花札と歌舞伎と市川昭介と

越後大石番傘11月柳(雨)の20点札。あのお馴染みの小野道風は明治になって採用された図柄で、元々は雨に番傘だった…
前に話しましたね。

では、この番傘を差しているのは?
胴体も顔も描かれていませんが、妖怪変化の類ではありません。
斧定九郎という名の立派な人間です。

斧定九郎とは?
高名な歌舞伎役者ですよ。そう、名場面である"雨の中の浪人"…
うん、やっぱり48枚中、唯一実在の人物の描かれた札だったんですね。

さて、歌舞伎といっても今の感覚で考えては間違います。
大衆芸能として庶民の娯楽であった、当時、江戸時代に戻して考えないと。
そうですねえ。
今の人間が、歌謡曲を聞きカラオケで歌う、こんなあたりをイメージするといいでしょう。
ですから、同じく庶民の娯楽である花札の絵としては、道風よりも定九郎のほうがふさわしかったのかもしれませんね。

歌謡曲…
大物歌謡曲作曲家の訃報が、投稿日付ではなく実日付の方の昨日、9/26に飛び込んできました。
これも因縁でしょうかねえ? 奇しくも前に同じ「雨に番傘」の記事で紹介した市川昭介さんです。
ですから、今日は是非とも市川さんの話題で進めていきたいと思うんです。

伊豆の雨もいいですけど、冬の花・さざんかの宿も旧暦11月に相応しい。
うーん、色々目移りしますけど、やっぱり市川さんといえば、アンコ椿は恋の花ですね、僕的には。
見てみます? いや、曲を聴いて見ましょう。

 アンコ椿は恋の花 

      作詞 星野哲郎   作曲 市川昭介 唄 都はるみ

 三日おくれの 便りをのせて
 船が行く行く 波浮港
 いくら好きでも あなたは遠い
 波の彼方へ いったきり
 あんこ便りは あんこ便りは
 あ・・・・あ 片便り

 三原山から 吹き出す煙
 北へなびけば 思いだす
 惚れちゃならない 都の人に
 よせる思いが 灯ともえて
 あんこ椿は あんこ椿は
 あ・・・・あ すすり泣き

 風にひらひら かすりの裾が
 舞えばはずかし 十六の
 長い黒髪 プッツリ切って
 かえるカモメに たくしたや
 あんこつぼみは あんこつぼみは
 あ・・・・あ 恋の花

昭和39年(1964)、この歌で一躍スターダムにのし上がったのが、都はるみさん。
市川さんの内弟子ですよねえ。
ああ、さわりの部分なら、ここで聞けますか。

そして、詞は星野哲郎さんですよね。
星野さんは、当初あまり乗り気でなかったと聞きます。
ところが、市川さんにこの天才少女を紹介され歌唱を聴くや一発で閃いて、この歌詞(佳詞)を書き上げたといいます。
うん1番だけでなく、2番・3番もいいんだなあ。
 
歌枕を悉く入れているだけじゃない、ちゃんと歌唱者の芸名や年齢 (当時はるみさんは、歌詞どおり本当に16歳。尚、市川昭介作詞作曲『はるみの三度笠』における「笠に隠した19のつぼみ」には若干の誇張があり) まで入れてますよ。
なんていうか、一番から三番までで全体ひとつの物語をつくるとでも言いましょうか。
その証拠に、よく見ると題名「アンコ椿は恋の花」は歌詞のどこにも出てこない。
ねえ、よく見てください。「アンコ便りは片便り」「アンコ椿はすすり泣き」「アンコつぼみは恋の花」
当時はEPレコード容量の制約のため、今みたいな長い歌謡曲を作ることはできませんでした。
その制約がために逆に生まれた『3分ちょっとの大歌劇』です。

そして、そして、何といっても、市川さんの曲&プロデュースですよ。
こんな明るくて元気な「悲恋の歌」が他にありましょうか?
再三お伝えしている万葉集の屈託のない明るさにも似ます。
うん、だからこそ、時間を越えて世代を超えて共感を生み、歌い継がれていくのでしょうね。

明るくて元気な「悲恋の歌」、アンコ椿は恋の花…
それを生んだ市川昭介さんを送るべく、明るいお悔やみにしてみました。合掌。

と、この言い回し、



歩いてったり、泳いでったり、歌って本当に

につい今しがた追加された部分を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


日本の代表産業

越後大石桜さてさて、必ずしも日付と投稿順の一致しない本ブログの12ヶ月をつらつら見渡すに。
常に投稿が進むのが、この3月ですね。しかも、主題である桜の話が殆ど。
はたと考えるに、花札の桜には他のパーツが登場しないんですよ。
花鳥合わせの鳥を始めとする動物もいませんし、それらしき背景もないし。

そうですよねえ。
短冊札の「みよしの」、光札の幔幕、いずれも桜を引き立てる小道具以上にはなりえません。
これもまた偏に、桜が日本人に愛されているということを如実に示していると言えるでしょう。
とは言いましても、折角の20点札に描かれている小道具です。今日はこの幔幕で話をすすめることとしますか。

幔幕… 幕… 機織物…
これもまた、日本の象徴と呼ぶににふさわしいといえましょう。
いつか話しましたっけか? わが国においては古く万葉の昔から、すでに織物産業が盛んでしたよねえ。その担い手は女性。
そして、遥か遥か時間を経過した明治の世、始めて本格的な国際舞台に登場した日本の勝負球も、この織物でした。

     天窓に 更待月や 休め機 (大島広子)

ここでの担い手も女性であったことは言うまでもないでしょう。
ああ野麦峠、而して富国強兵は進む、女工たちの歴史を忘れてはなりません。

ところが、これもまた言うまでもありません。
そう、千年以上もの間、日本を代表する作業であった繊維産業は、その後急速に廃れるのです。
豊田織機が、トヨタ自動車に…

それもまた、今は昔ですか?
しかし今もって自動車が、代表産業であることは否めないことでしょう。
一方…

ご存知のとおり、相も変わらず痛ましい自動車事故が起こり続けています。
昨日もまた幼い命が犠牲になったことに胸が痛みんでたまりません。
なくなった方のご冥福をお祈りするとともに、怪我をされた方の一日も早いご回復を祈念いたします。

と同時にです。
飲酒運転の報道あたりを聞く限り事故とは言い難い、これが事故で片付けられてしまうことに大いに憤りを感じます。
りっぱな人殺しですよ、これ!

もちろん容疑者が一番悪いことには論はありません。
ただ、一人を悪者にしてめでたしめでたし、これでいいのでしょうか?

背景にある社会的要因?
それもあるでしょう。
いろいろ対策も練られてますね、高速道路や深夜における自販機酒類の販売禁止とか、運転中の携帯電話使用に対する罰則新設とか。

でも、ちょっと待ってください。
なんかおかしくありませんか?
アルコール水やケータイでは人は死にません。(アル中死だの電磁波によるペースメーカー誤作動だのと超越的反論するのは堪忍してくださいよ)
事故と云う名をかりて、人を殺してるのは時速数十〜百数十kmのスピードで突っ走ってくる鉄の塊でしょうが!?

なぜ、自動車構造の安全性見直しの世論にならないんでしょう?
僕はそれがどうにも理解できません。

かつて20世紀の人たちは色々と21世紀未来都市像を思い描きました。
手塚治虫さんの漫画などを総合すれば、21世紀の道路には無騒音無排気、人や物に近づくと自動的に止まるエアカーが走っていることになってます。
しかるに現況はどうですか?
本質的には20世紀と変わりなし。相も変わらぬガソリン車が、騒音と粉塵と窒素酸化物の屁を撒き散らしながら、年間万近くの死人の山を積み上げてます。
20世紀後半の科学は、重厚長大を嫌い軽小短薄に特化して進歩した…

そんな中、昨年自動車メーカーは過去最高益を更新したとか。
欧米流の合理経営を導入したのが一因ですか?
結構なことです。利潤を追求しない企業など罪悪以外の何物でもありません。
経営陣とて、もたもたしてたら首を切られる。道理といえば道理ですか。

しかし、ですよ。
それで天下百年の計に基づいた経営ができるのでしょうか?

