通りゃんせ

たばこ梅花札2月テーマ・梅にゆかりのある歴史上の人物といえば、なんと言っても菅原道真でしょう。
何度か話題にした和歌は言うに及ばず、漢詩にも通じていた道真。
わずか11歳にして次の詩をつくったと伝えられます。

  「月夜梅花を見る」

 月耀は 晴雪の如く 
 梅花は照星に似たりし
 憐れむべし 金鏡転じ 
 庭上 玉房馨

おお、夜の光景ですね。
次月の桜には「夜桜」の風情がありますが、梅もなかなかどうして、といったところです。
うん、家紋に残ってますよねえ。梅と星や月の組み合わせが。

そんな道真ですが前に話したとおり、秀才が故の悲劇で最期は横死をとげました。
直後の都に天変地異が起こったことは有名ですね。
そこで神様にまつりあげ、御霊を鎮めたわけですが。
天神様、学問の神様です。

 通りゃんせ 通りゃんせ
 ここはどこの 細道じゃ
 天神さまの 細道じゃ
 ちっと通して くだしゃんせ
 ご用の無いもの 通しゃせぬ
 この子の七つの お祝いに
 おふだをおさめに まいります
 いきはよいよい 帰りはこわい
 こわいながらも
 通りゃんせ 通りゃんせ

ここで、ちょっと珍しい話をしましょうか。
この『通りゃんせ』の唄を歌いながら、女の子の尻を打ち据えるという児戯があったらしいですよ。
スパンキング。
日本にはないSM(プレー)だと思ってたんですが、意外なことに結構事例はあったようです。
男根状の棒で、子が出来ない女の尻を打ち据える神前儀式とか。

さて話は再び変わって、投稿日付ではないこの原稿を書いている実日付から起算してつい先日ですけど、秋篠宮家に親王が誕生しましたね。
めでたいことです。
特にここで強調したいのは、姉である二内親王の、あの嬉しそうな顔!
いや僕の周りの下々の者たちからも、よく聞かされますよ。弟なり妹なりが生まれたときの、嬉しかった気持ち、いくつになっても覚えていると。

ここで、「天神様の細道じゃ」なんです。
上に書いた尻打ちの儀式、"細道"…
…そういうことだと思うんですよねえ。
この童謡は、出産の神秘を子供なりにも暗示的に歌ったものでないのでしょうか?

例え出産の場を見てなかったとしても、自分たちの弟なり妹なりが、"細道"を通ってこの世に出てきたということは、何となく知っています。
子供というものを侮るなかれ、といったところですね。
 
と、この言い回し、



確かにあまり普及しませんでしたが  

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


「刺青」三度び

「無垢な娘が刺青を彫られることによって女王様になる」
マゾ男を自称するとある人物が、一年八月の時を経てまた繰り返した名言(迷言)です。

無垢な娘たちよ、改めて言いましょう。
自らをマゾ性癖なるものと吹聴して回る男どもには決して近づいてはいけません。
入れ墨を彫られて、売り飛ばされたくなかったら……
posted by homer_2006 | 続・マゾヒズムに天誅を!


「めでたいの?」

朝鮮松おめでたい正月の光札に、おめでたい鳥として配図されている鶴。
残念ながら木にとまることはなく、おそらくはコウノトリあたりを見間違えたのであろうということは、前に話しました。

白い鳥は神の使い…
そのコウノトリですよ。
投稿日付に拘らず、つい2−3日前に、かしこきあたりにお子を運んできましたねえ。
めでたいことです。
勘違いしないでください。ロイヤルベビーだからめでたいと言っているのではありません。
ありとあらゆる生命の誕生はめでたいと言っているのです。

いいですか?
全ての生命は奇跡なのです。
だってそうでしょ? 最初の生命はどこから誕生したの?
その瞬間に立ち会ってたとしたら、生命が奇跡であると実感できるでしょう。
偶々ある生命体が多く誕生している時代にいわわせているから当たり前のように感じるだけで、最初の生命の誕生も今の生命の誕生も、本質に変わりがあるわけではありません。
めでたくないと思うのは、ものを知らない証拠ですね。

と、やってますよねえ。いや、少しは収まったのかな?
なんのことを言っているのか分かりますよねえ。
ほら、とある著名人が、

>世間は昨日から「めでたい、めでたい」と騒いでるけど……
>ひとつの命が誕生したことがめでたいの?

と発言して大騒ぎに。
直後にお詫びと称して、さっき僕が書いたような趣旨を(ふくむところを)掲げましたけどね。
どう読んでも、最初の発言は、そうは読めません。

まあねえ。
あれ書いた人だって一応は知識人らしいですから、これくらいの反響が想定できないとは考えがたい。
ことによれば売名目的かもしれないと思い、敢えて名前はだしませんでした。

むしろ昔のインテリの方が、学問が格段に発展した現在よりかは、よっぽと生命について真摯に考えていたようですよ。
ほら、あの一休さん。
相当お好きだったということは話しましたよね。
イメージとは裏腹にシニカルに人生を考えていたと言うことも。
この二つから総合的に鑑みれば、彼が女性を愛したのは生命探求の一環だったんでしょう。

>冬将軍VSスカートの子
>
>6  名無しさん  2004/01/10(Sat) 13:07
>
> きっとそれは、秘密のベールの奥に「魔の三角地帯」があるせいでしょう。
>古来より東西の男たちが、秘密解明に躍起となってますが、未だにその謎は解き明かされてません。
>
>  世の中に 女の穴の 不思議よ 釈迦も孔子も ひょいひょいとうむ (一休宗純)

今はなくなってしまった18禁サイトBBSに僕が書いたものです。
改めて調べてみると、下記の間違いだったのではと考えてますが。

  女ほど めでたきものは 又も無し 釈迦も達磨も ひょいひょいと産む (覚芝和尚)

いずれにせよ、お盛んであったことだけは間違いありません。
88歳で大往生する直前まで、遊女を回りに侍らしていたようですから。
 
と、この言い回し、



一休さん?  

