頼朝と日本コンベンションセンター

桜20
 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

お花見が待ちどおしい今日この頃です。
花札の20点札のように幔幕を張り巡らして花を愛でることができたら、もう最高ですよ。

ときに幕張という地名はご存知でしょう?
近年急激に全国区になってきたこの地名。なんか変な響きですね。
メッセがあるのは、まあ埋立地なのですが、元々の幕張は奥地の方はお狩場の出来るような場所柄です。
狩のために幕を張ったから幕張だ、という説もありますが、どちらかというと少数説です。

ここで、話は源頼朝の伝記になります。
初戦で敗れた頼朝は房総、今の千葉県に逃れ再起を計るんですよねえ。
千葉県には多くの頼朝伝説が残っています。

もてなしてくれたある村のお百姓さんに頼朝は、褒美として苗字を与えようといいます。
「いえいえ、手前どもは百姓でごぜえますから、そのようなものは…」
「そうか、バカ」

ソウカさんとかクサカさんとかいう苗字は地に多いですよ。
そうなんですよ。その村のお百姓さんは、「そうか、バカ」を貰った苗字だと思いこんでしまったんですよ。
『バカ』なんて苗字じゃ流石にかっこ悪くて敵いませんから、『馬加 = ウマカ』ですね。
見事な(広義)重箱読み(湯桶読み)ですけど、草加(ソウカ)を草加(クサカ)と読むのもありですからねえ。

苗字はやがて地名に、これは万国共通の法則です。

 馬加 → 両方訓読みにすれば『マクワリ』 → マクハリ

お分かりになりましたでしょう? 『幕張』の話をしてたんですよ。
こっちの説の方が有力です。
事実、昭和31年に千葉郡幕張町が千葉市に編入される前までの幕張の中心部は『幕張町馬加』でしたから。 

もうひとつ同じく房総の頼朝伝説で、仁右衛門島の話をご紹介しましょう。
仁右衛門島…
南房・鴨川沖にちまりと存在する小島で、代々仁右衛門を称する頭首の私有地です。

石橋山の合戦で破れ、房総に逃れてきた頼朝、与力してくれたご先祖仁右衛門にこういいます。
「安房一国をくれてやろう」
と。

ところが、口頭での契約とは齟齬が生じやすいもの。
仁右衛門は「安房一国」を「粟一石」と聞き違えてしまうのです。
うーん、同音。アクセントも同じ。

そんなもの、もらっても仕方がない、それよりも沖に見える小島でももらったほうがマシ、と考えた仁右衛門はそう申し出ます。
欲のない奴と思いつつ承諾 (まー当然ですわ、真部分集合ですからねえ) する頼朝。
そして、現在に至ります。


と、この言い回し、



これであってたかなあ? ソースは記憶だけ

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


 



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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