五節句のおさめ

越後大石菊さてさて、更にもう一記事、9/9に投稿です。
しかも、なんと、なんと、このブログでは例外となる実日付の投稿ですよ〜 とくとご注目あれ。
先ずは、手始めに、

 黄菊白菊 その外の名は なくもがな

其磁(ソノフクロ)より嵐雪(ランセツ)の句などを。

はい、9/9は菊のお節句でございますねえ。
それにあわせて「色々」取り合わせてみますデス。。。

と、おはしゃぎ気味で入りました今日の投稿、お気づきの人もあることでしょうが、旧暦の9/9の実日付の投稿です。
で、普通に言ったら何月何日か?
2006.10.30です。

幸いにして、今日この日にごらんの方は改めて今日この日に、花札は菊の10点札でも見返してください。
ぐっと季節感が沸いてきて、描かれた世界を堪能できることができると思います。
そうですよねえ。朝晩はとみに冷え込みを感じるようになったこの頃、9/9菊の節句とは、こんな時節の年中行事なのです。

特に僕が住んでいるという設定になっている北海道なんかは、もう冬といってもいいくらいですよ。
酒でも飲みながら体を温めて鑑菊をいたほうがよいと、頷く事ができる下戸の僕です。
ということで、もうせんタイトルにした『菊と女童』の下敷きとなった句などを。

   菊酒や 粧ひ匂ふ 女の童 ( 吉田冬葉 )

えっと。
歳時記によれば、9/9・菊の節句も古くは非常に盛んであったが、明治以降廃絶し現在では地方の一部になごりをとどめているにすぎない、とのことです。

ああ、そうそう。正しくは重陽の節句ですね。
なんでも、偶数は二つに割れてしまうから陰の数、奇数は割れないから陽の数とのことです。
ゾロ目は、何故か縁起もの、ってことで、陽ゾロ 1/1 3/3 5/5 7/7 9/9 が五節句となるわけで。

と、この言い回し、



A year has five se… って7/7のネタ、あはっ!
粧ひ=よそおい でいいと思う

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


鳴門海峡

金時柳既に何度か話してますように、11月柳(雨)のカス札は大きな特徴があります。
鬼札でしたよねえ。
して、今日の話は「ところが調べてみるに」なんです。

はい、調べてみるに、札によっては柳の素札とは全く別の鬼札があったものも少なくないようでして。
どんな札か? 文字通り鬼の札だったり、商標札だったり、地蔵や実日付で昨日話した幽霊の札だったり…
ジョーカー札ですね。
トランプの代替品である花札にジョーカーがないという不思議の答えを見たような気がします。
そして、ここらの札がいつの間にか11月カス札に使われるようになっていったんでしょう、鬼札の名称は尾骶骨みたいなものだったんですね。

本日掲げましたのは金時花或いは阿波花と呼ばれる四国地方で使われていた札です。
ねえ、ちゃんと真っ当な柳の素札があったでしょう?
そしてもう一枚、金時の鬼札がセットになっています。

花札というのは、畿内から四国へと渡っていたのですね。
うん、ルートは幾つか考えられるけどともかく難波の海に出て一旦淡路へと上陸し、再び海路鳴門海峡を越えて四国へと伝わったんです。

 大阪から徳島に渡ってもう早2年!!

あっと、あっといけません! また、この話になってしまったらぶち壊しものです。
とはいうものの、実際この稿を書いている今、大フィーバーしてるかのお方は、投稿日付のころは一体どうなってることやら…
うっ、うん! 無理やりにでも、元に戻しますよ。
「かのお方」の出身校が旧制堺中なら、堺女学校出身といえばこの人、ともに鳴門海峡を越え阿波の地に思いをはせてみましょう。

  ああ胸は 君にどよみぬ 紀の海を 淡路のかたへ 潮わしる時

えーっと、明治の歌人・与謝野晶子は、考えられるルートの一つである和歌浦をこう詠んでますね。
ん? 違うかな? これでなくて他にあるのかな?
ま、ともかく「与謝野晶子」「紀の海」の2語検索にはかかるでしょう。

青空文庫に多数収録されている作家です。

と、この言い回し、



和歌浦の積み残し

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


注* 四国上陸の前に必ず大毛島を通ることになりますね。厳密に言えば「鳴門海峡から大毛島に上陸し、再び小鳴門海峡を渡り四国に入った」です。

   
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


沢尻エリカとSM



 今日発売の「週刊現代」は、思わずSM雑誌か?と思ってつい衝動買いしちまったよ、コンビニで。

 「週刊現代」なんて、こう言ってはなんですが普段あまり読まんし、絶対に自分では買わないタイプの雑誌で、たまにラーメン屋とかで暇つぶしにパラパラめくる程度。それなのに思わず買ってしまっただけのインパクトはあると思いませんか?この表紙!

 沢尻エリカは二十歳そこそこの若さでこの女王様度は激ヤバです。んでもってこのブーツに網タイツ姿。僕はこれに弱い。彼女のお馬さんになってみたい!

 ところで、目次を見てみると....

