エプロン奴隷なるもの

過去投稿のいずれかで述べる話題であったか?
女性が男性を傅かせ、家事その他一切の身の回りの世話をさせるのを、俗にエプロンプレーとか言うらしい。

言うまでもないが、このシチュエーションに於ける女性にはサディズムもなければ、間違っても彼女はドミナントではない。
もしそうでないとするのなら、動物園の雌獣はドミナントとして飼育係を支配していることになってしまう。

そういえば、家畜人ヤプーには牛セッチンなるヤプーが登場したか…


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


SMにエロスは必要か?

 このようなタイトルは、できることなら、僕が考え出したと思われたい。
残念ながら、似たような議論は昔からあって、しかもテンプレートと思われる素材に三島由起夫の「芸術にエロスは必要か」という小論もあります。

 エロスというのはいつでも物議をかもすもの。SMとの関連で言うと例えばフェティシズムなどと一緒に議題のテーブルによくのる。

あるいは、例えばメイド喫茶にエロスはあるのか? などなど。

 エロサイトにある一つの確立したジャンルとしてSMが存在するからといって、SMにエロスが必要かどうかは一概には言えないと思う。マニアックに言うなら、エロにこだわらない愛好家もいるのだ。エロスを超えた、究極のこだわりの世界がSMにあるように思えてならない。

 これが、SMに興味も関心もまったくない人にとっては、たんなる悪趣味な世界に映るのであろう。かろうじてエロスを感じるところに、許容範囲の限界ラインがあるのかもしれない。


 巷に多くある「エロス論」によれば、まず「性欲を喚起」する何かがエロにはあるらしい。だとすれば、鞭で打たれて怒る人にとっては、SMにエロスは存在しないことになる。(わざと極端に言えばですが...)

 打つ側にしても、無実の人を鞭打つことに何かためらいがあるとすれば、そこにエロスの介在する余地はないであろう。
さらに言えば、マゾだからといって全てのM男が鞭で打たれて勃起するかといえばそうでもない。へたすると縮みこんじゃったりなんかして。


 これは要するに、人によってはエロスの判断規準が異なるということであり、もともと明確に定義できるようなものではないということではないだろうか。勃起すればなんでもエロスと定義してもいいけど、それだけではないような気もする。

 しかしとにかく、エロスとはなんだかよくわからないけれど魅力的なものではある。禁断の世界でもあり、宗教的には冒涜とみられる場合もあるのだけれど、芸術の世界では不可欠な要素として昔から重要なテーマとして用いられてきた。エロスが芸術として創作活動に関与するならば、SMにもそういう面がありそうである。

SMはアートだ! なんていう人もいるしね。SMはエロだとか、エロでないとか、いろいろなことを言う人がいますが、その人が納得、満足できるのであれば、あとはどうでもいいんでないかい? と思う今日このごろです。

 SMクラブなどでなおざりに行われるプレイに、はたしてエロスはあるのだろうか。人はエロスを求めてSMクラブに行くのであろうか? 

 少なくとも言えるのは、何かを期待して、ロマンを求めていることだけは言えそうである。
posted by homer_2006 | Comment(4) | マゾヒズムに花束を!
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