江青 − 文化大革命四人組、獄中自殺した毛沢東夫人

ab5ddaa0.jpg江青が政治に乗り出してきたときは、既に離婚状態だったと言われている。
逆に言えば毛沢東と事実上離婚状態であったが故に、政治の表舞台に立つことを容認されたということであるのだが、ともかく四人組の一人として1966年に始まる文化大革命で活躍することになるのである。
そして毛沢東の死の直後に逮捕、紆余曲折あって最後は獄中で自殺した江青だ。

この時期、日本の一部インテリ男性達の間で、「うちのジャンチンが〜」という言い回しが流行ったらしい。
ジャンチン(江青)、夫の仕事向きにしゃしゃり出る女房…
もっと端的に言えば、亭主である自分を尻に敷きやがる悪妻めが、ということだろう。
「上州名物、カカア天下と空っ風」などというものもあったか。

ところが、女房を貰うならカカア天下の上州女に限るという説もあるのだ。
つまり、本来夫がやるべきことまで率先してやってくれるので楽な一生が送れるというのである。
存外真面目な根拠だ。
亭主を尻に敷いているというのは、取りも直さず、体よく亭主の仕事を押し付けられているということ。

ここで考えさせられる。
そもそも支配とは何なのか?
文学的表現をしたいのなら差し詰め、支配は非支配なり、非支配は支配なり、あたりになろうか?

まあ、江青に論を戻せば、本来毛沢東が受けるべき粛清を彼女が身代わりに受けてしまったのかもしれない。
少なくとも政治にさえ入りこまなければ、獄中自殺などという最期ではなかった筈だ。

ここでもまた、女性上位と女性支配とはイコールではなかった。


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紅葉のにしき

おみやげ投稿日付に拘らず前に話題にした『花札占い』、10月・紅葉の言葉はこうです。

 「前途に障害多く多難であるが、自ら正しと信ずるなら、
 断乎として進めば、意外な援助と幸運にめぐまれて成就する」

うーん、小倉山百人一首のこの歌あたりを彷彿させますね。

  このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉のにしき 神のまにまに

管公・菅原道真ですね。
実は僕、この歌が一番好きなのです。
この歌のファンはあんまりいないでしょう?
技巧に走り過ぎた駄作と言われています。

確かに歌とすれば、管公自身の代表歌

 東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

あたりとも比べれば見劣りがすることはわかります。

でも、でも、ですよ、
と、解説をつけてみましょう。

「このたびは」いきなりの掛詞で人に聞き耳を立てさせる、
そして、「ぬさもとりあへず 」の舌を噛みそうな字余りで、今回の旅の慌しさを強調。

ここで注記しなければなりまらないのは、昔の旅というのは、今のような物見遊山でないということです。
つらくきついもの、それこそ下手すれば命がけ、
この点について、もっと時代を遡った万葉の時代で折りを見て触れます。
さて、歌に話を戻しましょう。

三句目、「手向山」。
これで三句連続掛詞です。
さあさあ、いよいよ聞き手は、何をとりあえず手向けるのか?
と聞き耳を立てる、
と、

「紅葉のにしき」一転して悠長、言いように拠れば平凡かもしれない、の流れ、
だからこそ、聞き手は目の前の紅葉を見る余裕がでるでしょう?
そして、「神のまにまに 」。
おう! 見事オトセマシタ。

流石、当代一の碩学! と周りの聞き手は喝采したことでしょう。
それに応えて、おエラい学者先生、柄にもなくお茶目なしぐさでもして、更に笑わせたかもしれない。
いずれにせよ、一同の旅疲れは雲散霧消、格好の休息になったことだけは間違いありません。

と、この言い回し、



昨日掲載の後水尾院宸筆本について

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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ネット社会のダニ・番頭グループ、凶悪化の一途!

(番頭管理サイト)

玉姫殿
http://www.groinkick.com/~tamahimeden/ ←ついに地下潜伏!!!!! そして御転婆天使もまた…
玉姫殿(メビウスver)
http://www1.akira.ne.jp/~tomowi/tamahime/sayuri.htm
王姫殿
http://ohhimeden.muvc.net/
Ψ〜狂子嬢様のお部屋〜Ψ  ←強制削除?
http://kyoukojyousama.fc2web.com/index.html

 (UUが推薦し、番頭グループに壊滅状態にされたサイト)  

http://www.degitalscope.com/~mbspro/userfiles_res/mx_kakumei/index.html
http://www.xxx-www.com/bbs/339/
http://www5e.biglobe.ne.jp/~aniasi/

 (番頭グループ考察)  

http://blog.livedoor.jp/miyumiyu38/archives/20488861.html
http://blog.livedoor.jp/miyumiyu38/archives/21207084.html
http://keyword.livedoor.com/w/%E7%95%AA%E9%A0%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97

 (番頭グループマゾフェチサイト)

多数。各人探されたし

 (番頭グループ非マゾフェチサイト)  

http://homepage2.nifty.com/gatsu/index.html

 (2ch関連スレ)

乱立に既に把握不能

 (番頭グループ公式テーマソング)

http://www.hairbirth.co.jp/kinta.htm

 (外部BBS)

王姫殿 偉大なる首領様を賛美する掲示板
http://6026.teacup.com/ohhimeden/bbs
†+どく〜毒壺〜つぼ+†
http://www.webmode.biz/rbbs_2/sr2_bbss.cgi?1166poisonj
http://www.webmode.net/rbbs_2/sr2_bbss.cgi?1880poisonj
†+吐血+†
http://www.webmode.biz/rbbs_2/sr2_bbss.cgi?1140vblood
http://www.webmode.net/rbbs_2/sr2_bbss.cgi?1881vblood
バカの集い (旧称 現在は真っ黒に塗りつぶしやがった)
http://jns.ixla.jp/bbs.asp?uid=pinkdragon824181 ゆーま は札金の客分に

 (ここまでで判明した番頭グループBBS)

http://sun.iruka.ne.jp/a6/iruka.cgi?9939 
http://fc2bbs.com/bbs?uid=11616&c=1
http://room38k.kir.jp/mg-bbs/yybbs.cgi  ← 電撃閉鎖
http://8012.teacup.com/ashi_o/bbs
http://bbx.on.kidd.jp/?9996/otenba104 ← ついに強制削除! 次行に移転
http://www.spanking-web.com/ren/pt.cgi?room=bcube ← New!
http://8318.teacup.com/satukinman/bbs
http://joy1.alpha-g.ne.jp/m/u/frhuumin.html  公約より数ヶ月遅れで閉鎖、ふーみん は札金の客分に
http://6310.teacup.com/yoshiboh/bbs  公約どおり閉鎖
http://8009.teacup.com/eggegg/bbs ← 敢えて存続させたまま次行に移転
http://8717.teacup.com/egg2001/bbs ← New!

監視推奨。 但し絶対に書き込まないように!



(2006.10.29 改訂)
(2007.2.28 改訂)





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ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト − 生誕250年に賑わう2006

de3591d4.jpgジョン・スチュアート・ミルを俎上に上げたなら、この大作曲家に触れない訳にはいかないだろう。
同様、父レオポルトからスパルタ式英才教育を受けた神童である。
長ずるに従い記録があやふやになるのが特筆だ。
これほど謎につつまれた偉人も珍しいと言えよう。

例えば、所謂三大交響曲の作曲期間だ。彼はこれを合計3月で書き上げたと言われている。
検証するに、並みの音楽学生あたりなら3月では写譜すらも覚束ない。
あまつさえこの時期のモーツアルトは貧困のどん底、オルゴールの作曲等々で糊口をふさいでいた時期である。
傍らに、これだけの産物を生み出しているのである。人間業ではない。
とまれ、天才中の天才であることだけは間違いないであろう。

となると、天才となんとかは紙一重、の格言が生きる。
数あるモーツアルトの奇行のうちで最も有名なもの。
「俺の尻を舐めろ」
いや、
「僕のウンコを食べろ」
だったか?