自動車メーカー経営の方に是非お伺いしたい。
運転席付近にアルコール気や電磁波を感知したらエンジンが掛からなくなるような構造にすることは技術上可能ですか?
いや、できなくても「やれ」の世界ですよ。「ひとりの命は地球より重い」ですから。

と、この言い回し、



また痛ましい『事故』が…

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



【おまけ】
タグ:桜に幔幕 自販機 織物産業 井沢英行 豊田織機 携帯電話 20世紀後半の科学は、重厚長大を嫌い軽小短薄に特化して進歩した エアカー 容疑者 社会的要因 事故と云う名をかりて、人を殺してるのは時速数十〜百数十kmのスピードで突っ走ってくる鉄の塊 万葉 機織物 天窓に 更待月や 休め機 りっぱな人殺し 女性 繊維産業 小道具 チキチキバンバン 光札 大島広子 ああ野麦峠 20点札 トヨタ みよしの 運転席付近にアルコール気や電磁波を感知したらエンジンが掛からなくなるような構造 自動車 手塚治虫 織物 短冊札 トヨタ自動車 自動車構造の安全性見直し 富国強兵 花鳥合わせ 幔幕 女工 自動車事故 相も変わらぬガソリン車が、騒音と粉塵と窒素酸化物の屁を撒き散らしながら、年間万近くの死人の山を積み上げてます 21世紀未来都市像 今林大 ひとりの命は地球より重い 3月 大石天狗堂 越後花 越後 http://blog.goo.ne.jp/homer-2006 パクリ 花札 ミユ様 マゾヒズム マゾヒズムに花札を! 目指せ!! 平成の女蜀山人! イアン・フレミング シャーマン兄弟 Vlog 細井和喜蔵 女工哀史 張富士夫 ケン・スミス カルロス・ゴーン 忘らるる 身をば思へば 近(ちか)済まし 人の命は 惜しくもないかな ディック・ヴァン・ダイク
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長谷寺 (はせでら)

大石明治牡丹今日は少し趣向を変えて、西国札所巡りといきましょう。

花札6月は牡丹の月、その牡丹の名所といえば何といっても長谷寺でしょう。
真言宗豊山派総本山は、別名花の寺というくらいに四季の花々に囲まれた名刹です。
他の花なら別のところにもあり、ただ牡丹というのは日本ではあまりポピュラーではない、ということで牡丹の名所と称えられるわけです。
こんな感じやら、あんな感じやら…

そして、もうひとつの見所が、初瀬観音。
そうですよねえ、恋を叶えてくれるということで、11世紀ごろから、観音霊験が広まり. 女性の信奉をあつめたんですよねえ。
初瀬参りですか。
いやいや、女性限定にあらずですぞ。
ということで、百人一首74番、源俊頼の歌を。

   憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを

えーっと、札と朗詠にご注目等ください。
五七五七七の3番目が「やまおろし」となってますよね。
そうなんです。千載和歌集<恋二・七○七>にあった元歌はこのように原則どおりの5音だったんです。

それを抄録の折に、「よ」を加えて敢えて6音にしたのが撰者の定家。
それによって、初瀬の山から吹きおろす嵐になぞらえた思い人の薄情さがいかほどばかり激しいものであったかが、より一層引き立ったわけです。
つまり、ここは5音でなく6音でなければならない、

と、この言い回し、



そろそろ退屈の虫が…

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
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花札と日の丸

立体松さて、とかくアンダーグラウンドなイメージのある花札を話し続けている本ブログです。
長いこと博打に利用されてきた歴史のために、残念ながら容易には払拭できる、このマイナスイメージではありません。

しかし、考えてみてください。
何事も金を賭けることが悪いのであって、花札にはなんの罪もないでしょう?
何度でも繰り返しましょう。
四季折々の花々を描いた、この美しいカルタのどこが悪いのでしょうか?

日本の四季折々の花々…
ここで、"とある歌"の2番の歌詞をみてみましょうか。

 二、
  梅に桜にまた菊に
  いつも掲げた日の丸の
  光仰いだ故郷(くに)の家
  忠と考とをその門で
  誓って伸びた健男児

"とある歌"などともったいをつけましたけど、タイトルにつけてましたか。日の丸行進曲です。
梅、桜、菊、花札に描かれた植物が出てきました。
そして、花札と同じく無実の罪を着せられている日の丸が。

まあ、「英検万年落第生のくせに」と陰口を叩かれそうですけど、言いましょう。
僕は国際人を目指しています。
国際人とはどんな人のことか?
前にも少しいいましたけど、誰よりも自国のことをよく知っている人間のことだと思います。
いや、言い切りましょう。
誰よりも自国のことをよく知っていて、それを他国の人々に紹介できる人間こそが、国際人です。
そして、誰よりも自国を愛している人が。
実用英検などという小手先の技能でこそ遅れをとるものの、変態マゾ男などという健男児からは程遠い男の風上にも置けないようなクズであっても、そしてパクリ常習犯というネット社会のダニであっても、自国を愛するこころ、この一点だけは人には遅れをとらないつもりの僕です。

何か、日本国旗「日の丸」を見るだけで、精神的苦痛をうける人たちがいるそうですね。
年配の方? 戦友が日の丸の旗を抱きながら、目の前で死んだのを思い出して耐えられない?
うーん、若輩者の僕に失礼なことを言わせて貰えるのなら。
それは、日の丸の罪ではありませんでしょう? 全ては戦争のために…

と、このような、まともな感想を述べられないような現実事象に遭遇しました。
例の「国旗国歌訴訟」・東京地裁判決です。
いや、あまりの現実離れした判決に、暫く放心してしまいましたよ。

原告401人の主張、というよりなんて言ったらいいのかな? 「日の丸を見たり君が代を聞いたりすると精神的苦痛を受ける」というやつですよ。
到底これが本音とは思えませんけど、一応は当人の言ですから、それに沿って書くことにしましょう。

気の毒ですね、この人たち。この一言に尽きます。
そうでしょう?
例えば国技相撲、例えばオリンピック・ワールドカップ、これらは一切観る事ができないんですから。
今回の勝訴を請けて、こんなものを放映するテレビジョンにも慰謝料請求をしたらいかがかと思います。

何よりも気の毒だと思うのは、苦痛で堪らない日の丸&君が代を避けることのできない職業についていることです。
一体何を考えて職業選択をしたことか?
漆かぶれの塗り物職人みたいなものですね。
うん、菜食主義者の肉屋ならいい、肉屋が菜食主義だって構わないことだ。ただ、漆にかぶれる体質の人が塗り物職人をやったとなったら、自分の体を壊してしまうことになる、と言ってるのです。
それこそ憲法で、職業選択の自由が保障されてます。今からでも遅くない、是が非にも、避けて通れる職業へと転職することでしょうね。

1994年ノルウェー・リレハンメルの冬季オリンピックノルディック複合団体。
追いすがる地元ノルウェー以下に大差をつけ、真っ先に競技場に戻ってきたのは、わが日本でした。
日の丸を大きく打ち振りながらゴールしたアンカー荻原健司選手…
そして、自国の誇りであるノルウェー国旗を打ち振り、この覇者に最大級の賛辞を贈った競技場観衆…
あのときの感動は、生涯忘れられるものではありません。

これを逆に、苦痛と感じる(と言い放つ)401人の教職者たち…
自分の国を愛せないようでは、如何なる国も、如何なる政治体制も、そして如何なる組織も、ひいては何よりも自分自身をも愛することはできないでしょう。

と、この言い回し、



第二次世界大戦欧州戦線終結60年の今日に  2006/9/23加筆

を丸写ししました。

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………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

タグ:当然都は控訴 控訴 目指せ!! 平成の女蜀山人! マゾヒズムに花札を! マゾヒズム ミユ様 パクリ http://blog.goo.ne.jp/homer-2006 花札 君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて こけのむすまで 君が代 日の丸 日章旗 日本国旗 日本国歌 国歌 国旗 難波孝一 起立 斉唱 東京都教育委員会 教育基本法 401人 401人の狂育者 禄盗人・ 難波孝一 石原慎太郎 精神的苦痛 国旗国歌法 憲法 はき違えられた「言論の自由」に一石を投じます 尽忠報国の士・堀米正広さんを犬死させてはなりません ミ ユ の 掲 示 板 サディズムに花束を! 「BlogPeople」(「トラックバック・ピープル」)なるところの不可解な行動について ミ ユ の 掲 示 板 (したらば) ミユ - livedoor ハイクブログ 401匹の赤い蛆虫 アンダーグラウンド 博打 四季折々 四季折々の花々 カルタ 日の丸行進曲 梅に桜にまた菊に 英検 国際人 実用英検 変態マゾ男 男の風上にも置けない 男の風上にも置けない変態マゾ男 パクリ常習犯 ネット社会のダニ ネット社会のダニ・番頭グループ 番頭グループ 戦友 有本憲次 細川武夫 母の背中にちいさい手で. 振ったあの日の日の丸の. 遠いほのかな思い出が. 胸にもえたつ愛国の. 血潮の中にまだ残る. 東京日日・大阪毎日新聞社懸賞募集当選歌 東京地裁判決 都教育長通達 国旗国歌訴訟 あまりの現実離れした判決 原告401人 原告401人はただただ気の毒な人たち 相撲 国技相撲 オリンピック ワールドカップ 勝訴 何よりも気の毒だと思うのは、苦痛で堪らない日の丸&君が代を避けることのできない職業についていること 漆かぶれの塗り物職人 菜食主義者の肉屋 菜食主義者の肉屋ならいいが漆かぶれの塗り物職人は体を壊す 職業選択の自由 ノルウェー 冬季五輪 林広守 リレハンメル ノルディック複合 ノルディック複合団体 荻原健司 自国の誇りであるノルウェー国旗 自分の国を愛せないようでは、如何なる国も、如何なる政治体制も、そして如何なる組織をも愛することはできない 第二次世界大戦欧州戦線終結60年の今日に  1994年冬季五輪 花札と同じく無実の罪を着せられている日の丸 五輪2連覇 金メダル 阿部雅司 河野孝典 テレビジョン テレビ TV 慰謝料請求 慰謝料 TV放映 根津公子 事実は漫画よりもマンガ的なり
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百円札

