幽霊の正体見たり - LD事件をちょっとだけ本気で考察する

思えば昨年の大晦日、ネット投資に対する懐疑の念を吐露した。
果たせるかなという言い方をしてよいのであろうか、年が明けて早々に大事件が起こった。
言うまでもなく、ライブドアへの強制捜査・総帥の堀江貴文氏の逮捕拘留のことである。

この件に関して僕は既に別所に投稿した。したのであるが、あれは米インサイダー取引についての言及であり、ライブドア事件からは距離がある。
本音を語るこのブログでは、もうちょっと本丸に迫った投稿をしてみよう。
今までの投稿よりも、ほんの少しだけ踏み込んだ記述をしてみようとしてることを、お心にお読みいただけたらと思う。

堀江貴文、今は堀江容疑者という呼称になってしまった渦中の人物。
多くの人は、この人はIT産業の従事者であるという認識でいたろう。
僕もそうである。
そして、新時代産業の旗手と位置づけていた。
僕自身どうであるかは明言できぬが、少なくても『ネット人格Homer』と彼との接点めいたものは「IT」「ネット」、ここいらにしかなかった。

ところが、ふたを開けてみると、どうも堀江という人物は新時代産業従事者でもなんでもなかった。旧来からあった『乗っ取り屋』、というのが実体。
まあ、国家規模でみてた夢から覚めたというところであろうか。

国家的ヒーローになっていたということは、別に不自然ではない。
人というものはアウトロー、といったら語弊があるか、兎も角型からはみ出した者に喝采を送りたがるものだ。
ここに一つの漫画がある。
本宮ひろ志『男一匹ガキ大将』、1968年から「週刊少年ジャンプ」で連載を開始したこの作品はアニメ化・映画化される大人気作品となった。
これなどはずばり、乗っ取り屋の物語だ。

乗っ取り屋の正邪や、(主人公)『万吉』と堀江の違いについて触れることは、このブログの意図から外れるので割愛する。
僕がここで言いたいのは、

IT産業を時代の華ともてはやした風潮は幻想。
所詮は、乗っ取り屋が厚塗りするための白粉・とのこ替りにくらいしか利用価値がなかった、ということが判明した。

ということである。
現役のIT産業従事各位からの反論は認めない。あなた方は堀江容疑者の暴走を止められなかったではないか。
それにである。
普及過程や国情をじっくり考えてみれば、日本におけるITの将来性など自ずと見えてくることであろう。
今回の事件が国家規模でみてた白昼夢からの覚醒につながるようであれば、災い転じて福である。

さて、繰り返しネット投資が惜しい、惜しいといい続けている僕であるが、出すものは舌をだすのも嫌、というような吝嗇漢というわけではない。
かといって、アフリエイトで大きく当てようと考えるようなヤマ師でもなければ、『ファン』だの『クレクレ』なるものだのを半ば意図的に仕立て上げ、ひたすら自己完結に終始する一部サイト運用者のような陶酔者でもない。
290円払ったら290円分だけの、290万払ったら290万分だけのものが帰ってくることを期待する、通常の経済人である。
だからこそ、惜しい、惜しいと唱え続けているわけであるが。

とは言うものの、多分当面はネット投資は続けることになろう、いや、そうせざるを得ないのである。
理由は簡単、世間体である。
ネット人格Homerではなく、実人格である僕自身の社会生活上の体裁を作るためには、ネットをやってないとは言えないのが現況なのだ。
ちょうどNHK受信料と同列だ。
なにやら『受信料』めいたものがもう一つ増えたような気分にさせられた、今回のライブドア事件である。


 【おまけ】

その1    その2    その3    その4


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花代を!
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。