このブログについて

0c18bbf8b5bcdcc4e7ffb2c2b16909bd.gif SM、あるいは範囲を広げてエロ系の個人ブログの文体における共通意識を探ってみると、そこにはある種のカミングアウト的な発言がよくみられる。普通の会話ではとても口にできないような恥ずかしい内容を、わりと堂々と、時には誇らしげに語っている。日記的なブログだから独白とも言えるが、不特定多数の誰かに読まれることも前提としており、共感が得られればコメントとして跳ね返ってくる。つまりネットワーク上で行われる新しいスタイルの会話となっているようにみえる。

 恥ずかしい内容を何の臆面もなく書けるのはネットの匿名性ゆえであろう。自分を知ってる人には内緒の話だからだ。見知らぬ誰かでも、性癖だけの部分を理解してくれる人との密なコミュニケーションはある種のカタルシス的な満足感を与えてくれる。

 しかし同系統の嗜好ならよいけど、そうでない場合はちょっと「ついていけない」表現にも時々お目にかかる。「ここまで書く?」みたいな。特にM願望を描くような妄想系ブログは、自分とツボが異なると「これは違う!」と意味もなく異議申し立てをしたくなったりするものだが、それは言わない約束になっている。人それぞれ違うのは当たり前だし、それがどんなに変態チックな内容でも自分のブログに何をどう書こうがそれは個人の勝手だ。もし不快なら読まなければいいだけのことである。読みたい人だけ読んでくれればいい。

 僕自身はあまり、自分の性癖や願望を直接的な表現で書くことはしていません。まあ、内容から明らかだとは思いますけど、ちょっとシャイとでもいうのか、しんのすけさんみたく赤裸裸には語っていないです。

 その大きな理由は、つまらない中傷や過剰な反応を浴びることを僕が好まないからだと思います。性同一障害と比べるわけにもいかないでしょうが、どうも世のマゾヒストというのは誤解されがちというか、ただたんに虐められるのが好きなんだろう?みたいに勘違いしている人がまだ多い。恥をかいたり、ばつの悪い思いをするのが好きなわけでもないのに。

 結果としてカミングアウトになってはいるのかもですが、僕としては本当の自分自身をこのブログで語っているとは思えません。まあ、もともと口べただしね...^^

だから「分かって下さいよ〜」みたいなことはあまり言いたくないのです。わかってくれればもちろんウレシいのは確かですが、誰かを「納得」させるためにやってるわけではないし、声高に何かを主張しているつもりもない。もし仮に何か主張があるとすれば、それはブログタイトルにある通りです。










【過去ログ倉庫補録1】 - FemDom メディア史


女性雑誌「CREA」
1991年9月号/文藝春秋社


 
 マニア向けではなく一般の、それも文藝春秋が発行している女性誌にSMが特集された。ある意味でこれはニュースだと当時思ったものである。「家畜人ヤプー」の出版から20年余、ついにSMはマスコミの表舞台に躍り出た。

 しかもマゾ男体験取材記事を泉麻人が執筆していた。


どちらかというと  

男がマゾ、
 

つまり フェムドム的な側面 


がしっかりとフォローされていたのである。

 いやむしろ「S男がM女を縛る」といった伝統的なイメージはほとんどなかったと思う。「Queens」や「Secret」といったM男向けメディアが取り上げられ、SM設備のあるホテルの紹介やマニアックな関連情報など、一般女性誌でここまでやるのか?と言えるぐらいの入れ込みよう。出版社というところは、女性誌といえども編集部は男が多い職場である。作家やライターに外注の女性を起用はしても社内にはマゾ男がひしめいている。長年抑圧され続けてきたエム魂が昭和の終焉ともに解き放たれたのか。

 この雑誌が発売された年は、南アフリカでアパルトヘイトが撤廃された年でもあり、特集記事の中でSM論と絡めて取り上げられていた。(だけどこれはちょっと無理めというか、意味不明だったかな。話の流れが逆なんだもの)
 女性の社会進出が定着し、キャリアウーマンがサラリーマンと同じようなトピックを雑誌に求めるような時代を反映してか、女性誌はこぞってきわどいセックスの話題を特集するようになっていた。まさに「女性上位」、フェムドム時代の到来を実感させるうねりが渦巻いていたのである。SMの一般的なくくりの中ではいまいちマイナーだった男性マゾヒズム市場の規制緩和がようやく実現され、本当の意味でフェムドム・カルチャーの夜明けが到来した。
(と、日記には書いておこう...)