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
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タグ:目指せ!! 平成の女蜀山人! マゾヒズムに花札を! マゾヒズム ミユ様 花札 パクリ http://blog.goo.ne.jp/homer-2006 「めでたいの?」 http://blog.livedoor.jp/miyumiyuaha/archives/50054306.html 尽忠報国の士・堀米正広さんを犬死させてはなりません はき違えられた「言論の自由」に一石を投じます 言論の暴力 言論の暴力による少数意見排除 表現の自由 放言の自由 衆愚世論 「表現の自由」を「放言の自由」にはき違えた衆愚世論 石坂啓、上原公子、斎藤貴男、きくちゆみ、佐高信、西川重則、小倉利丸、内田雅敏ら十数名の拝金主義者 威嚇的プロパガンダ 加藤紘一 加藤紘一・元自民党幹事長宅の放火について 堀米正広 現住建造物放火 くまぇり 司法当局 ジャーナリズム マスコミ 売国奴 憲法 言論封殺 巨大権力 割腹 死を賭して権力者に意見 尽忠報国の士 尽忠報国 石坂啓 「言論の暴力」により生計を立てる者が、恒常反復的に暴力を振るい続けた相手からごくまれに反撃された時、それを駆逐すべく声高に唱える題目 日刊新聞定期購読料値上げの際の口上 乙武洋匡 世間は昨日から「めでたい、めでたい」と騒いでるけど…… ひとつの命が誕生したことがめでたいの? 「めでたいの?」発言 売名行為 乙武洋匡・売名行為 「めでたいの?」発言=乙武洋匡・売名行為 mixi 同人 コミケ GBB 伊藤一蔵 商業主義 著作権業者 朝鮮 朝鮮花 正月 1月 おめでたい鳥 コウノトリ 光札 秋篠宮 紀子さま出産 ロイヤルベビー ありとあらゆる生命の誕生はめでたい 生命は奇跡 めでたくないと思うのは、ものを知らない証拠 インテリ 想定 反響 魔の三角地帯 一休宗純 一休さん 世の中に 女の穴の 不思議よ 釈迦も孔子も ひょいひょいとうむ 18禁サイト BBS 一蔵BBS 女ほど めでたきものは 又も無し 釈迦も達磨も ひょいひょいと産む 覚芝和尚 親王 内親王 ミ ユ の 掲 示 板 サディズムに花束を! ハイクブログ 「BlogPeople」(「トラックバック・ピープル」)なるところの不可解な行動について ミユ 「あはっ!」のミユ miyumiyu38 悠仁(ひさひと) 悠仁 悠仁親王 秋篠宮悠仁親王 ひさひと 「放言の自由」は会員制SNSで
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「刺青」再び

 しんのすけさんのブログがさきごろ移転しまして、ますます充実しておりますが、つい先日TATTOOの話題に触れておられましたね。SMにからんだこのトピックでは谷崎潤一郎巨匠の「刺青」がバイブル的に有名なのですが、前に

「無垢な娘が刺青を彫られることによって女王様になる」


 というようなことを書いたことがあったのを思い出しました。入れ墨でもタトゥーでも、何がどう違うかは置いておいて、とにかく「非日常」というキーワードがあるからこそ、一般的市民には畏敬でもあり魅力でもあり、恐怖でもあり、官能でもある、ということは言えると思います。僕もしんのすけさんと同様、日本人の身近な知り合いには(職業女王様を除いて)実際に彫ってる人を知りませんが、もしかしてつきあってる彼女が(いないけどネ)そんなこと言い出したらリアクションに困ると思う。だけど、おつきあいのある女王様(いないけどサ)ならきっと賛成するかもしれない。ただし、センスのいい、美しいものに限りますけど。

 基本的にはその人の個性の一部となるのか、ただのファッションなのか(ファションも個性だけど)、よくわかりません。でも刺青には女王様キャラを増幅する独特のオーラがあるようには思います。つまり刺青を彫る前と後で、人格的にも変わってしまう何かがあるような気がする。そこのところは谷崎の「刺青」でも描かれているのだけれど。やる人は、もうやる前からそのような資質というかDNAがあって、彫られる、つまり肉体的に変化することで、突然変異的にその「何か」が開花するものなのかもしれない。

 そうでない場合もあるでしょう。この人それがなければただの人じゃん、てなヤクザさんもいそうです。彫ってハクがつく場合もあるでしょう。

 ま、だけど自分では絶対にやらんわな。いくらマゾでも。基本的に針とかボディピアスとか、本当に痛いのはイヤなのです。「肉体改造」系はマニアックに人気がありますが、僕はダメですね。

 マゾだからやるとかどうとかの問題でもなさそうでございますが、少なくとも健全な青少年の世界ではなさそうじゃございません?
 つまり、小学生児童がマゾでも誰も文句は言わないけど、そのガキんちょがタトゥーなんぞを入れたらヤバクね? 
 
 てかですね〜、アメリカの人気アニメ「ザ・シンプソンンズ」の再放送を最近何気に見ていましたら、ホーマーの息子バート(ズプリングフィールド小学校4年生)がタトゥーを入れるエピソードがございまして(結局高額払って消すことになる)、

やっぱスゲーなアメリカって国は!って思いましたですNE。


 ... って、ちょっとしんのすけさん風に締めてみました^^ ごめんさい!!