「37歳」被害者がSMキャラで書き込んだ6通のメール (p.182)

 ・・・というのが、目をひいてしまった。

 この事件は北海道で起きた出会い系サイトがらみの母子殺傷事件なのだが、ガイシャの女性が殺される直前に、「(わたしは)SMビデオに数回でた本格的な女王様です。初心者やご興味のある方からハードの方まで、全てに対応できます」という書き込みをしていたというのだからびっくり! 生活保護を受けながら幼い長女を育てつつ、出会い系サイトを利用してM男から生活費を稼いでいた矢先のトラブルに巻き込まれたのか?という見方がされており、容疑者はM男かも?という疑惑も浮上する。

 もしかしてマゾヒストが犯罪を犯してしまったのか?と思うと、ちょっと悲しくなるのですが、沢尻のグラビアは表紙のトリミングからも明らかなように、かなりMモード全開の編集者による構成だと思われるのである。


 どうでもいいか、そんなこと^^

posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!


花札と天狗

松井幽霊札花札の製造元はと言えば、言わずもがなのこと任天堂…
それに続くのは天狗堂あたりでしょう…
前に、桐カテゴリに書きました。
今日はその続編・発展編と行きましょう。

改めまして、

てん‐ぐ【天狗】
1 深山に住むという妖怪。山伏姿で、顔が赤くて鼻が高く、背に翼があり、手には羽団扇はうちわ・太刀・金剛杖を持つ。神通力があって、自由に飛行するという。鼻の高い大天狗や烏天狗などがある。各地に天狗にまつわる怪異な話が伝承されており、山中で起こる種々の不思議な現象は、しばしば天狗のしわざであるとされる。 2 《1が鼻の高いところから》自慢すること。うぬぼれること。高慢なこと。また、その人。「―の鼻をへし折る」「釣り―」 3 (略)

そうですよねえ。天狗、あの折に使った大石天狗堂の商標にもなっている、赤ら顔で鼻の高い妖怪です。
ところが、天狗の容ができたのは、なんと新しいことに江戸時代のようなのです。
うーん、思えば花札の歴史も意外に浅く完成は江戸時代…
非常によく似てます。
花札は天狗とともにあり、とキャッチを付ければ文学的になりましょう。

と、ここまでお読みになって、首を傾げている人も多いかもしれない。うん、鞍馬天狗なんてのが、平安時代からいたではないか、って。
確かにそうなんです。天狗という言葉は古くからありました。
ただ、今の鼻高妖怪ではないんです。
なんていいますか、曖昧模糊とした魑魅魍魎とでもいいますか。
具象化されない存在として語り継がれていたものとのことなのです。
それが、江戸期国産文化の発展とともに、或いは(今の)天狗として、また今日の松井天狗堂CGのような幽霊になったり…
様々な形で描かれるようになったのですね。

「日本一の大天狗め!」

源頼朝の有名な罵言も、この歴史事情をいれたところで読むとより正確に理解できると思います。
おっと、いわないと。大天狗とは後白河法皇のことですよねえ。
後白河院といえば、このブログで精力的に話している百人一首とも因縁浅からぬものがあります。
とはいっても、本人の歌は入ってませんけど。

そうですねえ。三女の式子内親王は話しましたし。
兄の崇徳上皇でも。

    瀬をはやみ 岩にせかるる たき河の われてもすゑに あはむとぞ思ふ

百人一首77番崇徳院。
久々に『百人一首秘密の歌集』から引用してみましょう。

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この歌の作者崇徳院は、前の歌(七十六番)の作者忠通(前関白太政大臣)らによって、保元の乱に敗れ、讃岐(香川県)に配流された。「保元の乱」とは一一五六年、崇徳上皇と、その弟の後白河天皇との間で起こった権力争奪戦である。崇徳側についた源氏は敗れ、一方、天皇側に組した平氏は、やがてわが世の春を謳歌することになる。
このように関係の深い二人を、定家がなんの考えもなく配列したとは思えない。私は定家が保元の乱を念頭に配列し、十三計につないだものと解釈するものである。つまり定家は「瀬を早み」の歌が『詞花集』巻七の〈恋上〉に「題しらず」と詞書があり、とり上げられたことから、恋の歌であることはわかっていた。
また、この歌が保元の乱以前に詠まれたことも知っていたが、あえて崇徳院の保元の乱後の述懐の歌と、ここでは位置づけたのである。そうすることで、「岩にせかるる」を忠通らの「御所方の急襲」に、「滝川」の「川」を「後白河天皇」の「河」に、それぞれ結びつけることができるのだ。
さらに「われても末に逢はむとぞ思ふ」という下句は、崇徳院がともに事を企てた藤原頼長、源為義、源為朝、平忠政らとの別れを暗示し、もはやこの世では会えないが、かならずや来世で再会できるという、院の悲痛きわまる思いを秘めているようにとれる。

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ということでございまして、この歌に隠した暗号は兵法13計「打草驚蛇」(だそうきょうだ)だそう です。

と、この言い回し、



導入部、導入部、っと

をそっくりそのまま全文丸写ししました。
でもでも! 元文だって殆どが引用だけ…ど…

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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マゾ力

 過去にこんな言葉はなかったと思う。自分でもやや意味不明ながら定義を試みてみると、マゾヒスティックな願望を満足させるための能力、とでも言えるのだろうか...