【2006/01/16 Mon】 // FemDom メディア史



フェムドム・メディアの台頭

「M エグゼクティブ」 桜桃書房

 この雑誌も80年代初期のもの。SM雑誌の場合モデルさんは男女とも目線を隠したり仮面や全頭マスクをつけることが多かったのだが、このように素顔でも登場できるムードに移行しつつある時代で、開放的な見やすい写真が登場してくる。
 グラビアの他マニアの告白やSMクラブ探訪など総合的に充実した内容。特に「オモシロM雑誌はこれだ!」という特集があり、前回紹介した「Ladies」や創刊されたばかりの「スレイブ通信」「女王様の部屋」「ザ・調教」など様々なM雑誌のレビュー記事がフェムドム・ムーブメントの勢いを印象づけていた。だが桜桃書房発行の自社モノをベタ褒めしているところはちょっとミエミエで寂しい感じもした。

 ここに登場する桑原みゆきという女性はAV女優らしいが、本来はモデルで実際にはSMプレイの経験はない、と中の記事にあった。そう言われてみれば「それっぽくない」という感じ。どことなく興味本位というか、未知なる世界をおっかなびっくり体験しながら楽しんでいるといった趣がある。
 巻頭グラビア「Mへの目覚め」は、マゾでなくともこうされてみたい、と思わせるような全体的にソフトなイメージで構成され、おそらくはプレイという流れのない、撮影主体のグラビアではないかと思われる。























お馬さんスタイルはこの当時は基本でした。パンティーを頭にかぶるというのも古いSM雑誌の典型的な設定が引き継がれている。赤い首輪とのコーディネートがおしゃれ。


表紙のキャプションに格闘技Mと銘打たれていたが「これのどこが?」みたいなソフトな構成。まさに初心者向けMの目覚めである。やさしげなみゆき女王様の表情に萌え。



このシリーズはぜひサムネールをクリックして拡大画像を味わって頂きたい。容量を抑えるために画質を犠牲にしてしまったが、ソフトなわりに迫力あるショットだ。




実際のセッションでこのようにスタイリッシュな舐め方は難しいと思う。プレイの流れの中ではなく、あらかじめ指示されたポーズで撮影されていたのではと思う根拠がこれ。



グラビア Mへの目覚め みゆき女王様(クリックで拡大イメージ)




【2005/12/07 Wed】 // FemDom メディア史



外国の FemDom メディア

ひざまずきなさい!

 インターネット登場以前の80年代は海外のフェムドム・メディアを目にする機会がほとんどない時代。東京なら六本木セビアンや新宿カバリエなどのアダルトショップか、M系雑誌掲載広告の通販で入手するしかなかった。この時期日本でもM男性向け専門誌が普及し始めてはいたが、海外のそれらに比べるとまだ保守的という感じで、外国のボンデージ雑誌の過激でファッショナブルなスタイルに憧れたものである。

「Kneel」とは「ひざまずく」という意味の動詞。その命令形をタイトルにあしらったこの雑誌は「女性による男性支配」の典型的なイメージがよく描かれていた。「男の世話と飼育」というグラビア記事からの写真が表紙に使われている。この他にも夫を奴隷に調教するビデオの紹介やコミック・イラストなど、ビジュアル重視の構成で、海外のこの種の媒体でよくみかける個人ミストレスのスレイブ募集広告もほとんどなく、英語がわからなくても満足度は大きい内容となっている。
 さすがに今みるとやや物足りない印象だが、オーソドックスな "Female Domination" の世界が楽しめる。


【2005/11/24 Thu】 // FemDom メディア史



「SMキング」






 (「SMキング」1973年(昭和48年)12月号 大洋図書)