大連菊さて本日は、このブログでは例外、リアルタイム投稿でいきましょう。
菊に盃、9月の種札は、カス札とみなすことができる…
投稿日付の差以上の過日、話題にしました。
その後色々調べてみるに。

柳(雨)の方の同種例外規定は確立されているようなんですが、菊10点札の例外規定はあまり目にすることがありません。
でも、あるにはあるんですよ。実際はっきり示された記述も目にします。
これもまた、地方によってルールが違っていたことを如実に現す事実といえるでしょう。
そうです。朝鮮半島や、遠く大陸は大連の地でまで遊ばれていた花札です。

ブローバンド時代の今日では考えられない、情報の地域格差ですか?
でもね、いいじゃないですか。
こうして日常楽しんでいる花札が、また知らない遠くの土地で違ったルールで遊ばれているのかもしれない、
と思い抱くこともまた、夢があってよいものです。

そうそう。「とっておきの話を」
僕、九州地方では今でも百円札が流通しているものと思ってたんですよ。
「確かに昔、百円札から百円硬貨への切り替えのとき、九州地方はあとになったという話は聞いているが。そこらあたりの混乱情報じゃないのか?」
と、笑われて赤面、、、

と、この言い回し、



ミ ユ の 掲 示 板  7月 3日(日)12時39分27秒

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

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梅の便りが届くころ

大二毎年、梅の便りが届くころになると、自営者の皆さんには年中行事が訪れますよね。
そうです。今日は所得税等の確定申告受付開始日でした。
…なーんて、このブログの特色、実際は違う日に書いてるんですけどね。
でもでも、2/16リアルタイムで、話題にしたこともありますよ。どこだったかなあ? 探してみてください。

花札の歴史を見てみると、意外なことに税金との関係を見つけることができます。
あんまり、いい歴史じゃないんですけどね。
投稿日付ではあとになりますが以前、「花札は禁止しようとする江戸幕府と庶民とのシーソーゲームで完成していった」と話しましたでしょう?
博打に利用されますからねえ。為政者は禁じる方向に走ります。その代表格が、あの田沼意次でした。

で、明治維新。
御世は変われど、庶民はやっぱり庶民。博打をやりたがりますよ。
明治政府もまた、対策を講じなければならない。
そこで、利用したのが税金です。
花札に消費税をかけたんですよ。おっと、ここでいうとこの消費税とは、もっと広い意味の消費税ですよ。
ややこしかったら、製造段階に間接税を課したと読んでください。
まあ、効果は覿面で花札消費は著しく落ち込み、地方札のほとんどは廃れてしまいました。

トランプ税というのが、現在の消費税が導入される平成まで残っていたのはなごりといえますね。
税は税でも間接税、政策意図で課される意図の税金でした。
もうひとついうなら、どうも現在でも税制は、財政という政策視点で論じられることが多すぎますよねえ。
それもまた、歳出入の見地からばかり。
いけません。
課税の一番大元である、公平性というのが見落とされています。
まあ、その点については、税を考える週間になったら、ゆっくり話すとして、今日のところは確定申告受付開始のアナウンスとすることにしましょう。

さて、税ですね。
学校の歴史の授業では、意外に初期の時期に習うところに登場しますよねえ。なんと「大化の改新」あたりに。
「大化の改新」以降、唐に倣った律令国家体制がつくられ、「租庸調」と呼ばれる日本最古の税制度が確立しました。
「祖」は稲 の物納、「庸」は勤労奉仕、「調」は地方の特産物の上納を指します。

   多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの児の ここだかなしき

お馴染み万葉集・卷十四-三三七三、東歌。
これもまた、作業歌ですな。
さらさら流れる水と、さらさらの布のイメージを重ねた歌で東歌の代表作の一つです。

武蔵野の南部を流れる多摩川べりでは、税として納める手作りの麻布づくりが盛んでした。布を清流で白くさらすのは、女性の仕事だったようです。現在も布づくりにちなんだ調布市や田園調布という地名が残されています。

と、この言い回し、



↓ 少々図に乗りすぎ


を、その趣旨に従った形で丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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メイド検定

 英検1級に挑戦し続けているので、検定という言葉になんとなく弱い僕なのですが、こんな検定が登場しましたね。
メイドさんの能力向上を目的としているそうですけど、なかなかよいアイデアだと思います。

 メイド喫茶は秋葉原だけでなく日本全国のあちこちに出現しつつあり、最近は台湾や韓国にも類似店が誕生しているんだとか。日本では半分冗談みたいなメイドカルチャーですが、そもそもは19世紀の英国ビクトリア朝時代には働く女性の職業として定着していた由緒正しい歴史があるわけで、そうした背景のもと、新しいコミュニケーション産業としてのポジションを獲得しつつあるのかなという印象ではあります。

 メイド喫茶で働く従業員の中には

「奉仕精神に憧れてメイド服を着た」

という女の子もいるそうで、人材的には今の世の中では希少価値的存在。変態マゾ男の分際で僭越とは思いつつ、メイド文化普及促進を願っております。

 これから当然の成り行きとして、マゾヒストの僕としては「奴隷検定」とかいう世界を連想しちゃいますね。そのためには、「奴隷喫茶」のようなものが必要となる。
よく「奴隷喫茶」というと「人妻奴隷喫茶」みたいに、やっぱりこの世界の常としてお客が男という設定になりがちだと思われますが、そうではなくて、執事喫茶のように女性がお客様として行き、従業員は全てM男性でお客に奉仕するというもの。そういう場所で働くM男の技能検定を開発しなければならない。しかしこうなると「ミストレス喫茶」という名称のほうがわかりやすいか?
 奴隷喫茶というネーミングだとM男が客として行く場所となり、従業員の女性は女王様として振る舞い、客が金を払って奉仕するというSMクラブみたいなものになってしまうのかも。

 そうじゃなくて、女性客が店に入ってきたら、

「お帰りなさいませ、女王様」

とお迎えするわけ。

 女性客が席に着いたなら、直ちに土下座して脚または履いている靴にキスをする。そして鞭を手渡して打ってもらう。

「お許し下さい女王様」

などと言って今度はメニューを手渡してコースを選んでもらうわけよ。こうなると、やっぱ「ミストレスカフェ」(すでにサイト名としてはあるけど)とか女王様喫茶になりますかね。だけど、僕としては「奴隷喫茶」という響きに何故か萌えてしまう。

 まあ、名前的にはどちらがどっちでもいいけど、あまり現実味はないですかね。あったとしても商売にはならないでしょう。マニアックな趣味の世界で終わりそうですが、まだ前例がないだけにビジネスチャンスはあるかも? 

 誰かやってくれませんかね〜。
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三ぜんの 膳を二膳に へらすとも

三太花札3月は桜。
今日は、カブの話をしましょう。
各月に跨って順不同に話題にしている、独特の数の数え方。3は何というのでしょうか?

