いよよ生まれる

桜トイレ花札ではお馴染み、桜の月である三月。
異称で弥生といいますねえ。
これはどういう意味なのでしょう。

つらつら調べてみるに、『いやおい』が変化したものと伝えられます。
弥(いよいよ)と生(うまれる)ですか?
如月(『木更月』)から『いよよ生まれる』、梅から桜へ。花札の流れです。

あ、古語では『いよよ』といいますね。
ほら、前に話題にしたでしょう。万葉集巻三-三一六、大伴旅人の歌です。

   昔見し 象の小川を 今見れば いよよ清けく なりにけるかも

しかし、歌とはすごいもんですね。
大伴旅人なんてのは、とうの昔に死んじまってる。
にも拘らずですよ。僕が、そしてお読みの貴方が、「今」吉野を訪れて、旅人が「昔見し」「象の小川を」見てみれば、「いよよ清けく なりにけるかも」と実感することができる。
とうの昔に死んでしまった人間と精神を共有することができる、会話することが出来るのです。
素晴らしくもまた恐ろしくもある、と犬養節。。。

と、この言い回し、



ゾウではない! キサ

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


六本木

タバコ牡丹えーっと、投稿数が伸びないのが、このカテゴリですね。
6月も、牡丹も、ちょうちょもあんまり話題がないということですかあ。
数字の6自体の話も、もう種切れぎみだし。
そうだ。ヒルズでお馴染みの六本木の話でもしましょう。

なんで、六本木なの?
はいはい、木が六本生えていたからですよ。
とは言っても、天然木ではなく人造木です。
即ち〜 江戸時代〜
この付近に六軒の大名屋敷があった。その何れも木に関係がある、ねえ、上杉とか青木とか、もので当時は新興地だったこの地区を六本木と呼ぶようになったとか。
そうですよ、江戸はずれの新興地。狸が出るような。狸穴ってのがありますよねえ。
さてさて如何にも江戸の粋、花札の情緒とも根を同じくするような語源です。

にもかかわらずですよ。
今、ネット検索をしてみるに、この話は出て来ないではありませんか。語源不詳とするものばっか。
うーん、紀尾井町や有楽町ならあるんですがねえ。
地名というのも、我々祖先から受け継いだ大事な文化です。
大切に語り継いでいこうではありませんか。

はるかはるか1000年以上も昔から。
いつも話題にしている万葉集20巻4500余首に登場する地名は、約2900、
それも、美作・伯耆・隠岐・出羽および北海道をのぞく、ほとんど全国にわたっています。
いわば万葉集とは巨大なご当地ソング集、それが西暦6〜700年代に完成していたとは驚き入る限りです。

貴方も調べてみたら如何でしょう?
きっと、お近くのマイナーな地名を見つけて驚愕(びっくり)すると思いますよ。

と、この言い回し、



さてさて、万葉集では

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


田村御前 (愛姫) − 独眼竜政宗・正室にまつわる伝承より

25a63f31.jpgお馴染み、伊達政宗の正室である愛姫は田村家の出である。
当時、奥州は三春の地は、坂上田村麻呂を祖とする田村家により統治されていた。
小国といえど武門の名家。伊達家にすれば戦って切り従えるよりも、友好的M&Aで傘下におさめるほうがベターだ。
小説等によれば、この政略結婚は藤次郎少年(後の政宗)自身によりまとめられたものとされる。

愛姫… ご存知の方も多かろうが『めごひめ』である。
然るに、本当は『よしひめ』と読んだらしいのだ。
非常に愛くるしかった彼女は、「めご、めご」と愛称で呼ばれ、そのうちに本名になってしまったとのことだ。
もっとも、そのために政宗の母である『よしひめ』(既論)からは、「"ねんねえ"じゃ」と嫌われてしまったようだが。
さて、この愛姫こと田村御前には、裏話的な伝承がある。

なんと、奥州時代政宗として戦場に出ていたのは彼女だというのだ。
東北の暴れん坊・独眼竜政宗は、実は愛姫だった!
気弱で到底戦場になど出ることなど出来なかった夫に代わり、この良妻は知られざる武力を行使し近隣諸国を次から次へと切り従えて行った…
こういう伝承である。

まあ、伊達政宗という人は年を経るに従い、俄然体制寄りの人物になっていく。
福島・加藤らから、ごますり大名と揶揄された壮年期からは、若い頃の暴れん坊の片鱗すらも伺えない。
そうしたことから、奥州時代の政宗と関が原以降のそれとは別人だったという説も出てくる。
これに、武勇の母・最上御前や田村麻呂の田村家のイメージが結びついて、独眼竜愛姫説が生まれたのであろう。

人形のように愛くるしくて、なおかつ武勇の人であるか?
卑近な言い方をするなら、スーパーアイドルだ。
いや、悪くはない。同性からみてもひかれる。
こうした伝承が世の東西を問わず各地にあるということは、(強い)女性は女性の(姿かたち)ままで強くなければならない、ということであろう。

強女萌えと巨女萌えとは全く異次元の偏愛心理、再確認である。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


クリスティーナ  − 果たして、このスウェーデン女王はデカルト殺しの大悪女だったのか?

c883623e.jpg彼女もまた、偉大な父の後を継いだ女性であった。
Alexandra Christina(1626年12月8日−1689年4月19日)。17世紀のヴァーサ朝・スウェーデンの統治女王(在位1632年−1654年)。スウェーデン普遍主義に乗っ取り、フィンランド大公を兼任した最後の王。

なんといってもクリスティーナ一番の逸話は、副題に掲げたデカルト殺し疑惑だろう。
即ち、招きによりストックホルムをおとがった偉大なる哲学者デカルトは、彼女のために朝5時から暖房もない部屋で講義をし、そのために風邪をこじらせ他界したのである。
果たして、どうなのであろう?
論者は擁護的だ。

確かに、クリスティーナの責任は大きい。
けど、それは結果論ではなかろうか?
少なくても、彼女の行動にはデカルトに対する攻撃の意図はない。今まで散々論じてきた残酷サド女王の行動とは似ても似つかないものである。
冒頭書いたとおり父が偉大であったこと、それにもまして偉大だったのがデカルトであったこと、等々が災いして、クリスティーナにとって不利な人物評が残ってしまったものと思料する。

歴史を語り継ぐのは口さがもない人の口。噂話の類である。
とはいうものの、これは否定的な意味ではない。噂とは正確なものだと前にも述べたか? その時々の世相を鏡のごとくに写し出す。
こういうことだ。

藪医者の語源となった、藪井竹庵は実は名医だったそうである。
弟子がやっかみ、二言目には「藪先生が、藪先生が」と吹いて回るものだから、かくのごとき評価になってしまったとか。
そう。
鏡とは左右を逆さに写し出す。

そして、『悪魔の鏡』というものもある。
アンデルセンの『雪の女王』に登場したあれ、ちょうどクリスティーナのお国許だ。

悪魔の鏡がデフォルトの姿見である現代ネット空間にご注意あれ。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


四谷大木戸と信濃蕎麦

ヨツヤさてさて、順不同且つ日付不順で紹介している、カブ競技における独特の数の数え方。
藤の月である4はなんと言うのでしょうか?
『ヨツヤ』です。

ふふん、これ地名ですよ。
花札完成期である江戸時代にはあったはず。四谷怪談なんて。投稿日付では後になるものの前に話しました。
まあ、実際に調べてみても、四谷に関する記録は出てきます。
木戸があったんですよねえ。
当時の四谷は甲州と青梅の二街道と府内を結ぶ出入り口でした。

四谷名物に『馬方そば』なるものがあったとか。
普通一膳一六文で二八蕎麦と呼ばれる、この田舎蕎麦は四谷では、荷駄馬が頻繁に通ったがためにもっぱらその馬子たちのひいきを得ていたことから『馬方そば』と呼ばれていたとのことです。
そうですよねえ。街道というのは人の往来だけでなく、陸運のためのものでもあります。
当時にすれば、遠い遠い国である信濃からの蕎麦粉も、この四谷大木戸をとおって府内に運び込まれていたことなのでしょう。
 
  信濃では 月と仏と おらが蕎麦 (一茶)

僕が信濃蕎麦から連想するのは、池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』。
はじめてみた鬼平が、『正月四日の客』でした。


毎年、枕橋にある蕎麦屋”さなだや”では、正月四日には、”真田そば”しか出さない。
一般には辛すぎるこのそばを、好んで食いにくる客があった。
その客と店の女房・おこうとの正月四日にだけ会う数年が続く。
ある時、おこうは平蔵から亀の小五郎という盗賊の話を聞いて驚く。
小五郎の腕にある亀の刺青が、正月四日の客にもあったのだ。


(’93年1月13日放映)、何回目の再放送でしたっけねえ。
ラスト、河原崎長一郎さん扮する小五郎が「おかみさん、私をお売りなさったね?」と言い残して引き立てられていって、しばしあっての山田五十鈴さん扮するおこうの台詞。
「ばかにしないでよ。あたしだって綺麗なままじゃいられないよ!」
なんか、これが非常に印象的で、一発で鬼平ファン、池波ファンになってしまったんですよ。

と、この言い回し、



さて、木曽路のトピックスのフィナーレは

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


藤と富士

藤と富士花札4月のテーマ植物である藤は、意外且つうれしい事に日本原産であると話しました。
他方、ニッポンと言えば「フジヤマ、ゲイシャガール」、これらについては、ここで改めて話すまでもないでしょう。

藤と富士。語源こそ似ても似つかないものの、現代日本語においては同じ音となるのも何かの巡り合わせですね。
どれ、藤の花咲き誇る旧4月の富士山の光景に思いをはせてみましょう。

 ♪〜 富士の白雪ゃノーエ 富士の白雪ゃノーエ
    富士のサイサイ白雪ゃ朝日でとける

そうですよ。富士山頂の冠雪がとけて流れ出した頃ですよ。
とけて流れて三島に注ぐんでしたね。ご存知、ノーエ節です。
そして、とけてながれりゃみなおなじ、
投稿日付に拘らず前に話したお座敷小唄の文句にありましたね。
そう、あの折の話題についての続報があるんですよ。

ああ、二番の歌詞ですね。

 ♪〜 好きで好きで 大好きで
    死ぬ程好きな お方でも
    妻という字にゃ 勝てやせぬ
    泣いて別れた 河原町

これ、どうもピンとこないんです。
なんか、サビの部分「妻という字にゃ」のために前後がちぐはぐになっているような…
っと、はしょりましたか? 順にいきます。

先ずは、芸妓(♀)と既婚客(♂)の忍ぶ恋が舞台であることは、いいですよねえ。
感覚的には、芸妓視点だ。ならばですよ。
なんで大好きなお方と、「泣いて別れ」なければならないのか? ってことなんですよ。
ねえ? 趣味と実益、これ以上の上得意はありません。

だから、僕は子供の頃は既婚客の視点だと思っていたんですよ。
大好きな芸妓にイレあげたけど、やっぱり女房がかわいい、「妻という字にゃ 勝てやせぬ」、だから「泣いて別れた」…
まあ、デュエットの女性歌唱部であることとは矛盾するものの、言葉とすれば、このほうがしっくりきます。
なんて女々しい男なんだ… なーんて。