 1970年代に入ると、華やかな表紙に彩られたSM誌が次々と発行され、全国的に流通するようになる。しかし置いている書店は限られており、フェムドム専門誌と呼べるほどのものはまだなかった。あくまでも主流は男がサドで、女性緊縛写真の扱いが大きかった。ただ、少しずつではあったが、男性マゾヒズム願望を満足させるような内容が、多様化するSMメディアの中で一つの独立したコンテンツとして登場してくるようになる。春川ナミオのイラストは着実にその地位を確固たるものしつつあったし、テレビ番組「11PM」でもSMがトピックとして取り上げられたり、それまではマニアの間だけでしか知られていなかった「家畜人ヤプー」が出版され、一般的に話題となったのもこの頃だ。三島由紀夫や谷崎潤一郎(「痴人の愛」)の功績も大きい。ゆるやかな過渡期であったのかもしれないが、フェムドムの夜明けはまだ遠い先のことのように思えた。
 
 これは小学生の時に近所に捨てられていたものを偶然拾ったこともあり、古いSM雑誌の中でも特に愛着がある。僕がこの世界に目覚めてしまった直接のきっかけだったのかもしれない。

 団鬼六責任編集とあり、確かに内容はかなり充実していたようである。しかし、力みすぎたのか2年ぐらいで姿を消した。70年代のこの時期はSM誌の創刊ラッシュの時代で、狭いマーケットでの過当競争において、内容的によいものが生き残るとは限らなかった。残念である。


【2005/11/11 Fri】 // FemDom メディア史



昔のSM雑誌



 人知れず買って押し入れの奥にでもしまっておく。客間の本棚には絶対に飾られることのない、可哀想な雑誌...

 戦後まもなくのカストリ誌は発行部数が少なく、不安定なメディアだった。1952年(昭和27年)奇譚クラブの編集方針がSM路線に変わったのをきっかけに、この種の市場の可能性が開かれ、1960年代には「裏窓」「風俗奇譚」などの雑誌が徐々にマーケットを広げていく。この時期は同性愛や近親相姦なども含めた異常性愛、フェチ嗜好や様々な変態性欲など、いわゆるアブノーマル全般を扱っており、まだ「Fem-Dom」というキーワードはまだ登場してこない。かろうじて「SM」という言葉が使われるようにはなっていたが、雑誌のタイトルや表紙にコピーとして使われるほどの市民権はまだ得られていなかったようである。

 普通なら押し入れから出てくることのない禁断の雑誌を見ながら、FemDomメディアの考察を試みてみる。


【2005/10/29 Sat】 // FemDom メディア史



懐かしのM本

スペシャルマゾ プラザ出版 

 発行年月日の記載はないが、本体に消費税の表示がないことから1980年代前半頃だと思われる。

 特にマゾッ気のない人でもこのような世界を受け入れることが可能な人は多いのではないだろうか、というぐらいソフトな内容。過激な針や鞭といった責めはなく、ポーズやムードで見せるフェティッシュな構成。今ならここまで「ぬるい」グラビアを見ることができない。

 時代であろう。B5サイズでこの当時のものとしては大きく、全ページカラー写真というのもインパクトがあった。

 サブタイトルには「M女の変態的責めと性戯のスペクタクル大特集!」とあるから、女王様はM女らしい。言われてみればS女性らしさが感じられず、どちらかと言えば従順なタイプ。だから言われてやっているだけなのかもしれない。普段はM女をサディスティックに苛めているご主人様が

今回は奴隷役として責められるの図

ということなのだろう。

 これはその後シリーズ化され不定期にvol.7までの発行が確認されている。


【2005/10/28 Fri】 // FemDom メディア史



【過去ログ倉庫補録2】 - ビデオレビュー

シルバークイーンシリーズ「ザ・奴隷」



 登場しては消えていく無数のアイドルたち。アドルト・ビデオ出身の女優がその後実はメジャーなアイドルになっていたり、落ち目の元アイドルタレントが起死回生に脱いだりAV業界に進出するケースなど人生いろいろあります。しかしSMビデオ、しかもフェムドム系がらみの話題はちょっと珍しいかもしれない。