答え、三寸又は三太。
三寸は胸先三寸としまして、ここでは三太に注目しましょうか。
サクラ、サンガツ、サンタ、と綺麗に頭韻がそろうのはいいとしても、どうも三太はマイナスイメージがありますよねえ。
そうです。三太郎。アレですよ。

調べてみても、概ねそれで正解です。
愚鈍な者をいうこの擬人名は、そもそもは丁稚・小僧の通称だったようですね。
丁稚小僧… 今で言えば、小学生の年齢です。
江戸時代は、彼らにOJTを施して働かせなければならなかったんですよ。
直属上司である手代あたりが、しびれを切らしている様が目に浮かびますでしょう?
バカの代名詞になったのも、至極もっともといえますね。

それが、娯楽であるおいちょかぶにも転用されるようになったわけです。
3月はスコアとしては、可也低いほうの部類ですから。

ところで、この三太という言葉には、もうひとつ別の意味がありまして。

> 人に世辞を言ったりへつらったりすること。
> 「請出さうと言うたらば三太もしさうな物が」〈浮世草子・傾城禁短気・一〉

これは、面白い。今で言うところのゴマスリということですか。
正確に言えば、昭和経済成長期の流行語でいえばゴマスリ、ですね。
英検万年落第生の英語力をひけらかせば、anal-kisser (米俗語) と同義です。

ま、ま、ともかく、花札完成期の江戸時代にも、ゴマスリがいたことは、別の文献からも検証できます。

 三ぜんの 膳を二膳に へらすとも 御膳御膳と へつらふは嫌

俳人・村田了阿の狂歌です。
了阿センセー、三太をバカに仕切ってるではあーりませんか。
ええ、ええ、激しく同意でございますよ。

ゴマスリなんぞ、死んじまえ!

とはいうものの、まあ、こうしてブログで活動する僕ですから、運営会社の規約には従うのが定めです。
もちろん納得して会員になったのですから、これを守ります。
絶対に破らないと誓ってもいい、いいのですが絶対とは言い切れないのです。
理由はなんとなくお分かりでしょう? 
そう、どこも判で押したように「他の利用者云々」の一項があるからです。

まー、ネット人 といいましても色々な方がいらっしゃいまして。
一言でも否定的なことを言おうものなら「誹謗中傷」だと喚きだす、甚だしくはベンチャラ・ゴマすりをしないものは全部「荒らし」なるものだとおっしゃる方も見てきました。
否定はしません。ご本人が「誹謗中傷」だと受け取ったなら間違いなくそうなんでしょうし、正当な権利を有するサイト等の運営者が「荒らし」「迷惑行為」だと思うのなら、それは覆しようがありませんから。

ただ、そんなことに対する責任は負いかねます。
どうぞご自由に、「常習的に誹謗中傷をして回る者」「掲示板荒らし」のレッテルをお貼りください。
ネット人として何よりも不名誉なことは投稿を削除されること? 僕はそんな感覚は微塵も持ち合わせていませんから。

ここで、頂けそうな助言がありますよね?
そんなところには近づかなければよい、ですか?
うーん、半分は素直に頂戴しますが。

あまたのネット情報の大半は、自分にとって全く縁のないもの、毒にも薬にもならないと云った方がいいかな。
その中から、数少ない(自分にとって)有用なものを探していくことになります。
無駄手間は出来ませんよねえ、時間は有限です。
さあ、その中で(自分にとって)有害なものを見つけたらどうしますか? ホントに「スルーがきち」と考えてる?
半分しか助言を頂戴しなかった理由はそこなんです。

まあ理屈を言えば、ものの効用には負の概念があり、ということになりますか。
貴重な原価を払ってても取り除かなければいけない、有害な情報というものもあるのです。
具体的に言えば、僕は有益な情報のほかにも有害な情報にも反応する、だから摩擦もありうるということです。

おっと、脱線がひどくなりすぎ、もとに戻します。
どこかで「人から可愛がって貰うより自己主張するほうを優先する」と発言し、また他人の感情なんかにかまってられるか」のチャーチル金言をご紹介しました。
ここでこれを再提示する次第です。

まあ、(他所)掲示板投稿を管理人権限削除されたおりも、「消しやがったか、○はっ!」で済ましてしまうこと度々の僕です。
もし、このブログが削除されてしまっても、酷くはそれが原因でプロバイダ契約破棄までに発展したとしても、「あ○っ!」の一言でしょうね。
書いたことが、意図どおりに伝わっていたとしたなら。
そうそう。これは家族総員同意済み、ですよ。

たかがネット、別にこれがなくなってもどうということはないじゃないですか?
自分の思うところをより多くの人に読んでもらおうとしないネット人など社会悪以外のなにものでもない、如何ですか?

と、この言い回し、



緊急大演説!!!!!


を丸写ししました。
待った、待った!
えー、江戸時代の手代も大変だったんですねえ。
今も昔も同じ、下級管理職の悲哀を感じさせます。
上と下との板ばさみ…
番頭にはエバられ、三太には悩まされ、、、

三太で苦労するから、サンタクロース、あはっ!…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


真間の井 見れば

手書き菖蒲5月菖蒲の種札は菖蒲に八橋、花札48枚中唯一地名が入った札であるということは前に話題にしました。
地名が入っている、これを考えてみれば旅人視点、都人が異郷を旅したときに感じた旅情の絵柄と言い換えることができます。

48枚中唯一の旅情風景…
となれば、伊勢物語の平安よりも更に上代へと思いは広がります。
今日は、万葉時代の歌枕、水の名勝をおとがって見ましょう。

 鶏(とり)が鳴く 東(あづま)の国に いにしへに ありけることと 今までに 絶えず言ひける 勝鹿(かつしか)の 真間の手児名(てごな)が 麻衣(あさぎぬ)に 青衿(あをくび)着け ひたさ麻(を)を 裳(も)には織り着て 髪だにも 掻(か)きは梳(けづ)らず 沓(くつ)をだに はかず行けども 錦綾(にしきあや)の 中に包める 斎(いは)ひ子も 妹にしかめや 望月(もちづき)の 足れる面(おも)わに 花のごと 笑み立てれば 夏虫の火に入るがごと 港(みなと)入りに 舟漕ぐごとく 行きかぐれ 人の言ふ時 いくばくも 生けらじものを 何すとか 身をたな知りて 波の音の 騒く港の 奥城(おくつき)に 妹が臥(こ)やせる 遠き代(よ)に ありけることを 昨日(きのふ)しも 見けむがごとも 思ほゆるかも (巻九、一八〇七)

反歌

 勝鹿(かつしか)の真間の井(ゐ)見れば立ち平(なら)し 水汲ましけむ 手児名(てごな)し思ほゆ (巻九、一八〇八)

あまりにも有名な高橋虫麻呂の歌ですね。
僕もいつか記事にしようと考え、実際に散策したり下調べしたりしてたんですけど。
いざ記事にしようとしたら、もう記事としてwebに存在してましたよ。
せっかくですから、いただいちゃいましょうか。




 ■真間の手古奈のはなし 
 このあたりではわりとメジャーな伝説。
 万葉歌人も歌に詠んだほどなので相当昔のこと(記紀神話時代か?)、真間と呼ばれる(今でも呼ばれる)場所に美しい少女が住んでいた。
 名前を手古奈と言い、貧しい暮らしをしながらもその美しさが損なわれることはなかったという。
 彼女が毎日水汲みに来た井戸は「手古奈の井戸」として今でも残っている。
 さて年頃になった手古奈は、当然年頃の男たちからの求愛を受けることになるのだが、まあもちろん取るか取られるかのデスマッチで、手古奈はその男たちのいさかいを大変心苦しく思い、「私がいるから、あのようなことになるのだわ」と思いつめて真間の入り江で入水自殺をしてしまったそうな。

 かぐや姫と違って入手困難(ていうか不可能)な物品を要求しないあたりが育ちの慎ましさとも言えるが、「私の美しさって罪」みたいなナルシストっぽさというか、「私のために争わないで」的な発想で自殺するあたりが、まあ奇妙っちゃ奇妙な話である。
 ちなみに兄上の意向で日本全国ほぼ平定を命ぜられていたヤマトタケルノミコト(日本武尊)も惚れていたという噂。

 同県内にミコトとミコトの妃であるオトタチバナヒメ(弟橘比売)が東へ向かうため相模湾あたりから船で同行していた時に、海の神が行く手を阻んだので、ヒメが「わたくしがミコトのかわりに海へ入りましょう」と菅の畳皮の畳衣の畳それぞれ8枚ずつ敷いて(もうこれで沈みそうな気がするが)海へ入って、海の神の怒りを鎮めたのでミコトは無事県内に着くことが出来、ヒメの着物の袖が流れ着いた場所を「袖ヶ浦」、布を敷いて身を投じたので「布流津(ふるつ)」→「富津(ふっつ)」になったとも言われており、ミコトは妃を失った悲しみから、その場所からしばらく立ち去ろうとしなかったため、「君去らず」→「木更津」という地名の由来になっている。
 これは県内東京湾沿岸の話ですが、そこから東へ行くと真間なのです。妃を失ったばっかりでもう新しい娘に気を取られるとは、なんとも…。
 しかし今ではすっかり「入り江」も埋め立てられて、海は遥か彼方となっております。
 
