梅咲けど

梅短花札のルーツとなった絵合わせで『花鳥あわせ』というのがあります。
なんでも、梅に鶯はこの花鳥あわせにもあった組み合わせとか。
将しく『あかよろし』、本当によく似合います。
そして、繰り返しに繰りますが、長い冬もようやく終わりにの慶びを感じさせてくれるものです。

江戸時代の大俳人・小林一茶に、

梅咲けど 鶯鳴けど ひとり哉

という句があります。
うーん、梅&鶯ベストカップリングをもっても癒されない寂しさとは?
父親を亡くした寂しさ、だと言われています。

いや確かに家族を亡くした悲しみは何物によっても癒されないものです。
そして、それが年老いてからのものになると…
投稿日付に拘わらず前に、万葉の代表歌人・山上憶良&大伴旅人の話をしました。
そうでしたよねえ。
かなり高齢になってからの九州赴任、ともに妻に先立たれての境遇、でしたね。

妹が見し 楝の花は 散りぬべし わが泣く涙 いまだ干なくに

巻五・七九八、同じく山上憶良。
大伴旅人に奉った「日本挽歌(バンカ)」の反歌の中の一首です。

涙は古くは「なみた」と清音で読みました。
番号も798=ナクヤ、亡妻にちなんだものが消えてゆくのを嘆いた歌ですよねえ。

歌に詠まれた女性が旅人の妻か憶良の妻かについては両説があるあるものの、兎も角♂にこんな悲しい思いをさせてはいけません。
妻たるものは絶対に夫より先に死んでしまってはいけない、

と、この言い回し、



神となった悲劇の歌人
女たるものは

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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