…排泄物のフェチシズム。

つらつら検証するに。
これは同じ排泄物のフェチシズムでも過去論じたものとは毛色が違う。
自分の排泄物に対して偏愛を示しているという点で、純然たるフェチシズムと言えよう。
まあ、それゆえに実生活に支障をきたすほどまでに暴走してしまうことが大半なのだが。
因みにこれは、所謂普通の人間でも、幼児期、或いは逆に痴呆になった老人期に見られる症状だ。

で、モーツアルト・スカトロジスト説であるが、論者はこれを支持する。
排泄とは生理的なものだけではない。精神的な排泄というのもあるのだ。
そして、一見似ても似つかないこの2つであるが実はなんらの差異もない。これがカタルシス論である。
となれば、35年の生涯でこれだけ多数の作品を残した『大糞垂れ』モーツアルトが疲れて、生理的な排泄と精神的なそれとを混同したとしても不思議ではなかろう。
繰り返せば、天才となんとかは紙一重、そして歴史に名を残した人物は一人残らず変態なのである。

さて余談である。
広いネットの一角で、カタルシスの概念を知らぬ自称創作家が、それを知ろうともせず「人が時間を掛けて創ったものを糞に例えるとは失礼だ」などと、ただただ文句ばかりを垂れていたことがあった。
この手の人種の評論には、一行しか使いたくない。
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(番外編) 伊能忠敬 − 我が郷土の偉人を

cd532dab.jpg本筋から外れる。
別ブログに書いた小学校英語必修問題に対する愚見に関するご意見を頂いた。
それを請けて少々論じたい。

年配の方から、時折伺う。
鉄は熱い内に打て。ああ、(頭の柔らかい)若いうちに学問しておけば、と。

どうであろう?
先ずは対照的な二人の経済学者を検証しよう。

早学で知られるのが英国のジョン・スチュアート・ミルである。
彼は物心ついた頃から、経済学者である父ジェームズからスパルタ式英才教育を受けた。
来る日も来る日も与えられた課題に対するレポートの提出を義務付けられ、合格できるまで許されない。
言ってみれば、『巨人の星・経済学者版』といったところであろう。
そのせいあってミルは、10歳の時には既に一人前の経済学者であった。

対照的に晩学であるのが、我が国の福澤諭吉である。
なんと、彼は15の年まで読み書きすらろくすっぽできなかったのだ。
体裁ていどに漢書あたりを読み出した諭吉のそれからはすごい。
19の年から蘭学を学びだした彼の目に後にとまったのが英語である。
必要を感じた諭吉は英蘭辞書などをたよりにほぼ独学で英語の勉強を始めるのである。
経済…
これからの経世済民はこれだ! と実感した福澤諭吉は英語のエコノミックスをこう訳した。

勿論これだけでは断ずることは出来ぬが、この二人を見る限り年齢によるハンデも逆ハンデもないように見えるが?
と、検証を進めるために、標渇の有名人を。

もう、人物についてくどく説明することもないであろう。
日本全国を測量して歩き、わが国最初の実測日本地図をつくりあげた人物だ。
そして彼が学問を始めたのは50歳をすぎてから…
いや勿論現役時代に培った計算力は、測量術の下地にはなっている。
が、それは江戸時代当時の年齢観、40台が隠居適齢期で50過ぎは老人、で相殺されてしまうのではないか?
いずれにしても超晩学の人である。

さて、冒頭触れた意見を頂いた方であるが。
論者のことを女王様と呼んでらっしゃる。
ならば、ここはサービスのSということで大出血だ。
紙上調教言葉嬲りといこう。

 「高々50を少しでたくらいで何を老人みたいをおっしゃってるんです!?
 伊能忠敬をご覧ください、今からだって学問の一つや十はできるはずです。
 仕事で英語を使う。結構なことでしょう? 実務で習うのが一番効率的、必要が最良の教師です。
 進駐軍の将校たちはみな日本語が達者だった。何故だかご存知ですか?
 軍で日本語のテストをされ、出来が悪い者から順に前線に飛ばされる。
 フィリッピンあたりに飛ばされた日には命がいくつあっても足りないもんだから、
 忙しい軍務の傍ら、みんな死に物狂いで日本語を勉強したそうですよ。
 はっきり申し上げて、貴男の考え方は甘ったれてます。」

過去投稿で論者は「女王とは誰よりも厳しく自分自身のことを律する女のことだ」と発言している。
かくなった上は学生の本分に従い、それこそ死に物狂いで勉学せねばならないだろう。
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見性院 (穴山梅雪室) − 味方に嫁いだ武田信玄次女の数奇な運命とは?

8bf93e6b.jpg先ほどまで国営放送の大河ドラマを観ていた。
奇しくも山内一豊の妻と同じ法号のこの女性の本名は不詳だ。
が名無しのままに、本日放送であった長篠の戦いの裏主役とはなりうるのである。

長篠の戦い…
一般には、鉄砲対騎馬の戦いと言われる。
そして、これからは鉄砲の時代である、という転機になった戦いと位置づけられている。
果たしてそうであろうか?
もしそうであるのなら、武田方の大将たちは馬囲いの柵の近くで討ち死にしているはずだ。
だが史実を辿れば、みな柵から離れたところで果てているのだ。
武田方の敗因は別のところにあり。すばり言えば、内部統制の不足である。
つまりは、頭首・勝頼が惣領として認められていなかったということ。
その立役者が親戚衆筆頭である穴山信君、見性院の夫、のちの梅雪入道である。
彼は山頂に陣取ったまま、一兵も動かさなかったのである。

所謂お家の事情なのだがもう少し見よう。
見性院は勝頼の姉だ。
彼女にすれば、他家である諏訪に養子にいった勝頼が信玄の後を継ぐことは認めがたいことであったろう。
即ち自分の子である信玄の嫡孫が正当であると考える。
事実、弟勝頼にはなんやかやと牽制球を投げていたようである。
そこらの事情がそこやの事情が重なった長篠当時の武田お家事情であった。

このようにやり手であった見性院は武田滅亡後も生き延び、後に江戸幕府において保科正之の養育役となるのだが、人物紹介ばかりに紙面を費やしていても何であるからここらにしよう。
親戚衆と言った。穴山家は武田の分家である。
筆頭と言った。穴山家嫡男は代々頭首である武田の姫を室にする慣わしである。
これが…

と続ける前に、一言お断りしよう。
いとこどおしで結婚なさっている方。
どうぞ、これから先は読まないで頂きたい。

と、前置きして論を進める。
このように、穴山家というのは代々いとこどおしが結婚して血筋が続いている家系なのである。
このブログとして論ずることといえば… 近親婚。

バカな! と言われるか?
四親等の親族とは結婚が認められている! とどやされるか?
だか、考えていただきたい。
四親等がオーケーで三親等がダメとする数的根拠はなんであるか?
いとこどおしが正常・正倫でオジ姪・オバ甥だと異常・不倫だとする論拠は法規以外のどこにあるのか?
逆にこう問いかければ、お分かりになると思う。

近親婚の害悪はといえば、遺伝上の問題であろう?
であるがゆえに、代々これを重ねてきた穴山家はかなり危険なはずだ。
事実、穴山梅雪という人は鼻がなかったと伝えられる。
疾病等後天的理由でそうなったか、はたまた先天的にそうであったのか?

で、ようやく結論となる。
近親姦というのは現在の価値観では異常性欲に分類される。
そして、俗に言われる正常性癖の持ち主は、それを忌む。
別に全ての人に遺伝学上の知識が備わっているわけではない。
遺伝学などというものがない昔から、脈々としてそう推移していた。

人間の直情・直感というのは、非常に正しいものなのである。
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あやめも知らぬ

アヤメ花札5月は菖蒲、描かれているのはハナショウブ、万葉時代はこれをあやめ草といいました。
時代をあがった古今和歌集に初夏を詠んだ名歌がありますよねえ。

   ほととぎす 鳴くや五月の あやめ草 あやめも知らぬ 恋もするかな

五月に飾るあやめ草、そのあやめではないが、物のあやめも分からぬほど理性を失った恋をすることだ…
いいですよねえ。恋は盲目、ロマンチックです。

恋で物のあやめも分からぬほどになるのはいいとしても、理性であたらなければいけない社会現実が、物のあやめも分からない状況になっているとすると…
野暮な話ですが、どうもこのところの日本はその傾向です。

と、この原稿を書いてるたった今、あやめも知らぬニュースが飛び込んできました。
キャバクラ女がホントに国会議員になっちまったんですねえ!
いやいや、決して職業差別の意図ではありません。
キャバクラ女だったってことが、選挙戦での後押しになったってことを言ってるんですよ。
それが、庶民派だなんてことになって。

なにか思い出しませんか?
今は刑事被告人となってしまった、ライブドア前社長の堀江貴文氏。
彼が時代の寵児ともてはやされていた時代の事情とそっくりではありませんか!
あの事件にせよ、太田センセーが所属している民主党が巻き起こしたメール問題にせよ…
喉もと過ぎれば熱さ忘れる。本当に熱しやすく冷めやすい日本人です。

日本のよさをは紹介しているこのブログですが、公平を期すため今日はこの日本の悪しき面をテーマに押しましょう。

さてさて、投稿日付が形式的な本ブログ、実際にこの記事を書いているときは、かの福知山線の脱線大惨事から一年も経ってないんですよ。
にも拘らず、もう世間の話題に上らなくなっていくばくか、といった感じです。
久々にされている報道をみるに、鉄道会社の体質は何も変わってないとか。憂慮するところです。

こういった意見に否定的な向きもあります。
「被害者でもないものがなぜ文句をいうのか?」と。
この場で愚見を述べておきましょう。

まずは、鉄道というものの公共性。
僕もそうですが大概の人は、一生涯鉄道に乗らなくて済むというわけではないでしょう?
一歩間違えれば自分が被害者になっていたかも知れない、或いはこれから被害者になるかもしれないのです。
だからひとごとではない、これが一つ目の理由ですね。