 例えばSMクラブでの女王様は「支配者」という名の「奉仕者」と言われる。個別で多様なM男のリクエストを理解してプレイを行うからだ。この時、M側がきちんとしてほしいことを言えればよいが、恥ずかしがって肝心な部分をあやふやにすることもあるかもしれない。または見栄はって出来そうもないことまで言ってしまったりとか。この程度のマゾ力では、満足のいくセッションを期待するのは難しい。

 初対面の相手とプレイをこちらの希望通り行うために、あるいは相手にとっては苦手なプレイをさせるためのかけひきとか、あの手この手で充実したセッションにもっていくための能力。女王様から自分の思い通りに虐めてもらうスキル。これがつまり

「まぞリョク=マゾちから」

 というもので、耐性やマニア度の問題ではなく、どちらかというとまっとうなコミュニケーション能力の範疇に入るものだと思う。いやひょっとすると究極のコミュニケーションと言えるのかもしれない。

 例え首尾よく依頼内容をズバリ言えたとしても、相手にきちんと伝わっているかが問題だ。誤解される可能性だってかなりある。結果が全てであり、わかってもらえなければ意味がない。

 幸いにも相手が経験豊富なベテラン女王様であれば、M側の気持ちを理解し、言わなくてもこちらの要望を汲み取ってくれる器量も期待できるだろうが、よくわかってない「なんちゃって女王様」や「勘違いミストレス」だったりすると最悪である。下手すると命がけだ。相手のレベルがどうであれ、NGプレイやセーフ・ワード(責められる側がこれ以上は無理と思われた時に言ってプレイを中断するキーワード)などは確実に伝えておく必要がある。

 また、相手のポテンシャルが低くても、こちらのアプローチ次第では上手くセッションをリードすることも可能なわけで、このあたりが真のマゾ力の真骨頂と言えるだろう。

 マゾ力とは、ある意味では言葉の表現力とも言えるが、口で言わなくてもわかってもらえるような関係にまで発展させていく総合的でインタラクティブなコミュニケーション能力なのである。
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4月バカ

大連藤さて、随分と時間がたったような気もしないでもないですが、未だ4/1です。
ということで、『前稿』の補足をしましょう。

えーと、上り藤に下り藤でしたね。
僕が見聞きしている範囲で言えば、蔓があるほうが上り藤です。ほら、蔓が上をむいてますでしょ?
まあ、これについては諸説ありということで断言は出来ませんけど、一応は伝えましょう。

それを、僕は勘違いしてです。
上り藤なんだから天に向かって伸びるのだろうと信じて、上下逆さに並べたものでしたっけ。そうそう、投稿日付では後日になるものの実のところは以前使った朝鮮花のCGのような感じに並べてました。

馬鹿っ正直ってやつですか?
おりしも今日は4月バカ、もののついでにもう一つ、僕のバカっぷりを紹介してしまいましょう。

さて、このBlogを始めて以来僕は、帰り道を色々変えてネタを拾うようにしてるんですよ。
ほら、あるでしょう? すぐ近くなのに滅多に通らないところって。

今日も久々に直ぐ近くのドブ川を見てきました。
もう何年ぶりって世界。
と、橋の上から眺めると、なんとなんと鯉がいっぱい!
へえ、こんなドブ川に。そうか、池で飼い切れなくなった人たちが捨ててったんだなあ、と一人合点して返ってきた僕。
よく調べてみたら、ちゃんと稚魚を放流したらしいんですけどね。

と、この言い回し、



せめて「一言」はおだやかに (157−24) 日目

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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馬肥える秋

越後大石萩毎度繰り返していますように、花札というのは旧暦のころに成立したものですから、その月数は調整して考えなければなりません。
7月というのは萩の花がほころぶ秋なのです。

天高く馬肥える秋、そしてもうせん書いたように食欲の秋でもあります。
いやいや、種札に描かれた猪というのは、早い話が豚の原型ですよねえ。
『この不名誉な称号』を与えられないように、僕も体重管理を心がけなければ、
ってなんの話でしょう? 深くは追求しないでください。

うん、話を振りますか。
太る、ということで、こんなのは如何です?

  秋来ぬと 目にさや豆の ふとりかな (大江丸)

そうですね。前に話した

  秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬ

のもじりであることはいうまでもないでしょう。
こちらは、さや豆がふくらんでいる、そのふくらみに、秋が来たとさやかに見える、と元歌の趣向を逆転してます。

と・こ・ろ・で、
これ、川柳でなくて俳句なんですね。
「秋来ぬ」が秋の季語、ってことで「はいかい袋」に収録されてます。

川柳と俳句の線引きは、さやかではないようで、、、

と、この言い回し、



色気よりなんとやら

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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吉野の美称

みよしのさて、桜の短冊札の話です。
文字の描かれている所謂赤短、そして文句は「みよしの」でしたよね。
といっても、このブログの特性で随分前に書いた記事タイトル「みよしの」の投稿は、遥か遥か先の日付になりますので、確認の手間はかけます。
そして、みよしのとは、桜の名所である吉野の美称でした。

では、この『み』ってのは何?
辞書を引くとしますか。

み 【▽御】〔接頭〕

1 主として和語の名詞に付いて、それが神仏・天皇・貴人など、尊敬すべき人に属するものであることを示し、尊敬の意を添える。「―子」「―心」「―手」

2 (「美」「深」とも書く)主として和語の名詞や地名に付いて、褒めたたえたり、語調をととのえたりするのに用いる。「―山」「―雪」「―吉野」

成るほど…
で、標記です。御、美、当たり前すぎるので割愛するとして、僕が興味を持ったのは、深、です。
ふかい… 
昔の人のことです。深くなれば、それだけ自分には知りえない、或いは御しけれない存在となる、それに対する敬虔な気持ちが、美称へと転じられたのではと感じます。

うん、その傍証となるかどうか?
彼女のハンドルはそもそも『深雪』の略仮名標記のとこと。
深雪、一般名詞では、深い雪、大雪という意味ですよね。
ところが、万葉においては、そう訳さなければならない『深雪』は出てきません。
敬意をあらわす接頭語の『み』、池田弥三郎さんの本です。


  深山には 霰降るらし 外山なる まさきの葛 色づきにけり

                    (神楽歌)

と、この言い回し、



またしても季節感ナシ

を丸写ししました。
でも、これくらいの量なら…
って油断は禁物、また閲覧不能になってるブログがあることだ…し…

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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春日ルミ

日本の ベティ・ペイジ

「戦後、女と靴下は強くなった」という有名な、今はすたれた表現がある。その意味するところはともかくとして、戦前の女性は弱かったのだろうか?