とまあ、初めてこの歌を聴いてから10年、ずっと疑問に思い続けていたことを、戦中戦後を女として生き抜いている人物に聞いて見ました。
と、答え。

「だから、妻という字(妻の座)が欲しいわけよ」

うーん。
大好きな男性にして上得意でもある、かの男性の妻になれるわけではない。
なまじっか芸妓として接することができるものだから、妻になれるような、なったような錯覚に陥ってしまう。
このように「妻という字」(の魅力)に「勝て」ない自分であるから「泣いて別れた」ということでしたか。
ようやく、納得。

と、この言い回し、



「ある」なのか「ない」なのか、それが問題だ 8/10加筆部

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


インディラ・ガンジー − 20世紀後半のインドに現れ出でた二昔前の暴君

a5f38a6a.jpg不肖だれそれという言い方がある。
遜りを示すため、自らの名前の前に付す、この『不肖』。
調べてみるにそもそもは「(偉大な)親に似ずして偉くない」という意味だ。

偉大な親にであるか。
まあ、立派な親を持ってしまうと一生涯損をするものだ。
七光りなどというのは全くの迷信、何かと親に比較され必要以上に期待され、そして背伸びをするのがオチである。
本稿主役も、インド建国の父であるジャワーハルラール・ネールの一人娘として生まれたのが、生まれついての不幸と言えなくもない。

ネールの後を継ぐように政界に進出した彼女は、当初お飾り大臣になるものと予想されていたのであるが。
インディラは大方の予想を覆し、インド共和国の政治史上最も強力な指導者の一人となるのである。
だが、その中身は副題にしたとおりだ。

インディラが作ったのは彼女に始まるネール王朝。父ネールから受け継いだ国民会議派は血族で固めようと画策した一人娘のために変質した。
その後も保身のため国家非常事態宣言を行い、その名の下に政敵を逮捕、野党を弾圧…
あまりの人権侵害に民心は国民会議派を離れた。
今まで散々俎上に上げてきた、女性通弊の身内贔屓、近視眼的政治である。
果たして彼女自身もその遺児ラジヴ・ガンジーも、凶弾により最期を迎えるのである。

ネールの娘であるインディラ・ガンジーが、頭が悪いわけがない。いやそれどころか、20世紀世界に現れ出でた人類のうちでも屈指の頭脳の持ち主であるはずだ。
だが、頭でなく子宮でものを考えてしまう。
山田みつ子の稿で提示した、女性特有の頭と子宮を二心とする楕円思考。悲しいかなインディラは女性であった。
同性とすれば、これを認めるのは口惜しい限りである。

さて第二次大戦後、日本の子どもからの「生きたゾウが見たい」という要望に応えて、インド政府からアジアゾウがプレゼントされたことがある。
子供向けに書かれたネールの伝記に必ず出てくる逸話である。
インド建国の父は、この世で一番愛する者と同じ名前の、平和と友好の使者を上野動物園につかわした。

インディラ。

明日は8/15。61回目の終戦の日を迎える。
posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


東京都渋谷区道玄坂1-12-1  株式会社ミクシィ 代表取締役 笠原健治 に物申す

本稿は、過去数度論にあげている会員制SNSに関する愚論に費やす。
繰り返すに、論者は過去現在将来いずれの時点においても会員制SNSとは関わりを持っていないし、持つつもりもない。
この点を申し述べた上で論に入る。

何でも代表格のmixiなるところが会員五百万を突破したとかで、先だってライブドアでもオピニオン特集を組んでいた。
当該特集においてはさぞや礼賛一色になろうであろうと予想して見守ったのであるが。
外れたのは幸いであった。本ブログ等お読み願えればお分かりのとおりの論者であるゆえ。
先ずは、少々中心部から外れる、メール紹介システムから入らねばならぬであろう。

既報のとおり、論者は(少なくても面識のない人物相手の)メールはやらない。
一度だけこの禁を破ってしまったがための後始末に右往左往しているのは、天罰覿面といったとこか? これは余談。
加えてである。
幾人かの方からmixiへのお誘いを受けたことのある論者である。
もし何者かが論者と称し、これらの各位から紹介状を貰い登録していたとしたなら…
アクセス増を〜 の稿で述べた。
お誘い頂いたのは紛れもない好意、その好意に万が一でもドロを塗るようなことがあったとしたなら、限りなく不本意であるから。
まあ、あの折は明るい悩みの部類であったのだが、今となっては少々心配になってきた。

先ほど、少々中心部から外れると書いた。
これは会員制SNSの問題というより、メール紹介システムの問題(の一派生)であるからである。
即ち、電子メールというのは非常に危ういものだ。
通常の郵便物のように、これで本人確認ができるというわけではないのである。
こんなものによる紹介を入会のための前提とすることからして既に、mixi会員制のまやかしを感じるところである。

事実、件のオピニオン特集においても、一人が幾人もの人格を使い分けている事例を紹介していた。
正直この点については初めて知ったのではあるが、言われてみれば、そりゃそうだ、である。
まさか住民基本台帳番号の記載を義務付け、折り返し当人の意思確認をしているわけでもあるまい。
そうなれば、「ネットというものが非対面である以上、(実在人である)本人確認の手段など考え得ない」のありふれたネックにひっかかってしまうのである。
回りくどくはなるが、この点少々展開せねばならないだろう。

所謂オフで会えば、これらネット非対面の短所をカバーできる、と考えている諸氏も少なからずであるが、大きな間違いだ。
念のために言うが、意見とか「思う」とかの次元でなく、論理的に間違いであるといっている。
簡単だ。オフに出現した人物、これがネットで知り合ったHN○○本人であるという保証がどこにある?
何でもよいではないか? 例えばリサーチ会社が大学生交流目的のサイトを立ち上げ、学生アルバイトを雇い件の管理人の触れ込みでオフに出現させたとしたら…
まあ、これが出会い系サイトの社会問題そのものにも通じるのであるが、ここで刷り込みたいことは、電子メールなどでは差出人たる実在人の本人確認など出来ぬということだ。
にも拘らず依然、会員によるメール紹介前提の姿勢を崩してないmixiの姿勢は、良質な会員確保が目的と言うよりも、ねずみ講めいた手法で会員増をはかっていると考えたほうが自然である。

段々核心部へと近づく。
会員制… 一見、特定多数の集団に見えるが、さにあらずである。
前段及び前々段をちょっと掘り下げて考えれば気がつこう。
即ち、特定できるのは運営会社である株式会社ミクシィだけ(それすらも高々申込時の登録情報のみ)、会員には特定不能なのだ。
となれば、会員の立場からすれば依然として不特定多数相手に個を晒すという味には変わりはない。それでいて閉鎖集団なのである。
これでアダルトも商業も堂々OKというのだから堪ったものではない。

「会員の質は2ちゃんねる(常連書き込み者)よりも下」「強大な(アダルト)出会い系サイト」

件のオピニオン特集でも、声があがっていた。
想定しうる危惧といえよう。恐るべし、mixi内部でなにが行われているかは員外には知りえないのである。
例えそれが、公権力といえども。
ときに近年、犯罪検挙率が目立って低下しているとか。大きな原因は玄関ロックの団地の増加…
マンションならまだ、正規の公権力である旨を提示すれば入館も可だ。
mixiはそれすらもできない場所なのである。
そろそろ法規等の改正により、根本部分から手をつける時期ではあるまいか?

さて、ここまで書くと、「入るつもりもないもののことを何故そうまで書く?」との問いが来そうだ。
うん、これが十万単位の規模の時代ならば、意識に入れずとも済んだ。
だが、これだけの規模になったとあらば、興味のないものは無視では済まされまい。
興味のない者とても、関心をしめさなければならぬのだ、否応無しに。
論者にとってインターネットとは図書館そのもの、ここで小休止 の稿で述べたとおり。
この論者の事情は、説明におあつらえ向きのお膳立てだ。

図書館はおしゃべりのための場所、いや、一歩進んでおしゃべり仲間を見つけるために用意された場所と考えて疑わない人たちがいたとしたら、我関せずという訳にはいかないのである。
それも、始めの頃は隅でこっそりしゃべっていた連中が、次第次第に数を増し堂々真ん中を占拠し、あまつさえこちらと利害関係のある話をされている可能性があるとなったら…

力は正義なり。
奇しくもこの哲学で行動し続けたソ連、ソビエト連邦を俎上にあげたばかりだ。
そしてネットというものもまた、力は正義なりの哲学で動いているコムの典型である。
今でこそ流行らなくなったものの、ネチケットなるもの。
本サイトでも再三論じている、荒らしスパム
全て、一部の力ある者の都合によりこしらえあげられてきた。

何よりも。
これらのネット正義を定めた『一部の力ある者』に異を唱える者あらば、絶対悪のレッテルを貼られてしまうのがネットという所である。
会員制SNSも、またしかり。これがネット標準となったなら、論者のようなネット人は、またまた悪にされてしまうことであろう。

笠原健治という事業者を、論者は恨む。



---------------------------------------------------------------------------------------------------------------



【転載にあたっての管理人意見と参考資料】

うーん…
確かにねえ。
完全会員制は淀みを生みますね。

まあ、アダルト(にひっかかる)くらいは自己責任ってことでいいと思うんですけど、例えばカルトが素性を隠して入ってきたら?
あの摂理あたりだって、キリスト教勉強会なり一条ゆかり同好サークルなりを作って、それを隠れ蓑に信者集めができるわけです。

去年の夏あたりでしたっけ? オウムの小宮娘が、ライブドアブログで大々的な資金集めして、ちょっとした騒動になったのは。
オープンなブログで堂々顔写真晒したとしても、あれだけ大手を振ることができるんです。
mixiのような完全治外法権、町方の入ることのできない寺社領みたくなスペースでやられたとなったら、こりゃヤバいですぞ。(06.8.15)



以下参考資料

1. 2006年04月21日 記事









mixiのコミュニティ




 爆発的に参加者数が急増中の mixiですが、「ナニそれ?」っいう人に説明は難しい。基本的にBlogと損たような世界ですが、明らかに異なります。僕も最初のうちはブログ同士の交流に特化した、限定的な空間だと思ってましたが、そこには広大な宇宙が広がっている...



 まあそれはともかく、そこに会員同士で構成される「コミュニティ」と呼ばれる、ある種のサークル活動みたいなシステムがあります。

mixiの会員であれば誰でもすぐに入会したり作ったりできますが、そのコミュを作った管理人が参加者を選別することが可能。入会は承認制だが内容はオープンにできる、などといったオプションもあります。



 実に様々なコミュニティが存在し、タイトルだけ見ていても飽きない。

ちょっと面白そうなやつでメンバー数が多いものをピックアップしてみると...

(かっこの数字は参加者数)










































人飼い
(715)
あなたは人を飼いたいと思いませんか?

あなたは人に飼われたいと思いませんか?