そして二つ目。僕的にはこちらの方が大きいのですが。
関係者に鉄道マンとしての誇りが感じられないのが情けないのです。
日本の鉄道は世界一、資源も何もない小国が世界に誇れるもののひとつ…
僕はこれを信頼して彼らに命を預けて来ました。いや今現在も預け続けています。

でも、どうやら彼らには、日本の国が世界に誇れるものを担っている、という自意識はないようで。
かつて蒸気機関車の時代、時刻表どおり、一秒もたがわぬ時間に、停止線と1cmと違わない位置に機関車を止めることのできた運転士が何人かいたとか。
こういう先人たちが持ってきた鉄道マンの意地や自負はどこに行ってしまったのでしょうかねえ?
猛省してください、大いに恥じてください。

と、この言い回し、



再び福知山線脱線転覆事故を考える

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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人間は間違いをする動物

4/19付、パソリーの記事に誤りがあった。
改めてお詫びする。
今尚、何故、金閣寺と法隆寺を間違えたのが解らぬのであるが。

思うに暗示の類であろう。
ながら起稿している耳に飛び込んできた法隆寺のニュース…
あっ! という感じで昔の放火の話に結びついてしまったと思料される。
記事の内容が内容だけに誤りがあったというのは、どうにもバツが悪い。

どうも論者は暗示にかかりやすいようだ。
別のブログでも全く同様のことをしたことがある。
万葉集は大伴坂上郎女の歌、これを何をどうしたものか額田王と書いてしまったのだ。
この折は訪問者からご指摘頂いたので、今回とはまた別の意味でバツが悪かった。

今回は自分で気づいた。
きっかけは、別箇所でみた金閣寺の文字。
穿てば論者の誤りを見つけ、それとなく指摘してくれたのかも知れぬ。
とすれば、大いに感謝せねばならないだろう。

別所の誤りを指摘するのは勇気がいる。
論者も過日、訪問先で誤りを見つけ、指摘してきたばかりだからよく解る。
それ故、直接的にせよ間接的にせよ指摘願えるのは有難い。

人間は間違いをする動物、そして、過ちをあらたむるに憚ることなかれ、である。

とはいうものの、間違いをしていいという訳ではない。
これもまたネットの怖さ、ひとたびウェブにあげたものはまずもって何人かの目にはとまっている、そういった意味で訂正などは効かぬのである。
だからパリソーの稿も、原文に注記した形で残そう。

日をおいて何度も見直す…
遠回りに見えて、これが間違いを最小限にするための最短経路であると思料する論者だ。

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二た八 (ふたはち)

手書き今日はまた、八八競技の出来役を話題にしましょう。

それ自体が出来役になるだけでなく、既に出来上がっている手役を吹き消してしまうものが全部で3つあります。
八八競技だけあっていずれも八に縁のある名前なのですが、そのうちの1つ『二た八 (ふたはち)』。
その回の得点が基準値の88点を引いても尚80点以上あるという出来役です。
つまり、得点168点以上の大勝ということですね。

ふたはち、洒落た言い方です。語呂がいいですよ。
フナヒトハチフチハチ、どっかにありますよねえ。
「にっぱち」でもいいですよ。
商売のさびれ時の2月と8月も、こう呼べば多少は景気もよくなるというものです。

このように、「にっぱち」は響きがいいので、他の意味でもよく使われますよね。
昭和28年(生まれ)が「花のニッパチ」なんて言われてた時代もあったようで。

では、つまらないで「にはち」と読んだ場合は?
今度は掛け算です。二十八ではなく、十六という意味になりますよね。
二八蕎麦、二八の乙女…

水滸伝にも登場しますよね。「花のかんばせ・二八の乙女」瓊矢鏃・瓊英。
好漢の一人である石つぶての張清の妻になる瓊英ですが、石つぶてバカの夫と違い接近戦もOK。
108星の女傑・扈三娘と顧大嫂が束になって掛かって負けるんですよね。

まあ、講談としては後から加筆させた部分ですので、聞き手を飽きさせないためにこうしたスーパーアイドルを登場させる必要があったのでしょう。

と、この言い回し、



さて、この稿をお読みになってる皆さんの地方は?

を丸写ししました。
そういえば彼女も「にっく(2×9)き乙女」プラス1の中年増になったん…だな…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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遠山左衛門尉景元 − ご存知刺青判官、してその実態は?

db17fb6c.jpg汚涜症の追加論説のため、また男性を主役とする。

遠山左衛門尉景元でわからなければ、桜吹雪の金さん、あのお奉行様である。
史実の景元については記録が少なく、トレードマークである刺青すらも疑問視する声も。
だが、ここはあったということで論を進めよう。

金さん、金四郎という幼名でわかるとおり、もともと彼は嫡男ではない。
その景元が旗本遠山家の家督を継いだのは兄達が次々病死したためなのであるが、彼の刺青もそこらの事情と関連がある。
つまり、遠山景元は義理ある弟に家督を譲るため、わざと無頼の徒と交わり放蕩三昧の生活を送っていたというのだ。

刺青…
一言で括れば、こうなるのであるが、入れ墨と彫り物は区別しなければならないだろう。
元々の刺青、入れ墨というのは文字通り墨を入れる、奴隷に対して所有者がその所有を示すためがに施したものだ。
今でもあるだろう。自分の女に○○命と彫らせる者が。
将にサディズムの一である汚涜症の典型ケースだ。
そして入れ墨は、囚人に対する刑罰や識別のために利用されることにもなる。刺青者というくらいに。
これらは非自発的な意思に基づきなされたものだ。

これに対し、景元もしていた彫り物というのは自発意思に基づく。
多分に自己主張。
梅之助を筆頭に多くの俳優が演じていたテレビドラマの金さんは、これを自慢げに見せびらかし啖呵を切っていた。
本当であろうか?

ここまでくると、完全な虚構であるようだ。
家督を継いだ後の遠山景元という人は、自分の彫り物を人から見られることを極端に嫌い、真夏でも長袖を着ていたという。
同じ虚構の金さんでも、千恵蔵演じた映画の金さん、「死ぬほど恥ずかしい思いで」と言いながらもろ肌脱いだ金さんの方がより史実に近い人物設定だということだ。
ともかく景元は文字どおり若気の至りで、文字どおり体を汚してしまったというわけである。

さて、汚涜症というのは外部に加虐性が向いたサディズムであった。
その加虐性が自己に向くとなると…
今度は自虐症というマゾヒズムである。
景元の事例もそうであるが、世の彫り物を入れている人々は自らの体を汚したい、というニーズ・欲求からそうしているのであると言える。

身体髪膚これを父母に受く 敢えて毀傷せざるは孝の始めなり… 商品化された刺青女王は真に痛々しい。

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咲いた花なら

桜ぞろさて、投稿日付に殆ど意味のない本プログ、実際にこの記事を書いているのは、日本の大半で桜の花の終わった頃合です。
再三書いているように、咲くも花なら散るも花、
ということで、投稿日付を花札は桜3月、弥生晦日にして、この月の〆としましょう。

もう一つ、この月では時事問題をよく絡ませましたっけ。
今日こうして改めて読み返せば、なんか随分前のニュースのような気がしますよねえ。どれも大ニュースだとというのに。
熱しやすく冷めやすいというのも我が日本の国民性です。
…そうなんですよねえ。ブログ最大手のライブドア社がとんでもないことをしでかしていたんですよ。
あれから幾日も経っていないのに、もう忘れられがちです。

これって、日本人はパッと咲いてバッと散る桜が好き、ってのの裏返しなんでしょうか?
僕には必ずしもそうは思えません。
桜の木を一年通じて観察してなければ、いつ花が咲くかは知りえないでしょう?
花の時期の短い桜のこと、この観察をするのは根気がいることです。とてもじゃないけど、熱しやすく冷めやすいような性格ではできませんよ。
一年根気よく花を待ちわびる。だからこそ、桜の花は美しい、そして散り際が見事と実感できるのではないでしょうか。

と、この言い回し、



書き忘れ…かな

の本日たった今加筆されたばかりの部分を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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マリー・キュリー − ラジウムの発見で名高い女流科学者

マリー・キュリーポーランド・ワルシャワ生まれのポーランド人の物理学者・化学者…
夫のピエールともに、大量のピッチブレンド(瀝青ウラン鉱)の残渣からラジウムとポロニウムを精製、発見…
家族で獲得したノーベル賞の数は五つ…
この偉人を、サディズムを論ずるために俎上に上げるのは、些か不穏当かもしれない。
他にも適材はあろう。ロシアあたりには、牛に一週間も水を与なかったり電流を胴体に流したりして観察を続けた妙齢の生化学者がいたらしい。
がここは、もっとも著名な女流科学者であるキュリー夫人に代表してもらうことにする。