 国威宣揚の名の下に、本来はオトナシかった大和撫子(ヤマトナデシコ)が国防少女となって鬼畜米英と戦う。そんなイメージをも抱くのですが、戦後生まれの僕にはどうもピンきません。 

 卑弥呼やクレオパトラなどのような権威としての女王様ではなく、性的な、いわゆるSM的女王様イメージの我が国における萌芽は、いったいどこらあたりにあるのだろうか。少なくとも昭和の初期に「大和撫子が殿方を鞭打つ」なんていう光景は考えられなかったはず。誰かの想像力の中にあったとしても、現実にもお芝居の中にも存在していなかった。

 ただ、敗戦の混沌の中から、まだその言葉すらなかった「SM的なる」女王様像が、戦勝国である欧米の影響を受けつつ、徐々に形づくられていったのではないかとは推察される。

和風女王様のルーツ

 1954年(昭和29年)の「奇譚クラブ」7月号に、春日ルミというモデルがグラビアを飾った。日本のメディアに初めて登場した女王様キャラクターとしては一般的にこの人が知られている。(「奇譚クラブ」にはそれ以前、森山美歌という伝説的な女王様も登場していた)
 
 それまでも海外SM小説の挿し絵や、須磨利之の手によるイラストなどで女王様的イメージはかろうじて描かれてはいたが、日本人女性によるビジュアルな女王様像というのはこれが初めてだった。

 今からみると、下着姿で棒のようなものを持って立っているだけの、どうってことのない図。だが「奇譚クラブ」の読者にとってはこれだけでもう充分。すぐ次のページには、黒タイツ姿で首輪を付けた男性を足蹴に、そして男が縄で縛られその上に座っている彼女の写真が続く。典型的な大和撫子風の顔立ちの中に(ちょっとケバいような気もしますが)明らかにみてとれるサディスティックな表情は、それまでフラストレーションのたまっていた「奇譚クラブ」のM派読者たちにとって垂涎の的となった。待ち焦がれていた初の和風のミストレスの降臨は大きなインパクトをもって当時の日本に受け入れられ、全国に熱狂的な彼女のファンを生み出すと同時に、マイナーではあったが男性マゾヒズムというものにもメディアの光が差し込むようになっていく。

 春日ルミはその後もしばしばグラビアや手記のかたちで登場し、日本家屋を舞台に当時の現実味ある(少し貧乏臭い)背景の中で女王様を演じた。手記を読むと、彼女は実際にサディスティックな性格らしく、当時の日本人女性としてはありえない「変態女」をカミングアウトした画期的な女性としても評価されるべきかもしれない。演じていたのではく、地でいっていたのだ。

 いずれにしても、春日ルミの登場により、それまでの日本ではっきりとはしていなかったリアルな女王様像が明確に浮き彫りになったという功績はかりしれない。

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ほうおう

桐メモリーカード今日はまた、光札に描かれている鳳凰の話をしましょう。

花鳥合わせの古くから、桐との取り合わせで描かれる鳳凰は花札登場キャラ中、唯一の架空の存在です。
遥か中国の伝説に出展し、聖徳の天子の兆しとして世に現れるとされる、いつぞや話しました。
もともと桐はトランプのクイーンに当たることを考え合わせるにつけ、つくづくロイヤルファミリーとの縁の深さを感じさせられます。

そういえば、ほうおう、いましたよねえ。中学歴史・高校日本史の授業では、耳にタコとイカが出来るくらいに聞かされる響きです。
但し字は違う、法皇ですけど。
どんな存在かといえば、天皇経験者であるお坊さんですよね。うん、天皇が直接出家してもよい、或いは一旦帝位を譲り上皇となった後日に出家してもいい、ルートはどちらでもいいけど、ともかくそんなところです。
と、まあ、こんな具合に日本においては法皇という字を当てます。
これがキリスト教では法王ですけどね、去2005年カトリック総本山で新法王が誕生したことは記憶に新しいところです。

ところが、日本にも(法皇でない)法王がいたのをご存知ですか?
弓削道鏡です。

孝謙天皇(=称徳天皇)の寵愛を受けた道鏡は766年太政大臣禅師となります。
太政大臣とは臣下としては最高の位、そして禅師とは僧侶の最高位。
のちに平清盛が相国入道と呼ばれたのににてますね。

そして、その地位に飽き足らず翌年にはとうとう「法王」とまで名乗るわけです。
キリスト教流でいえば、肉の世界は天皇が束ね、精神世界は自分が束ねる、とうとう天皇と同列までに上り詰めたんですよねえ。

この裏には道鏡が大変ご立派なモノをお持ちだったという裏事情があります。
いつの時代でも、ボーズがお方様をお慰めするのは定番、それが天皇陛下であったとしても。
そうそう、孝謙天皇(=称徳天皇)は二度帝位についた女帝、

と、この言い回し、



日本人でただ一人、法王と名乗った人物

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
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9月2日の霜降