 ■別の「手古奈」伝説。
 手古奈が絶世の美女であったのは同じ設定。
 ただこちらの手古奈は母を早くに亡くし、継母に苛められて暮らしていたそうな。しかし健気な手古奈はそれにも耐え、唯一真水の出る井戸に手古奈は毎日水汲みに行っていた。
 ただやはり美女である手古奈を口説きに男が家の周りをうろつき、継母は手古奈が手引きした泥棒と思って手古奈を折檻して追い回し、手古奈は逃げに逃げて真間の入り江に飛び込んだ…というもの。
 …「継子いじめ」という言葉は『真間』から来ているのではないかという言葉の由来。
 
 ちなみにその後、どちらの場合も行基という徳の高いお坊さん(この人は全国各地どこでも出現する人だ)がやってきて、手古奈の霊を慰めるべくお寺を「求法寺」と名づけて建立し、その後また弘法大師(こちらも全国各地神出鬼没ですが)がそのお寺を訪ねてきてしばらく滞在したので「弘法寺」となり、今なお「弘法寺」としてお寺が残っています。
その後日蓮上人も来ておりまして、お寺は日蓮宗となっております。

 真間山弘法寺ホームページ
 …なんつーか、寺っぽくない明るい感じのサイトです。
 なんとなく若い坊さんが作らされた感のある……。色々あっていちおう日蓮宗。
 境内には涙石という、常に濡れている石がある。
 これは日光東照宮の造営に使うべき石をこのお寺の石段に使ってしまって、幕府に責任を問われてその石段の石の上で割腹した鈴木修理長頼の血と涙で濡れているのだとか。
 …ていうか使うなよこんな石段に東照宮の石を!(と、私なんぞは思うのですが)しかもその石の上で割腹するか?(と思うのですが。)
 この石の写真がホームページで見れます。…確かに少し湿ってそう。

■万葉集と手古奈
「万葉集」は日本最古の歌集で、皇族から下々の者が詠んだ歌まで、あらゆる分野の、そして全国からの歌が集められているものとして、名前を知らない人はいないだろう。編纂が終わったのは759年のことであるが、「真間の手古奈」もこの歌集の中に収められている。これがなかったら現在まで「真間の手古奈」の伝説は残らなかっただろうとも言われています。万葉集バンザイ。
有名なのは山部赤人(やまべのあかひと)の歌で、彼は都の下級官吏であったが、生まれは現在の千葉県山武郡あたりらしい。
彼の有名な歌は「田児の浦ゆうち出でて見れば真白にそ 不尽(富士)の高嶺に雪は降りける」だが、これも現在の駿河湾に面した静岡県の「田子の浦」ではなく、房総半島の鋸南町田子台から見た景色を歌ったもの、とも言われています。真相はわかりません。
さて手古奈の山部赤人の歌。
この頃の、というか本来歌は「問」に対する「返歌」として歌われるものなので、まず「問掛け」のほうから記述してみる。なお、「万葉集」はすべて漢文で書かれているため、読みやすいように上記のように古文形式に変換しておく。意味も間違ってたらごめんなさい〜(-_-;)←一応大学では日本語が専攻だった人のセリフとは思えん…。

古(いにしえ)にありけむ人の倭文幡(しずはた)の帯解き交へて臥屋(ふせや)建て 妻問ひしけむ勝鹿(かつしか)の真間の手児名が奥つ城を こことは聞けど真木の葉や茂りたるらむ松が根や 遠く久しき言のみも名のみも我は忘らえなくに
 意味:「昔、男が織物を揃えて結婚の準備をし、小さい新居を建てて求婚をしたという、葛飾の真間の手児奈の墓はここだと聞くが、真木の葉が茂っているせいだろうか、松の根が長く伸びているように時が経ったからであろうか、その墓は見えないが、手児奈の話だけでも、名前だけでも、私はいつまでも忘れられないだろう」
<注釈>倭文幡というのは日本古来の織物のことで、中国から入ってきた唐織に対する言葉として使われるとのこと。また「帯解き交へて」は「共寝をする」、要するに夫婦になるという意味。

(これに対する返歌二首)
葛飾の真間の入り江にうちなびく玉藻刈りけむ手児奈し思ほゆ
 意味:「葛飾の真間の入り江を見れば、そこにうちなびく玉藻を刈る手児奈を思い出されるることよ」
我も見つ人にも告げむ勝鹿(かつしか)の真間の手児名が奥つ城ところ
 意味:「私も見た、人にも教えよう、葛飾の真間の手児奈の墓の場所を」

もうひとり、常陸守となった藤原宇合(ふじわらのうまかい)の配下として都から関東へやってきた、高橋虫麻呂という人も、使者として房総各地を見回りながら、このあたりに来た時に手古奈の話を聞き、歌を作ったものが残ってます。
この人は「高橋虫麻呂歌集」という自分の歌集も作っちゃうような人でした。

鶏(とり)が鳴く 東(あづま)の国に古(いにしえ)に ありけることと今までに絶えず言ひける 勝鹿(かつしか)の真間の手児名が麻衣(あさぎぬ)に青衿(あをくび)着け 直(ひた)さ麻(を)を裳には織り着て 髪だにも掻きは梳(いえづ)らず 履(くつ)をだにはかず行けども 錦綾(きぬぎぬ)の中に包める斎(いは)ひ子も 妹(いも)にしかめや望月の足れる面(おも)わに 花のごと笑みて立てれば夏虫の火に入るがごと水門(みなと)入りに 船榜(こ)ぐごとく行きかぐれ人の言ふ時いくばくも生けらじものを 何すとか 身をたな知りて 波の音(おと)の騒く湊の奥城(おくつき)に妹が臥(こ)やせる遠き代にありけることを 昨日しも見けむがごとも 思ほゆるかも
 意味:「朝日の昇る東の国に、昔からあったことだよと今まで絶えず言い伝えられてきた葛飾の真間の手児奈は、粗末な麻の衣服をつけ、履物さえ履かずにいるのだが、錦や綾に包まれて大切に育てられた都のどんな女たちよりも、満月のような麗しい顔立ちに花のような笑みを浮かべる手児奈の美しさにはかなわない。虫が火にはいるごとく、船が港に入るごとく、男がこぞって求婚するのを、人の盛りは長く続くものではない、と思っていた手児奈は波音高い入り江に入って死んでしまい、その墓はこの港のそばにあると昔の時代のことにあったというが、まるで昨日見てきたことのように思えることよ」

(これに対する返歌)
勝鹿(かつしか)の真間の井を見れば立ち平(なら)し水汲ましけむ手児奈し思ほゆ
 意味:「葛飾の真間の井戸を見れば、ここで水を汲んだという手児奈を思い出すものだ」

…高橋虫麻呂は叙情的な古代からの言い伝えを詠むのが得意な歌人だったそうで、かなり手児奈に対する熱い思い入れの伝わってくる歌となっております。

■更に別の手古奈伝説
…千年以上前の万葉時代に、既に「いにしえのことだよ」と言われたくらい昔々のお話なので、説がいっぱいあってもおかしくないんですが。

・手児奈は国造(くにのみやつこ)の娘として育ち、その美貌を買われてある国造の息子の嫁に行ったが、親同士の不和から船に乗せられて海に流され(なんつー仕打ちだ)、漂着したところが偶然にも生まれ故郷の真間の入り江であった。
・手児奈は神に仕える巫女であった。安産子育ての利益を持っていた。
…など。
まあ「手児奈は美人だった」つーのはどこにいっても変わらないんですが(笑)

■「てこな」の表記について。
「手児奈」「手古奈」と両方表記がありますが、万葉集が「児」の文字を使っているせいか、市で発行している本もすべて「手児奈」の表記になっております。読みは「てごな」と読む人もいるようですが、古代のやまとことばに濁音は使われなかったはずなので、恐らくこの呼び名は後世に入ってからの読み慣わしと思われます。ちなみに「てじな」は間違いです(笑)
ウチでは読み間違い防止と、個人的な好みで「手古奈」の表記を採用しております。
漢字は中国からの輸入品ですので、まあどちらにせよ『当て字』であることに変わりはありません。