科学者というのはサディスティックな人間が多い。
もとい、この表現では性格占い亜流の相関関係に読めてしまう。言い直そう。
科学者の持つ探究心とはサディズムの昇華、いや、サディズムの有効利用である。
パリソーの稿で書いたとおりだ。

子供の頃を思い出されたい。
色々なものを分解したり解剖したりしなかったであろうか?
心理学的に見れば加虐そのもの、幼いがゆえの残酷さ、と過去投稿で論じた。
映画『禁じられた遊び』である。
臆病な論者は生き物は駄目であったが、無機質なものにそれが向き、結構色々と分解して遊んだものである。

さて、科学者というのはこの子供心をそのまま持ち続けた大人であるといえよう。
繰り返すが、(他に主要な)目的があっての虐待ではない。
分解する、壊す、解剖する、切り刻む…
あくまでも心理学的には、これらの虐待が目的だ。大いに社会的意義のある研究成果は副産物に過ぎない。
研究対象を攻究する、将に言いえた表現である。

科学者は昔から男性が圧倒的に多い。
まあ、ここでもまた顕在的な女性サディストが少ないという傍証が導き出せてしまうのだが。
しかしながらここ近年においては、女子の理科系志向が微かながらに目立ちだしているという。
ご時世といえようか。

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ダ・ヴィンチコード

 公開からほぼ一ヶ月たっているので、もう見た方もたくさんいらっしゃるでしょう。ご覧になった方なら、このブログでとりあげるぐらいだから、「あのシーンか?」と想像がつくかもしれません。

 そう、例の「自己鞭打ちシーン」です。

 敵役となる修道僧(「悪役」とは書けない気がする。善悪の問題を超越しているような気がするので)が、イエスの十字架像を前に儀式的に自己を鞭打つシーンが2〜3回あります。

 物語的にも重要なシーンで、狂信的な修行僧の信仰心の強さ、深さ、そして屈折性もが表現されていたように感じました。ここを見るだけでも、この作品の価値はあるでしょう。

 これを見て、つくづくマゾヒズムとは殉教の精神でもあるのだなあと感心させられました。

 ヴァチカンにあるサン=ピエトロ大聖堂に奉られているペテロ(ピエトロの英語読み名)は、わざわざ迫害されるに決まっているローマにまでやってきて捕まり、処刑されるわけですが、その時イエス様と同じ磷つけでは恐れ多いから、もっと苦しい「逆さ磷つけの刑」を自ら望んでそうされたと伝えられています。こうなってくるともう、苦痛とか快楽を越えたレベルの、純粋に崇拝するもの造の同化というか愛というか、つまり殉教になるのでしょうね。信仰心の薄い僕にはちょっとわかりにくい。頭ではなんとなくわかるような気もしますが、身体ではわからんでしょうね。好きな人と受けた同じ苦しみを味わいたい、とは思えないから。

 「好きな人からだったら、苦しめられたい」とは思うかもしれないけれど。ま、これが通俗的なマゾヒズムでしょう。

 物語は、レオナルド=ダ・ヴィンチが問題提起したのかどうか、絵画作品などに「表象」されている「解釈」をめぐる謎解きを縦軸に、そして歴史的な言い伝えを横軸として、様々な項目が複雑にからみあいながら進行していきます。ま、宗教の話は別にしても、よく出来たサスペンスとは言えるし、何かと物議をかもしているとはいえ、一つの娯楽作品として評価して欲しいですね。ネタ的には宝物のてんこもりで、その多彩さ、深さだけでも凄まじいものがある。

 ダン・ブラウンの原作小説が話題(問題?)になり、映画化以前からこの件は物議をかもしていたわけですが、2000年の時を越えたスキャンダルという意味で、人類史上永遠のトピックと言えるのかもしれません。
 純粋なフィクションとしてみれば、1級レベルの作品なので、お薦めです。鞭打ちシーンも、ある意味では美しく描かれており、感動的ですらありました。
 なんかやってみたくなったりして。

  ( ↑ こんなこと書くと敬虔な信者から後ろ指さされるんでしょうな)


萩すすき

萩かす 萩すすき 来年あはむ さりながら

今日はのっけから俳句です。
これ、誰の句だと思いますか?
明治の大文豪・夏目漱石の句なんですよ。
そして、彼はロンドン留学するおり、松山の中学教員時代から親しい交友を続けてきた同年の友、正岡子規にこの句を送りました。
そうです。近代俳句の創始者である子規に。

萩すすき…
花札の光景が目に浮かびます。

来年あはむ さりながら…
思えば子規は、漱石が英国へ旅立つ時すでに重いカリエスの病にあったんですよねえ。
子規が死期を悟ったのは、花札では萩の月である旧暦七月あたりだっんでしょう。

 痰(たん)一斗 糸瓜の水も 間に合はず

 糸瓜咲いて 痰のつまりし 仏かな

 をととひの へちまの水も 取らざりき

この三句が子規の辞世と言われてますね。
その命日9月19日は「糸瓜忌(へちまひ)」です。

と、この言い回し、



漱石と子規、そういえば

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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そもそも商業SMなるものが存在しえるのは日本国憲法の恩恵

全くの内輪話である。
昨日のパソリーの稿中、論者は些か感情的であったかもしれないと述べた。
何故に感情的であったのか、その原因について説明をすることに1稿費やそう。

これである。


d4ae119c.gif  The SM in ノンアダルトカテゴリー

 SM (サディズム、マゾヒズム) やフェチ (フェチシズム) に関する話題で、「これならば全年齢対象だ!」と思われる記事がありましたらどうぞ。趣旨が分からないようでしたら、http: //blog.livedoor.jp/fem_dom_2006 をご覧ください。こんな感じです。言うに及ばないと思いますが商業目的厳禁。



論者は一昨日運営会社に申請し、この項目を起こした。
早速、本ブログ記事の送信を試みるに、表示されぬではないか!
件の運営会社に問い合わせたところ本日になり、当ブログが規制されている旨の返答が返ってきた。

なんと、スレッドの立て主が投稿できぬのである。
それにもまして不可思議なのは、凡例雛形として規制サイトである弊所のアドレスが記載されているスレッドを、運営会社が承認しているということだ。
概ね見当はつく。何者かの讒言により運営会社が情報錯綜をおこしているのであろう。

もとより、本ブログの内容で摩擦がなかろうはずはない。商業関係者にとって面白くない記載満載であることは、論者とて十二分に承知している。
だが、これは言論だ。現行日本国憲法で保障されている権利である。
言論に対して対抗したければ言論を以ってすべきであろう。
また論者は、このブログの存在が許しがたいというのであれば、『不適切なブログ』としてブログ会社まで通報されたいと最上位記事に記載もしてある。
理に訴えずして怒気を以って抗おうと試みるのは、愚かしい限りだ。

日本で暮らし日本の空気を吸っている者ならば、年齢・性別・人種等々の如何にかかわらず、日本国憲法の基礎くらいは紐解くべきであろう。
サディズム、マゾヒズム、フェチシズムは異常性癖。
このような忌むべきものを積極的に持ち出し商売にできるのも、憲法に定められた営業の自由の恩恵なのである。


---------------------------------------------------------------------------------------------------------------【「BlogPeople」(「トラックバック・ピープル」)なるところの不可解な行動について】


エリザベス・パソリー − 吸血症の妖女、別の奇行とは?

8c99c9a6.gif冒頭お断りする。論者はこの人物のことは知らない。
知らない、が、知らないなら知らないなりの論じ方は出来る。
それを心に留めお読み願いたい。

エリザベスという名からすると、英語圏の女性であろう。
すると、引き裂き魔・ジャックリパーあたりと同列に置かれる狂人?
ともかく、吸血症で有名だったらしい。

と、論者がこの人物の記載を見つけたのは、別の奇行の例示からである。
美しい侍女たちを裸にして乳を噛んだり口を縫い付けてしまったりした…
汚涜症と呼ばれる加虐フェチシズムだ。

性行為を表現するのに「ケガス」「ゲガレル」という俗語があるであろう?
文字通りのそれである。
実際性交しえないものを汚したり傷つけたりして代償満足を得ようとするものだ。
この種の痴漢は昔よりあとを絶たない。

また絵画彫刻などの美術品ですら、同様に傷つけられたりする。
たった今、聞いていたニュースで、法隆寺が傷つけれたことを知った。
そういえば昔放火されたか。
「こんな美しいものが、この世にあっていいわけがない」
と考えた青年の手により。

汚涜症は独占欲と結びついた女性型のサディズムであると言えよう。
男性のサディストは女性的な性格が多いということは、ネロの稿で書いたとおり。
本当に、人ごみなどで女性の衣服にインクを掛けたりナイフで切ったりする痴漢は、女の腐ったのであると言えよう。

このようにサディズムというのは、どうしようもないような代物なのか?
あながちそうとばかりも言えまい。
これは書籍からの引用であるが、全くの我が意であるので論者の意見として書き記す。

サディズムの一部は性愛生活の一部として、うまく消費されていく。乗位、愛咬、抱きしめ、等々である。
更に一部は社会的に価値がある高度な行動に変化してゆく。
例えば、
科学者が研究対象を攻究し学び取り解剖し把握するたくましい情熱に。
事業者が道を切り開き競争していく闘志に。
著述者がやわ腕に剣よりも強いペンを持ち、巨大権力を切り伏せる反骨心に。
そして、勤労者が低賃金であることも忘れて職責に没頭し、そのかたわら経済闘争・階級闘争の熾烈を運動へ参加する勇猛心に。

が、あまり甘やかされて育ったり、あるいは逆に周囲から圧迫されて攻撃性が全然発揮できなくなったりすると…
サディズムは必ず何かの折に爆発する。

近年の現状をつらつらおもんみるに。
女性のサディストというは数少ない存在である。否 不正確だ。顕在的な女性のサディスト、である。
SMという需給関係からすれば、たたでさえ甘やかされやすい存在だ。
で、巷間ネットにおける事情である。将に前者「あまり甘やかされて育ったり」の典型例ではないか!