紅葉シャツこのブログでは、例外となる実日付の投稿をします。
今日10/23は、二十四節季の一つ・霜降にあたりますよね。
再三言っているように2006年は閏月があった関係で、未だ菊の節句も来てない状態(旧9/2)での霜降ですが、それでもテレビニュース等では、花札10月のような紅葉(こうよう)の風景も少なからず目にする今日この頃です。

話しましたように、紅葉とは『葉の死』なんですよねえ。
なのに、いや、だからこそ、こんなにも美しいのでしょう。
そうです。桜カテゴリで再三話している『滅びの美学』です。
どうやらこれは、自然の摂理だったようです。

ということで、紅葉の名所の話をしましょうか。
首都圏のテレビでは、奥日光あたりが報じられることが圧倒的に多いのですが、地区によっては倶利伽羅峠あたりが報じられてるんでしょうねえ。
去年の某国営放送大河ドラマに登場した、この人ゆかりの地です。

  義仲の 寝覚めの山か 月かなし (芭蕉)

一度は(後世いうところの)天下をとった義仲も超短期政権に終わり、都落ち&戦死。
平家に先立つ滅びの美学がここにありました。

京を目指したときの義仲の勢いはすさまじいものでしたよねえ。
後に戦国最強の大名といわれた上杉謙信でさえなしえなかった北陸路からの京入りです。
この地、倶利伽羅峠では十万の平家軍を打ち破るわけですよねえ。

満つれれば欠けるが世の定め…

以上、「倶利伽羅モンモン」のことを間違えて「イガグリもんもん」と言ってしまい周囲の爆笑を誘ったことのある

と、この言い回し、



バナナとの関連は未だ謎のまま

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

    
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アイ・コンタクトの快楽

 相手の目を見て話すのが苦手です。

「お願いする時は、私の目を見て言いなさい」

 大学生の頃、生まれて初めてのSMプレイで、26歳のクラブ女王様がこのように命令されたのが、とても印象に残っている。



そんなこと言われても出来っこない。打ち合わせの時でさえ、まともに顔を見れずに、うつむいてしどろもどろ、やっとの思いで話していたのに。

 プレイ自体は虚構の世界ではあるものの、「見られている」というその時の状況は、まぎれもない現実であり、それまで妄想の中にしか見ることの出来なかった、本物の女性からの視線にさらされているという事実が、この上ない興奮を呼び起こし、相手の目を見ることができないくらいのプレッシャーを感じていた。

 この「他者に見られている」という感覚が、言うまでもなく羞恥の本質だ。

 当時の僕は二十歳代そこそこの、社会的に自立もしていない、何もわかっちゃいない若造であった。

 それに元々アイ・コンタクトの苦手な、シャイな性格である。>_<

全裸で縛られたうえに、これからとても恥ずかしい、 あんなこと や、 こんなこと をさせて頂こうという時なのに、ただ単純に「見られている」というだけでなぜこうもエキサイトするのだろう。恐る恐る見上げると、まるで女神のように微笑んでいる女王様がそこにいる。ああ、これからこの女神様のような女性に、鞭で打たれ、家畜のように扱われるのか...

 良識的なSMプレイは、演劇的な空間で行われる言わば ヤラセ の世界。シナリオの代わりに、事前にお願いした依頼内容をもとに鞭で叩かれるというような動的なアクションの連続だ。しかしその狭間において、ふとした沈黙の中に現れる侮蔑とも哀れみとも知れぬ視線の中に、虚構を越えた静的なリアリティを感じる。

 真性S女であろうとなかろうと、職業女王様としてはつかの間のお芝居でやっているセッションの最中で、一瞬「この人バカみたい!」とか「変態でかわいそう...」といった気持ちにウソはないだろう。その嘲りは本物だ。

 「嘲笑というものは、何と眩しいものだろう」 (三島由紀夫「金閣寺」)

 演技中に出現するリアルなエモーション。これこそがSMプレイの醍醐味であり、高いお金を払う価値がここにある。

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酒・女・歌

大石明治菊さて、一年12ヶ月春夏秋冬を駆け巡りながら、実日付とは違う投稿日付の話題をお届けしている本ブログです。
で、今日は9月ですか。ワンパターンとおっしゃるなかれ、ここはまたお酒の話にお付き合い願いましょう。

それというのも、10点札に配図された盃ですよねえ。
これに注目して、9月菊を俗称でチョコという向きもありまして。ああ、勿論チョコレートじゃなくて、お猪口です。
そして、この札との組み合わせで、花見なり月見なりという役となる、この競技花札・出来役に昔の日本人の酒好きぶりを垣間見てきました。

もっとも酒好きは日本人だけではないようです。
え? またワンパターンの『お隣の国』で外国人の例としようとしてるのか? ですって?
いえいえ、どうもいたしまして。今日はぐっと遠い国に思いを馳せようとしているのですよ。
偶には漢字圏を離れて、遥かヨーロッパは音楽の都ウィーンへと、旅してみましょうよ。

聴こえてきましたでしょうか? あのウィンナワルツが。
J・シュトラウスの「美しく青きドナウ」ならば、誰でも一度は聴いたことがあると思います。
作品番号を調べてみると314、3.14は円周率ですね。
代表的な円舞曲だから314番割り振ったのかは知りませんが、作品番号333番円舞曲「酒・女・歌」は意図的にこれを割り振ったと聞きます。
「酒・女・歌」と3拍子揃えば、この世は極楽なんですか?