       (ってか、あまり上手くいってもないないけど)



「ザ・シンプソンンズ」はスカパーのFOXチャンネルで現在第4シーズンが毎朝オンエアー中!
 以前のwowowのホームページも現存しております。



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三波春夫でございます

たばこ桜
  逝く空に 桜の花が あれば佳し

投稿日では晦日になるものの、その実は以前書いたあの記事にちらりと触れた三波春夫さんの句です。
平成13年4月14日逝去。
いや、西行ばりに本当に願望が適ったのでしたね。
と、今日はこのように3月テーマ・桜との因縁も浅からぬ三波さんの話をしましょう。

先ず一曲目は、これでしょう。

 こんにちは こんにちは 西のくにから
 こんにちは こんにちは 東のくにから
 こんにちは こんにちは 世界のひとが
 こんにちは こんにちは さくらの国で

せんきゅーひゃくーななじゅー〜ねんの 〜♪
ってことで、日本万国博覧会テーマ・ソング『世界の国からこんにちは』ですね。
万国博においても、日本を象徴する花として三波さんに歌われた桜です。

それから9年後。
東京12チャンネル(現・テレビ東京)が開局十五周年を記念してつくった『大東京音頭』も有名です。
レコード会社十社が、それぞれの看板歌手で競作したんですよねえ。
えーっと。
手元の古文書によれば、事前の予想では各社横一線なるも、本命をあければ橋幸夫・金沢明子デュエットのビクター、対抗が都はるみのコロムビア。
ところがどっこい、蓋をあけてみれば、テイチク・三波春夫の圧勝という結果でした。

 ひーぃとがわになーる わがはなにーなる
 えーどののこりが ほのぼーのとーけて
 かよーこころに さきほこる〜

そうですよ。こんな歌詞、なんていったらいいだろ? 花札に象徴されるような日本の明るさを歌いこなせるのは、三波春夫ただひとりですよ。
繰り返しになりますれど、三波さんはすばらしい方でしたね。
歌唱の業績はいうに及ばず、俗謡に関する造詣の深さ、そしてなにより、
「私にはすでに月会費100円の後援会がありますから」(某政治家が後援会を作ってやるといった折にそれを辞退)
の庶民精神。
三波春夫の前に三波春夫なし、三波春夫の後に三波春夫なし、といったとこでしょうか?

さて、僕のお薦めの一枚は、「長篇歌謡浪曲全曲集」です。
8曲に歌われてる10人あまりの登場人物はいずれも、今の日本人がすっかり忘れてしまった日本人のよさを持ってます。
 
と、この言い回し、



ミ ユ の 掲 示 板5月21日(土)12時02分40秒  

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
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玉ぞちりける

大石明治萩形式的投稿日付を本筋とする本ブログにおける実日付投稿、但し旧暦日付、
このパターンは2度目でしたっけ?
新暦ではいつになるかは換算してみてください。今日は24節季のひとつ、白露です。
思い切って、いきなり歌からいっちゃいましょうか。花札の図柄が浮かんできたらお慰み。

  しら露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞちりける

あまりにも有名な百人一首・文屋朝康の歌ですね。
どうでしょうか?
うーん、露が結ぶと言うことなら、やっぱ次月の芒の葉あたりになっちゃうかな?
でもねえ、風の吹きしく、のあたり。
話しましたよね。萩の月の隠しテーマは花鳥風月の風だって。
秋の野山を風が吹き抜ける光景ということなら、当月テーマの萩だって十分にイメージできると思いますよ。

でも、この歌自体はと問われれば…
どうなんでしょう?
僕にはありきたりの様に感じられる、訴えかけてくるものがないんです。
うん、しら露を玉に比喩する修辞は、既に当時の定番として出来上がっていたとか、だとすれば尚のこと中身がアメリカンですよ、これ。
まあ、正岡子規あたりがボロクソにくたしまくった理屈ってやつですか。

同じ朝康の歌です。

  秋の野に おく白露は 玉なれや つらぬきかくる くもの糸すじ

少なくても、こちらの方が中身があるように感じられます。
 
と、この言い回し、



未だに熱暴走の連続です  (139−24)日目

につい今し方加筆された部分を丸写ししました。

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下手こそよけれ

山與菖蒲菖蒲の月、5月。
今日の話題は、あまり花札とは関係のないところからです。
と言っても、本ブログにおいてはしばしばあることなので、そこら辺は如才なく本文に移りましょう。

投稿日付では前後するものの過去数回話題にしている、セガの看板ゲーム『サクラ対戦』の話です。
花札をイリュージョンしたこのゲーム登場のヒロインたちは、全員花に関係する名前であることは既に話しました。
そんな中、花札のテーマ植物の名前がついているのは?
うーん、意外… 真空寺さくら だけですよねえ。
強いて言えば、藤枝あやめ が挙げられますけど、これは攻略対象ヒロインにはならないし、、、

と、考えているうちに、はたと思い出したという訳です。
アイリス。
えーっと?