 以前「美少女クイーン・ザ・畜奴」をエントリーした際に、妖精クイーンまたはシルバークイーンと呼ばれる女王様女優が、北原ちあき、または北原佐和子ではないのか?とのご指摘を頂きました。時期的にも重なるし言われてみればそうかも?という感じがするのですが、どうなのでしょう。




 このアイドルの2人は似ているけどなんとなく別人くさい。
だけどもしかして、どっちかが妖精クイーンかもという可能性は否定しきれないような気がします。合理的疑惑が残ります。
 僕は妖精クイーンのビデオは何本か所有してますが、アイドルの方はノーチェックでした。「平凡パンチ」などで見かけたことあったかな〜という程度で、それほど売れてたという記憶はない。ファンはいたかもしれないけど。

 妖精クイーンの方は、狭いマーケットながら初期の女王様ビデオとしてはヒットしていた。まさしくフェムドム界のアイドル的存在。それもぶりっ子的キャラ。誰がどうみても女王様っぽくない。泣いてるようだが涙の出てない松田聖子みたいなもので、それなのにナゼか人気はあったんだよね。彼女は声が特徴的なので、アイドルバージョンのビデオかCDを入手できればウラがとれそうな気がする。

 


 う〜ん、仮面の向こう側に見え隠れするその素顔やいかに?
こうしてみると、なんだか仮面してる女王様というのもまたそそられるものがあります。


【2006/04/09 Sun】 // ビデオレビュー



和樹女王様


 伝説のカリスマ女王様

 振り返れば、何かをあきらめることで、いつかはそれをと期待し続けることに人生の楽しみがあるのかもしれない。

 当時池袋のクインビーといえば、新規参入でありながら、中野や六本木の老舗SMクラブに迫る急成長を成し遂げていた。ここに和樹・瀬里奈という2人のミストレスが所属しており、ハイヒールの秀美女王様とならんで池袋のビッグ・スリーなどと呼ばれていたものである。アイドル顔の秀美や瀬里奈女王様に比べると、和樹女王様の方は「典型的な女王様顔」ともいえる強面な表情である。いわゆる「目力」があった。その威厳を裏づけるのは彼女独特の声質にあったように思う。鋭い命令調、一瞬のためらいも許さない疑問形口調に特徴があり、立て板に水が流れるような台詞の言い回しは、それが台本通りであろうがなかろうがマゾ心に突き刺ささってくる。あのカン高い声は一度聞いたら忘れることができない。

 クインビーには一度行ったことがある。このカリスマ女王様とどうしてもプレイがしてみたくてたまらないと思っていた時期、社会人になってから初めてのボーナスと出張のタイミングが重なった。これはもう運命にちがいないと勝手に勘違いして、僕なりに意を決して足を運んだのである。まず会員にならないと予約ができないシステムだった。出張の日程は1泊2日。今日を逃すと今回はもうチャンスがない。和樹女王様を指名したが明日まで予約がいっぱいで明後日からでないと予約ができないという。瀬里奈女王様は出勤日ではなかった。この2人は凄い人気で2〜3日待つのは普通とのこと。キャンセル待ちも受けつけていた。アルバムで他の女王様を未練がましくみつめていたが、すでに「和樹女王様に調教されるモード」で上京していたので、他の女王様とプレイする気にはなれなかった。そういう気持ちのゆとりはなかった。若かった。今日はプレイをしない旨を伝え、入会金だけ払って店をあとにする。しかしその後クインビーを利用することは一度もなく現在に至っている。

 まさに彼女は僕にとって伝説の女王様となってしまった。


【2006/01/02 Mon】 // ビデオレビュー



セビアン・クィーンズ・コレクション


 北川プロとならんで80年代を代表するMビデオ・シリーズ。値段のわりには画質が悪く、音声もいいかげんだったが、演出不在のナマ撮りの映像は見応えがあった。中にはずっと固定アングルで、おそらくそこには女王様と奴隷の二人きりしかいない完全な密室という状況が、さらにいやらしいムードを高めていた。本来開かれるべきではないSMプレイの多彩なテンプレートが、そこにはあった。登場する女王様やM男も個性的で、作品ごとに時間や内容にムラがあり、当たりハズレのギャップは大きかったかもしれない。タイトルはナンバリングだけで特にコピーまわりがなく、パッケージに唯一添付されていた一枚の写真だけが購入を判断する決めてだった。手元にあるチラシには大阪スウエーデン、北川プロなどと共用のカタログで商品説明がわずかにこうある。