そういえば、無類の酒好き蜀山人も、

 無くてよき物は女と香の物

      移り香いとふ老いの身なれば (根岸鎮衛)

を、もじって

 無くてならぬものは女と香の物

     人のさいにもめしのさいにも (四方赤良)

と、やってますか。
蜀山人もまた、「酒・女・歌」を75年の生涯の楽しみとしたわけですね。
あ、「四方赤良」ってのは、蜀山人の別ハンドルです。

ところで、「酒・女・歌」が「酒・男・歌」だったら、、、
なーんか、急にみじめったらしくなっちまいますよねえ。
これもまた性差…

と、この言い回し、



さてさて、今日の入りは

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


須磨利之


 戦後の混乱期、まだその方向性が見いだされずにいたSM文化のベクトルを、ある意味で決定的に方向づけた人物が、「奇譚クラブ」の編集者として知られる須磨利之だ。

 生年は定かではないが(1985年に亡くなっている)、第二次大戦に出征していること、「奇譚クラブの人々」(河出文庫)に「72年の生涯を閉じた」という記載があることから、少なくとも大正時代に生まれた人だ。親は京都で大きな印刷会社を経営しており、わりと裕福な環境に育つ。実家の蔵には春画や縛り絵などが豊富にあり、当時の若者の目にはまず触れることのなかったアブノーマルな世界を見つめながら思春期を過ごした。本人いわく、若い頃から緊縛に興味があったという。幼少の頃、母親が全裸で縛られて叔父に折檻を受けているシーンを目撃してしまったエピソードも「奇譚クラブの人々」で紹介されている。

 こうして培われた感性により、まだその概念が日本に存在すらしなかった時代、すなわち誰にも理解不能だった得体のしれない 「SMのようなもの」が、須磨の頭の中で芽生えていたのである。(SMという言葉が人口に膾炙する以前は、同意語的に「縛り」や「緊縛」という表現が使われていた)

 この芽が敗戦の混沌の中、徐々に花咲いていくことになる。

 九死に一生を得て復員してきた須磨は

生きて帰ったら女を縛ったりして好きなことをして暮らす

と決意していた。(それにしてもスゴイ決心だなあ〜 ^^ 帰還兵は偉大です)

 しかし元来はフェミニストである須磨にとって、いわゆるサディスティックな気持ちから女を縛りたいと思っていたわけではなかったようである。戦時中ならいざ知らず、いくら紳士的に趣味的にといったところで、そういう行為は狂人か犯罪者のするものというご時世。出会い系などなどあるわけもない。仕方なく、遊廓で行われていた見せ物的なお芝居で、女が縛られるシーンを演出し、女優を縛ったりする舞台監督兼「緊縛師」として日銭を稼いでいた。これは飛田遊廓で「縛られ女郎ショー」として上演され、責め絵の巨匠として知られる伊藤晴雨も来ていたらしい。
 その傍ら、大阪で出版されていたカストリ誌「奇譚クラブ」の編集に参加することになり、今でいうグラビアページに初めて女性緊縛写真を登場させたのも須磨である。「奇ク」の発行人で経営者でもあった吉田稔は元新聞記者で、前例のない「女の縛られた写真」を誌面に載せることには否定的だった。公序良俗に反するというよりも、売れるとは思っていなかったのである。しかし戦友でもある須磨の提案と説得に折れ、本邦メディア史上初の女性緊縛写真が「奇ク」に載った。それと前後して、日本画家でもある須磨は挿し絵として女性の緊縛イラストを試験的に描いていた。一説では伊藤晴雨の弟子とも伝えられる須磨の「責め絵」は、喜多玲子のペンネームで次々と発表され、大反響を得る。吉田の予想に反して、女性緊縛図は大衆の支持を受けたのだった。

 こうして戦前までは得体の知れなかった何か、大雑把には「あぶ(=アブノーマル)」とういうくくりでしか理解されていなかった「SM」に明確な具体性が与えられた。

 すなわち緊縛の美学という新しい主題が意識されるようになり、その美の信奉者の数は「奇譚クラブ」を媒体として日本全国に増えていったのである。

 女性を縛るという観点からSMを定義した須磨だったが、彼自身にはマゾヒスティックな面もあったようだ。
 男性マゾヒズム願望を初めて大々的に取り上げた1952年の奇譚クラブ7月号「 女天下時代 」という巻頭記事も須磨の手によるものだった。

  (この項続く...)



posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!


ウバ桜・桃割れ桜

桜ストラップ花札・春・三月・桜。
これまで、パッと咲いてパッと散る、その潔さに関して多くの記事を書いてきました。

逆に言えば、百人一首の小野小町の歌のようにです。
盛りが非常に短いものの例えとして、女性の容色に比せられることも多いのが、この桜です。

 ♪〜 はなーの〜 いの〜ちーは〜
    いちーぃどー だーぁーけ〜

なんて、お吉物語の一節でしたっけ?
若い、若い、とちやほやされていると、すぐにウバ桜になってしまうのが女性という存在のようです。

うん、今日は、のっけから崩しちゃいましょうか? こんなのはどうです?

