サロメ − 舞踏の報償として洗礼者ヨハネの首を求めた舞姫

サロメさて女性のサディズムを探る上で、いの一番にあげなければならないのは、この人物であろう。
キリスト教の新約聖書中のエピソードで史実と言えるかは疑問であるが、人類史上最古のサディスティンの一人と位置づけられている。

正直論者はサロメに詳しいというわけではないのだが、話によればサロメは皿に盛られたヨハネの生首に口付けたとある。
これはある種、屍姦。そして艶かしくもある。
立派なサディズムである。

だがこの逸話からは、もっと別のファクターを色濃く感じる。
何かといえば、女性型の独占欲とでも言おうか。
ここに、一つの戯曲がある。木下順二『夕鶴』、論者はずばり嫌いだ。
鶴女房つうは、愛する与ひょうのためと思い自らの羽で布を織り上げた。
ご存知のとおり、結果的には裏目に出て与ひょうをダメにしてしまい、悲しみにくれることになるのだが。
サロメの生首逸話の根底に、つうの布織と同種の心理状態が感じられてならない。

それにつけても、目的の為より強大な権力にすがらなければならないサロメのような女性像は、見ていて限りなく物悲しい。
巨大掲示板群に好事例があった。
年下の女上司…、役員の愛人であるがために若くして管理職についた女性になりきった書き込みに、論者は物悲しさを覚えた。
脇から入り込んで件の女性像をぶちこわしたのは論者の仕業である。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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