そんな願望や欲望を持った、「人飼い」な人のためのコミュニティーです。実現している人も、そういう過去をお持ちの人も、ぜひどうぞ。
太もも以上・お尻以下
(361)
脚フェチ??? お尻フェチ???
その間の微妙な所が好きですw
SMってなんだと思いますか?
(848)
初めてSMを体験したのは18の時でした。それから3年間、SMという行為が持つ意味を、それが私にとってなんなのかをずっと考えてきました。ただ、一人で考えていると段々と思考が偏ってきてしまうので・・・(^-^;

皆さんの意見も伺えればいいな、と思い自らコミュニティを作成してみました。
あたしがブってあげるわよ
(639)
「誰か俺をブってくれー」 「そんなにブたれたけりゃ、アタシがブってあげるワヨっ!!!」「いくわよっ!!!  それっ!!!」
Fetsih イベントに行き隊
(764)
CYBERJAPAN,TORTURE GARDEN,TOKYO PERVE,KITTY FIRE 2099 (crazy88),ボンテージ,ラバー,エナメル,コルセット,SM,緊縛,ストリップ,コスプレ,キャットファイト,ウェット&メッシー,ゴールデン街,2丁目,レズビアン,ゲイ,ニューハーフ,ドラァグクィーン

・これらの単語にピピッと来たアナタ

・男のスケベ心に起因するエロではなく、女性が憧れるエロティシズムの世界に惹かれるアナタ

・そんな人達のための、お出掛け中心主義のコミュです。
倒錯とフェティシズム
(500)
芸術という枠に収めきれない、溢れ出るフェティシズム。それに突き動かされた作家達の、作品と人物について語るコミュニティです。クロソウスキーの言葉に何かを感じた方、どうぞご参加下さい。
Mの集い場
(416)
基本はMのためのコミュですが、視野を広げよう!ってことで制限はしていません。とにかくSMが好きな人。Mな人。Sな人。まだ自分がどっちなのかわからない人。SMに興味がある人。これもひとつの快楽です。今まで、興味の無かった人も覗いてみませんか?みんなでお話していくうちに、きっとなにかが見えてくるはずです。たぶん。コミュを通して、パートナーさんが見つかる。なんてのもいいかもしれません。ただし、そのあたりは自己責任でお願いしますね。誹謗中傷以外なら、どんなことでもいいと思います。小さな疑問。不安。情報交換。いろんなことができたらいいなと思います。
エナメル部
(345)
ファッションエナメラー、エナメルプレイヤー、ボンデージ等なんでもアリ。エナメルな脳髄の方おいでませ。




 そのものズバリのタイトルもあります。



M(マゾ) (5130)

緊縛 (1251)

 (444)


女王様とM男 (481)

精神的マゾヒズム (1728)



モロに願望重視そのものタイプ



顔面騎乗されたい・したい (1372)

ペニスバンドで犯す!犯される!(492)


羞恥プレイが好きな私 (1470)



あと、ちょっとアブナいのとか....



拷問・殺人方法あれこれ (1273)

出血・流血 (429)

医療用具萌え(781)




 作家名でファンクラブ的なものも多いですね。



谷崎潤一郎 (2606)

沼正三(364)

館 淳一(80)



 去年僕が立ち上げた「春川ナミオ同好会」や「お馬さんごっこ普及振興会」はまだ人数は少ないですが、毎月コンスタントに入会希望者が入ってきております。




 とまあ、これはごくほんの一部で、実に多種多様な趣味・嗜好・こだわりでもって、ダイナミックなコミュニケーションが展開されています。これはハマりますよ、実際。ツボがわかってるもの同士の濃い触れ合いは、そこらへんの馴れ合いとは一線を画している。



 当然まともな、というか変態ワールド以外のものもたくさんあります。



「風の谷のナウシカ」のコミュでは、 「日常会話でつかうナウシカ台詞」というトピックがあって、書き込みは447もありました。



「味はともかく、長靴いっぱい食べたいよ」とかいうのが大マジメに紹介されている。楽しそうですけど、オタッキーですな〜 ^^



 もっとマニアックでマイナーなものもあるのだれど、それなのに参加者、投稿数が多く、クオリティの高いところが凄い。マナーの悪い発言はないし、アラシさんの入り込む余地もなし。そこが一般のブログやBBSなどと大きく違うし、急成長の理由なのでしょう。



 NHKラジオ講座のコミュなんかもありました。(早速ドイツ語講座のコミュに参加しました)




 本当にもう、なんでもありますね。





2. 上記記事へのコメント







【マゾヒズムに札束を! ( http://femdom.seesaa.net/article/16822680.html )より】

2006年04月20日 嬉しいことに世の流れはSNSへと

本日は申告所得税・振替納税の引・日でしたね。
お気づきになった方も多いでしょうが、別ブログを立ててお知らせしておきました。
内容的には、まだ役に立つものもありますので残しておきます。

賢明なる皆さんには、本日を持って昨年の所得税関係の一切が終わったことと思います。
そうですよ。金持ち喧嘩せず。

  @法治国家

で違法行為をするなどというのは愚の骨頂です。
金儲けの第一歩は、コンプライアンスの精神からです。
いやいや、体制にべったりになれといっているのではありません。
権力の使い方を覚えろと言っているのです。

特別思ってお話しましょう。
三権分立の三権に対する第4の権力、或いは第一の権力とも言われているものがあります。
ご存知ですよね?
マスコミです。
このマスコミをうまく使って、事業拡大をしているのがIT関係ですよ。
とりわけ、会員制SNS…

僕は別ブログでお話したように、mixiなるものの会員になっています。
これ、エロも商業も禁じられていません。
マイミクを見てください。
ねえ、僕と同類のはみ出し業者ばっかりですよ。
類は友を呼ぶといったとこですか? もとい、友ではありません。業務提携先でした。向こうもそう思ってます。

さてエロ&商業OKならば、mixiというところはさぞかしトラブルが多かろう、と思いきや、なかなかどうして、マスコミに悪く書かれているのをみたことがありません。

  よっぼどうまく記者連中を…

先は言わぬが花です。
ともかく、若い女性に人気があるという事実にだけ着目すればいいでしょう。

去年、囲い込みについてお話しました。
既存の理想的囲い込みエリアが出来上がっているのです。これを利用しない手はないでしょうが。
いやほんと、カモがネギしょってぞくぞく群がってきてるんですよ!

おっと、色と欲とは分離しなければなりませんゾ。
言うには及ばないことながら、相手方に対する感情移入などは法度中の法度です。
いかにして善人を装いながらビジネスに徹することが出来るかを各人工夫してください。

くれぐれも「人」にのめり込まないように。
目の前にいるのは、ディスプレーという無機質な存在なのです。




【マゾヒズムに札束を!別館 ( http://femdom.seesaa.net/article/16902922.html )より】

2006年04月22日 僕がmixiを薦めるもうひとつの理由

別館は今年初めての更新になりますか。
随分空いてしまいました。

勿論、小娘、おっと、本人曰く「数え二十歳になったんだから、もう娘でなくて中年増」でしたね、『小中年増』調略の手を緩めていたわけではありませんよ。
これを、見てください。



マゾヒズムに花札を!

・女の投稿をバクリにパクって、ついに100稿!
…でも、この程度の挑発では効果が薄かったようです。
そこで、本館その他を使ってmixiのことを書きたてている訳ですが。
順は逆になりましたが、少しmixiの説明をしましょう。

爆発的に参加者数が急増中の mixiですが、「ナニそれ?」っいう人に説明は難しい。
基本的にBlogと損たような世界ですが、明らかに異なります。
僕も最初のうちはブログ同士の交流に特化した、商機に乏しい空間だと思ってましたが、そこには広大な囲い込みエリアが広がっている...
色と欲の欲のほうについては本館で書きました。

さて、そこで行われている大規模なパクリは、 そこらへんの会員制サイトのパクリとは一線を画してます
当然、かの小中年増もバクられてないかを不安に思っているはずです。
そうですよ。会員制ですから中で何が行われているかは知りえないわけですからねえ。
だから、手持ちのブログ総動員で書き立ててるのです。
・女のことをよく思ってない零細著作権業者連中の目にも留まりますよ。

借刀殺人といきましょう。やつらが掲示板群サイトに、

>誰からもお誘いを受けない寂しいヤツがいるぞ
>・売り上げが大きいサークルがジェラしい
>・友だちがいるのがうらやましい
>・支持者がいるのがくやしい
>で、「自分もそうなりたい」
>でもはっきり言うのは「負けた気がする」
>そういうことだな

云々と罵詈雑言を書き立ててくれるのを待ちましようや。
ふふん、金持ち喧嘩せず、掲示板群サイトのような低次元BBSに僕が手を汚して書き込むことはない。永世零細著作権業者どもにやらせるに限ります。

おっと、戻しましょう。
僕はちゃんと知ってます。・女をmixiへ誘ってた人たちがいたことを。
そして、誘い手を傷つけず断ることに腐心していたことを。
まあ、かの小中年増の気性からすれば、この手の捻じ曲げをスルーする可能性は薄いでしょう。
「mixiに入りゃいいんか!?」てな感じで、やってくることは必定。
そうなれば、こちらに一日の長があります。

バクリを怒鳴り込もうにも、入り込む余地もなし。
そんなことをすれば、マイミクである業務提携者たちが、マナーの悪い発言の、アラシのと一斉攻撃をしますから。勿論、2ちゃんの叩きあたりとは大きく異なる密室流のエレガント且つ陰湿なプロセスでね。
いよいよ、追い詰められた・女は一線を越えて、リアルで僕に接触を試みる、という筋書きになるのです。

この女だけは、売り飛ばしたりしませんよ〜
97センチヒップに、『○○(←僕の本名)命』とキングサイズの入れ墨を彫って、逃げだせないようにして〜
あれや、これやと…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! 皆様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、オナってしまいましたぁ!

腹黒い僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



と、いつもの落とし文です。





3. 2005年10月30日 記事






mixiなるもの

5a2e7faba6c735d6b2df6171bbf1aacf.jpg
 最近、というか今月からmixi なるものを始めています。これがなかなか面白そう。

 ブログやってる方ならご存知かとも思いますが、ソーシャルネットワークサイト(SNS)と呼ばれる、なんだかよくわからない招待制ブログサービスの組合みたいなもの。これは直接の友人、知人を介してしか入会できない、言うなれば全員がなんらかのつながりを持つ共同体。会員はニックネームは使えるがmixi内でのやりとりには自動的に自分のIDがつくので、自作自演やネット2重人格みたいなことはできないシステム。全ての人が誰かの紹介で入って来る身元確実なメンバーであり、マナーの悪い人は少なく、女性会員が多いのも安心して利用できるというこの仕組みにあるようだ。

 mixi内での直接の知り合いをマイミク(My mixi)と呼ぶ。僕を招待してくれたのは東京女神のミストレスで、最初僕のマイミクさんは・女一人だけだった(普通はそうなる)

  それで、この先いったいどうなるの?

 誰もが最初はそう思うはず。いきなり転孫してきてクラスに一人しか友達がいないような状態ですよ。

 マイミクつながりの日記やフォトアルバムを閲覧したり、メッセージを送ることはできるけど、これって特にどこがどう面白いのかがよくわからん。

 しばらくは「なんだかな〜」と思いつつほったらかしにしてたのだが、ある日僕を招待してくれたミストレスのマイミクさんのマイミクリスト(つまり・女の友達の友達)に北川プロの女王様を見つけた! 女神のミストレスと北川プロは全く関わりはなく、おそらくこの二人も直接の接点はなかったであろう。

 しかし、そこから先のマイミクリストからイモヅル式にラッシャーみよし、むらけん、美人Pからスメリーさんまで、Go! Fetish! Go! の関係者が次々に現れ、本当にもうびっくり!
 