    もろともに あはれとおもへ ウバ桜 アナより外に みる人もなし

露出症♀にかはりて詠める、です。
♀は劣等感のある自分の性器を隠したがるもの、それを晒したがる♀はマゾ傾向にある。
前にも言ったような気もしますが、それよりも…

そうですよねえ。
このブログの投稿日付に惑わされることなく、都度読んでいる人には、誰のことを言っているか何となく分かったことでしょう?
バカなことをしたものですよ、あの彼女は。
人は魔がさすものということを十分考慮に入れても尚まだ考えられないような愚行を積み重ねて、自らをとんでもない立場に追い込んでしまいました。

おっと、この騒動に関しては、どこぞで書いたような気もしないでもないですから、ここらにしましょう。
と、さっきの一首はといえば。
これは見てのとおり、小倉山百人一首の替え歌です。
ほら、66番行尊ですよ。

    もろともに あはれとおもへ 山ざくら 花より外に しる人もなし

ねえ、結構、僕もやるでしょう?
分かりましたでしょう?
替え歌の面白さは元歌と比較することにある、って。

では、アダルト禁止を建前とするgooブログに相応しい別例でつづけましょう。

青い山脈
                  作詞:西条八十 作曲:服部良一

♪ 若くあかるい 歌声に
  雪崩(なだれ)は消える 花も咲く
  青い山脈 雪割桜(ゆきわりざくら)
  空のはて
  今日もわれらの 夢を呼ぶ

さあ、超有名な国民歌謡の超有名な替え歌

♪ あーおいさんみゃーく〜
  ももわれざーくーら〜

そもそも、「桃割れ桜」なる植物は存在しません。
でも、なんとなく意味は分かる、そうなると直前の「青い山脈」が全く別の意味になってくる、
そして元唄の清純さわやかなイメージとの落差格差に笑えるわけです。

と、この言い回し、



はい、8/20の日に「後日の二次創作に、乞うご期待」と言いましたからねえ もう一丁!
ミユの替え歌教室 - 入門編

を丸写ししました。
途中まではオリジナルだったんだけど、あとが続かないんだなあ、僕チン、、、

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


【補録】
タグ:目指せ!! 平成の女蜀山人! マゾヒズムに花札を! マゾヒズム ミユ様 花札 パクリ http://blog.goo.ne.jp/homer-2006 ストラップ 三月 パッと咲いてパッと散る 百人一首 小野小町 花の色は うつりにけりな いたづらに 我身よにふる ながめせしまに お吉物語 天津羽衣 藤田まさと 陸奥明 唐人お吉 ハリスさん 下田港 花のいのちは 一度だけ 下田港の お月様 明るすぎます お吉には ウバ桜 もろともに あはれとおもへ ウバ桜 アナより外に みる人もなし 露出症 マゾ 村岡万由子 白鯛素久 三国丘高校 大阪市立大学 中学生における攻撃性と親子関係の関連について 心理学専攻者の異常心理 鳴門教育大学 小坂浩嗣 三洋電機バレーボール部 三洋電機 ☆ムラ☆ 出生順位による性格の違い 白鯛 村岡 万由子 大阪電通大 村岡弘一 mixi・ケツ毛バーガー騒動 ケツ毛バーガー騒動 ケツ毛バーガー sato8644@yahoo.co.jp 徳島県警 北村滋 いつまでこんな事。。。 ahonosakata ミクシィ SNS 同窓会 サディズムに花束を! http://blog.livedoor.jp/fem_dom_2006/ 会員制 笠原健治 村岡万由子 − 恥部写真をネットに流出させしめた心理学エクスパート 白鯛の パソより落つる ケツ毛かは 故意ぞ積もりて ハヂとなりぬる 小倉山百人一首 青い山脈 西条八十 服部良一 石坂洋次郎 雪割桜 桃割れ桜 ミユの替え歌教室 gooブログ 酔いやまの うつしたるらん しろたいの えむのまにみゆ まゆ毛の涙 ひらきては 村のおかにて 泣きぬるを おかしらつきの 白むあごなり しりつぼみ 阿波の踊りは つきぬとも ほどうせしめの 花は満開 えむながれ あわのしぼみし 三つ櫛の 鳴門のうずに まゆもうずきぬ 燦洋の 明石の鯛も ひらきては 鳴門の深海に 巻きこまれけり 一尺の くわえし 眉のひそみにて 尻にしかれし 黒の絨毯 さんごくの さんようにても とどろきぬ 村の娘は しめりて万開 フジ見えて 繭のかいこは 知れ渡り 鯛の待遇 解雇なりけり ぼてぢゅうの こてに鰹はまみれしが 鯛のなまくび てこにてうごかじ 空売りの みくし下がりて えむながれ 見尽くしけるは けのおおさかな 流出は 刺激すぎぬる えむなれど 露出感度は オートなるかな 昼運動 夜の尺にて 朝起きぬ さーくるおしく まゆをひそめし 阿波の海 鯛の尾ひれの ながれしは うわさばなしに 尾ひれつきしか しりげにて 尻に火がつき しゅたしゅたと 知り過ぎし名は 支離も滅裂 放尿す 小便小僧の 傍らに たれながせしは 秘密ふぉるだぞ さくら花 登りしえだは 満開に かいまんのえだ おりし株かな きるものも まとわぬえむに しらたいの 問い詰められて 白をきるかな 奥底の こころ学びし その夜の こころならずも いでし奥底 忍ぶれど ウェブにいでにけり わが万由は ミクやつかふと 人のとふまで ウェブ横丁 わが名はまだき 立ちにけり 人しれずこそ 撮らせそめしか ちはやぶる まゆのおけつの ひげぼうぼう 万代経てとも 数は変はらじ シロタイの 漏らせるマユの おくシモの くろきをみれば 夜ぞ更けにける 厨のせる ミクのトークの 言ふなりは ケツ毛ぞ☆ムラ☆の しるしなりける 感染の 病にふせし PCの 百年の熱 冷めし恋かな ぼうぼうの またのたまたま 流れるに 某県警も 呆然自失 水無月の れおまの世界 訪れて 獣の本能 またもひらかし 鯛焼の しっぽにあんこ 無きがごとく かいこのまゆは からになりけり そふぁにて えむの型にて ふんばるも びぃっつの屋根は ふんを貼るかな ひらかれし 同窓会のうわさにて ひらいたふぁいる またひらきけり さんようの 蝦でつられてしろたいの 流出ファイルに 上司どなるど 村娘 毛抜きの手抜き 暴露され ウィルスチェックの 手抜き悔やむる ヴィッツにて 鳴門の町を 疾走し 先走りてか 夜はフェラーリ さんようと みくしぃの株と けんけいと 信用失墜 三者三様 ADALTの uの一字は 綴られず まゆこのmは 大文字のM こころにも 剛毛はえて ひらくまた  ひらきなおりて プロデビューかな 刑法の 175条に 抵触す 己をお縄で M字緊縛 しのぶれど パソに漏れにし 我がマンコ モノの汚さ 人の嘲り 村まんの 露もまだひぬ ケツの毛に 湯気立ち上る 秋の夕暮れ 鏡見て ケツ毛抜く身の かなしさよ 昔はケツ毛も 気にせぬものを 全世界 くまなく晒せし わがマンコ ケツ毛ケツ毛で 外も歩けず このたびは Shareもとりあへず 手向山 万由子のケツ毛 WEBのまにまに まゆの腹 出汁て流るる ケツ毛川 いつ見たとて 濃いしかるらむ ケツ毛まで 晒したこの身 いとあはれ 狂うか死ぬか 死につつ生くか ケツの毛が ついばめるまでに のぞきき見る あきれるほどの ナチュラル尻毛 ミクシィの 渡せる橋に 置くケツ毛 黒きを見れば 夜ぞ更けにける あしたから なくなってくれ ループな日々 スマンとあやまる キチガイ白鯛 村岡は 冬ぞさびしさ まさりける 人目もデータも かれぬと思へば 徳島に ケツ毛剃り分け 泣くマユの 声聞くときぞ 秋は悲しき  八重葎 茂れる 陰門(ホト)の ゆゆしきに 人こそ見えね アキは来たらず 秋は来ぬ ケツ毛はすでに生えかわり 穴ふみわけて 挿れる人はなし ながらへば まゆこの尻や しのばれむ うっそうと生えし毛ぞ 今も濃いしき 二十四年 前にMにて 産み落とし 生んだ暴落 母は嘆きぬ 父怒り しらたい呼べと 狂乱す とうさんの危機の 三洋なれど 修士の師 論旨固めよと 教示せり 開いた雑誌に 終始固まる 出産は コウノトリかと 思いきや Mのポーズで このとおりかな カモノハシ 哺乳もすれば 卵産み Mにて産むや 鯛の魚卵を 阿弗利加の 裸族の王子 画像見て 妃決めりと 王に報告 戯れに マンコ披いて そのあまり 野次の多さに 外を歩めず 幾山河 越えさり行かば 野次馬の 終てなむ国ぞ どこへ逝こうか WEBのウラに うち出でてみれば 白鯛の ふいのチョンボに 妾(われ)はめげつつ お茶引きの 山だしの鬼女の したり口 バカバカし目を 独りかもみむ わがほとは みなこのケツ毛 しかと見る 世に汚門戸と 人はいふなり 見せばやな ケツ毛のなかの ナニだにも  ぬれにぞぬれし 色はかはらず ケツ毛まで 撮れや自慢の でじかめに 衣かたして 足立てて寝む 白日の 元に曝されし 我がマムコ 白他意素○ 洒落にぞ洒落し 徳島県警補導員 流出写真 Peach Bomb けつ毛バーガー 母校の面汚し 粉飾決算 三洋電機 粉飾決算 三洋電機 粉飾ケツ賛 監査法人 中央 青山 みすず ゲンダイ 証券監視委 有価証券報告書 課徴金 野中ともよ 井植一族
posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!