>アヤメ科アヤメ属の単子葉植物の総称。アヤメ・ハナショウブ・カキツバタなど。

目出度くも、ぴたり5月テーマであるハナショウブでした。
さてさて、『サクラ対戦』のアイリスがどんな女性かと言えば、登場人物中最年少、女性というよりは幼児ですよねえ。
体格といい、行動様式といい、いいとこ5歳児でしょう。

ところが設定資料を読むと、決してそんなガキではないようで。
シリーズ最終作などに至っては、もう中学生の年代に達してます。
どう見ても不自然、どう考えても矛盾。
思えば、『サクラ対戦』の泣き所のひとつといえるでしょうね。

ここに至った原因を考えてみるに。
好評に答えて、次作をつくり続けたせいでしょうね。
登場時において幼めのキャラクター設定したものだから、やすやす変更するわけにはいかなくなる。どんどんどんどん歪が広がっていったという訳です。

なにか、ネットの上でも同じような事例を、よく見ますよ。
こちらはアマチュア創作ですけど。
ねえ、誰かが小説めいたものを書くと、「続きを書いてくれ〜」という声が出てくる。
それに応じて書く。
当初から想定してなかったものだから、木に竹をついだような作品になってしまう。
まあ、プロがつくっている『サクラ対戦』ですら述べたとおりですから、至極もっともなことでしょう。

  SSは 下手こそよけれ クレクレが 暴れ出しては たまるものかは

公開掲示板でも詠み人知らずのSSが書き付けられることがよくありますでしょう?
でもまー、見てると大概はこの狂歌の傾向。
うまいものが投稿されているところほど、早くに空中分解してしまいます。
あ、それからSSだけでなくCG投稿もそう。
どなたかがご自分のオエビで「アマチュア創作家にリクエストなどしない」とおっしゃってました。僕も申し上げたような意味でまったく同意見です。
 
と、この言い回し、



公開掲示板における創作投稿について考察する

を巧みに丸写ししました。

………
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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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山越えのカブ

カブ9月も大分投稿が進みました。
実際これを書いているのは、同じ9月でももう少し早い日付なんですけどね。
今日は、おいちょかぶから9月の話をしましょう。
そうそうこのカブ競技については日付を前後して何回か話してますから、探してみてください。

ということで、カブでは9が最高のスコアでしたね。
9自体をカブと呼ぶくらいですから。
最初に配られた札が、9月だったらもうこれ以上スコアが伸びることはない、だから札は引きたくないところですよねえ。
でも、そうはいかない。必ず2枚は受け取らなければならないのです。

そして、その2枚目が1月だったら、もう最悪ですよねえ。
ブタ、0点になってしまいますもの。天国から地獄です。
ただし、ただし、これ以上スコアが悪くなることもまたありませんわ。
気を取り直してね任意である3枚目を引いたところ、また9月!

この「!」のことを、『山越えのカブ』と呼びます。
人生は勝負だせ、山あり谷あり、万事が塞翁が馬。
まあ、そうそういきがるのも野暮ですから、ここは視点を変えて。
この『山越えのカブ』の哲学、なにがしか恋愛にも通じるところがありますぞ。
そういえば大昔は通い婚、男は毎晩、野を越え山を越えて妻の元に通ったんでしたねえ。
万葉集から名高い、柿本朝臣人麻呂、石見の国より妻に別れて上り来る時の歌二首 并せて短歌、を引きましょう。

 石見(いはみ)の海(うみ) 角(つの)の浦廻(うらみ)を 浦なしと 人こそ見らめ 潟(かた)なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも 鯨魚(いさな)取り 海辺を指して 和田津(にきたづ)の 荒礒(ありそ)の上に か青く生(お)ふる 玉藻沖つ藻 朝羽(あさは)振る 風こそ寄らめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波の共(むた) か寄りかく寄る 玉藻なす 寄り寝し妹(いも)を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈(やそくま)ごとに よろづたび かへり見すれど いや遠(とほ)に 里は離(さか)りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎(しな)えて 偲(しの)ふらむ 妹が門(かど)見む 靡けこの山(2-131)

       反歌二首

 石見のや 高角山(たかつのやま)の 木の間より 我が振る袖を 妹見つらむか(2-132)

 小竹(ささ)の葉は み山もさやに さやげども 我は妹思ふ 別れ来ぬれば(2-133)

宮廷歌人として数々の歌を詠んだ柿本人麻呂は、晩年石見の国の国主を務めました。
当時の地理的分類によれば、山陰は因幡まで。都まで25日かかる石見は員数外だったというわけです。
この歌は、都に戻る折に現地妻との別れを惜しんだ人麻呂の、珍しく私的な歌です。
この地方というのは、冬場は曇りがちな日が多いのですか?
僕も、冬場に生まれた赤ん坊はわずかな晴れ間の日に裸で日光浴させる、と聞いたことがあります。
まさにそんな冬の日の荒涼たる光景を、「石見の海 角の浦廻を〜」と詠み始めます。

地理的にも海岸際は切り立ったがけの多いこの地方です。
遠景から詠み始める、人麻呂おとくいの手法、いくつかの対句を使いながら、眼下の情景を詠み進めます。
そして、ふと海岸に打ち寄せられた玉藻にフォーカスを絞ったところで転調です。

ほら、映画でもよくあるでしょう?
遠景から近景へとフォーカスを絞り、ひとつのオブシェを捉え、そしてそれが恋人に姿に変形する、ってのが。
まさにそれですよ。
玉藻が、別れて来た妻の姿になって、そこから「寄り寝し妹」への思いが情熱的に歌われていくわけです。

「靡けこの山」、愛しい妻のあの家がみたい、みたい、みたーい! (そのためには)なくなっちまえ、こんな山なんか!
とんでもない誇大表現が、誇大表現にならないのは、前半部で石見路の荒涼たる光景を歌いあげていたその成果でしょう。
そして、反歌。

最初のほうに、初めて妻の具象が出てきますが、「見つらむか」あくまでも人麻呂の心中のこと、ネット馬鹿のいうとこの「脳内妄想」です。
そして、「我は妹思ふ 別れ来ぬれば」とまた元のひとりぼっちの道中風景でエンドになります。
長歌において、荒涼たる光景から因を発した内情を情熱的に歌い、反歌において情熱的な内情が再び眼前の荒涼たる光景に帰す…
長歌反歌一体となり、一大恋情交響楽を構成していることがお分かりいただけたでしょうか?