 こんな感じ ↓

【No.36/ 30分 ¥12,000】 
 女王様の美しい御脚でもてあそばれる奴隷。
極めつけは奴隷へのアナル奉仕で奴隷はとっても楽しそう。


 このキャプションでは「アナル奉仕」されるのが奴隷なのか女王様なのかよくわからない。素直に(僕の勝手な期待に都合よく)読めば、女王様が奴隷のアナルを責めると理解できなくもない。写真では奴隷が女王様のアナルを奉仕しているようだ。僕は悩んだ。いったいどっちなんだ!? どちらもあるのか? 当時はまだ予備校に通う金欠学生だったので、買う決心をして六本木まで行っても、セビアンのショップの中で2時間ぐらい迷ったのを覚えている。結局買った。M男へのアナル責めはなくて、ひたすら女王様のアナルをなめまくり。予想は裏切られたが納得のいく内容ではあった。

 ここで登場する天鳥舞女王様はセビアン・シリーズの常連で、彼女の口調や責めのスタイルを当時は新鮮に感じたものだが、今からみるとあまりにも典型的でハマりすぎ。その後の「女王様」的イメージのスタンダードになったような気がする。実際、90年代から続々と登場してくるMビデオの演出には、この流れが引き継つがれていたように思う。


【2005/12/27 Tue】 // ビデオレビュー



聖水拝受



 これぐらい美しくて魅力的な女王様のだったら、ひょっとして飲めるかもしれない。そんなことをふと実感させてくれるビデオ。
 エマ女王様はブレーントラストカンパニーでも主演していたし、M専門雑誌にもよく登場していた売れっ子。ちょっと不器用なM奴隷タケはおそらく普通の男優かもしれない。それだからなのか2人の息があまりあってないような印象であった。いやもしかして彼女の専属奴隷かもしれないが撮影というプレッシャーでいつものノリがでていなかったようにも見える。そのあたりが少し残念な作品ではあるものの、まるで容量無制限かのように繰り返される聖水攻撃の嵐はそれぞれ見応えたっぷり。もうごちそうさまって感じ。それから鞭打ちのシーンがあり、ズラリと並んだ様々な種類の鞭から「どの鞭で打ってほしいかオマエが選びなさい」というところが萌え。これから自分が打たれる鞭を自分で選ばされる。ナイスですね。セットの鉄格子や凝った照明など、チープなMビデオにしてはめずらしく余計なところに気が配られている点も評価できる。
 この当時SMクラブで現役だっただけありエマ女王様のベテラン調教ぶりはさすがというほかない。演技力と言えるほどではないにしても、口調といいセリフといいツボをおさえた表現力は充分M心にしみた。


株式会社ギガ/60分・¥10,000
出演:天宮エマ女王様





【2005/11/17 Thu】 // ビデオレビュー



美しき女王様

 これは僕が初めて購入したMビデオで、確か1980年代の前半頃だったと記憶している。当時はまだMビデオの数も種類も少なかったので、けっこう目立っていた。北川プロやセビアンなどのナマ撮りプレイと違い、脚本も演出も練られており、女優の(「女王様」でなく、明らかに女優である。これをきっかけにSMに目覚めたかもしれないが、撮影当時は少なくとも「真性S女性」ではなかったと思われる)なかなか作りこまれた作品であった。その分演技にはやくさいところがあり、ラストでこの女王様が奴隷のオナニーを見つめる表情に恥じらいがあったのはご愛嬌である。だが、この作品にはMプレイの基本中の基本ともいうべきお約束ごとがしっかり押さえられており、今みても十分参考になるばかりでなく、内容的にも見応えがあった。

 冒頭シーンで、おそらくは六本木あたりの高架下だろうか、公衆電話(!当時は携帯電話がまだ普及していなかった)から連絡するシーンがあり、これが妙にリアル。ほのぼのと懐かしい。

芳友舎・SAMM video Beta 40分 ¥15,000
(VHSでなくベータだった!)


