プライドと偏見



 中年の変態おやじが見るような映画じゃないって? 言えてる ^^; ...

 「チャーリーとチョコレート工場」に続いてまたまた「らしくない」映画を見てしまいましたが、確かに今回は「衝動買い」みたいな感じです。女優の顔が好みのタイプだった。僕は知らなかったけど最近赤丸急上昇の大型新人、キーラ・ナイトレイちゃん(覚えにいくい名前だなァ ^^)知的な正統派美人で勝気な表情がグッドです。
 
 名前だけはおぼろげながら知ってはいたジェーン・オースティンの方は作品は読んだことないし、そんなに偉大な作家だとは知らなかったですね、悪いけど。
 ただ、既成知識としては「ユー・ガット・メール」でメグ・ライアンが読んでいたのがこれ(映画の中では「高慢と偏見」というタイトル)だったのを覚えている。今思えば、実にうまい伏線でした。(原作邦訳/新潮社「自負と偏見」中野好夫訳)

 偏見は prejudice 。コレは英検準1級レベルの英単語です。発音も難しい。「プライド」のようにカタカナ英語にはなりにくい。

 さて、なんでもかんでもSMやフェチにこじつけるのがこのブログだと思っている人もいらっしゃるかと思いますが、それはそれで正解です。ただ、この映画は純粋に上質な恋愛映画で、出来は素晴らしい。21世紀の今、この年齢でこういう映画に感動できる自分を誉めてあげたい気分になる(←なんで作品を誉めないんだ?)時代が時代だけに(18世紀!だからね)ラブストーリーとしてはぬるい部分もあるが、現代的にも意義ある名作です。そのことだけは強調しておきたい。今年初めて見た映画が、イキナリ今年のいち押しになってしまいました。

 では、本題。

 僕にはあまりプライドというものがないから、プライドがある人にとっては、それを捨てることがそんなに難しいものなのかしらと思ってしまいます。プライドあったらSMクラブで楽しく遊べません。自称マゾだという人も、プライドが邪魔して満足できないなんてこともあるんじゃないでしょうか?

 マゾにプライドはいらない、とは言いません。必要とまでは言わなくもあったほうがいい。あって、それを捨てざるを得ない状況に追い込まれるのがいいんだよ。プロセスが大事。

 映画でもMr.ダーシーはそのプロセスを経験します。愛の告白は文字通りのカミングアウトだから、やはり恥ずかしい。いつの時代でも一か八かの大勝負。まっとうな恋愛関係のプロセスに、ちゃんとサドマゾヒズムがあるじゃないか。

 この物語の中では男がプライドを持ち、主人公のエリザベスが偏見を持っている。

 女王様に偏見はあっていい。マゾはきもい!って、思ってればいいじゃん。

         ( ↑ こういうこじつけになるのね ^^)


 だけど、女王様が偏見をなくした時に、M男を愛することが可能なのかもしれないという希望がわく。

 「マゾヒズムに花束を!」的に解釈すると、いろいろと考えさせてくれる映画です。

 いずれにしても、たんなるラブ・ロマンスものではない、実に奥深い作品でした。日本が江戸時代の頃に、欧米社会だって男尊女卑的な封建制度がまだ残っていた状況の中で、これだけモダンで強烈な個性と近代的自我をもつヒロイン像を創り出したオースティンの偉大さでしょうか。それとハリウッド作品と違って、英国産は気品が感じられます。オールロケのイギリスの田園風景がまた美しい。映像的にも癒されます!

 カップルで見るもよし。孤独に一人で見るもよし。

1月14日から有楽座ほか全国公開中 配給:UIP映画

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posted by homer_2006 | Comment(1) | マゾヒズムに花束を!
この記事へのコメント
マゾにプライドはいらない、なんて発想がどこから出てくるんだか?
デマカセ書くのも休み休みにしてよ。
自尊心がなけりゃ、羞恥や屈辱感もありえない。
これらがないところのどこに嗜虐が入り込む余地があるんだか。
マゾと腑抜けを間違えてるんでないんか?










って、突っ込めばいいの、うふっ!
Posted by マジボケ at 2006年01月16日 19:02
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