さて「てこな」ですが、実はこれは固有名詞ではないという説もあります。
「てこ」は女性を表す古語で(「いも(妹)」というのもありますが)、「な」は「可愛い」「美しい」という意味の古語であることから、「美しい女性」という意味で、ひとりの女性としての固有名詞、すなわち名前ではない…とも言われてます。
ホントのところはどうかわかりませんが、この真間のあたりに人が「すっげえ美人がいてさ…」と口伝えになるほどの美しい女性が住んでいたのは間違いなかったのでしょう。

■何で今まで忘れられずに残っているのか?
さて、遠い遠い昔。まだ私の家が海の中だったような時代の「手古奈」の話が、何故現代まで忘れられずに残っているのか?
まして市の主催で、『手児奈フェスティバル』を開催するほどのメジャーな伝説になったのか?
確かに『万葉集』の力は絶大でしょう。しかし、一介の女性の伝説がいろいろな説を取られつつも、今に生き残っているのはなんででしょう?
ここからは私の仮説ではありますが、まず真間山弘法寺の日与上人という方が、住民の悲惨な生活状況を見て、これは信仰によって救うしかないと考え、伝説の乙女である手古奈を信仰の対象とし、「手古奈霊堂」を建てたのが大きかったと思います。これがあることによって、「手古奈」の名前は人々の間で受け継がれていくわけですし、それにまつわる伝説も、いろいろな形となって口伝えになってきたのだと思われます。
その後、上田秋成の『雨月物語』の第三話「浅茅が宿」の中で、この頃(1452年〜1455年)の真間の有様を語った一節があります。ここに手古奈の文字は出てきませんが、大変荒れていて、人の家も何もなくなっている…と書かれています。
こうした歴史の中で何度か思い出され、口の端にのぼって、現在まで手古奈の伝説は残ってきたのではないかと考えてます。
…個人的には「美人薄命」を地で行っているというか、「美女だったのに悲劇的な最期」というのが一番のポイントではなかったか…とも思ってますが。



僕が書こうとしていた原稿は、手古奈とは一般名詞、を先に出して、後から諸伝説を加えるという逆順表示でした。
一般名詞説を支持します。

当時の地理状況を説明すれば。
平安時代あたりまでにおいては、日本の東端は東海道の終点である相模・武蔵。
その奥に員数外の常陸があり、更にその奥に下総、上総、安房と続く、という位置づけでした。
海路もまた同じです。
因みに常陸の北には陸奥が広がる、古地図を見ればそれが裏付けられますよ。ねえ、房総半島が非常に大きく東南方向に曲がった形で描かれ、逆に(今日でいうとこの)東北地方はコンパクトにそして心なしか東曲がりに描かれる、あんなイメージが畿内人にはあったわけです。

ですから、彼ら当時の日本人にすれば、現在の千葉県市川市付近は外国だったわけですよ。
この際だからいってやりますけど、未開の地と表したほうがいいのかな?
「私のラバさん〜南洋じゃ美人」
あの歌のクチと言ったら一番あたるでしょう。

そうそう。実際に人種も違ってたんですよね。
この時期でしたら現在の首都圏にも、アイヌが住まってましたものね。
それから、アイヌでもない原日本人でもない蝦夷という民族も。
どこかで記事にしたような記憶もなきにしもあらずです。

もうひとつ、話しちゃいましょう。
勝鹿というは、ご存知のとおり現在は葛飾と書きますよねえ。
そもそもは、一都二県に跨る広大な地域です。
その本家本元は、市川と船橋の市境辺りになります。駅名でありました。
ところが、どうしても葛飾といえば、23区の葛飾、柴又は帝釈天ののイメージになってしまうわけで、駅名変更を余儀なくされたんです。

京成西船駅の駅名表示板には、「旧称 葛飾」の副記が残っています。

と、この言い回し、



「平成の女蜀山人」コラム盗用か!?  9/20加筆


を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様その他見ず知らずのお一方! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


霜置きまよふ

アニメ雨11月の異称は霜月、今日の話題はこれです。
予め手品師が手品のネタをばらすような真似をするなら。
霜と柳の別名である雨を書こうとしたのですが、どうもうまくない。
やっぱ、花札11月は季節感のない月ということで、札からは離れます。

さてさて、霜月の語源はと言えば、朔に書いたように「霜降り月・霜降月(しもふりつき)」とストレートに読む説が有力ですが、少数説も無きにしも非ずのようです。
十は満ちた数で一区切りなので上月になり、それに対して下月で「霜月」になったとする説や、「神無月」を「上な月」と考えて「下な月」で「霜月」になったとする説など、上下の「下」とみる説。
「食物月(をしものつき)」の略とする説や、「摺籾月(すりもみづき)」の意味等々。

いや、僕は「下」の方を支持したいですね。
というのは、元々が旧暦であるということです。
霜が降るということが、ものめずらしい月でもないでしょう?
それならば、バックにある花は菊あたり、花札でいえば2タ月も前です。

  心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花

該当月に書きました。
そして、明治の正岡子規がボロクソに評していることと、その子規に反発を感じていることも。

あれだけ露骨に名指し辛評しときながら、子規は手本を併記してません。
それとは対照的なのが、定家です。

小倉山百人一首3、人麻呂の歌、


  あし曳の 山どりの尾の しだりをの ながながし夜を 独りかもねむ

の序はまわりっくどいとし、この歌を本歌取りして


  独りぬる 山鳥の尾の しだり尾に 霜置きまよふ 床の月影

と模範歌に創り代えてます。

反対するなら代案用意しろ、批判するなら手本を示せ、ってね、

と、この言い回し、



私が「歌よみに与ふる書」に反感を覚えるもうひとつの理由  

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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尉 (じょう)

949533300今日は、5月菖蒲の月に書いた記事の続きで、セガの看板ゲーム『サクラ大戦』のネタの続きといきましょう。
あ、花札をイリュージョンしたこのゲーム登場のヒロインたちは、全員花に関係する名前、にも拘らず花札のテーマ植物ずばりの名前は意外と少ない、あの話です。

うん、もうひとりいますか。
10月紅葉、この月です。

藤枝かえで…

カエデとモミジはイコールとのことでしたから、彼女もまた該当です。
ただし、ただしが3度くらいつきそうなんですよ。
そもそも、攻略対象外だった姉・あやめの代わりに、2作目以降に登場したNPCなので。

階級はあやめと同じ中尉ということで、同じく主人公・大神の上官という設定なのですが、これが実に不自然だ。
姉と違って、華撃団への功労がありません。そうなるとこの年齢で中尉は…
かえでを副指令にもってくるのは設定に無理があったのではないでしょうか?
アイリスの年齢設定と並ぶ、『サクラ大戦』の泣き所といえるでしょう。
チューイが足りなかったというわけでもないでしょうが、さてさて。

因みに、尉官というのは将校では一番の下級ですよねえ。
尉(じょう)というのは、カミ、スケ、ジョウ、漢字は色々あてますがそのジョウ、三等官という意味です。
うん、これが中国では。
太尉というのは、最高位ですよ。今風に言えば、軍事担当宰相。
いつか、三公の話をしましたよねえ、探してみてください。

前漢では重要な役職だった太尉も、時を経るに従って形骸化し、ついにあの曹操が丞相制を復活させたことにより廃止されることになるのですが。
その曹操が起こした魏でまた復活するのが興味深いところです。
即ち、司馬懿が明帝の命を受けて、太尉として遼東の公孫淵の討伐を行った…

遼東の公孫氏は、演義前半に登場した河北の公孫讚とは、縁もゆかりもありません。
2世紀後半、後漢の地方官だった公孫度が遼東に築いた政権ですよね。
西の烏桓・鮮卑、東の高句麗を打ち従え、ちょっとした独立国家の体を。
倭の国あたりも彼ら視点では属国だったのでしょう。

例の司馬懿仲達に滅ぼされることになるのですが、その折の仲達の手際のよさったら!
とても五丈原のヘタレ武将と同一人物とは思えません。
そこらあたりから逆算して、五丈原の戦いはヤオじゃなかったのか? という説が生まれるのでしょうね。

と、この言い回し、



私、「旧環境」にあったテーマの同名、いくつか立てたんですよ〜 なのにどれも… 別テーマで知った名前を見つけるのはトホホですよねぇ
 

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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からくさ

赤雲牡丹牡丹の10点札は、天地どちらが正解?
見かけの日付ではさほど離れていないけど随分前です、話題にしましたっけ。

この記事で答えを出しましょう。
今日使ったCGのように、花が下に来ているのが正解のようです。
ほら、赤いグヂャグヂャしたものは雲なんですよ。
よく見てみると、他月の種札にもあります。