【2005/04/30 Sat】 // ビデオレビュー



美少女クイーン・ザ・畜奴
 
 妖精クイーンとか、シルバークイーンなどというシリーズで他にも多数のタイトルが出ていた。仮面の奥には童顔がかくれているのだろうか?頑張っているのは伝わるんだけれど、ちょっとウブさも感じられる意味不明の女王様だった。もともと真性のS女という感じでもなさそう。腕のいいM男に「言わされている」みたいな感じで、時々セリフもとちっていた。ただ、その台本を書いているのは絶対にM心を理解している人物と思われ、それがまたいい味をだしていた。
 それもそのはず、その後頂いたコメントからこの女王様は元アイドルタレントの北原ちあき、または北原佐和子であったという情報が発覚。ぶりっこは筋金入りであった。落ち目のアイドルタレントが起死回生に脱いだりAV業界に進出するケースなど人生いろいろあるというお話でした。

【2005/04/29 Fri】 // ビデオレビュー


【過去ログ倉庫補録3】 - FemDom座映画劇場

もののけ姫


 アニメ作家の宮崎駿氏がベネチア国際映画祭で栄誉金獅子賞を受賞されました。おめでとうございます。

 公式会見で宮崎監督は「私の作品のメッセージは、見る人それぞれが自由に受け取ってほしい」と語っていた。

 その昔「未来少年コナン」というNHK初のアニメがありましてね。僕は「ラナ」フェチでした。古くは名作シリーズ「アルプスの少女ハイジ」や「母をたずねて三千里」など、宮崎駿の描く美少女キャラクターには一貫してある種の共通イメージがあることはよく知られている。
(クララ→フィオリーナ→ラナ→ナウシカ→クラリス→シータ etc...)

 一般的に言うなら「かよわい」というか、ヒーローとなる少年が守ってあげたくなる伝統的なタイプなのだが、潜在する芯の強さと時折見せる上品なサディスティックな面がある。

 そのなかで「もののけ姫」(1997年)のヒロインは、歴代キャラの中でもユニークだった。タイトルに「姫」が使われ英語版もプリンセスだからちょっとまぎらわしいが、僕としてはそれまでの「お姫さま」的イメージを脱皮し、明確に「女王様(ミストレス)」的キャラが打ち出されていたように感じる。もちろんこれは僕だけの感じ方なのかもしれないが、その根拠を暗示するシーンを指摘してみたい。

 物語の中盤でアシタカが重傷を負って、サンが介抱する場面。この時彼女は食べ物を自分の口にいれてモグモグと噛んでやわらかくしてから、アシタカに食べさせるのだった。

 きたキター! きましたよ〜ってな感じで僕はやたらとここで興奮してしまったのだが、・・・あのー、間違ってますでしょうか? 
 
 よもやそんなシーンがくるとは想定の範囲外だったので思わず喜んだのを覚えている。

 普通の人がみたらどうってことないのかもしれない。「ちょっといやだな」と感じる人もいるのかしら。

 もしこれを話題にすると、 「おまえマゾだろう?」

とか言われるのを恐れてか、皆さん意識的に避けていた項目なのでしょうか。

 この素晴らしい作品については、もっと他にも触れるべきことがある。
例えば「宮崎駿マゾ説」とか  ←そんなのないって (。。)☆\バキ...

 または宮崎作品に登場する歴代ヒーロー達の「マゾ度レベルチェック」も早急に解明されるべきとても重要な考察対象ではある。

 しかしこの「サンの咀嚼」は Fem Dom アニメ史上画期的なワンシーンとして、後世に伝えるべき輝かしい瞬間として、全人類の記憶に残しておきたい。


 アニメや映画を見ている時にふと、「お!今のシーンいいな」 と思う時がある。他の人なら見過ごしてしまうような、さりげない場面ではあるのだが、このようなところにこそ作者の強烈な思いが込められていたりするのだ。

 宮崎ちゃん、(あえてタメ口)、あなたのマゾヒストへの優しいメッセージは、しっかりと受け止めましたから、安心して下さいね! 