 世の中というかネットワーク社会も意外と狭いや。

 さらにmixi内の見ず知らずの方からも、「マゾ花」の愛読者です!とかメッセージを頂いたり、転孫先の教室で孤立無縁かと思っていたところが、一気にクラスメイトが増えてしまった。

 みんなが友達の友達という連帯意識のせいか、コメントやメッセージのやりとりもスムーズで心地よい。とはいえ、馴れ合いつながりの保守的な雰囲気への違和感も一方ではある。表の無料ブログにある自由奔放な開放感があまりないのだが、それがいいって人もいるのだろう。実名で登録し、仕事つながりやビジネスチャンスを広げるのに利用している人もいるし、語学や自己啓発の有効な手だてともなっているようだ。

 mixi内には実に様々なコミュニティーと呼ばれるサークルや同好会があり、自分でもすぐ作ることができる。僕はさっそく「お馬さんごっこ普及振興会」と「春川ナミオファンクラブ」結成してみました。M男の集まりになるかと思っていたら、次々と女性が入会してくるのにも驚きましたね。ブログよりも交流の密度は濃く、リアルな発展性が期待できます。

 まだ全体像はつかめていないし、それほど活用もしていないのだけれど、新しいネットワーク時代のダイナミックなうねりは感じる。爆発的に普及しブームになっているのもわかるような気がした。僕がこのブログ始める前のmixi会員数は30万人程度で、この数字は当時のgooブログの会員数(約20万人)より多くて、「スゲエな〜」とか思っていたものだが、今では150万人を越えたらしい。半年もたたないうちに100万人以上もの人が新たに登録したことになる。今年になって加速度的に普及しているようだ。自分でもブログとどう棲み分けしていけばよいのか模索中ではあるのだが、今後の展開に注目したい。









続きを読む


きさらぎ

越後任天堂梅さて、節分の翌日は立春、というこでもう一稿に投稿します。
暦の上では春というものの、まだまだ寒い日が続きますよねえ。
そんな2月の異称は如月、寒いので着物をさらに重ねて着るというので『衣更着』などとも書きます。

でも、これは俗説のようですよ。
考えてみれば旧暦2月は3月です。
いくらなんでも、更に重ね着する時期ではないでしょう?
陽気が発達する時節であることから『気更来』、草木が更新する時期の意で『木更月』などの別説の方が自然に思えます。
そう。
旧暦2月は、花札のとおり梅のまっさかりです。

畿内の気候では他の花にさきがけて梅が咲くけど、北のほうではみんな一遍になってしまう。
随分前に書いたような気がしますが、朔のことですね。
いやいや、なんでもない。三春という地名です。
梅、桃、桜の三つの春が一遍にくると。

戦国時代、この三春の地を治めていたのは坂上田村麻呂の末裔といわれる田村氏ですね。
田村氏にまつわる女武者の話があるのですが、こっちに書くより…
いやいや、これまたなんでもない。戦国時代より前の源平時代の女武者に話題を移しましょう。こっちなら既に…

いやいや、ますますなんでもない。巴御前です、巴御前!
愛する木曽義仲のために超人的な活躍をする場面が、平家物語等に描かれますね。
源平時代の最強の女傑は? と聞かれたら、この女性の名前を思い浮かべる人が多いでしょう。
どこぞで話した某会員制サイトBBSでもそのような声があがってました。

けど僕は不賛成、北条政子を押します。

頼朝の死後の政情不安に付け込み、鎌倉幕府に不満を持つ坂東武士たちが鎌倉に攻め入ってきました。
尼将軍といわれた政子は2万の武装兵の前に寸鉄も帯びず立ちふさがり、

「現在のあなたたちがあるのは誰のおかげだとおもってるんですか?
 わが亡夫頼朝公のおかげに他ならないのではありませんか?
 その恩を忘れて武装蜂起したいのなら、先ずこの尼を八つ裂きにして跨いでいきなさい!」

と一喝して追い返したとか。
いやいや、睨みをきかしただけで追っ払う、これが最強です。
三国志演義の諸葛孔明も、そんな役割を引き受けることが多いですね。

しかも、堂々たる偉丈夫の諸葛孔明とは対照的に、記録に残ってる政子という人は150cm程度の小柄な女性だったとか。
これはこれはとばかりに花の吉野山。

と、この言い回し、



源平時代の最強の女傑は?

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


清少納言 − ご存知枕草子の作者は陽気な女王様

d410a929.jpg言わずと知れた平安日本の女流作家、博学で才気煥発な彼女が公卿や殿上人と機知に長けた応酬を交わしていたことも広く知られている。
百人一首に収録された一首にも、その片鱗が垣間見られる。

  夜をこめて鳥のそらねははかるともよに逢坂の関はゆるさじ

中国は函谷関の故事を下敷きに、恋に戯れ、その喜びに微笑む女の立場は男の心を捕らえた自信に満ち満ちているであろう?
所謂女王様タイプである。
もしも、この清少納言がタイムマシンに乗って現代に現れたとしたなら、世のマゾ男性たちは定めしちやほやするに違いない。

まあ、卑近な性格診断は別にしてもである。
実際に枕草子の書き口を見れば、彼女がサディズムの因子を強く持っていた女性であることが分かる。
すなわち、宮廷ですごした間に興味を持ったものすべてがまとめられている同書は将しく、対象物を攻究したと表記するに相応しい。
サディズムの有効利用である。
彼女の悪口を日記に書きまくった紫式部と比較すれば、その有効利用性が引き立つ。

こんな清少納言のようだと言われたことがある論者だが、さてはて。

  夜をこめて鳥のまねしはまづよしにせい少納言よくしつてゐる (大田蜀山人) 

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


睦み月

松マリア花札は松の月である1年一番最初の1月。
これを洒落ていえば、睦月ということになりますよねえ。
睦月とは睦み月、親類知人が互いに往来し仲睦まじくする月からとする、いうのが語源です。

開口一番、書きましたよねえ。 最新の電子玩具もいいですけど、昔ながらのボードゲームに家族親戚揃って興ずるのもお正月ならでの楽しみですね、と。
将にそのとおりの月、そして睦むというのはいい言葉です。
投稿日付では後になるも実は前に紹介した、幕末の歌人・橘曙覧の世界でしょう。なんかこう、現代日本人がすっかり忘れてしまった心のふるさとがあります。

あっと、「楽しみは~とき」形式で詠まれた短歌ですよ。
あれ『独楽吟(どくらくぎん)』て言うんですよね。

  たのしみは まれに魚烹て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時

そうですよねえ。
魚なんてお正月くらいしか食べられなかったんですよ。
と、こんな感じで全52首の連作だそうです。

今でも、各地で平成独楽吟をやってますよね。
これは?

  楽しみは 新旧チャンポン 三十一(みそひと)で ネット強者を 重ね斬るとき

どうですか?拙作。
ぎりぎりの線ですけど狂歌でなく短歌(雑歌の部)になってるのでは、あはっ!

と、この言い回し、よりも何よりも歌&決め台詞、



お気づきになった方もあるでしょう

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


くさくさの…

syoubu花札競技で、藤、菖蒲、萩の5点札を集めると出来役『くさ』になる、
くさでなく木である藤や萩は、堂々くさにランクインしているのは興味深い、
日付では投稿順序の前後が分からないこのブログの過去投稿で話しました。

そうですよ。5月の菖蒲は『あやめ草』、文句なしのくさではありませんか。
くさくさ、
こんなの知ってます?

  草々の 名は知らぬらし 花守も 名は知らぬらし 花の咲く咲く

如何にも花札の『くさ』に相応しいといった感じです。
それだけじゃないですよ。
仮名書きにして逆さから読んで御覧なさい。
ね? 回文。
五七五七七にせよ五七五にせよエレメンツが奇数ですから、回文が創りやすいのかもしれませんね。
ちょっと季節感がずれますけど、

    今朝の滝 覗きて木曽の 北の酒

回文川柳、ということで仮名書きにして逆さから読んでも、ということなのですが、なかなかどうして。
正統派の、この詩情には肝銘されられます。

うーん、旅情豊かな旅人の感性、他の土地の人からみた木曽路ですね。
そして、地元の人には生活の場・生産の場としての木曾がある、
ってことで、この歌この歌が流れてきました。

正調木曾節…
犬養先生も講義中、ご自慢ののどでご披露なさっていたことがありましたっけ。

さて、ネットのことをよく言ったことのない僕ですが、決して要らないものだと思っているわけではありません。
こうして、空間を超え、リアルタイムでいう意味で時間を越えて、他の方と『こころ』を共有することができる。
便利なものだからこそ欲が出て色々文句を言うわけでして。

犬養先生はおそらくネットには触れることなく、お亡くなりになくなったものと思います。
もし、ご存命なら、あのご気性とお考えの先生のことです。
今頃きっとネットワークを駆使して、こうした多くの『現代の万葉人たち』のこころに触れようとなさっているに違いありません。

と、この言い回し、



『嬉しいことに』これはミユの句ではありません

を丸写ししました。
うん、名前は外したYO
だって彼女、僕のBBSカキコを他所転載されたとき、エラく起こってたんだmoon!

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


サブカルチャー

 僕の大好きなブログに「サブカル雑食手帳」というのがあって、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、たいへんためになる高尚な筆致でサブカルチャーに鋭いメスをいれています。筆者の下等遊民さん(このネーミングも素晴らしい!ホントは高等遊民のくせに ^^)が、僕とほとんど同じタイミングで団鬼六の「快楽なくして何が人生」を読んでいたということが最近判明し、ちょっとうれしかったですね。

 さて、「サブカルチャー」という言葉は1980年代にもてはやされた言葉・概念ですが、それ以前にはなかったかというとそうではありません。言葉そのものの起源は古く1950年にまで遡ります。意味するところは、ざっくばらんに言ってしまえば、メインではないサブ、つまり文化の主流(メインストリーム)から外れた副次的(サブ)ということで、いつの時代にもあった大衆文化であると同時に、マイノリティー、あるいはカウンターカルチャーであったと言えるでしょう。
 ただし、欧米と日本ではその表すところのニュアンスがやや異なるようです。

今の日本では「オタク文化」と言うほうが通りがいいみたいだし、そのきちんとした定義は難しいです。

 SMをサブカルチャーという人もいます。それもおそらく正しいのでしょう。

 また、ホモや同性愛の意味で「さぶ」という用語も使われるので、ゲイカルチャーの一種とも言われます(←これはウソ)


 昭和20年代の「奇譚クラブ」を読んでいると、これはまさに戦後のサブカルチャー雑誌だよなァ〜!と思いました。文化の王道が文学や芸術、演劇(能・文楽など)、俳句や短歌であった戦前の日本において、この媒体はサブカルチャーの古典的な資料だと言える。風俗雑誌もカストリ誌を含めて無数にあった時代でしたが、性(セックス)の王道からも外れた異常性欲、アブノーマル願望は、サブカルチャーのテーブルにも上らない蔑まされた項目であったはず。ましてや「SM」というわかりやすい概念やキーワードもまだ輸入されていない時代のことです。表現的には稚拙で未熟な面もあるのですが、この雑誌から沼正三や団鬼六らがデビューし、次世代のサブカルチャーが再構築されていったことを思うと、貴重な媒体だったと思うのです。
posted by homer_2006 | Comment(5) | マゾヒズムに花束を!