それにしてもねえ。
小低木の牡丹に蝶がまつわっている図柄に雲を配するとはねえ。
何よりも赤い雲とは!
こりゃ間違いもしますわ。
胡蝶ならぬ誇張、「怒髪三千丈」の口ですか。
そういえば赤雲の中の模様も唐様で、どことなく中国の雰囲気が漂う札ですね。

花札が完成した江戸時代は、よく知られている通りの鎖国期で、外国との交易は禁止されていました。
ただの一箇所、長崎出島を除いて。
そうです。鎖国していたといっても長崎出島を通じて、中国や和蘭の文化は相当程度輸入されていたんです。
純国産文化の花札に唐様が入っていると仮説するのも、あながち荒唐無稽ではないでしょう。

ところで、皆様はやはり鎖国はよくなかった、とお考えですか?
僕はといえば、もーお分かりでしょう? 小学校の学習ディベートの時間に、圧倒的少人数の是派の急先鋒として大熱弁を振るったことがあります。

江戸期のほかに・安期、遣唐使廃止以降が日本が鎖国をしていた期間ですね。
くどくは言いませんが、その間の国情をお考え願いたい、というのが是派である僕の論拠です。

そうそう、外人犯罪の増加が社会問題化したおり、某お笑いタレントが言ってましたっけ。
「また鎖国しちまえばいい。アキバを長崎出島みたいにして」
これホント其がすいた、
 
と、この言い回し、



鎖国、是か否か?  

を丸写ししました。
あん? 前にも、どっかで…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



 【アンケート】鎖国、是か否か?
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


黒豆

越後任天堂藤花札12ヶ月をあげよ、と問われれば大抵の人は、

松、梅、桜、藤、菖蒲、牡丹、萩、坊主、菊、紅葉、雨、桐

と答えると思います。
けど、残念。 坊主は正しくは芒、雨は柳ですよねえ。
日付こそ前後しますが、書き続けてきました。

坊主、雨。
これらは、俗称・符牒・隠語・愛称の類でしょう。
8月と11月に関しては、こっちの方が定着しちゃったんですねえ。
で。
4月藤に関しても、同列の俗称がありますよ。
『黒豆』です。

うん、いいんじゃないんですか?
見た目で判りやすい。ゲームに使う際には肝心な要素となります。
それに、図らずも藤はマメ科。うーん、エデュケイショナル!
そして何よりも、ユーモラスな響きがあそび心を誘います。

黒豆ねえ。
正月料理にもあります。
クロくなれ、マメになれ、ってことで縁起物ものですよねえ。
男は田を作れ、で田作り。
そもそも、男という字は「田の力」と書きます。
田で黙々と力をふるい、ひたすら生産にあたる…
これが男というもので、有り余る攻撃本能を内にだけ向けるマゾなんてのは、男の風上にもおけません。

と、自己批判したとこで、ついでです。7月萩=赤豆にいっちゃいましょう。

   吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山かぜを あらしといふらん

百人一首22番は文屋康秀、出典は古今和歌集<秋下・二四九>です。

…ま、大したことないですよね。
『山』から吹く『風』だから『嵐』で言うんだろう、ミョーに納得!
なーんて、談志師匠曰くの「円鏡程度の駄洒落」ってやつですか。
それこそ、黒豆・赤豆の部類です。
文屋康秀といえば六歌仙の一人。もっといい歌があったと思うんですがねえ。
ホント、不思議な不思議な歌集です。

世の中の評論家と呼ばれる人たちはのたまいますよねえ。資本主義競争社会なんだから、いいものが売れる、そんなのあたりまえじゃないか、と。
うそいってらい!
ある命題が偽であることを演繹的に証明するのは反例をひとつあげればよい。
で、使える反例がこの小倉山です。
どの時代においても辛評され続けたこの小倉山が日本を代表する和歌集ということになってますよねえ。

あっと、和歌集は日本にしかないか、あはっ!
でオトしてもいいのですが続けましょう。

実際、いいものが売れるってのは大嘘ですよ。
見てごらんなさい。
家庭用VTRのベータマックス、PC98、優れていたほうが消えてるじゃないですか。

ベータですよねえ。
カール・ベーム日本公演のテープがあるんですよねえ。
いすに座ったままフィガロの指揮をするマエストロ。
こんな貴重品が今はもう再生することができません、多分。

PC98だって。
ハードで日本語変換、それからどのパーテーションからもブートできること。
第一HDの第一パーテーションからしかブートできないDOS/Vが勝っちまったとは本当に信じられないことです。
 
と、この言い回し、



この取り止めのなさこそが随想でございます  

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


札の香

札の香カルタを漢字で書くと?
加留多、歌留多、そして、骨牌。
このブログにすれば、歌留多が最適なのでしょうが、骨牌もまた捨てがたい。
いいですよねえ。そういわれれば、カルタというのは硬い板紙でできていて、感じが出てます。

ところが、考えてみるに。
日本の紙、和紙というのは透けて見えるほど薄いものです。
それを何枚も何枚も貼りあわせて、あの板紙をつくるんですね。
そこには、それぞれの花札工芸家・門外不出の製法が加味されるようです。
和紙の原料であるミツマタを漉く際に工夫があったり。
粘性を持たせるためミツマタの樹皮に混ぜるのが粘土だったり、白粉だったり。
はたまた印刷段階に秘伝があったり。

このようにして工芸家たちの苦心によってつくられた花札からは、日本人の精細さが伝わってきます。
視覚だけではない。
札の手触り、あの独特の札の香…
触覚や嗅覚にも訴えかけてきます。

えーっと。
今、『札の香』と書きましたけど、「ふだのか」ですよ。
さつのかおり」ではありませんから。
…まあねえ。現在日本の『ネット工芸家』の姿勢を見つけていると、どうしても山吹色のほうに読めてしまいますけど。
取り巻く環境が、そうさせるのでしょうねえ。

前にもちょっと言いましたか? どうしてIT関係ってのところは、ああも儲け主義なんでしょう。
それに頭を下げるということを知らない。
年がら年中、試行錯誤、仕様変更ばかり繰り返し、そのつけは全て利用者に押し付け、実験用モルモットのごとく扱って平気の平左です。
ホント、商売上のしがらみ、色々とあるとは存じますが、日本人の美しき心だけはお忘れにならないで下さい。

 山吹の 色は匂ほへど 利にゅーある みのひとつだに なきぞかなしき
 
と、この言い回し、



出てゆく気がないから文句言うんですよ  

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


マドンナの人間馬ショー




 かねてから見てみたいと思っていた マドンナの人間馬ライブ・ショー が You Tubeにて紹介されていました。

 男性ダンサーがはみや轡を付けて馬に扮し、マドンナが乗馬鞭を打つステージは、これはもう、

誰がどう見てもアレでしょ!

 という世界なのですが、ほどよくスタイリッシュな演出の舞台には、それほど過激ないやらしさも感じられず(見る人によって印象は異なるとは思われるが)この程度ならばまあ、上品な部類に入るのではないでしょうか。

 すでに完璧なまでにフェティッシュな構成に加えて、洗練された振付のダンスが素晴らしい!男性ダンサーのビミョーに馬っぽい動きがなんとも言えずカッコいいのです。思わず真似したくなるんですけど、これは農耕民族の日本人にはマネできない芸当なのかもと感心させられる。乗馬文化?みたいな、根本的にしっかりとした伝統が西洋にはあるのでしょうね。 

 谷崎の「痴人の愛」に出てくるお馬さんごっこが、いかにもバタ臭く感じられてしまうのですが、これを機会にpony play、つまりお馬さんごっこが世間的に認められて、グローバルな意味でFemdomカルチャーの普及促進に拍車がかかればよいなと思ったりしている次第です。

 一般の人が見てもこのクリップは面白いし、出来もよろしいと思います。そこに見知らぬ世界の扉を開くきっかけがあって、こういうのよいかもね!と思って頂けるのではないでしょうか。

 ちなみに、マドンナの初期のMTVに マテリアルガール というのもあるのですが、彼女にはミストレス的な魅力がデフォルトで備わっていたのだと思います。
 
 それにしても、いい時代になったものですね。(← You Tube のことNE)

posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!


