花札と歌舞伎と市川昭介と

越後大石番傘11月柳(雨)の20点札。あのお馴染みの小野道風は明治になって採用された図柄で、元々は雨に番傘だった…
前に話しましたね。

では、この番傘を差しているのは?
胴体も顔も描かれていませんが、妖怪変化の類ではありません。
斧定九郎という名の立派な人間です。

斧定九郎とは?
高名な歌舞伎役者ですよ。そう、名場面である"雨の中の浪人"…
うん、やっぱり48枚中、唯一実在の人物の描かれた札だったんですね。

さて、歌舞伎といっても今の感覚で考えては間違います。
大衆芸能として庶民の娯楽であった、当時、江戸時代に戻して考えないと。
そうですねえ。
今の人間が、歌謡曲を聞きカラオケで歌う、こんなあたりをイメージするといいでしょう。
ですから、同じく庶民の娯楽である花札の絵としては、道風よりも定九郎のほうがふさわしかったのかもしれませんね。

歌謡曲…
大物歌謡曲作曲家の訃報が、投稿日付ではなく実日付の方の昨日、9/26に飛び込んできました。
これも因縁でしょうかねえ? 奇しくも前に同じ「雨に番傘」の記事で紹介した市川昭介さんです。
ですから、今日は是非とも市川さんの話題で進めていきたいと思うんです。

伊豆の雨もいいですけど、冬の花・さざんかの宿も旧暦11月に相応しい。
うーん、色々目移りしますけど、やっぱり市川さんといえば、アンコ椿は恋の花ですね、僕的には。
見てみます? いや、曲を聴いて見ましょう。

 アンコ椿は恋の花 

      作詞 星野哲郎   作曲 市川昭介 唄 都はるみ

 三日おくれの 便りをのせて
 船が行く行く 波浮港
 いくら好きでも あなたは遠い
 波の彼方へ いったきり
 あんこ便りは あんこ便りは
 あ・・・・あ 片便り

 三原山から 吹き出す煙
 北へなびけば 思いだす
 惚れちゃならない 都の人に
 よせる思いが 灯ともえて
 あんこ椿は あんこ椿は
 あ・・・・あ すすり泣き

 風にひらひら かすりの裾が
 舞えばはずかし 十六の
 長い黒髪 プッツリ切って
 かえるカモメに たくしたや
 あんこつぼみは あんこつぼみは
 あ・・・・あ 恋の花

昭和39年(1964)、この歌で一躍スターダムにのし上がったのが、都はるみさん。
市川さんの内弟子ですよねえ。
ああ、さわりの部分なら、ここで聞けますか。

そして、詞は星野哲郎さんですよね。
星野さんは、当初あまり乗り気でなかったと聞きます。
ところが、市川さんにこの天才少女を紹介され歌唱を聴くや一発で閃いて、この歌詞(佳詞)を書き上げたといいます。
うん1番だけでなく、2番・3番もいいんだなあ。
 
歌枕を悉く入れているだけじゃない、ちゃんと歌唱者の芸名や年齢 (当時はるみさんは、歌詞どおり本当に16歳。尚、市川昭介作詞作曲『はるみの三度笠』における「笠に隠した19のつぼみ」には若干の誇張があり) まで入れてますよ。
なんていうか、一番から三番までで全体ひとつの物語をつくるとでも言いましょうか。
その証拠に、よく見ると題名「アンコ椿は恋の花」は歌詞のどこにも出てこない。
ねえ、よく見てください。「アンコ便りは片便り」「アンコ椿はすすり泣き」「アンコつぼみは恋の花」
当時はEPレコード容量の制約のため、今みたいな長い歌謡曲を作ることはできませんでした。
その制約がために逆に生まれた『3分ちょっとの大歌劇』です。

そして、そして、何といっても、市川さんの曲&プロデュースですよ。
こんな明るくて元気な「悲恋の歌」が他にありましょうか?
再三お伝えしている万葉集の屈託のない明るさにも似ます。
うん、だからこそ、時間を越えて世代を超えて共感を生み、歌い継がれていくのでしょうね。

明るくて元気な「悲恋の歌」、アンコ椿は恋の花…
それを生んだ市川昭介さんを送るべく、明るいお悔やみにしてみました。合掌。

と、この言い回し、



歩いてったり、泳いでったり、歌って本当に

につい今しがた追加された部分を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!