エカチェリーナ2世 − 夫・ピョートル3世を弑し帝位についたロマノフ朝第8代ロシア皇帝

9c33211e.jpg前稿でちらり顔を覗かせたロシア。これはヨーロッパの国である。
我が国よりも東にも領土を持つ国故、今ひとつしっくりこないところもあるのであるが。
少なくても本稿主役が生きた18世紀においては、他欧州諸国の分家筋にあたるヨーロッパ君主国であった。

エカチェリーナ2世…
多くを語られている人物であるので詳細には触れまい。
過去投稿で論じた北条政子や則天武后と同列に置けよう。我が子と我が夫の違いだけである。
さて政子武后の折には、サディズムにあらずの文旨であったのだが、時間の経った本稿ではもう少し踏み込もう。

原始のサディズムとでも言えばよいのであろうか?
三者が三者とも攻撃性を具象化させている以上、かかるファクターは持ち合わせているといえる。
ただ、より典型的なサディズムに発展する前に、ベクトルの向きが少々違った方向へと進んだわけだ。
サディズムの有効利用というワードが頻出する本ブログ。
エカチェリーナたちの場合は、すでに原始の段階で有効利用したということなのである。

有効利用と断じて構うまい。
暗君ピョートル3世を廃して、ロシア帝国大発展に導いたこの女帝なのであるから。
男妾を何人囲おうと大きなお世話だ。やることさえやってくれれば、後のお楽しみはご随意である。
もう一つ。
彼女は「夫殺しはしていない」と主張しているのであるが、それはそれでよいではないか?
仮にエカチェリーナが手を下さずとも、或いは事実下してなかったとしても、大方は…
兎も角、歴史はかくのごとく流れたのである。

さて、副題をごらんあれ。
意識して扇情的なものとした。
週刊誌やスポーツ紙、或いはテレビワイドショーの常套手法を真似たというわけだ。
週刊誌等がかかる手法を常套する目的は言うには及ぶまい。
その弊害として言葉のインフレーションが各界に広まる。

これは少し前のこと。
どこぞの助教授が『パラサイト』なる言葉引っさげ論壇に登場し、センセーションを巻き起こした。
英語の専門家は顔を顰める。
そうだ。
パラサイトというのは原語圏においては忌み言葉ともいえる、とてつもなくきつい言葉なのであるから。

サディズム、マゾヒズム、フェチシズムといった(精神)異常をあらわす言葉が、日常茶飯で使われるようになったのも同様、こうした言葉のインフレに因するといえよう。
これが本稿提示の、2つ目の結論である。
posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


鬼と鍾馗

カブ5もう一稿、この日付に投稿しましょう。
カブ競技に関する話題です。

1から9(10)までのスコア数字を、独特な呼び方で数える、投稿日付はいりくってますが、何度か話してきました。
で、5は?
『ゴズ』です。

ゴズ、あれですよねえ。牛頭(=ごず)。牛の頭をした鬼です。
牛頭・馬頭(=めず)コンビは、閻魔様のアシストをする鬼として語り継がれます。
まあ、普段から牛馬を使役し果ては食料としてきた人間たちです。
そのうしろめたい気持ちが、こうした鬼たちを生み出したのでしょう。
これもまた、忘れてはならないことです。

とまあ、そうは言うものの5/5は端午の節句。鬼を好んで食う鍾馗(=しょうき)様の人形を飾る日であります。
中国の笑い話にこんなのがあるんですよ。

鍾馗の誕生日に妹が贈り物をしました。その添え状に、
「酒一樽と鬼2匹、兄上にめしあがっていただきたく送ります。もし足りないようでしたら担いでいった者も含めて三匹ともめしあがってくださいませ」
鍾馗は、この荷を受け取ると、担いできた鬼も含めて三匹とも煮るように料理人に渡しました。
担がれてきた鬼が、担いできた鬼に言うには、
「俺たちが煮られるのは当たり前だが、お前は何でわざわざ殺されるために、荷を担いできたんだ?」

しょうき の沙汰じゃない、ってね、

と、この言い回し、



初スランプ(?)13日目

にたった今加筆されたばかりの箇所を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


果たして、恨みとは不毛なものなのであろうか?

さて、今年もまたである。
広島・長崎の原爆忌に様々な式典がとり行われた。

「2度と過ちは繰り返しません」「戦争がなくなることを…」

まあ、書きたいことは山とある。
だが、それを書き出したらきりがないし、なによりもサイト趣旨から外れてしまう。
であるが故、ただ一点だけとしよう。

何ゆえに、落とされた側の国が『平和の誓い』をしなければならないのか?
落としたB29… この戦闘機を見ても、(米国民に対する)恨みの心は起きないとの旨の当事者遺族の声も聞いた。
まあ、この件に関してだけでなく全てのことは、当事者になってみなければ分からないとはいうものの…
やはり、人間感情にも最大公約数的なものはあろう。悲惨な目にあった人たちに心に恨みがないというのは合点がゆかぬ。

といいつつ、またしても自らの書いたことを否定するような内容に続ける。
両原爆忌と平行して、満州からの引き上げに関する資料展がとり行われている。
満州からの引き上げであるか。当時のソ連という国の、第二次世界大戦末期及び終了後における我が国に対する仕打ちにより、どれだけ多くの同胞が理不尽且つ悲惨な体験をしたというのか?
にも拘らず、我が国には然したる嫌露(旧ソ連)感情というものはない。
いやそれどころか、ソ連の日ソ中立条約破棄という史実すら忘れられつつある。
「熱しやすく冷めやすい」と一口に括ってしまえばそれまでなのだが。これもまた日本人感情の最大公約数であるか。

何故であろう。
ひとつには。
「恨みからは何も生まれない。さっさと捨ててしまえ」
という美学めいたものがあるせいとも思料する。
果たして?
ここにシベリアからの引揚げ者の証言がある。

その方には、一つの宿願があった。
軍隊時代に自分を苛め抜いた上官を斬り殺すこと。
そのために彼は、一振りの日本刀を隠し持った。
そう、捕虜がそんなものをもっていていい訳がない。隠し持っていたのである。
酷寒、飢餓、拷問とありとあらゆる苦難を乗り越え、彼は日本へと生還してきた。
そして、件の上官の下宿を訪ねて見ると、位牌がひとつ。
奇声一声、彼は、どんなことがあっても肌身離さなかった日本刀を畳へ突き立てて戻ったという。

「これ(=上官を斬り殺すという宿願)がなかったら、生きて日本に戻ることもなかっただろうなあ」
すっかり好々爺となった彼は、笑いながら語る。
何度か論じてきた復讐、加虐… 今度は加虐的復讐心のほうか?
サディズムを有効利用したこの方は、今なおお元気である。
有効利用といってよいであろう? 半世紀以上も前に鬼界に入っていたところなのである。

断っておくが論者は、恨みをもつことの是々非々議論を提起しようとしているのではない。
恨みをモチベーションに命を長らえた例もあるという事例を提出しているのである。

杜子春の稿で俎上にあげた7つの心… その中にも怒、悪(お)があった。
怒り恨み悪(にく)むというのもまた、素晴らしくも偉大なる人の心なのではあるまいか?
白居易は長恨歌。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


だいこくさま

手書紅葉古来我が日本には八百萬の神々がおわします。
そして、花札は紅葉の月である(旧)10月には、こぞって出雲の国へとお出ましになる。

  紅葉せし 間に間に神の 旅支度

前に話しました。
神様というのも楽じゃない、人間風情が紅葉狩りにうつつを抜かしている間にも、年一回の大サミットで多忙?
いやいや、案外神様だって出雲参りのついでに、通る土地土地の紅葉を楽しんだかもしれませんぞ。
出雲に近づくにつれ連れも多くなる。夜は宿で花札あたりに興じたのかもしれません。

さて、目的地出雲でホスト役をつとめまするのは、お馴染み大国様です。

 ♪〜 おおきな ふくろを かたにかけ〜

ねえ、あの穏やかそうな神様。七福神のメンバーでもある大黒様です。
と、気がつきました? さっきは、大国様と書きましたよねえ。
そうなんです。オオクニヌシノミコトですもの、大国様ですわ。
ところが、大黒天は大黒天ですよ。大国天ではありませんよ。
調べてみましょう。

天というくらいですから、これは仏教の神様です。吉祥天、毘沙門天等々。
つらつらルーツを調べるに、マハカーラというヒンドゥーの神様が原型。
なんと、これは魔物を征伐するとても怖い神様なのです。
梵語のマハカーラを直訳すると大黒となります。ご存知北伝で日本に入り込んだ大黒天は、オオクニヌシノミコトと混同され、ダイコクとなったわけです。
いやあ、偶々音読みが同じだったと言うだけで、似ても似つかない神と混同されたものです。

なんか、ネット事情とよく似てますよねえ。
偶々同じハンドルを使ったために、似ても似つかない他ネット人と混同されてしまうことが、よくあるでしょう?
いやいや、この程度の混乱なら、まだ笑って済まされるのですが。
現実と仮想の混同がしばしばされるのは、笑い事では済まされません。

サイト趣旨に逆行する無粋な話になってきましたが、言いかけたことです。
予め言い訳してから書きましょう。
どうも僕自身、言いたいことをうまく言葉にする自信がありません。
ですので以下は、どうか字面に囚われることなく意を酌むようにお読み頂けたらと思います。

ネット、ネットと申しましても、大きく2つの「ネット」に分けられる思うんですよね、僕は。
ひとつは、ネット外、俗に言うとこのリアルに波及する(可能性を秘めた)ネット。
もうひとつは、ネット内の事象にのみで収まってしまうネット。
この二つを明確に区別しなければいけないと思うんです。

後者のほうから行きましょう。これはバーチャルでも構わないじゃないんですか。
小説や演劇と同じく考えて良いでしょう。最低限の公序良俗の縛りのもと大いに楽しみましょう。
匿名性・非対面性のよさ、バーチャル云々を持ち込むこと自体が野暮です。

これに対して前者ですよ。
例えばアフリ、例えばネットオークション、これなんかはまさしく現実事象そのもののですよねえ。
バーチャルと錯覚するなどとは、由々しきことです。
ネットというものを実社会の対立概念に位置づけているようにも読める、「リアルvsネット」の概念、これが悪いといいました。

ついでに言っておきますと、「リアルで逢うことがネットの不合理を補完することになる」と言っている人たち、これもまたおかしいですよ。
「リアルで逢ったその人」が申告どおりの「ネット人格」であるという保証はどこにもないわけですから。
出会い系の社会問題そのものですね。

とりとめもなくなってきましたが、そろそろ結論付け。

ネットの病理性とは、巷間言われている現実とバーチャルとの混同を招く恐れがある、ということでないと思います。
僕が分類した2範疇が混同されている、線引きが難しい、これがネットの病理性になってると思うんですよねえ。
ですから、インターネット関連産業従事者はきちんと線引きできるような環境を作る、そして、マスコミ・知識人はそれを後押しする。
これこそが急務ではないでしょうか、

と、この言い回し、



これも昨日の積み残しです

を巧みに丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


トレヴァー・ブラウン展

 前のブログでも紹介したことのあるトレヴァー・ブラウンの展覧会が大阪で開催されています。この人は在日イギリス人で、その筋の人たち(フェチアート系)にはとっても有名で、僕も大好きな作品が何点かはあるのですが、いまいち自分の趣味とは異なるような気がするアーチストです。どちらかというと女性緊縛図、それもロリータ系の美少女ボンデージものといったジャンルを得意としており、Femdomとは反対のベクトルではありますが、サドマゾヒムズ的な視点からは楽しめる要素もあり、独特な感動を与えてくれます。

 また、現在発売中の「SMスナイパー」3月号にも関連情報とともにトレヴァー氏のインタビュー記事が掲載されており、興味深く読みました。

 

 この人はもともと日本文化を愛するまっとうな英国紳士で、その作風にはどこかオリエンタルなムードを感じます。コミック作家の池上遼一とか叶精作のタッチに似ているような気がしません?