ところで、このときの人麻呂はもう晩年。
なのにかくも情熱的に妻を愛することが出来たとは!
毎晩毎晩、片道13キロの道を通ってたんですよ。

男性受けだとか、甚だしくはM男だなどと大でたらめを称し、寝そべって♀から愛撫されないと絶頂を迎えることもできないダメ♂の皆さん。
一人の異性を愛するというのは、これだけの根気と情熱のいる大事業なんですからね。
 
と、この言い回し、



犬養博士の講義を聞き返しましたゾ

を丸写ししました。
まあまあ、僕のようなマゾ騙り軟弱スケベ男が叱られていることですし、ここは穏便に、穏便…に…

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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妄想が現実となったあの日

 僕は子どもの頃からマゾ気質を自覚してはいましたが、それがいったいなんであるのかを明確に理解したのは小学生の時に奇譚クラブを拾って読んだ時です。

(↑「明確に」というほどきちんとわかったわけではなかったかもしれませんが)

 そして中学生ぐらいの時に様々なSM雑誌を読みあさるようになり、いわゆSMクラブなるものの存在を知ります。当時(1970年代)はまだ秘密クラブ的な趣で、今みたいにきちんとした営業をしていそうなところはありませんでした。黎明期のSMクラブは、おそらく商業的に成り立っておらず、したがって個人の趣味的なレベルで活動していたのでしょう。
 いずれにしても子どもが行けるはずもなく、いつか大人になったら行ってみたいな〜と、自分の中で妄想を膨らませて青春時代を過ごしてきたわけです。わけがわからなかったモヤモヤした願望を実現できる場所あるということを知ってウレシかった。

 東京の大学に進学した頃にはSMもややポピュラーになっていました。しかし、年齢的に行けるようになったからといってすぐに行くほど心の準備が出来ていません。お金はあっても、なにぶんウブな田舎者ですから、いざとなると勇気が出てこない。結局初めてSMクラブの門を叩いたのは就職が内定した大学4年の時です。

 六本木の高架下の電話ボックスからおそるおそるダイヤルした指が震えていたのを今でも覚えています。行くと決心しただけで心臓の動悸も激しくなり、めまいで倒れそうなくらい興奮(下半身のほうでなくて)していました。何をどう言って、どのような会話で予約が完了したのかも全く覚えていません。

 プレイ的には、何がなんだかワケがわからないうちに、あっという間に逝ってしまったようでした。何か悪いことしてしまったような、後味の悪さが残る、ちょっと情けない初体験。それでも長年夢みていた妄想のいくつかは実現されました。ほとんどビョー的に憧れていた「お馬さんごっこ」と「顔面騎乗」を、当時の女王様は優しくしてくれたのです。何とも夢のような不思議な体験...

 この時の、性的な興奮とは異なるエキサイティングな気持ちが忘れられません。それまでは内なる精神世界だけで描いていたマゾヒズムの願望を、演劇的とはいえ現実に体験することが出来た喜びはひとしおです。セッションの内容的な満足度よりも、何かを成し遂げたという充実感のほうが大きかった。

 なんだか偉そうに聞こえるかもしれませんが、本当に未知なる世界に踏み出したという感激の方が凄く印象に残っています。何しろ十年以上も思い憧れていた世界でしたから。もちろんSM的な感動もあったのでしょうが、そちらのほうはよく覚えていないし、いわゆるSM的には失敗に終わっていたような気がしています。
 
 たかがSMクラブにいったぐらいで、バカだよね、自分。

 でも、いい経験として想い出に残って、ラッキーだったと思うし、この時お相手して下さった女王様には今でも感謝しているのです。
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呼子鳥

ほとどぎす今日はまた、種札に描かれるホトトギスの話をしましょう。

このホトトギスって鳥は面白い習性がある、自分では巣を作らず他の鳥の巣に卵を産み、ちゃっかりその鳥に雛を育てさせるのです。

 蜥(うぐいす)の卵(かいご)の中の時鳥(ほととぎす)

自分の子でありながら自分の子ではないという例えですね。
外つ国の童話にも、醜いアヒルの子なんてのがありましたね。
人間様の感覚からすれば、こんな感じなんでしょうけど、ホトトギスってのは実にちゃっかりもの。
親が親なら子も子、いち早く孵化して(元々巣にあった)他の卵を外に放り出してしまうのです。
爽やかな初夏を告げる鳥の意外な素顔ですね。
この習性は、ホトトギスの属するカッコウ科の鳥に共通するようです。

そうそう、ここで花札に話を戻すなら、藤の札に描かれる鳥は(生物学上の)ホトトギスというよりはカッコウそのものでないかとする説が強いようですね。
もうそうなると、はるか昔より日本では親しまれてきた鳥ということになります。
例によって例のごとく、万葉集は巻八・一四四七、大伴坂上郎女の歌。

  尋常(よのつね)に 聞くは苦しき 呼子鳥 声なつかしき 時にはなりぬ

呼子鳥とは、かっこう、その他鳴き声が人を呼ぶように聞こえる鳥を指します。

それにしても、郎女にかっこうの歌があって良かった、
おかげで、かっこうのかっこう付けができた、

と、この言い回し、



いやいや、なんでこんな間違いをしたのだろう?