 ところで、このニュースは今日の朝刊の読売では第1面でトップ扱いで大きく報じられた。朝日も2面の「ひと」欄でクローズアップされているのに、毎日には記事そのものがない?
 ひょっとして抜かれたか? いや外電だからそれはありえない。そう思って国際面や芸能欄を目をさらのようにして探してみると、社会面の片隅に小さくこんな感じで載ってた。各紙の温度差はよくあることだが、毎日の場合自社が主催する「毎日映画コンクール」で「もののけ姫」をはじめ「となりトトロ」や「千と千尋の神隠し」などにも賞を与えまくっているところだよ。他に大事件や大きなニュースがあるならともかく、普通の感覚で三面記事にするかね。

宮崎駿関連の輝かしい受賞歴

1980年 『ルパン三世カリオストロの城』が毎日映画コンクールの大藤信郎賞を受賞。
1985年 『風の谷のナウシカ』が毎日映画コンクールの大藤信郎賞を受賞。
1987年 『天空の城ラピュタ』が毎日映画コンクールの大藤信郎賞を受賞。
1989年 『となりのトトロ』が毎日映画コンクールの日本映画大賞と大藤信郎賞を受賞。
1990年 『魔女の宅急便』が毎日映画コンクールのアニメーション映画賞を受賞。
1993年 『紅の豚』が毎日映画コンクールのアニメーション映画賞を受賞。
1994年 漫画版『風の谷のナウシカ』により第23回日本漫画家協会賞大賞受賞。
1998年 『もののけ姫』が毎日映画コンクールの日本映画大賞とアニメーション映画賞を受賞。
2000年 第3回司馬遼太郎賞?受賞。
2002年 『千と千尋の神隠し』が毎日映画コンクールの日本映画大賞とアニメーション映画賞を受賞。
              ベルリン国際映画祭金熊賞受賞。
2003年 『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞長編アニメ映画賞受賞。
2005年 第62回ベネチア国際映画祭で個人として「栄誉金獅子賞」受賞。

 たまたま担当デスクがアホだっただけかもしれないが、それにしてはこの扱い、ちょっと冷たすぎるんじゃないの? 

 もしそれを理由にあえて慎ましくしたのだとしたら、や〜な感じ。




【2006/01/21 Sat】 // FemDom座映画劇場



妖怪大戦争



マゾと妖怪は似ているな と思った。

 共通するキーワードは「キモイ」か。

だけど愛敬もある。怖い妖怪もいるけど、つい苛めたくなってしまう妖怪もいるでしょ?

  寂しがりやで、かまってほしくて、どことなく惨めで。

  ひねくれていて、愛に飢えていて、純粋で。

マゾヒストの生態と似通った部分がかなりある。

 公開中の映画「妖怪大戦争」は、作品的にはイマイチという気がしないでもないけれど、妖怪大好きな僕としてはやはり外せない。しかもこれはフェムドム的に注目できるシーンがある。栗山千明演じる妖怪アギの武器は白い鞭だ。妖艶な白い衣装とのコーディネートでサディスティックに鞭ふるうシーンには異色の魅力があった。こう言っちゃあなんだけど、女王様キャラが立ってました。

 そういえばクエンティン・タランティーノの「キル・ビル」に出ていた彼女は良かった。日本人形みたいな顔立ちとコギャル系キャラの合わせワザのような表情。ジャパニーズ・ミストレスの資質充分。

  タランティーノはきっとマゾだね。
 
 人間の恐怖が生み出す心象風景が妖怪のひとつの起源であるというのは説得力がある。怖くて見るのもイヤなのに、結局それは本人が無意識に望んでいる「何か」なのだ。

 「一本鞭で打たれると痛いからヤダ」と思っていても、心のどこかでそれを望んでいる。こういう「怖いもの見たさ」的メンタリティーもマゾヒズムに通じるところがあるのではないだろうか。雪おんなみたいに美しい妖怪にだったら、怖い思いをさせられてみたい。少年時代の心のどこかにあったように、マゾヒズムは純粋なものなのだ。




 さて、この映画の最大の見所はなんといっても川姫という女カッパみたいな妖怪の

  太ももだ!