 世界的に今の日本は、京都奈良の伝統文化ではなく、アニメや美少女キャラに代表されるサブカルチャーで注目を集めており、トレバー・ブラウン氏も自分の芸術的テーマを実現するためにわざわざ来日したとのこと。その集大成が今回の個展で見ることができそうです。

トレヴァー・ブラウン展
大阪・サブタレ二アンズで3月9日まで開催中

posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!


高橋お伝 − 日本最後の斬首刑に処せられた明治の猛女

07e0f891.jpg阿倍定を論じてから随分たった。
日本三大毒婦…
『明治一代女』花井お梅に加えた、もう一人の女性が本稿の主役である。
三大毒婦といわれるだけあって、彼女もかなり攻撃的な女性だ。

先ずは初婚の時の逸話である。
現行民法のように16歳の年齢制限はない。早熟だったお伝は14歳の時に宮下治郎兵衛の次男・要次郎を婿養子にとった。
まあ、これが婿養子を絵に描いたような温和な男、それをいいことに件の猛女、いやS女といったほうがよいか、が、鉄の長火箸でメチャクチャにブチのめすので三カ月で逃げ出したという。

そして最期、副題にしたように斬首刑に処せられるのであるが、その折も逸話を残す。
刑場に現れ出でたお伝のあまりの迫力に、さしもの首斬り浅も手元を狂わせてしまったというのだ。

さて、ここで考察するに。
一口に日本三大毒婦といわれるが、処刑されたのは彼女一人だ。
あまつさえ他の二人は、世の喝采を浴びることにすらなる。
この差は何ゆえなのであろう?

大胆に仮説するにである。
お伝が犯した罪は、生活費が欲しいが故の淫靡な売春と強盗殺人、他の二人のようにより大きなものに対し、持ち前のサディズムを爆発させたものとは温度差がある。
判官贔屓が日本人の気風、強い者を甚振らなければ、民草の支持も得られまい。

さてさて、連続殺人の猛女、平成の毒婦・畠山鈴香が今日、否認のまま追起訴された。
posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


親権 (おやけん)

親もう、ここまできたらネタばらしをしてもいいでしょう。ってか、もうばれてますか?
いやいや、投稿日付の件ですよ。
『雑の話題 』カテゴリの日付は実際に投稿した日より、きっちり1年後となってます。
本稿に関しても、投稿日付のころには、どういう状況になっているでしょうか? (実際に投稿している)今現在は、未だ"あの母親"による子殺しが話題となっているところです。

親。
花札競技におけるディーラー相当のプレーヤーのことを親ということは話してきましたよねえ。
そして、親に相応しい権利を持っています。
前にも言いましたか?
他のものをいくつか続けましょう。

こいこい。サシで勝負するこの競技では、いずれも役ができなかった場合は、親の勝ちとなります。
親権(おやけん)という役ということで。
八八 (合わせ) 競技にも、これの亜流がありますよ。
総八という役、まあ役というよりも状態ですね、参加3人の得点が全て88点になったときは親の勝ちです。

まあ、前に話したときは、(花札競技において)親が重んじられるのは儒教に根ざした国だから、で結びましたけど。
その認識下にある日本の親たちは、やっぱ、それなりのことをしてきましたよ。
そう、千年以上も昔から。

 瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものぞ まなかひに もとなかかりて 安寝しなさぬ

         反歌
   
  銀も金も 玉も何せむに 勝れる宝 子に及かめやも


万葉集巻五よりあまりにも有名な憶良の歌、反歌の部分は「植木万葉集」の三番ででも歌われてます。

ぐっと時代はあがって花札完成の江戸期、数少ない江戸歌詠みである橘曙覧も同趣旨、

  たのしみは まれに魚烹て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時

と詠んでますか。
兎も角、一番旨いものは子供に食べさせてやりたいと思うのが親の気持ちであるようです。

そうですよ。子供を大事にしたからこそ、昔の親たちは尊敬されてきたのですよ。
親になることは容易だとしても、親であることは難しい…

と、この言い回し、



食足りて…

を巧みに丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


ジャッキー・ジョイナー・カーシー − この『史上最強の女』ならば、物騒な昨今も怖いものなし?

b68836be.jpg大阪・茨木の連続監禁事件を請けた意見投稿を見る機会があった。
現代女性はセクハラ、DV、痴漢、ストーキング、監禁、レイプ、モラス・ハラスメントの7つの敵から自衛をしなければならないとのことだ。
うん、この物騒なご時世である。女性とて護身のひとつも身に付ける必要があろう。
で、何を?

最強の格闘技は? よく話題になることだ。
その最強を習得すれば、護身とすればこれ以上のものはない。
色々な格闘技がある。修練しだいでは手が刀となるものとか。
これがいい? ダメ。
飛び道具を持ち出されたらどうする。
飛び道具を叩き落とすまでに修練する?
ダメダメ。飛び道具とて進化する…

と、回りくどかったか。
とどのつまり、逃げるに勝る護身はないのである。
(そんな理由で)世界最強の格闘技は陸上競技だった!
半ばお遊びながら、真理をついている。

さてさて続けるのなら、かかる理由から本稿主役のジャッキー・ジョイナー・カーシーこそが、格闘ファンにして強女萌え諸氏待望の『史上最強の女』であった。
日本こそ注目度が低いものの玄人からは『真の陸上チャンピオン』と目されている七種競技の女王にして、同時に単独種目である走り幅跳びに於いても勝利。
それこそ「この女、只者ではない!!!」である。
彼女ほどになれれば、もう『7つの敵』など恐れるに足りず!

…でも間違いではないのであるが、実戦においては競技のようにスタートのピストルが鳴らない。
自分で判断して号砲を打たねばならぬ。

どうやら護身のためには判断力を鍛えるのが先決、ここ数稿で論じたところだ。
posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


温故知新

 昭和27年(1952年)に発行された「奇譚クラブ」を読んでいて、もう50年以上も昔の雑誌なのにあまり違和感を感じないのは何故だろうか? ...

 ふと思ったのは、ブログとよく似ているなァ〜と。

 ほとんどのブログは、インターネットに公開した日記のようなものですが、本来日記というのは、心の奥の秘め事が書かれる恥ずかしいものだったはず。少なくとも昭和の時代までは。後から自分で読んでも恥ずかしくなるようなことを、昔は書いていたんだと思う。ところがブログは、見ず知らずの第三者に読まれることを前提に書かれている。もちろん知り合いに読まれること(mixiみたいに)もあるだろうが、人に読まれることを想定して書くというのは、「奇譚クラブ」の告白手記と同じ系列、似たようなモードで書かれていると言えるでしょう。

 縛られたいだの浣腸されたいだの、鞭で打たれたいといったアブノーマル願望は、50年前も21世紀の今もたいして本質的な違いはないみたい。ただその表現形式はかなり変化してきています。「奇譚クラブ」の時代は、まさに告白手記といった表現がはまるような、人生で一大決心をして投稿してみました!という深刻な雰囲気が感じられるのに対して、今のブログのほうはもっと軽いノリで、あまり恥ずかしがっているムードがない。「奇ク」の時代のほうが、抑制された味わいがあって、読んでいてむしろ興奮してしまうのです。SMやマゾヒズムに関するブログは随分増えてきているし、読んでいて面白いとは思うけど、あけっぴろげすぎてなんだか「奇ク」のほうが新鮮に映ります。
 
 しかし、普通だったらやはり人には言えない恥ずかしいことを書くという快感、ある意味で露出趣味的な快楽をどちらも追求している、とは言えるのかもしれません。
posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!


水を汲む女 − 水滸伝舞台である中国宋代の人々が現実に描いていたGBB願望

748f48fc.jpg改めて復習すれば、GBBとは『ガールズ ビーツ ボーイズ』の頭文字をとったもの。
男性M女性SのSMの一形態として主にネット上で取り扱われている。
して、それについて懐疑的であることは繰り返してきた。

本稿俎上にあげるは、中国宋代に完成した怪奇伝説集・夷堅志からの一話である。
GBB(のSM性)を検証するに適当として、別プログでも紹介した。
取りあえず、お読み頂くのが一番の早道であろう。

-----------------------------------------------------------

水を汲む女

 鼎州(ていしゅう)の開元寺(かいげんじ)にはいつもたくさんの客が寄寓していた。ある年の夏、数人の客が寺の門前で涼んでいると、そこにある井戸へ一人の女が水を汲みにきた。なかなか美しい女だった。
客の一人に、いささか術を心得ている者がいて、たわむれに術をかけると、女の水桶がぴたりと動かなくなってしまった。すると女は、その美しい顔をくもらせて、
「おからかいになっては、いけません」
といった。男がそしらぬ顔をして、術を解かずにいると、
「およしなさい!」
と女はいった。その声には、美しい女の口から出たとは思えぬほどの、鋭いひびきがあった。男はちょっとたじろいだが、相手が女なので、たかをくくってなおも術を解かずにいた。
「仕方がありません」
女はそういうと、やにわに荷い棒を地に投げた。と、棒はたちまち蛇になった。男はそれを見ると、懐から粉をかためたようなものを取リ出して地面に二十あまりの輪をかき、そのまんなかに立った。蛇は男の方へ進んでへったが、輸のところまでいくとそれを越えることができず、いたずらにそのまわりをまわるだけであった。
すると女は、日に,水をふくんで蛇に吹きかけた。たちまち蛇は数倍の大きさになリ、男にむかって鎌首をもたげた。
「いたずらはもう、おやめなさい」
と女はそのときいった。しかし男は平然と輸のまんなかにつっ立ったまま、こたえなかった。蛇は外側の輪を越え、なんなく十五、六番目の輪まで進んだ。
「まだやめませんか」
 男が黙っていると、女はまた口に水をふくんで吹きかけた。蛇はこんどは椽(たるき)ほどもある大蛇になって、するするとまんなかの輸まで進んだ。
「まだやめないのですね」
 女はその美しい顔に妖しい笑いをうかぺていった。男は今となってはあとへ引くこともできず、
「やめぬ」
といいかえした。と、蛇はたちまち男の脚に巻きつき、みるみるうちに頭の上まで巻き上っていった。男の苦痛のうめき声がきこえた。−今に骨をくだかれて死んでしまうのであろう。見ていた客たちはおどろき、あわてた。
「助けてやってくれ!」
と一人が叫んだ。すると女は、その男をふりかえって笑った。「あわてることはありませか。こらしめただけです」女が手をのばすと、大蛇はたちまち小さな蛇になって男の首のあたりをはいまわった。女はそれをつまみ取って、地面へ捨てた。蛇は地面へ落ちると、たちまちもとの荷い棒になった。
 見守っていた人々はみな大きく息を吐いて、あらためてその美しい女を見た。女は、蒼白になってふるえている術をかけた男にむかっていった。
「あなたはまだ未熟なくせに、どうしてあんないたずらをするのです。術はいたずらをするためのものではありません。わたしだからよかったものの、ほかの術者にあんないたずらをしたら、きっと殺されてしまいますよ。これからは、つつしみなさい。きょうのことはゆるしてあげます」
 男は深く頭を垂れてあやまった。女はなにごともなかったように、例の荷い棒で水桶をかついで立ち去っていった。男はそのあとを遣っていって、女の弟子になったという。