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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話せる楽しみもあれば秘める楽しみもある

本稿はまた時事報道から。
数日前であるが、人ごみの交差点でアダルトビデオ撮影をしていた業者が逮捕された。
曰く、「逮捕は覚悟の上だった」と。
心意気かくあるべし、好意的に受け止める。
なんとなれば、この種の営業は「御法度の裏街道をいく渡世」であるべき、なければ面白みがないと思料するからだ。

少し前であるが、『ビニ本』の話を聞く機会があった。
これとて、生きた歴史証言である。
掻い摘めば、昔、銭湯の前や高速道路の脇に、マジックミラーばりの自販機があり100円玉5ついれると、ビニ本と呼ばれていた禁制エロ本が出てきたらしい。
その楽しみはといえば、100円玉5つ持って(人目のない)深夜早朝の自販機に赴き、ようやくのことで入手した本のビニールをはがすまでのところにあったとのことだ。
中身は全然面白くない。そこにいたるまでのハラハラドキドキ感が楽しい…
現在のように、アダルトビデオが駅前の書店に堂々並ぶようでは、この楽しみは味わえはしないだろう、と聞かせれ、さもありなんと納得した。

このように、異性親・男きょうだいと『ビニ本』の話をフランクにする機会を持っている論者であるが、それでも彼らには絶対に話せないこともある。
ああ、異性であるからという理由からではない。異性であろうが同性であろうが、家族であろうが赤の他人であろうが、ともかく他の人間には絶対に話せないという意味だ。

人に話せないのは苦しい?
何でも話せる友達がいないのは寂しい?

とんでもない!
あべこべもいいところだ。
もしこの世に私のことを全て理解している人間などがいたら、それこそ堪ったものではない。

秘める楽しみ…
誰にも話すことが出来ない、少々背徳的な秘密を持つのは楽しいものだ。
至上の喜びといっても過言でなかろう。
"『何でも話せる友達』なるものにさえ話せないこと"をつくる…

述べてきたように、数十年前の少年は『ビニ本』なる埒もないものを使い、実現化した。
その機会を奪い去ってしまったのが近年のアダルトビデオ業者、盛んにメディアに登場し、中にはいっぱしの芸術家文化人を気取る者すらある始末…
それ故裏街道を行くべきと述べた。

もう、ここまで書けば、結論はお分かりであろう?
サディズム、マゾヒズム、フェチシズム、こんなものは、内に秘め他人には公開すべきでないと言いたいわけだ。
奇しくもいつぞやの稿で触れた鬼平犯科帳に登場した老盗・蓑火の喜之助が、大店に仕掛けた盗み仕掛けの残りを冥土へ持っていく楽しみとしたように。

おっと、論者であるか?
このプログその他に書いていることが、『秘密』ではない。
まだまだ秘め事ならある、こんなものではない。短絡的に評価されるのは迷惑だ。
第一、何より。

ネットとは秘密を書くに最も適さない場所なのである。

posted by homer_2006 | サディズムに花束を!


雨上がりと日照りと

たばこ雨そうそう、もうひとつです。
11月・柳(雨)には2種類の動物が登場しますよねえ。
20点札の蛙と10点札の燕、例外的です。
そして、この例外が出来た原因は、明治になって光札の図柄を変えた(元々は番傘だった)ため、話してきました。

今日は、言わば花札新メンバーである蛙の話です。
気持ち悪い姿ながら、どことなく愛嬌があって可愛らしくもある。
僕は好きなほうですね。
それこそ雨の翌日です。
垣根の竹筒のてっぺんに一匹ずつ、小さな青い蛙が入っていて。
ご幼少の頃の僕は、それを観るのが好きで雨を期待したものでしたっけ。

キングサイズの蛙と言えば、ガマですか?
人間を背中に乗せるくらいの大きい。
いやいや、まだまだ「ちいせえ、ちいせえ」
お隣の国・中国の伝説によれば、なんと、月面の大きさ相当の蛙がいるということに。

日本では、月の中でうさぎが餅をついているんですよね。
これが、お隣の国ではヒキガエルがいるってことになっているのです。
まあ、月面の模様が何に見えるかってことなんですけど、これには以下のような逸話があります。
ということで、芒 - 8月 カテゴリ、十五夜お月様の続きの始まり、始まり。


中国の神話。
天の神様、天帝ってのがいるアレななんですけど、あまり知られていないですよねえ。
兎も角、その神話の中に、弓の達人・后笄って人、うーん神かな? がいるんです。
その妻が嫦娥と言いまして、彼女がこのお話のヒロインです。

昔、昔、そのまた昔のある日のこと、突如10の太陽が一度に空に現れたことがありました。当然のこと、大地は荒れ果て海は干上がり、人々は暮らしを立てることすらできなくなりますよねえ。
そこで、后笄の出番…、でいいんですけど、少し前提を話しておかなければならないでしょう。
中国神話における太陽ってのは、天帝の息子たちなんですよねえ。金の烏の姿をしているとも。
日本神話では、ご存知テンテルダイシンで主神である女性神が太陽なんですけど、近くても大分差があるようです。
おっと、息子"たち"と言いました。そうなんです、十人の息子たちが十日一勤の交代勤務をする約定となっていたのですけど、悪戯心を出していっぺんに出てきちゃったわけで。
カラスってのは悪戯好き、これは万国共通のことのようですよねえ。

さてさて話を元に戻しまして、人々の苦しみを見かねた后笄は、やむない仕儀と十本の矢を携え、太陽たちを射落としていくことになるのです。
百発百中の腕ですから、十本の矢があったら全部射落としてしまうことになる、こっそり脇から誰が一本抜いたとか。
后笄が九本の矢を放ち終わった時、天上にはたった一つの太陽だけが残り、地上は平和を取り戻しました。
めでたし、めでたし…