加えて、SMということばが商業主義の目に留まったことが悲劇であった。
ネット界隈での主役たちは商業主義そのものというよりは、その尻馬に乗った遊び仕事の連中だ。
さしたる利潤を得ているわけではないからよいではないかと大きな顔をして、S女と称する人種を甘やかしまくる。直接そうしないまでも甘やかしまくる連中を側面フォローし続ける。
そして、歯止めをかけようとするものを妨げるのが、IT・ポータルサイト産業の面々その人たち。
彼らが都合上作ったネットマナーなるものに照らし合わせれば、とがめだてするものはサイト荒らしという「絶対悪」にされてしまうのである。

繰り返すが、サディズムは必ず何かの折に爆発する。
爆発したが最後、彼女はこの稿で論じたエリザベス・パソリー、過去稿で論じてきた残忍不逞なファッショ政治家、貪欲過酷な搾取者、そして凶悪殺人者…
このような地獄の番人になりさがってしまうのである。
差し詰め、巷間ネットのSM『業者』、『業者もどき』は地獄への案内人といったところか?

ここらで切り上げよう。
本稿の論者は些か感情的であったかもしれない、最後はフォロー。


 注* 元投稿は、4/19にされたものです。4/23に下記加筆がありました。


訂正とお詫びを。

>たった今、聞いていたニュースで、法隆寺が傷つけれたことを知った。
>そういえば昔放火されたか。
>「こんな美しいものが、この世にあっていいわけがない」
>と考えた青年の手により。

傷つけれたのは法隆寺であるが、昔放火されたのは金閣寺であった。
ご覧になり混乱した方がいらしたようなら、深くお詫びする。

詳細は、後刻改めて別稿で。


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花鳥合わせ

桐光花札12月・桐の20点札を再び。
この図柄は、花札の元祖とも考えられる「花鳥合わせ」の中の鳳凰と桐をそのまま取り入れたものです。
花鳥合わせから多くの鳥が消滅した後も、元の組み合わせで残り続けた桐20は由緒ある札と言えるでしょう。

花鳥風月。
辞書を引くとこうあります。

1 自然の美しい風物。「―を友とする」 2 風雅な趣を楽しむこと。風流韻事。風流。

全くの個人的見解を言うなら、2の意味が出てきたのは花札の成立時期でもある江戸初期以降だと思えるのですよ。
大俳人・松尾芭蕉の出現あたりから。
それ以前の詩歌に詠まれた花鳥はもっぱら叙景のそれです。

 行く春や 鳥啼き魚の 目は涙

かの奥の細道の旅立ちです。
まあ、完全なる叙情ですよねえ。

ものの次いでです。
始まりがあれば終わりもあるってことで、終焉を見ましょう。

  蛤の ふたみにわかれ 行く秋ぞ (芭蕉)

奥の細道・大垣。
蛤の「ふた」「身」に伊勢の「二見」をかけ、またふたと身に分かれる所から「わかれ行く」に続く。
さらにそして、「別れ行く」に「行く秋」を言い掛けた見事な技巧句ですね。
親しい人々と再会した芭蕉は、長途の旅を終えて休息する間もなく、伊勢へと旅立つことに。
旅立ちの「行く春や鳥啼き魚の目は涙」と他応も特筆ものです。

と、この言い回し、

お中元に頂いた焼蛤がようやく食卓に上がりだした我が家です

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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西太后 − 中国三大悪女の最後の一人は?

9fba14a2.pngご存知、清は咸豊帝の妃で、同治帝の母。清末期の権力者である。
舞台裏を明かそう。
この人物を取り上げるのは止めようかと思っていた。
というのは、ブログのタイトル的に論ずるべきものが見つからないので。
従って、この稿は純然たる歴史人物評になる。

歴史はサイエンスである。
国家や権力もまた命があるもの…
誕生し成長し衰え、そして滅ぶ。

後世の人々は、清朝を疲弊弱体化に導いてしまった元凶と西太后を批判する。
ならば問う。
一体、彼女以外の誰に任せたら清朝を安泰ならしめたか?
そもそも清朝なるものが、20世紀以降も存在しうる権力であったのか?
時代の流れには、いかなる偉人英傑をもってしても抗うことはできないのである。

三大悪女といっても他の二人、漢の呂后・唐の則天武后とは少しタイプが違う。
西太后の権力への執着には私の色が感じられないのだ。
タイプで言えば、日本の北条政子と同タイプと思料する。
けど、政子が生きたのは鎌倉幕府が日の出の時期にあったとき。
言わば西太后は、北条高時の時代にタイムスリップで出現したご先祖政子様であると形容できよう。

流れで論ずれば論者は童門冬二氏同様、北条高時というのは優れた武将であったと考えている。
それ故、論題・西太后についても優れた政治家であったという少数学説を支持するのであるが。

もし、あの世というものがあるのなら。
そして、そこから西太后が、今なお多く映画等で悪女として描かれる自分自身の姿を見ているとしたのなら。
定めし、我が人生悔いなし! とほくそえんでるに違いない。

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女王様系雑誌

 今の世の中にはいつのまにやら「女王様系雑誌」というのが存在します。これは女王様が読むものでなく基本的にM男性向けに編集されている。(だから厳密にはM男系雑誌とでも呼びたいところですね)

 昔はM男の手記などが中心だったような気もしますが、最近はS女性の記事やインタビューも多くなってきています。

 先日三和出版から発売された「DVD女王様バイブル vol.1」に、ヤプーズマーケットが特集されており、代表の浅野なつみさんの記事を興味深く読んだ。この人は二十歳ぐらいまではノーマルなセックスを普通に受け入れていたそうですが、つきあっていた男性に顔面騎乗を頼まれてS女に目覚め、「監禁」というキーワードにこだわるようになっていった経緯が語られています。人それぞれ、いろいろなきっかけでSMに目覚めるものですが、浅野さんの場合は出会ったM男性の影響もあって、自分の目指す方向を着実に実現していき、それが世のM男性の理想ともリンクし作品化されたヤプーズ・シリーズはヒットしました。ジャンルとしてはスカトロ系の、監禁・調教ものと言えると思いますが、一つのカテゴリーにおさまりきらないマニアックなこだわりは、幅広いM層の支持を得ているようです。僕も初期の作品を数本買いましたが、とにかくパワフルだなあと思いましたね。ウソがない。表現に妥協がないというか、「やらせ」っぽくないんですよね。そこらへんが従来のMビデオや女王様系作品と一線を画していた。

 これはむしろ北川プロが得意としていたスタイルだったのだが、面白いことに最近の北川シリーズは、凝った仕掛けと演出で作品づくりを意識しているような傾向がある。乾はるか氏の起用やINBIシリーズのソフト路線を見ていると特にそう感じる。これを日和見とか妥協という人もいるようだが、多様化したM男性市場に対応した戦略なのであろう。よく比較される北川シリーズとヤプーズだが、ヤプーズにしたって元をたどれば北川プロのDNAを受け継いでいるプロダクションであり、好みやスタイルの違いこそあれ、どちらがどうとも言えるものではないと思う。
 
 ちなみにこの女王様バイブルには「北川プロの研究」というもう一つの特集ページがありまして、なんとここの記事は

  僕が書かせて頂いております。

 昨年のイベント参加が縁で原稿執筆を依頼されました。

 さりげなく (←どこが!)宣伝してみたりして ^^/

 DVD付きで税込み価格 3,900 円というのは、ちょっとビミョーなお値段かもしれませんね。だけど2時間ものMビデオを買うと思えば安いような気もする。「素人S女」が、読者応募のへたれエゴMフェチ男性をイジメルという、最大公約数的な内容も、現代M男気質を的確にマーケティングしていると言えそう。本体のグラビアもなかなか迫力あります。

 僕が関わったからといって プッシュするわけでは、ありますが、 それを抜きにしてもまあまあの内容だと思います。

 マゾ花筆者の記念すべき紙媒体デビュー号ということでもありますので、もの好きな方は買ってみて下され!

