曹植 − 兄・魏帝にうとなまれ続けた天才詩人

63167cad.jpgここで、フェムドムからは完全に離れた1稿を挟む。
後期三国志演義で名高いのが、この曹丕曹植の兄弟げんかである。

演義によれば、曹丕は弟・曹植をなきものにしようと様々な難題を吹っかける。
その極めつけが、背中に刀を突きつけ、七歩歩くうちに漢詩をひとつ作ってみろ、の帝命、ご存知『七歩詩』である。

この心底には勿論サディズムは存在する。
が、メインをなすのは近親憎悪であろう。
人というのは、自分により近しいものに嫌悪感を抱くものである。
曹兄弟は同腹である上に、詩という特技まで同じ、激しくいがみ合ったとしても不思議はあるまい。
まあ演技では、悪玉善玉を仕立てる必要があるので植が一方的な被害者に描かれるが、史実では決しておとなしい弟というわけではない。
純然たる喧嘩であったと見るほうが自然だ。

けど、その兄弟がかたや皇帝として栄華を極め、かたや敗残者として『匹夫に等しい』余生を送ることを余技なくされたことは、紛れもない史実だ。
王とは名ばかりで実態は匹夫に等しい… 帝位につけなかったきょうだいたちの生活は本当に悲惨なものであったそうだ。
いや、まだ命があるぶんだけマシか?
同じアジアでも西のほうでは、敗者は消石灰と一緒に麻袋に詰め込まれ海に放りこまれてしまうのである。骨も残さないために。
何百人もいるきょうだいたちのうち、たった一人を残した全員が辿る運命、惨い話だ。

何百人もいるきょうだいと言った。
実際、イランあたりには15歳のとき既に700人以上も子がいた王もあったらしい。
ここで『たった一人』のほう、王なり皇帝なりに話を戻そうか。

このような酒色三昧の生活が身体にいいわけがない。
皇帝(王)などというものは、それが原因で並べて早死である。
後漢の皇帝はほとんど30まで生きられなかったのではなかったろうか?
これが勝者の辿る運命、いやこれでは到底『勝者』とはいえまい。
どうやら支配者もまた、勝者たりえないようである。

いつの時代も、勝者なき戦いは空しい。




posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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