でもいいのですが、天帝にすればです。
九人の息子を殺されてしまったんですよねえ。
理屈では后笄が正しいことは分かる、しかし天帝とて、人の子の親、じゃないよ神…、まあ兎も角、親の情としては割り切れないものがあります。
そこで、后笄夫婦を天上から下界へと追放してしまうのです。

ということで、人間界に落とされた后笄&嫦娥夫婦の、天上界復帰のための苦闘が始まるわけです。
幾星霜、夫婦は西の果に住まう西王母をおとがいます。
この西王母は天帝の娘である仙女とも、或いは母である異形の女神とも。ここでは圧倒的に後者なんですけど。
感じ入った西王母は夫婦に霊薬を与えます。効能書は、こう。

「一人でこれを全部飲めば天に戻ることができる。半分ならば(天上に戻れないものの、天上人と同じ)不老不死になれる」

后笄は一人で飲むことなど微塵も考えませんでした。
嫦娥と分け合って、いつまでも二人仲良く暮らそう、としたのです。
彼女も同意したのですが、
が、なんですよ。
やはり、天界での華やかな生活が恋しくてなりません。
邪心に取り付かれた嫦娥は、夫の留守の日に一人でこれを飲んでしまうのです。

西王母の言葉どおり、彼女は天界を目指してどんどん上っていきます。
と、月のあたりをとおりかかったところで、その身体に異変が。
夫を裏切った報いで嫦娥は醜いヒキガエルの姿になってしまうのです。
そして、そのまま月へと引き付けられ、取り込まれることになったのでした。

中国4000年の歴史、シナニャシオクノタミガイル、ってことで、この神話も色々なバージョンがあるようです。
が、私が読んだのは、これです。
そうそう、テーマにした詩もありますよね。

  李商隱「嫦娥」

 雲母の屏風、燭影沈む。
 長河漸く落ちて、暁星沈む。
 嫦娥は応に悔ゆるべし、霊薬を偸みしを、
 碧海、青天夜夜の心

兎も角、嫦娥が月の女神であることだけは共通のようです。
ですから、醜いヒキガエルではなく、美しい女神として描かれることもありますよ。
ねえ、それに横恋慕したのが、天の川水軍を司る天蓬元帥です。
ある晩の酒席の折、すっかり気分が大きくなった元帥は、嫦娥にセクハラをしてしまいます。
その咎により、下界に追放された天蓬元帥が落ちた先は、なんと折り悪くも雌豚の胎!
ご存知、西遊記は猪八戒のエピソードです。

ま、いずれにせよ、女にはご用心、

と、この言い回し、



新暦の、しかも9月の15日ではしかたないでしょうけど 9/2加筆

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


省略の美学

明治坊主開設以来、このブログを読んで貰っている人には、もうお馴染みでしょう? 今日もまた、 芒 (坊主) の光札です。
花札48枚を、よくよく見てください。
この札のように、バックを塗りきっている札が他にありますか?

そうです。全面塗りは20点坊主だけ、他の47枚は背景を描ききってはおらず、大なれ小なれ白地のまま残しています。
なんで、江戸&明治の絵師たちは、このような構図をしたのでしょうか。
顔料が惜しかったから?
なんか違うような。
所詮は博打打が相手、「あ、それ以前の問題として背景なんて眼中無しだと思うよ、餌に餓えたお犬様達には特に」と考えて手抜きした?
もっと、違いますよねえ。

白地のまま残すことにより、どのような背景を想定するかを見手のイマジネーションに委ねたのだと思います。
いいですよねえ。お仕着せでなく、十人十色。
省略の美学といえるでしょう。
こう、なんていうか、和歌の世界。様々技巧を用いることにより31文字から無限の世界を広げていった、古今調に通じるものを感じます。

一首見ましょう。

   わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ

百人一首20番及び後撰和歌集<恋五・九六一>に録られている、元良親王(モトヨシシンノウ)の歌は情念的ですよねえ。
みをつくし=「澪標」と「身を尽くし」、綺麗な掛詞です。

澪つくし、ありましたよねえ、某国営放送で。
といっても僕は見たことないですけど、ネットでもいろいろなところに出てます。
ついでに言えば、主演・沢口靖子さんは、与謝野晶子と同じ学校の出身、それも当時話題になったとか。

さて、このように雅な「澪」ですが、実際は非常に危険なものです。
そう、水難多発地帯なんですよ。

本稿投稿日付以降、海のレジャーにお出かけになることをお考えの皆さん。
十分ご注意ください。膝の深さがあれば、人は溺れ死ねます。
特に土用を過ぎれば、もう海は秋ですので。

と、この言い回し、



お醤油屋さんの話

を巧みに丸写ししました。

………
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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


6月の花嫁

金時牡丹6月テーマ植物の牡丹、これは随分と大振りな花ですよね。
それだけに存在感がある、それだけに日本情緒には馴染みにくい、ってことで、一番投稿が進まないのですが。
仕方がない、花言葉でも持ち出しましょうか。

 ファイターで逆境でもへこたれない性格。周囲から一目おかれる存在。

正直、僕、花言葉なんてものには関心がなくて今日はじめて見たんですが、ピピッときましたよ。
花言葉の意味も、そして今日書くべき内容も…
いやいや、なんでもない。独り言。

あっと、続けますよ。
この牡丹の花言葉にピッタリのアニメキャラを思い出しましたんで。
某国営放送のアニメ『雪の女王』、主人公の『ゲルダ』です。
放送時間帯が、大河ドラマの直前ってことで、僕も欠かさず観てました。

 ♪〜 信じよう 終わらない 旅はない

なんて。
同じくごらんになっていた方は思い出してください。
そして、「終わらない 旅はな」かった、涙、涙の最終回でしたね。
すんげえ美男美女に成長したカイ&ゲルダの結婚式ノ景で、大円団となりました。
ジューンブライド、6月の花嫁です。

  旅果つる 祝ふ さつきが かぜの花

「その日は6月だというのに風花が舞っていた」
旧暦でいえば五月、っていつもながらのよく分からない句、

と、この言い回しと「いつもながらのよく分からない句」、



雪女郎について詠む ミユ - livedoor ハイクブログ

を丸写ししました。

………
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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


昨日はこどもの日でしたか...