読書の秋

 ブログとかのコメント欄に、もうちょっとこう、何か気の利いたコメントを書いてみたいと思い、「コメント力」という本を先日買ったんですよ。ところが、この本は随分前に読もうと思って既に買っていたんですワ!!

 自宅の本棚の脇に積ん読状態になっていたことをすっかり忘れてしまっていたのです。

 僕はいつもまとめて何冊か一気に買うので、こういうことが時々あります。ていうか3〜4回めぐらいか。初めてこれをやってしまった時はショックでした。

 ボケたんか俺?  

 同じ本が2冊家にあるのも気持ち悪い。新刊はヤフオクで売れたのですが、文庫はなかなか売れないです。

 いつか読もうと思って買った本の半分は、結局読まなかったたり、読んでもつまらなかったら途中で辞めちゃう。そんな感じの乱読・積ん読が僕の読書スタイルなのですが、くやしいから「コメント力」は一気に読みました。おもしろかったし、ためになりました。

以前この著者の「声に出して読みたい日本語」を読んでいて気に入り、斎藤孝という名前はチェックしてました。だからその頃に1冊目の「コメント力」を買ったんだと思う。
 文章教室っぽいすぐれた著作がたくさん出ていますし、同じちくま文庫から「段取り力」とか「質問力」といった「〜力」という本も出ています。

 これらは全て読みましたが、論旨が一貫していて実に読みやすい文章を書く人です。文字通り「声に出して読める」文章だと思いました。

 さて、今日から9月。読書の秋にはまた購買意欲がそそられ、無駄に何冊かだぶって買わないよう気をつけたいと思っています。
posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!
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