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特殊性癖と思い悩むのは愚かである

ネット巷間を見渡すに。
世に言う特殊性癖なるものを持ち合わせているとお考えの方々は、色々お悩みのようだ。
自分と同じ○○癖の人間を探す。同一性癖と思われる他者を見つけ接触を図る。が、突き詰めるうちにどうも違うようだと感じる。そして、このような性癖の持ち主は自分一人ではないかとまた落ち込む…
といったような具合に。
悪循環と言えよう。

先ずは、かのクラフト・エービングの分析事例を提示しようか。

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(例)二十九歳の官吏。彼は六歳のころ、素足の女性をみて興奮した記憶がある。それからズッと彼は足を追っていた。八歳のとき、まったく自発的に一素足を空想しながらオナニーをするようになったが、十四歳のある夜、眠っている妹の部屋へ忍び込んで足をつかみ接吻した。十六歳のとき、よく下女の靴や靴下をベッドの中へ運んで、興奮を高めながら自慰を行なうようになった。
 十八歳一初交。しかし、フェティシズムは消えやらず、二十四歳になると、異性をいとうようになり、二十六歳で都会へ出、同性愛の生活へ入った。相互自慰と口淫である。しかも次第に男の足をみて夢精したりするようになり、路上の男を追いかげたこともある。その男が靴をぬぐかもしれないと思ったので。
 男の足が見られないときは、自分が素足で外出しようという衡動に駆られ、雨の目でも毎夜数時間さまよったことがある。手に靴をもち興奮にふるえ、ついに射精するまで。いちばん幸福だったのは、温泉へ行って「ノイローゼ」の静養をしていたときである。人々がみな、素足で歩いていたから。
 やがて、女性への関心が再び湧いて来たけれども、性行為に入るには相手を素足にしなければならなかったりして、なかなか満足できなかった。そのためまたもや同性愛がぶり返し、ただ男の素足へ接吻するだけでも十分満足するようになっていた。
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如何であろう? 所謂特殊性癖がいくつ入っている?
さもありなん、である。
いの一番、第1稿で論じたことを思い出されたい。性格性癖などというものは、数多くの人間の事例を分析し共通因子を抽出したものなのである。
一人の人間が色々な因子を持っているのは、いわずもがなのことなのだ。

繰り返そう。
そういう意味で、○○癖などというものはこの世に存在しないのである。
にも拘らず、「自分は○○癖」と思い込み決め付けるのは決定的な間違い、掲示板サイトで見た言い回しを借りれば「湯上りに先ず帽子を被り、しかる後に猿股を穿くようなもの」だ。
ここまで言えば、言うには及ぶまい。同じ性癖の人間などこの世に二人といないのである。

論者はかつて多次元座標を使ってこれを説明した。
世の人間の数だけ座標値がある。しかも上記事例で解るように同一人物の座標値も時とともに推移するのである。
更に言えば。
ノーマルといわれるオリジンの位置も、サド・マゾ・○フェチ等々座標軸の向きも、時代とともに推移するのである。

であるが故に、論者は自身がS女とやらであろうがなかろうが、そんなことは気にも留めない。
ましてや、同一性癖なる人物を探そうなどとは微塵も考えはしない。

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早田夫人(顔世御前) − 尊氏の執事・高師直に行水姿を覗き見られた若妻

11f6b063.jpg古典太平記に登場する逸話である。
今日風に言えば、夫の上司から不倫を迫られた女性ということになろう。副題にしたように入浴姿を覗かれたり、なんやかやとストーカー行為を受ける。
早田夫人は拒む。
彼女の夫である塩谷高貞は、邪恋に狂った師直のために、逆心ありと言うことにされてしまうのである。

山内一豊の妻を見習え。
夫の出世のためだ、裸くらい見せたっていいじゃないか?
別に減るものでもなし。
という人があるとすれば、それは男性の感覚だ。
まあ早田夫人でなくても女性ならば、あられもない姿を見られたくない。とりわけ男性に対しては。
なんとなれば、女は自分の裸や性器に劣等感を持っている。直前の投稿その他繰り返し提示しているように。

その劣等感のある性器を積極的に晒す女性…
女性の露出症というのは、例外なくマゾヒズム心理の具現だ。
そして、それを覗こうとするが視姦症…
圧倒的に男性に多いこの症状は、サディズム心理に因を発する。

男性の露出症については、再三論じているのでくどくは書かぬ。
が、ただ…
あくまでも、男性の露出症を女性のそれと同一に理解して「マゾ男性の心理だ」と論じている、
更に一歩進み「マゾ男です。S女の皆さん、僕の裸を見てください」などと発言している、
これらの諸氏に一言だけ言いたい。
男性の裸や性器を覗き見て、加虐のエクスタシーを感じる女性の事例を論拠を添えて提出して欲しい、と。

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利根の川風 袂に入れて

千社札俗に坊主と呼ばれている花札8月のテーマ植物は芒、考えてみれば草ですよねえ。
それも次月の菊と違い、花も何もない正真正銘の草です。
本来木である藤や萩が草として扱われているのは、芒にとってはさぞや不本意なことでしょう。

それはそれとして、話を続けましょう。
花札が完成したのは江戸時代。その江戸時代と芒の2ワードから連想されるものはと言えば?
隠れ時代劇ファンの僕は「やくざもの」と回答しますね。

ほら、芒を口に咥えて、こんな感じで。

1 あれを御覧と 指差す方に
  利根の流れを ながれ月
  昔笑うて ながめた月も
  今日は 今日は涙の 顔で見る

戦前のヒット曲『大利根月夜』です。

さて、利根川。
昔は東京湾に注いでいたわけですよね。
今はいうまでもなくこのとおりなんですが。

河口の光景は雄大ですぞ。
なにせ向かいは米国、アメリカ合衆国です。
日本語標記では「米国」ですけど、同じく漢字を使う西隣の国では「美国」となります。
そして、米国人は「美人」、いやいや嘘じゃありません。

と、この言い回し、



天保水滸伝、このころは既に太平洋へ

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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女は母親の胎内に何某かの忘れ物をしたと思い込むもの

直前NEVADAの記事の「去勢コンプレックス」を補足しておこう。
幼女時代から、女は去勢されたと思い込まされ、攻撃的な男性器を羨望する心理のことである。

昔、『オー・チンチン』という童謡が流行ったらしい。
歌詞に問題があって放送禁止となったらしいのだが。
その削除された部分の歌詞である。

 あの子と二人 押入で
 見せっこしたよ 幼い日
 ちんちんつまんで あの子がね
 私も欲しいと つぶやいた

去勢コンプレックス心理を情緒的に歌っているので記してみた。
この攻撃的な男性器に対して反撃を試みたのが、サロメであり阿部定であったということはそれぞれの稿で論じたとおりである。
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NEVADA − 級友を冷静に惨殺したカッター少女

c8de0048.gif未だに成人していないがため、現行価値観においては名を記すことの出来ないこの女性。今まで俎上に上げた中で最も後に生まれた人物である。
本稿の論題は些か問題があるかもしれない。否、大いにあるだろう。
だが。

結論を先に述べよう。
論者が見聞きする限りにおいては、彼女こそが最も強烈なサディズムを持ち合わせている女性だ。
この(通称)NEVADAを論ぜずして、何が『サディズムに花束を!』であろう?
もし問題が起こって最悪サイト自体が消滅するようなこととなったとしても、論者には悔いは残らない。

さて、本論に入る。
ご存知、佐世保市の小学校で2年ほど前に起きた事件であるが諸事情により、事件自体の解明が十分にされたものではない。先ずそこから検証していく必要があろう。
憶測やデマが乱れ飛び錯綜した報道の中で一点だけ確かな事実はといえば、被害者の首の傷の甚大さだ。
長さ10cm×深さ10cm… これはただやそっとの傷ではない。首が千切れる寸前ではないか!
流石の本職(立ち会った)消防隊員が衝撃のために精神加療を受けたとことが傍証となろう。

NEVADAの級友殺人は殺人淫楽に分類されるであろう。
身近な存在である被害者が死に至るプロセスを冷静に観察し楽しむ…
冷静でなければ、これだけの行動はとれない。
更に言えば、少しでも殺意を見せたらば被害者に気取られる。
あまりにもお寂しい凶器だ。ほぼ一撃で絶命させなければ殺人自体が不可能。