 僕は子供の頃からマゾでした。

 ジョン・K・ノイズの「マゾヒズムの発明」を待つまでもなく、日本でもこの種のアブノーマル願望や性癖の起源に関する考察はしばしば行われていました。例えば1960年代に田沼醜男がマゾヒズムの発生について歴史人類学的なコラムを発表しています。(「奇譚クラブ 」1962年5月号〜マゾヒズム天国〜)
 この人は「顔面騎乗」という言葉も発明したとも伝えられている人で、この時代に精力的な執筆活動をしていました。
 
 彼によると、古代から人類の弱肉強食という闘争の過程から、適者生存の淘汰の原理を引き合いにして、制服された民はその後の数世代にわたって奴隷として生きのびるためのDNAが形成され、支配され屈辱の中で生存する知恵が遺伝的に受け継がれていったという。これが原始的なマゾヒズムの発生というのですが、なんとも説得力がありそうでなさそうな、真面目に書いてるのかジョークなのかはよくわかりません。

 これより少し以前、1952年の風俗奇譚2月号の中、瀧村常次による「サディズム、マゾヒズムは果たして先天的異常性欲か?」という記事ではもう少し学術的・精神医学的な考察がなされていて、ここでは必ずしも先天的なものではなく、後天的な性癖と結論づけられています。

 いずれにしても、マゾヒズムやサディズムという不可解なるものの起源を辿ろうとする試みは、創作活動と同様に継続的になされていたようです。当時の投稿小説などを読めば、こういう性癖を持つ人々の共通の好みや願望は自ずと理解でき、ある種の普遍的なものさえ感じるのですが、一般社会では公に認められない忌まわしい世界というレッテルや偏見が今以上に強いプレッシャーとしてあって、その表現スタイルには独特の抑制が働いているような気もします。

 戦争体験や特殊な事情により倒錯的な異常性癖が身に付いてしまったという場合はともかくとして、平成の平和な時代にもポピュラーな意味でSMが普及し、アンダーグランド感がなくなりつつある現代において、個人におけるマゾヒズムの発生はどのように説明されるのでしょう?
 セックスや性的願望よりも強いリビドーでマゾヒズム願望を満たしてくれる行為に憧れてしまうのは何故なのか。それはいつから始まったのか。わかりやすく言うなら、きっかけはなんだったのだろうか...

 きっかけなどなくても、そうなってしまう世の中なのか、自分を納得させることのできる明解な答を模索しているところです。

 どうでもいいか、そんなこと ^^...

posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!


新宿御苑と防災の日

越後菊さて、月が改まったところで、実日付の投稿をしてみましょう。
考えてみれば、一日の実日付投稿は立ち上げの時以来かな?
念のため繰り返しますが、このブログの投稿日付は記事の一部みたいのもので、原則として実際に寄稿した日付ではありません。
ですから、内容的に順番がいりくることになりますので注意してください。

ということで、花札9月テーマの菊は、かしこきあたりの家紋であることは、記事順では後日になるものの実は前に、何度か話しました。
実際、菊が家紋と定まった明治以降、かしこきあたりのお庭である新宿御苑で盛んに栽培されてたようですよ。
新宿御苑は明治,大正と昭和の前半までを通して日本国皇室の禁園でした。
菊花壇に関して言えば、明治11年(1878)11月16日,赤坂仮皇居に敷設した中菊篠作り花壇が,観菊会における最初のものとされます。
そして大正14年(1925)になりますと、それまで単独の花壇を構成していたものが、一花壇に統合され、やや規模を縮小しました。

なぜ、大正末期に?
2年前の、1923年(大正12年)9月1日午前11時58分、、、

    頬の傷 皺となづめり 震災忌 (菊地龍三)

そうですよねえ。関東大震災の影響です。
これを忘れることなく災害に備えようと制定されたのが、9/1の防災の日ですね。
と言っても、防災の日のことは知っていても、関東大震災のことなどすっかり忘れていたという人も多いのでは?
まあ、龍三の句ではないですけど、体験した方々は、相当高齢になっていますから。
地震の恐ろしさは、関西圏に住まう人に聞かなければ知りえないのかもしれません。

そんな中で、僕が知ってることをひとつ。
意外な事実を述べましょうか。
地震の揺れなどは、高々1分間程度のものです。
ですから、地震「自身」の被害もまた高が知れているということです。
あ、言い方が悪かったかな? 原始時代なら大地震に襲われても今ほどの被害にはならないでしょう、と言えばちょっとは意図が伝わるかな?
火災、構築物倒壊、etc … 地震(災害)というのは、典型的な文明災害なのです。

しかも、関東大震災の八十余年前時とは比べようのない現在の情報網。
これが寸断されたとなったら、どんなデマが飛び交い、どんな二次災害三次災害が起きることか!?

天災は忘れた頃にやってくる、冒頭の句の句意じっくりと噛み締め、くれぐれも怠りないようにしようではありませんか?

と、この言い回し、



実際に体験した親戚衆はとうとう二人だけになってしまいました

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!