道こそなけれ

大石明治鹿さて、旧暦10月といえば初冬にあたる季節です。
花札と並び称される日本を代表するカルタにして最もポピュラーな和歌集である小倉山百人一首に、もう一首、「シカト」= 10月種札である紅葉に鹿を髣髴させる歌がありましたでしょう?
見てみるとしましょう。

   世中よ 道こそなけれ おもひいる 山のおくにも 鹿ぞなくなる

ということでございまして、83番・藤原俊成ですね。
(奥山の)鹿が悲しく鳴いている、それを聞くとともに自分も悲しくなってくるよ、との嘆きを歌っています。

鹿が悲しく鳴いているというのは、創作? はたまた捻って擬人?
僕はストレートに読みますよ。
鹿の気持ちが分かるのか? なんて、問いかけちゃいけない。

考えてみてもごらんなさいな。
紅葉、こうよう、というのは、もみじの葉の死です。言ってみれば木が冬篭りに入るわけですよ。
で、鹿を始めとする動物たちはどうなります?
そうですよ、餌が少なくなる。加えて寒くなる。
受難の時期ですよねえ。
それを本能的に感じて、悲しげに泣いているのではないでしょうか?
人間様は、紅葉狩りよ、雅よと、お気楽なことを言ってるけど、鹿にとってはそれどころではないということですね。
因みに、この歌ですけど、原典・千載和歌集では秋の部ではなく、雑の部に入っているのが興味深いところです。

さて、百人一首に定家の父・俊成の歌が撰ばれていることは知ってました。
そして、この 世中よ〜 の歌のことも知ってました。
でも、正直なところです。
これが藤原俊成の作であるということは、今日初めて確認しました。

理由はと問われれば、非常に簡単。
駄作だから。あー、だから… おっと、おっと!
あの俊成の歌であるとは、とても信じられないですよ
なぜ駄作と思うか? これもまた非常に簡単。
愚痴っぽいから。

そうでしょう?
「この世の中を捨てようと思っても、どこに行ってもその道はないと思われる」だなんて。
卑しくもですよ。世捨て人を志した人間が、「鹿が悲しい声で鳴いているように、自分も泣きたい気分だ」なんて口にするもんですか。
愚痴っぽい、愚痴っぽい、ホント愚痴っぽい。
ちょうど、一昨日の日の僕くらい愚痴っぽいですわ。

え?
この記事に加筆してありますよ。
ぜひぜひ、リンククリックして全部読んで下さいな。
…ね?



…あぁあ、また言いたくなっちゃった。
ホント、「道こそなけれ おもひいる」ですよ。
というのは〜
ネットIT関係をリードしている人たちが、どいつもこいつもって感じですので。

ライブドアさんを恨むつもりはない、の公約を覆すことになるんもしれない。
でも言う。今年になってからの応対はひどいもんです
よくもまあ、ろくでもない人たちばかり揃った、いや、残った? ものでして、はい。

僕は、2ちゃんねるは好きだ。でもやっている人たちはどうしても好きになれません。
え? 違いますよ。「(所謂)2ちゃんねらーが嫌い」と言っているのではありません。
西村博之氏以下運営陣が嫌いだと言ってるんですよ。
と、こんな回りくどい注釈をせねばならないような、いびつなネット現況を情報撹乱でつくりだした、あの運営陣が。
 
この原稿を実際に書いている日に上場したんですか、あそこ? 想定どおりの祭りとなってますね。
笠原健治氏始めとするミクシィ経営陣については、僕は、もう嫌いを通り越して恨んでさえいます。
それから、それから、ツブは落ちますけど、柳沢安慶って人にも煮え湯を飲まされました
和田アキ子さんの口癖のひとつを借りて言うならば。
今、上であげた人たちを、「卑下します」って表現になりましょう。
と、こんなことばかりでは、2日間でなんの進歩もないということですから、ここで否定の接続詞を登場させて転調しましょう。

はい、『でも』です。
現在ネットIT関係業界をリードしている人たちが揃いも揃ってろくでなしであるという理由で、ITやネットがろくでもないものであると結論付けたとしたのなら、それは間違いと言うことになります。
そう。百人一首83番(だけ)を見て、藤原俊成は下の歌人だと断ずるのと一緒です。

   またや見む 交野の御野の さくら狩り はなの雪散る 春のあけぼの

   わが心 いかにせよとか ほととぎす 雲間の月の かげに鳴くらむ

   思ひきや わかれし秋に めぐりあひて またもこの世に 月を見むとは

   夕されば 野辺の秋風 見にしみて うずら鳴くなり 深草の里

どれもいい歌でしょう?
やっぱ、俊成は超一流の歌人でした。

つーことで、もーちっと、ネット続けてみっか、あはっ!
 
と、この言い回しとリンク(動画を含む)と決め台詞と、何よりもその心情、



歌人の親子は仲良しこよし  

をそっくりそのまんま丸写ししました。
いくらなんでも、このリンクはやり過ぎだよ…ね…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


タグ:目指せ!! 平成の女蜀山人! マゾヒズムに花札を! マゾヒズム ミユ様 花札 パクリ http://blog.goo.ne.jp/homer-2006 道こそなけれ 大石天狗堂 明治 鹿 旧暦 10月 初冬 カルタ 小倉山百人一首 百人一首 シカト 紅葉 種札 世中よ 道こそなけれ おもひいる 山のおくにも 鹿ぞなくなる 歌留多 加留多 藤原俊成 創作 擬人 冬篭り 受難 紅葉狩り 千載和歌集 定家 駄作 愚痴 世捨て人 ネット IT関係 ライブドア 2ゃんねる 2ch 2ちゃんねらー 西村博之 運営陣 情報撹乱 ミクシィ mixi 笠原健治 柳沢安慶 和田アキ子 ろくでなし またや見む 交野の御野の さくら狩り はなの雪散る 春のあけぼの わが心 いかにせよとか ほととぎす 雲間の月の かげに鳴くらむ 思ひきや わかれし秋に めぐりあひて またもこの世に 月を見むとは 夕されば 野辺の秋風 見にしみて うずら鳴くなり 深草の里 動画 あはっ! リンク 隠し動画 歌人の親子は仲良しこよし バタラ ケスマ 塚田寛一 小割洋一 生田将司 西川潔 加藤孝子 磯崎哲也 米沢嘉博 笹田亮 さくらインターネット株式会社 杉本誠司 田中邦裕 片岡督雄 吉岡実 野崎國弘 小川清司 梅木敏行 舘野正明 有限会社コミケット 森本善昭 株式会社ミクシィ 堀江貴文 村上世彰 乙部綾子 山崎徳之 伊地知晋一 羽田寛 宮内亮治 平松庚三 清水幸裕 落合紀貴 真崎晃郎 宇野康秀 佐藤英志 大森義夫 湯本博 増田光利 岸謙一 出澤剛 照井知基 大久保紀章 飼沼健 中居和佳 森健太郎 齋藤裕治 資宗克行 有限会社EGMC 株式会社ライブドア 2ちゃんねる 株式会社ファンコミュニケーションズ 岡本文人 井上雅博 三木谷浩史 孫正義 井上トシユキ 山本一郎
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


師馳す(しはす)

越後任天堂桐早いもので今年も余すところ後半月となりました。
なんて、いつもの通りいつものごとく、実際に書いているのは別な日なんですけど、まあ、そういうことで12月の異称・師走について調べてみましょう。

確か一度、「師が走るというのは俗説で『しはつる』が訛ったもの」って言いましたよねえ?
うん、詳しく調べてみると、なかなかどうして、こんな簡単な話ではないようです。

「年が果てる」→「年果つ(としはつ)」
「四季の果てる月」→「四極(しはつ)」
「一年の最後になし終える」→「為果つ(しはつ)」

確かにこんなあたりが主ですけどね。
師が走る、ってのもまたありみたいなんですよ。
年末になると僧がお経をあげるために東西を馳せる、「師馳す(しはす)」
平安末期の「色葉字類抄(いろはじるいしょう)」にちゃんと記録されているようです。
"そう"ですかぁ。いやど〜も、でした。

 一個の字なれば便ち是れ僧
 両個の字なれば是れ和尚

ってこればかりでもなんですから、たまには立派な坊さんの話をしましょう。

    霞立つ 長き春日を 子どもらと 手まりつきつつ この日暮らしつ (良寛)

と言う事で、このタイミングで登場させました。
りょうかん さんですよ〜
はちすの露 にあるこの歌はあまりにも有名ですよね。

ちょっと季節が先走ったか? もーいーくつ ね・る・と 〜♪
てな感じて、新年=旧暦の春を待ちわびる子供らでもイメージしてください。

さて、どこぞで紹介しましたように、良寛は江戸時代を代表する歌人です。
世は俳句全盛、和歌など廃れてしまった江戸後期において頑固に万葉調の歌を詠み続けた良寛は、文学的にはプロテスタント原理主義でしょうか?

以上、良寛伝記にあった少年時代の逸話「おれはカレイになってしまうのか?」をなぜか今思い出した
 
と、この言い回し、



山寺のおしょさん  

をなんとか丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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