NEVADAは首にこだわったのか? だとすれば、去勢コンプレックスからということでサロメと同様。
何人も知りえない。が、遺体の損傷度から逆算することはできる。
繰り返すが、凶器に使われたとされるのは使い捨ての100円カッターナイフ。
こんなもので人間の首が千切れる寸前にまですることが出来るのか?
いやそれ以前に、11歳の女児の力で、人一人殺害することが出来るのか?
どう考えても答えはNOだ。
不可能を可能にならしめた彼女の行動の裏には何か底知れぬ心理状態が働いていたのである。
古来、狐がついたとか魔女が乗り移ったとか言われているあれだ。

過去投稿で論じた何人かを振り返る。
永田洋子は思想信条が彼女を魔女ならしめた。
マルクス曰く「宗教は麻薬」
中国悪女たちは、限りなき権力への執着に駆り立てられた。
人とは所詮、物欲の塊。
だが、このNEVADAの心裏には、どうしても説明の出来るモチベーションが見出せないのだ。
一部報道の怨恨説などナンセンスの極みである。
逐一は割愛するが、この仮説によると動機・状況いずれも矛盾だらけになってしまう。
殺したいから殺した、彼女の殺人動機はこれであるとしか断じようがない。

だからこそ論者は、彼女・NEVADAこそが最も強烈なサディズムを持ち合わせている女性だというのだが。

それにしても報道だ。
先ず「ネットが悪者」の結論ありき。それに合わせてプロセスを作り上げる。年少者保護の建前で設けられた現行社会諸規定がもたらした現実はかくのごときである。
徹底究明なくして、被害者が浮かばれようか? 論者は声を大にする。
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待ち人来るや?

妖怪札今日はまた競技の話をしましょう。

手順として、先ずは麻雀の『包』(パオ)の説明をお読みください。
ごらんのとおり、役満を確定させる鳴きを許したプレイヤーに対する罰則です。

これに相当する罰則が花札にもあるんですよ。
法度札といいます。
まあ花札も麻雀も、囲碁や将棋のようにトゥーパーソンズゲームではありませんよねえ。
ですから、くみインチキめいたものが出てくる可能性も生まれます。それを防止するためにこのようなルールが設けられているわけです。

ついでですから、もうひとつ花札(競技)と囲碁・将棋との違いを。
いわずもがな、偶発性に左右されるということです。だからこそ熱中できる訳でしてる
欲しいな札がくるかハラハラしながら待ち続けるあのときの気持ちは、デートの相手を待つときのあの気持ちにも似ます。

それは、昔も今と同じ。万葉集は大伴坂上郎女の歌を見ましょう。

  来むというも 来ぬ時あるを 来じというを 来むとは待たじ 来じというものを

なかなかやって来ない待ち人に、じりじりする♀の気持ちがよくでてますねえ。
「来るってったって来ないときがあんじゃない。それをアータ、来ないって言ってんだから、来ると思っては待たないわよ。だって来ないって言ってんだから。」
ここで、ギリギリギリとハンカチを噛みしめるのだそうです。
やってきたって絶対に許すモンですか!
音的にも、お、お、お、の繰り返しで重苦しい感じを醸し出す…『歌は心の音楽』。

さてさて、なかなか来なかった待ち人がやってきたとき、郎女は本当になじったのでしょうか?
愚問ですよね。そんな訳ないじゃないですか。
皆様がたには当然お分かりのことと思います。

と、この言い回し、



カウンターを付けてみました

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


三木一草

藤カス花札4月は藤、あまり印象に残らない藤ですが、日本では古来よりこよなく愛され用いられてきました。

古事記あたりにも藤衣(ふじごろも)なんてものが登場しますし、万葉集でも、

    藤浪の 花は盛に なりにけり 平城の京を 思ほすや君

等々詠まれています。

さて、この藤ですが花札では『くさ』の扱いですよねえ、前にお話しました。
言うまでもなく実際は、マメ科・蔓性の落葉木本です。
まあ、昔の人は、つる性の植物なので草だと思ったんでしょう。

草、木。
『三木一草』をご存知ですか?
建武の親政の折に権勢を振るった四人のことです。
えー、草の付く苗字が1人、木が3人、誰でしょう?

正解は、名和長年・楠木正成・結城親光・千種忠顕 です。
何で名和長年が『木』なの? 受領名が伯耆守だから。名和ほう『木』。
ゆう『木』もその部類ですねえ。ほんと、楠木くらいしか分かりません。

楠木正成というのは古典太平記のヒーローです。
太平記といえば、南朝方の人間が書いた書物ですので、楠木正成がかっこよくかかけてますんですけど、まー、それを割りびいてもこの人は戦上手だったようです。

物語は正成再挙の段、本拠(河内)赤坂城を奪還した正成はその勢いでたちまち河内・和泉を制圧し、天王寺のあたりまで撃って出て、渡部(わたなべ)橋の南に陣を敷きました。
その数、五百乃至七百、といったとこですか。
渡部橋。今は大阪府大阪市北区堂島1にかかる橋ですけど、そのころは天満橋付近だったですね。

さて、それを聞きつけた六波羅北探題、鎌倉幕府京都支店ですね、北条仲時は、軍奉行の隅田次郎左衛門と高橋又四郎に五千の軍勢を与え、一気殲滅を図りました。
ところが、ところがですよ。
小勢には小勢の戦い方があるのです。
鶴翼の陣を敷いた楠軍は、橋にさしかかった五千の大群に3方からこれに撃ちかかりました。
なるほど、「面」でなく「線」を、「線」でなく「点」を攻めれば、逆に1対3の数の優位。
幕府軍は大混乱、なまじっか大軍だけに余計収拾がつかなくなり、殆どは討ち果たされ、川原も川岸も屍の山になってしまいました。

   渡部の 水いかばかり 早ければ 高橋落ちて 隅田流るらん

敗走した隅田・高橋両奉行を待ち構えていたのは、京の町の至るとこに立てられたこの立て札でした。

と、この言い回し、



さてさて、狂歌に人名を織り込むお話

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


『妹マゾ』と呼ばれている男性たちは健全なる日本男児

全くの私事であるが、今日は論者の誕生日である。
本日午前零時を以って、論者はまた1歳満年齢を重ねた。

年というのは自動的に、そして誰でも平等にとっていくもの…
それ故に、年の差というのは絶対に詰まらないのである。
当たり前のことであるが、考えてみると面白い。

我が国もそうであるが儒教の根付いた国の民は、序列の概念というものを意識下に持っている。
年による序列、年上・年下というのを意識する。トレイシーの稿で論じたか。
年上は年下よりも上位でなければならないのである。
そして、それが逆転するとなると?

言わずもがなのこと、本来上位であるはずの年上にすれば忍び難い屈辱ということになる。
そして、その屈辱感に昂ぶるということになると…
かかる男性諸氏を『妹マゾ』と呼ぶらしい。
勿論学術上定着した用語ではないにせよ、可也一般的に用いられてるようだ。
掲示板サイトのこのテーマスレッドの多さが、それを証明している。

さて感想だ。論者は彼らを好意的に受け止める。
何故ならば、現行の社会に適合した価値観をちゃんと持ち合わせているからである。
年下に敵わないのは恥ずかしい、そう感じてなければ屈辱感など生まれやしない、ない屈辱感に昂ぶれる筈はありえない。
不幸にして現実社会生活においてかかる事態を引き立てた際には、それを打開しようと努力する…
常識という言葉は使いたくないが、まあ常識的である。

思えば。
論者曰くの昨今SMの脱線は、マゾと腑抜けがごっちゃにされている風潮が一因している。
腑抜けに構って女王と称している人種は、それこそバカ姫様、割れ鍋に綴じ蓋だ。

 注* 元稿投稿は4/14にされています。
posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


ネロ − 名君転じて稀代の暴君と化したローマ帝国5代皇帝

9b9dbcd2.jpgコロシアムに関連して進めよう。
お馴染みのネロ、但し呂后の時のように「待ってました」の掛け声は掛からないかもしれない。
なんとなれば本サイトは女性のサディズムがテーマだから。
しかし、呂后と同じ殺人淫楽、つまりセックスの代償として人を殺すタイプのサディズムの持ち主であった点は共通だ。

ネロは何ゆえ暴走したか?
ものの本によれば、幼いころの記憶、今日風に言えばトラウマがフラッシュバックしたためと言われる。
臆病で神経質なネロ。女性的な性格である。

彼に限らないだろう。かのサード侯も同様だ。
このように、男性のサディストは女性的な人物が多い。
過去投稿で論じた豊臣秀次、そして織田信長の折は「残虐行為に及んだのは彼の中の女性が爆発した時」とまで論じた。

サド男性が女性(的)であるとしたのなら、マゾ男性はいかなる(心理)性を有する存在であるのか?
論者のことである。また減らず口を書いてしまいそうなので、この稿はこれにて終了とする。
posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


ローマの貴婦人たち − コロシアムでの殺し合いに熱中

b17d7998.jpg思えば古代ローマ時代の奴隷も、中国のそれらとは別な方向で過酷な運命を余儀なくされた。
闘奴と呼ばれる奴隷たちである。
剣士として人間どおしの真剣勝負をさせられたり、猛獣と闘ったり。
格闘もギブアップやKOで勝負が終わるのではない。完全にどちらかが殺されるまで続くのである。

