋ふれこそ 我が髪結ひの 漬ちてぬれけれ

「当ってくだけろ」でしたか。
うーん、現代に生きている古典!

と、この言い回し、



おお、昭和! 古き佳き日々

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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