ジャッキー・ジョイナー・カーシー − この『史上最強の女』ならば、物騒な昨今も怖いものなし?

b68836be.jpg大阪・茨木の連続監禁事件を請けた意見投稿を見る機会があった。
現代女性はセクハラ、DV、痴漢、ストーキング、監禁、レイプ、モラス・ハラスメントの7つの敵から自衛をしなければならないとのことだ。
うん、この物騒なご時世である。女性とて護身のひとつも身に付ける必要があろう。
で、何を?

最強の格闘技は? よく話題になることだ。
その最強を習得すれば、護身とすればこれ以上のものはない。
色々な格闘技がある。修練しだいでは手が刀となるものとか。
これがいい? ダメ。
飛び道具を持ち出されたらどうする。
飛び道具を叩き落とすまでに修練する?
ダメダメ。飛び道具とて進化する…

と、回りくどかったか。
とどのつまり、逃げるに勝る護身はないのである。
(そんな理由で)世界最強の格闘技は陸上競技だった!
半ばお遊びながら、真理をついている。

さてさて続けるのなら、かかる理由から本稿主役のジャッキー・ジョイナー・カーシーこそが、格闘ファンにして強女萌え諸氏待望の『史上最強の女』であった。
日本こそ注目度が低いものの玄人からは『真の陸上チャンピオン』と目されている七種競技の女王にして、同時に単独種目である走り幅跳びに於いても勝利。
それこそ「この女、只者ではない!!!」である。
彼女ほどになれれば、もう『7つの敵』など恐れるに足りず!

…でも間違いではないのであるが、実戦においては競技のようにスタートのピストルが鳴らない。
自分で判断して号砲を打たねばならぬ。

どうやら護身のためには判断力を鍛えるのが先決、ここ数稿で論じたところだ。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


温故知新

 昭和27年(1952年)に発行された「奇譚クラブ」を読んでいて、もう50年以上も昔の雑誌なのにあまり違和感を感じないのは何故だろうか? ...

 ふと思ったのは、ブログとよく似ているなァ〜と。

 ほとんどのブログは、インターネットに公開した日記のようなものですが、本来日記というのは、心の奥の秘め事が書かれる恥ずかしいものだったはず。少なくとも昭和の時代までは。後から自分で読んでも恥ずかしくなるようなことを、昔は書いていたんだと思う。ところがブログは、見ず知らずの第三者に読まれることを前提に書かれている。もちろん知り合いに読まれること(mixiみたいに)もあるだろうが、人に読まれることを想定して書くというのは、「奇譚クラブ」の告白手記と同じ系列、似たようなモードで書かれていると言えるでしょう。

 縛られたいだの浣腸されたいだの、鞭で打たれたいといったアブノーマル願望は、50年前も21世紀の今もたいして本質的な違いはないみたい。ただその表現形式はかなり変化してきています。「奇譚クラブ」の時代は、まさに告白手記といった表現がはまるような、人生で一大決心をして投稿してみました!という深刻な雰囲気が感じられるのに対して、今のブログのほうはもっと軽いノリで、あまり恥ずかしがっているムードがない。「奇ク」の時代のほうが、抑制された味わいがあって、読んでいてむしろ興奮してしまうのです。SMやマゾヒズムに関するブログは随分増えてきているし、読んでいて面白いとは思うけど、あけっぴろげすぎてなんだか「奇ク」のほうが新鮮に映ります。
 
 しかし、普通だったらやはり人には言えない恥ずかしいことを書くという快感、ある意味で露出趣味的な快楽をどちらも追求している、とは言えるのかもしれません。
posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!
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