-----------------------------------------------------------

いかがであろう?
件の過去稿で論じたごとく、これを読み我と我が身に置き換え、格下に打ち負かされる屈辱感に昂ぶる男性諸氏がマゾヒスト、と納得いただけるであろう。
そして本ブログの主眼は、女性の側である。

見てのとおり劇中女性には、嗜虐の色合いは爪ほどにもない。
いや、「既にない」と言うべきか?
かつて彼女が持ち合わせていたサディズムは、克己心という触媒により自制の方向にエネルギー変換され、仙術取得の為の燃料として使われたのであるから。

藪から棒ながら、ゴキブリというのは新薬の原料になるとか。
と言えば、勘のよいかたは、論者が言いたいをお察しであろう。
劇中仙女の『ゴキブリ』、言わずもがなサディズムの比喩、は、『新薬』の象(=かたち)となってビジュアライズされているのである。

サディズムに花束を。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


野分

萩分今日はまた、形式的投稿日付をウリとする本ブログでは例外的となる実日付投稿をします。
但し、7/14は7/14でも旧暦の7/14です、探究心のある人は新暦に換算してみてください。

台風が発生し日本に近づいてますよねえ。
なんでも一遍に3つも発生するのは珍しいことだとか。
台風といえば、どうしても二百十日・二百二十日あたりをイメージしてしまいますが、実際は夏場、旧暦で言えば7月ごろにくることが一番多いんですよ。
いざ上陸ともなれば、花札・萩の月に描かれたような野山を吹き抜ける微風之図というわけにはいかなくなりますよねえ。
野分、野を分けてしまいます。

   鳥羽殿へ 五六騎急ぐ 野分かな (蕪村)

当に自然の力とは恐ろしいものものです。
どうか、皆様におかれましても十二分なご警戒の程を。

まー、必ずといっていいほど、嵐の中を見回りに出かけ事故にあうひとがいますが、命あってのものだねです。

「とーちゃん、家が流されてるよ!」
「そうか、では上流からもっといい家が流れてくるのを待つとしよう」

いざとなったらこの笑い話くらいに落ち着いて行動してください。

と、この言い回し、



「備えあれば憂いなし」そして、本番は「勉学楽天」

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


霊鳥ガルーダと驕る平家

天狗さて、花札の製造元はと言えば、言わずもがなのこと任天堂。
それに続くのは天狗堂あたりでしょう。
画像に掲げたように、あの天狗からのネーミングと見えます。

天狗、うーん、天狗。
天の狗と書きますが、お犬様ではないようですねえ。
烏天狗なんてのがあるでしょうが。どちらかと言えば、お酉様です。
そう、ここで12月の光札に配置されている鳳凰と結びつくのですよ。
調べると、両者もとい両鳥はルーツが同じようなのです。

インドネシアにある伝説・霊鳥ガルーダ、ここらが原型。
それが各地に伝承し、それぞれの土地の伝説と結びつき、鳳凰なり天狗なりになったとか。
そういえば、迦楼羅(かるら)様なんてのも。ガルーダの音訳ですね。

おっと、天狗でしたね。
鼻の高いところから転じて、うぬぼれ屋のことを意味します。
鞍馬天狗に育てられた牛若丸も、やがては天狗となり身を滅ぼしました。
それ以上に顕著だったのが、先んじて牛若こと義経に滅ぼされた平家でしょう。
驕る平家は久しからず、あの急速な貴族化は注目に値します。
 
   誰が香に 思ひ移ると 忘るなよ 夜な夜ななれし 枕ばかりは (平資盛)

うん、これ完全に貴族ばりの歌ですよ。
どこをどう見ても、武家の色合いの微塵も感じられません。

史実に、物語に、散々言い尽くされてる「平家が一代限りで滅んだ」理由。
そして、勝ち組になったのは、「鎌倉引き篭もり男」の頼朝。
前にいいました。

と、この言い回し、



いや、別に某国営放送の回し者ではないのですが

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


権利関係に疎いのは日本男児固有のマゾヒズム?

少し前であるが、ツンデレカフェなるものが話題になったことがあった。
ウェイトレスにあるまじき応対で接客してくれるのであるか? 
例によって例のごとく、M性癖なるものを自認する男性諸氏が反応していた。

ここにひとつ、昭和40-50年代におけるキャバレーの接客方法で話題になったものの記録がある。
なんでも、わざとお面のよくない女子大生をホステスに集め好き勝手に振舞わせ、逆にお客が機嫌をとるというものだ。
ツンデレカフェなるものと全く同じだ。かの喫茶は新商売でもオリジナルでも何でもなかったのである。
将に歴史はめぐるである。

二点ほど余談めいたことを書くならである。
『女子大生』と謳いながら大学生ではない。ドロップアウトしてぷらぷらしてた女性がその年代になると水商売に走った、ちょうど今の『くまぇり』のごときな存在であったこと。
当然のことに当時はSだMだ、へったくれだ、というむすびつけはなかったこと。
今昔の感、とでも言えばよいのであろうが、それはそれとして論を続ける。

まあ、感覚的にもおかしな商売であることには異論もあるまい。
かかる商売が成り立つことが不思議の国ニッポンなのである、とよく言われる。
役務提供を約定しながら、約定した役務をろくに提供せずして、堂々対価の支払いがなされる…
諸外国、とりわけ契約社会たる欧米においては考えられないこと、顕例を挙げるならセックスを提供しない性産業などありえないと聞く。
過去投稿においても、商業目的のSMクラブを論じ、この点に言及した。そうそう、前投稿でも。少々はしょり気味で読みにくかった箇所、本稿を照らし合わせの上、意あるところをお読み頂ければ幸いである。

で、話を戻して、何故なのであろう?
いくつか仮説はあるものの、正直どれもまとめるまでには及ばず、ここでの提出は差し控える。
ただ、ひとつ情念的なものを提出するのであれば…
日本人のにやにや笑いだ。それも、家畜人ヤプーの題材になっていたもの限定ということで。

とうの昔に独立国であるはずの日本は、今日また広島原爆忌をむかえた。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


火焔山

火焔山もう一稿、8/5に投稿しましょう。
いや、実のところ本稿が真の8/5です、読めば分かるでしょうけど。

先ずは〜
今日は暑かったですねえ。
花札の8月は当時が旧暦ということもあって秋、テーマの芒も秋の季語になるのですが、実際のところは夏本番です。
植物も干上がってきちまいます。それこそ野山も坊主になっちゃうかも。

さてさて、前に8/5投稿したときも西遊記の話題でしたか。
ちょうどいい。
この気候ならば、火焔山の話がフィットします。
これ、モデルがあるんですよねえ。シルクロードは炎熱の地トルファン。
物語・西遊記では、牛魔王&羅刹女の夫婦が三蔵一行の前に立ちふさがるのですが。

暑い暑い火焔山、これを創ったのは誰だかご存知ですか?
牛魔王?
ノンノン。他ならぬ悟空なんですよ。
ほら序盤も序盤、斉天大聖・孫悟空として天上界で大暴れしていた折。
一旦捕らえられた悟空は、八卦炉なる超高温炉で焼殺の刑に処せられます。
そして、七七・四十九日の後、炉が開いた時、焼け死ぬどころが却ってパワーアップした悟空は、手始めに八卦炉を粉々に打ち壊し、前にも増して大暴れし出すことになります。
その破片の一部が地上に降ってきて、火焔山となる訳でして。

…なんか、似たような話がありますね。
奇しくもこちらも本文記事に関連ある話でして。
あ、現在のネット巷間片隅で繰り広げられている話です。
3月ほど前でしたっけ、とあるサイトが「○頭グループとされているのが不本意だから閉鎖する」と宣言して地下に潜ったのは。
そして、その『番○グループ』ですよ。
それを創ったのは他ならぬご本人なのにねえ。ほら、あの謝罪文がグループという呼称定着の切欠ですよ、あれあれ
強烈なイメージですもの、全く事情を知らない人でもこれだけは存じておりますデス。しかるに、本人には自覚なし…

と、この言い回し、



では少々転調して 昨8/4加筆部

を丸写ししました。
…マズいんでないの? 色んな意味で…さ…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


風俗資料館の蔵書販売

 風俗資料館が、保管スペースの合理化のため、その貴重な蔵書の一部を愛好家のために期間限定で販売をしています。重複している冊子が整理された結果として放出されるもので、マニアにとっては千載一遇のチャンスかもしれません。古本屋での相場よりは安めでリーズナブルな価格設定は、館長であり、往年の「風俗奇譚」の編集長でもあったT氏の心意気が感じられます。
 かくいう僕も、ず〜と探し求めていた「奇譚クラブ」の伝説的なバックナンバーを入手することができました。この雑誌が一般的な風俗雑誌から、マニアックなSM専門誌に生まれ変わる契機となった1952年の7月号です。
 この号には、喜多玲子の名前ですばらしい責め絵を描いた画家としても知られる伝説の人物・須磨利之が編集者として参加しており、巻頭グラビア「女天下時代」を担当しています。まだ沼正三のデビュー前で、この翌年から「あるマゾヒストの手帖から」の連載が須磨編集の元で始まったのでした。日本のFem-Domメディアの方向性を決定づけた画期的な企画が初めて実現されている雑誌と言えます。
 男性マゾヒズムをこれほどあからさまに特集として打ち出したスタイルは当時としては異例だったに違いありません。もしかすると風俗誌史上初の企画だった可能性もある。ただし、表2(表紙の裏ページ)と目次の裏には女体緊縛写真とイラストが載っている。
 須磨利之の構成と筆による巻頭グラビアに続いて「女の奴隷・マゾヒスト群像」(高取辰治)というコラム記事が鮮烈だ。「恋の僕」というサブタイトルで「恋する者は奴隷なり、囚人なり、義勇的使僕なり」と、マゾヒズムの本質をつく表現がいきなり登場し、マゾッホやアリストテレス、ルソーの紹介を通して男性マゾヒズムに関する歴史と考察が淡々と語られていく。上品な筆致で通俗的な雑誌記事とは思えない読み応えを感じました。 

posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!