そしてコロシアム観衆は、今日と同じく熱狂した。
コロシアムには女性観客もいたということもまた同様。
後先になったが、これが視虐症の典型事例である。

随分と野蛮な時代だった。現代では考えられない。
と結ぶのは暫し待とう。
折も折、トリノ冬季五輪が行われたばかりである。

同大会でも随分と怪我人が出た。
そこで直前投稿で保留にしてあった論者の個別事情である。
論者とて人の怪我を積極的には喜びはしない。
けど、どこかでそれを望んでいることもまた否定できないのである。
よりスリリングにしてダイナミックな競技には事故の危険性が伴う。
それを含んだところで観戦を楽しむ論者もまた、視虐症に分類される人種であるといえよう。

が、論者一人が現代におけるローマ貴婦人の同類というわけではあるまい。
観戦は並べて、スリリングにしてダイナミックな競技が好きだ、視聴率がそれを証明している。
となれば、競技は如何なる方向に進むか? いうまでもなかろう、日を追うごとに危険なものになってゆく。
勿論安全対策も並行して進むのであるのだが、いかんせん大衆受けが大前提である以上抗いようがない。

事実、競技・練習中の事故死は絶えない。
トリノ五輪出場の選手中にも既にこの世の人ではない者もあるとか。

現代人は果たして古代ローマの蛮行を笑うことができるであろうか?

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KWAIDAN

牡丹カス2正直なところ、牡丹に関する話題は中々出てきません。
例えば、投稿日付に拘らず以前話題にした『花札占い』でも6月牡丹の札は使いませんし。
繰り返し書いてるように日本ではあまり馴染みのない花のようです。

でも、花札成立の江戸時代にはあったようですね。
牡丹灯篭なんて怪談話があるくらいですし。
旧暦6月は晩夏ということで納涼シーズン、ということで牡丹4枚目の札は怪談話としましょう。

これをまとめたのは、小泉八雲ですよねえ。
そして、小泉八雲というのは元々は英国人ラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn)、外人の手により日の目を見た日本文化といえるでしょう。
牡丹灯籠に加え、四谷怪談・皿屋敷が日本三大怪談とされています。

さて、四谷怪談ののお岩さんが信仰した田宮稲荷神柱跡が、根拠乏しいとして歴史文化財指定の見直し対象になってるようです。
まー、神社という商売にからんでるなら、厳密に調査しないとねえ、
宗教関係を聖域にしてしまうと、ろくなことがおきませんから。

なーていうと、お岩さんが化けて出てくる?
そんなわけないじゃない。

    幽霊の 正体見たり 枯れ尾花

え、怪談はホントにある、ですって?
あの付近は坂が多い、四谷かいだん、
で、納得!

と、この言い回し、



お盆は過ぎてしまいましたが… ドロドロドロ

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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SMビデオ視聴者であるマゾヒストは本当にマゾなのか?

修道尼の稿で論じた視虐症に関して続けよう。

男女ともに事例の少なくないこのサディズムを人はどのように昇華しているのか?
ものの本によれば、例えばスポーツ観戦である。就中、格闘技等の荒事。
プロレスの余興が一番の説明材料になろう。
血を流してみたり、凶器で攻撃して見せたり… 観衆はそれを見て興奮する。
痛いだろうに痩せ我慢して、とハラハラもしながら。

論者の心理態度に関しては別投稿に譲るとして、ひとつ問いかけたい。
この視虐症の発散としての格闘技観戦。何かに似てはいないだろうか?

そう、前稿でも俎上に上ったSMビデオ、この愛好者である。
サドのほうはさておくとしてマゾだ。
この手の映像も昨今においては、十分虚構の世界であることが知られている。
女(男)優が演技として男(女)優をいたぶっていることを百も承知の上で、マゾヒストと言われる男(女)性はそれに昂ぶる。
なんと、サディズムたる視虐症の昇華としての格闘技観戦とそっくりではないか!

反論は想定される。
「Sは責め役に、Mは責められ役に身を置き換えて昂ぶっているに決まってる。なにをバカな」と。
だか、そういい切れるであろうか? 少なくても双方とも双方を見ているのである。
スティックコーヒーの中から砂糖粒だけ抽出するにもに似た作業を、果たして人はその心底のなかで行うことが可能なのであろうか?

論者はこれを以って、モレルの稿で結んだ「SとMとは紙一重、ことによれば同じもの」の追加根拠としたい。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


破邪剣征 桜花放神

america投稿日付に拘らず前にお話した『花札占い』。
三月・桜の言葉はこうです。

 「桜花らんまん。旭日昇天の大吉兆であって、願い事すべてかなう。
  然し油断して一朝チャンスを逸すると、一夜の嵐に吹き散る憂いあり。
  機会は迅速に掴まればならぬ。」

将に想定どおりといったところですよね。
咲くも花なら散るも花、ですか。ハラハラと散る桜の花というのもまた情緒があるものです。
セガの看板ゲーム『サクラ大戦』のヒロイン格・真宮寺さくらの剣技のバックにも、桜の花びらが舞っています。

俄然無粋な方向に進めれば、桜の時期はまた春の長雨の時期でもあります。
必ず降るんですよねえ。花散らしの雨というのが。
奇しくも、投稿日時に殆ど意味のないこのブログの今この記事を書いているその瞬間、降ってますよぉ!

   風吹けば あだ口惜しや 桜花 けふの宴に とみ落つるらむ

あん? なんなんでしょうねぇ〜
しゃーない。返歌といきますか。

   花散らし いたくな降りそ 上野山 我はこぞより 参らざるをも

つーことで、今年もまた花の散ったころを見計らって寛永寺参りとなりそうな運びデス。。。

と、この言い回し、



上野山の桜と蜀山人の歌

の加筆部を丸写ししました。
一度ならず二度…までも…

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


アドルフ・ヒットラー − もっとも有名な便器願望者

fbd4283e.jpgかのヒットラーが便器願望者であったことは名高い。
単にマゾヒストと書かれている記述が大多数であるが他の記録を照らし合わせるに、女性の排泄物を飲み食いしたいと願う『豚マゾ』と呼ばれるタイプのそれであったことは間違いないであろう。

排泄物に対するフェチシズムと便器願望とは同一のものであろうか?
平中・平貞文の稿で論じたとおり、若干の温度差があると思料する。
一番の根底部分である排泄物自体に対する興味、これを比較すれば両者の差異は瞭然であろう。

便器願望者は排泄物に対して興味がある必要はない。
汚くて臭いウンコ、それを嫌う正常な心理態度であっても構わないのである。
いや、むしろそうでなければならないはずだ。
それを飲み食いさせられる苦痛と屈辱感に昂ぶるからこそマゾヒストなのではないか?

プレーSMにおいては、大便のことを黄金と称する。
この手の老舗ビデオの主催はこう解説する。

「敬愛する女王様の体内から出るものである以上、ウンコであってはならない。『黄金』なのだ」

異議あり。
大胆に論じよう。この前提における便器男の心理態度は特異とは決め付けがたい。
あばたもえくぼは正常な心理態度だ。
今少し論じようか。

先ず、マゾヒズム性。
あるように見えてその実、皆無であろう。便器人間は屈辱感を感じてないのだから。
かかる状況を見て我と我が身に置き換え昂ぶる、見手の心理態度がマゾヒズムなのである。

では、排泄物のフェチシズムか?
これは少々迷うところだが、論者はNOに軍配をあげる。
理由は『敬愛する女王様』のもの限定であるという点だ。
フェチシズムと断ずる以上は、本来の性愛対象からある程度は切り離されてなければならないはず。
あまりにも本来の性愛対象の影が大きすぎる。

有名な東歌

    信濃なる 千曲の川の さざれ石も 君し踏みてば 玉と拾はむ

この(正常な)心理態度といかばかりの差異があろうか?
やはり便器願望者というのは、ヒットラーの如く、"汚くて臭い"大小便を否応なしに飲み食いさせられることを願う人物であると考察する。

話は替わるが、論者はそそっかし屋の部類だ。
和式便所で用を足して立ち上がる際に蹴躓き、便溜りに左足を踏み入れてしまったことがある。スリッパが脱げてしまった状態で…
自分が出したばかりのものをモロに踏んでしまったわけだ、お恥ずかしい話。
あの時足の裏に感じたなんとも形容しがたい気持ちの悪さたるや、今でも忘れられない。
あんなものを食べたい、食べさせられたいと願う人がいるとは!

既報のとおり、論者も時折「貴女の排泄物をいただきたい」と声をかけられる。
まあ、どこまで本気であるのかは知り得ないのであるが、もし心底そう願ってるのならば…

人間の性愛心理とはなんと不可思議なものであるかと驚かされる。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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