思わずしゃぶりつきたくなってしまう。主人公の少年がそのフトモモに触っているシーンにはうっとりした。

ちきしょう、フェチだぜこれは。

 内容的に 不満がまったくないわけではない。

 そもそも全然怖くないし、このクソ暑い季節、もうちょっと怖がらせて欲しかった。どちらかというとコメディ。エンタメとしてのサービス精神がうざいくらい過剰ですね。水木しげるや京極夏彦がカメオ出演してるのはいいとして、妖怪映画と呼ぶにはノリが軽すぎる。もっとジメジメした演出もあり得たと思うんですけど。

 監督の三池崇史は僕と同世代で作品はよく知ってるがあまり好きではない。昔はなんでも器用にこなす若手監督の代表株だと思っていたが、相変わらず進歩のない奴だな〜と今回思ってしまった。最近はけっこういいポジションにいるにしては、ホントにやりたいことやってるのかね?
 いろんな利害を調整するのが上手いだけの、結局上から言われるがままの便利屋監督、と言われても仕方がないのでは?と辛口のひとつも言いたくなってしまう。本人も辛いところがあるのかもしれないけれど...
 僕は妖怪が好きで、京極夏彦のファンだからいいけど、早い話が角川のプロモーションビデオなんだよね、これ。

 つい憎まれ口を叩いてしまいましたが、川姫のフトモモの魅力が、これら全てのマイナス点を補っているし、娯楽作品としてはまあまあの出来。お薦めです。

 汚れてしまった僕にはもう妖怪は見えないんだなってことがわかってしまった。それがちょっと悲しい。


【2006/01/12 Thu】 // FemDom座映画劇場



ブレードランナー


マゾヒストは電気羊の夢をみるか?

 何度でも観たくなるフェティッシュな映画だ。僕が20年以上前に初めて買ったレーザーディスクのソフトで、少なくとも30回以上は観ているだろう。所有して、いつでも観れる状態にしておきたくなるという意味でもフェチ的な作品だと思う。映像美というものが何かを知らしめてくれる。ストーリーも素晴らしい。

 レプリカント

感情以外は人間と変わらないアンドロイド。

だが、製造後数年たつと感情も芽生えてくる。

つまり物質なのに人間以上のパーフェクトな生命体。

宇宙や戦場など過酷な環境で人間の代わりに作業する人間そっくりのアンドロイド。それがレプリカントだ。


 この概念自体が実にフェチだ。映画の中では慰安用レプリカントも登場するが、そう遠くない将来、人口知能を持つダッチワイフのような、性欲処理用、SMプレイ用といったアダルト・グッズが実際に開発されるかもしれない。
「羞恥メモリ」などという高度なプログラミングがなされて恥ずかしがったりもする。

 しかしユーザーがセックスしたり鞭で打ったりするのを「受ける」タイプではなく、こちらの要望通りにユーザーを虐めたり、辱めたりしてくれるような「アクティブ」なレプリカントが僕は欲しい。生身の人間でなく、物質の心を持つアンドロイドのミストレスに調教される。これぞ究極のフェティシズムとは言えなくはないだろうか。それこそ、「毛皮を来たヴィンーナス」のワンダや「痴人の愛」のナオミの人格をプログラミングして、奴隷契約書という名の脚本を自分の思い通りに演じてくれるミストレスを創り込む。エゴマゾのパーフェクトな夢が実現するのだ。

 映画の後半、ハリソン・フォード演じるデッカードが慰安用レプリカントであるプリス(ダリル・ハンナ)と対決する戦闘場面。プリスの太ももにデッカードの首が挟まれる一瞬がある。他にも印象深い名場面はたくさんある映画だが、このシーンはFemDom的に忘れがたい。ウラヤマしいぞハリソン・フォードめ。このシーンが頭から離れないっす(← 何回も繰り返して見てるからだ)

 あ〜、レイチェル(ショーン・ヤング)みたいなレプリカントに虐められたい!




















【2005/12/03 Sat】 // FemDom座映画劇場



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花束を!
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