シドニー・シェルダン − 『かわいい魔女ジニー』の台詞「ご主人様」に昨今SM事情を写し出す

a970e998.jpg予てよりお読みいただいている各位には、お断りする必要もないかも知れぬ。本ブログは必ずしも、タイトルと中身が(内容的)一致する訳ではない。
時には論者別ブログの常套宜しく、随想風に展開をすることもある。
本稿も他聞にもれず、ということで、先ずは大阪府茨木市の女性連続監禁事件だ。

そうなのだ。残念である。
もし、本ブログが男女を問わないサディズムを研究する趣旨であったのであれば、文句なく、
『村本卓也 − 現代日本に出現したサード侯』
とでも題し、彼の心理分析をしたであろに。

一報を聞くだけで間違いないと断言できる。
最初はやさしかった? そのとおり。
既報のとおり、サド男性と言うのは並べてヤサ男なのである。
弱いやつ、だからこそ自分よりも弱いものにしか攻撃性をぶつけられないのである。確実に勝てる喧嘩しかしないのである。
この表現は女としては口惜しいのであるが、女みたいなやつ、と言い換えてもよい。

で、その女みたいな村本が好んだ二人称が「ご主人様」、副題にもしたジニーのそれである。

宇宙飛行士のトニー君は、どうしたことか宇宙ならぬ南海の小島にたどりついて、摩訶不思議な壺をみつけた。その壺から美しい煙と共に現れたのがなんと可愛らしい魔女のジニー。
あなたのそばならどこまでもと、とうとうトニー君の家までついてきてしまった。
なんせ魔女のこと、ちょっと可愛いウインクするだけで何でもかんでもお望みしだい。
さてどんなことにあいなりますことやら...。

そうか、この話では壺であったか? ランプであることも多い。
何れにせよ、シドニー・シェルダン原作の『かわいい魔女ジニー』はこんなコメディ、ヒロイン・ジニーはトニー君のことをご主人様と呼ぶ。
まあ、そうであろう。ランプの魔神の主人は所有者なのだから。
で、隷属関係にあったかである。

今、ランプの魔神と言った。
そう、これはシェルダンのオリジナルでもなんでもない。千一夜物語あたりにも多く例を見る伝承の類である。
ついでに書いておけば、ランプの魔神の名はジン、その女性形でジニーなのであるが、さておき。
同じランプの魔女の伝話でこんなものがある。

ここにおける『ご主人様』はとある国の王子、青年王である。
彼は、未熟な自分の教育係を魔女に命じる。
そんなある日だ。
厄介な国務のために、いらついていた彼は足元にじゃれ付いてきた子犬を蹴飛ばしてしまうのである。
途端に、指輪の下に激痛が。魔女のお仕置きである。
どうしてだい? と聞く王子に答えて、しもべである魔女、

「なぜ弱いものを苛めるのです? (強い弱いの話ならば)私はご主人様はより強い。今(その気になれば、この程度のお仕置きでなく)貴方様を殺すことだってできるんですよ」

かくのごとしだ。
ジニーにしたって、ご主人様・トニー君を殺すことなど手袋を脱ぐがごとくに容易いことなのだ。
隷属関係と支配(被支配)関係は、イコールに見えて微妙に違いがあるといえよう。

そこで、SMクラブなる悪所に通い『ご主人様ごっこ』をやっている面々だ。
いやいや、コンパニオンに「ご主人様」と呼ばせているほうではない。彼女たちを「ご主人様」と呼んでいるほうの彼らのことである。
まあ、分かってるとは思うのだが…

もし、それで女性に隷属している、異性を賛美しているとお考えならば、とんでもない間違いだ。
いわんや、これがマゾヒズムであると称するのであれば…

貴男がたは、村本卓也とよく似ている。一卵性双生児のようだ。
いや、これはとんだ間違い。
貴男がたは、村本卓也と全くの同類だ。
同じ人物が和服を着て現れたか、洋服姿なのか程度の、見かけ上の差異しかない。

掲示板サイトで、この趣旨を『遺作さん』に喋らしたのは、何を隠そう論者である。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


杜子春 (中国・隋) − この落第書生が唯一忘れることの出来なかった『人の心』とは?

3908c913.jpg意外なことに、杜子春は実在の人物だった。
北周から隋にかけての人である。

さて、論に入る前に余談を。日本ブログ村に関してである。
このところであるが、掲示板上において代表の方のコミュニケーションの機会を持った。
人間賛歌… 人の持つ心の素晴らしさということで、共感できる部分を見出せたことは幸いである旨を報告する。
先様であるが。
どうしても、お立場の関係で玉虫色発言とならざるを得ないのだが、それはそれで意義はある。
ちょうど、中国落第書生・杜子春の伝記を親子情話に脚色し、短編に仕立てた芥川龍之介・代表作の如くに。

さて、本論に入ろう。
伝記というよりも伝承か?
余りにも有名な芥川の小説には触れるまでもなかろう。
杜子春は、打たれながらも恨み言ひとつ言わず息子のことを思い遣った母に感じ入り、約束を忘れ口を開いてしまった…
このクライマックス部が、実は原作からは離れた脚色なのである。

原作を読むに。
責め苦を受けたのは両親ではなく、彼の妻である。
そして子春は(道士との約束どおり)口を開こうとしない。
妻はなじる。ふつつかながら10年も連れ添った妻、別にひれ伏して命乞いをしてくれといってるのではない、たった一言発してくれれば自分は責め苦から解放されるのに、それすらしてくれないのか?、と。

このように原作では情話では終わらせず、更に話は続くのである。
後先になったが、眼前で妻がなぶり殺しにされる場面では、子春は未だ存命だ。(攻め立てているのは閻魔ではなく、魔神将軍)
その後、彼は切り殺され、地獄へと、閻魔王のもとへと赴くのである。
一通りの地獄責めのあと、匙を投げた閻魔は子春を現世に生き帰させる。但し、陰の気を受けた賊であるから女に生まれかわらせられる。

こうして、女に生まれ変わった杜子春は生まれつき病気がちで、苦しみの絶えることはなかった。それでもどうしても声が出ない。
やがて成長して絶世美女となった彼は、郷士の下に嫁ぐ。子供も生まれて仲むつまじく暮らしていたのであるが。
ある日のことだ。
子供を抱いている子春に夫が話しかける。勿論、子春は黙ったまま。
とうとう、夫はかっとなった。

「男たるものが(美貌を鼻にかけた)妻にバカにされるくらいなら、子供など持たぬほうがましだ!」

そういうなり、子供を石の上に叩きつけてしまうのである。
無残にも頭の砕け散った子供の姿に、杜子春は道士との約束を忘れ、声を発してしまうのである。

「あっ!」

その「あっ!」の声が終わるか終わらないかのうちに、子春の身体は元居た道士の小屋に戻っていた。
実験は失敗。
つまり彼の心は、喜、怒、哀、懼(く)、悪(お)、欲の6つまでは忘れることが出来た。最後の一つ、愛だけは忘れることができなかったのである。

いかがであろう? そもそもの杜子春説話を掻い摘めば、かくの如しだ。
上記の七文字、これが人間の持つ感情の妙味だと論者は思うのだ。
非常に矛盾的、到底理屈や言葉などでは現せるのではない。
そして、子春が忘れることができなかった最後の一文字…

これこそが、矛盾の最たるものと言えよう。
このブログの趣旨に通じるところも大きい。既に多くの人物で…

かく言った意味で「SMは愛」というのであるなら、論者も賛同する。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


EKIDEN

点字松さてさて、お正月は2日、もう一ついきましょう。
1月2日から3日にかけて行われる箱根駅伝もまた、ひとつとの風物詩です。
これもまた日本発祥の、ということで英語でも駅伝になるとか。親戚一同、花札でもやりながら、横目で観戦する機会も多い僕です。

その折に出てくるのが、「任天堂大学」のギャグ。念には及ばないとは思いますが、常連校である順天堂大学のことをふざけて言ったものです。
いやいや、満更花札からの連想オンリーではなく。昔はよく、漫画にも出できましたよねえ。そのうちに任天堂が立派になってしまって、ギャグにならなくなり廃れましたが。
ほんと、京の伝統工芸の会社が、このような形になると誰が想像しましたでしょうか?
これもまた、時代の妙と言えるでしょう。

箱根駅伝の別な名物にも、伝統工芸の会社があります。小田原中継所で必ず待ち受ける。
どこかでお伝えしましたように、古代の女帝は皇后経験者。
現代日本の女社長事情とよくにてますね。

正月恒例の玉櫛笥箱根駅伝に必ず顔を見せる、蒲鉾会社の女社長も今は会長になったようで。
玉櫛笥は箱の枕詞。。。

と、この言い回し、



日本の女帝 つづき

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


生物が本来持ち合わせいてる防衛本能に加え、人には叡智がある

本稿はまた、時事から入る。
7月末、埼玉県ふじみ野市の市営プールで痛ましい死亡事故が起こった。
先ずは、犠牲となった女児に心よりの哀悼の意を捧げるとともにご冥福をお祈りしたい。

公共施設ということで、早速に原因解明や責任所在の追及が行われている。
結構なことだ。何はさておいても、卑しくも死人が出ているのである。徹底的にされなければならない。
だが、ドロ縄ということがある。
専ら責任の追及の方向に進むのは少々話が違おう。
と前提したところで、論者がひとつ気になっている点に触れよう。

聞くところによれば、事前に外れたプールの蓋を見つけた子供が監視員の元に届けたとか。そして、件の監視員はマニュアルになかったので、処置が分からなかったとか。
それを以って、監視員を教育しておかなかった管理会社が悪い、という論説となっている報道には首をかしげた。
蓋を見ておかしいとは思わないのか? それこそ本能的にである。
何のための監視員か?
咄嗟の状況に的確に判断を下し、人命保護にあたるのが責務ではないか?
言葉の遊び的にいうのであるなら、「『マニュアルにないことは分別であたるべし』というマニュアル」を以って教育されている筈、ということになろう。
繰り返すが、責任所在のことを言っているのでもなければ、ましてや件の監視員を糾弾する趣旨ではない。
危機管理能力の欠如のことを言っているのだ。勿論彼女だけでなく、現代社会全般に関して。
本当に現代人は、自分の身を自分で守れなくなってしまった。
鳥獣すら機敏に危険を察知し的確にことにあたる。人間と言うのはそれ以下のものなのか?

少し前であるが、数年前兵庫県の明石でおきた二事故に関する報道があった。
これとて、そう。
人ごみに入れば、将棋倒しになる危険性をはらむ。砂浜は陥没することがあるのだ。
そして何より、そのリスクをゼロにする方法などない。
語弊ある言い方をするなら、分かりきったことの筈なのだが。
断じて、(責任者という一人の)悪者を作ってめでたしめでたしにすべき性質のものではない。
これでは、人間は鳥獣以下になってしまう。

人とて生物。防衛本能はあるし、何よりも他の生物にはない叡智というものを備えている。
そして、その叡智は人から人へと伝えられてきた。

本所七不思議のひとつ『おいてけ掘』をご存知か?
或いは『河童』でもいい。 
我々の先祖は近くに危険な場所があれば、このような形で近づかないようにと教え諭してきた。
怪談話を仕立て、子供たちが興味を持って聞くように工夫して。
日本人だけではない。
ペローの稿で論じた『赤頭巾』、娘たちに知らない男に近づかないよう教え諭してきたヨーロッパの母たちもそうだ。

先人のごとく、子供の頃よりちゃんと叡智を受け継いでいたとしたなら…
とまあ、大仰な書き口になってきた本稿であるが、所詮はネット人の評論だ。
その住まいたるネット空間のことにフォーカスを絞り、結論へと導こう。

叡智を受け継いでいたとしたならばである。
ネットの危険性などは、言われなくても察知するであろう。
少なくても、安っぽく『情報ゴロ』どもの餌食になどならなくても済む。
ああ、『情報ゴロ』か?
このブログ的に言うなら特に、「SMは普通のもの」などと呼びかけ、(そろそろ出会い系サイトの一形態であると気づかれ出している)会員制SNSあたりで女性を引っ掛けようとしている連中、或いは「特殊性癖の同志を集う」などと耳障りのいい宣伝文句で粗悪な素人絵等を売りつけようと目論む自覚すらない業者、と読んで頂けば結構。

今朝もまた、SMプレーが傷害事件化した事例の報道を聞いた。


注* 記事趣旨にはあまり関係ありませんけど、転載するにあたりひとつ僕から。
『おいてけ掘』ってのは、現在のJR総武線・錦糸町駅南口の丸井の所だったらしいですよ。(8/6)

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。