馬皇后 (中国・後漢) − 父は『画けるが如し』伏波将軍・馬援

8c99c9a6.gif殺伐とした話が続いた。
ここは、箸休めといこう。同じ漢朝の皇后から賢婦人の誉れの高い馬皇后である。

父は漢朝復興の功労者である馬援。
となると、どうしても日本の外戚を連想してしまうが実際はむしろ、娘である馬皇后の力によって以後の馬氏の発展があったようだ。
で、その皇后はといえば、『須髪眉目明らかにして画けるが如し』と称えられた馬援の娘だけあって、長身の絶世の美女であったらしい。
つやつやした髪は丈よりも長かったという。

と、こうなれば男性諸氏の心をくすぐらないわけがなかろう?
髪の毛に対するフェチシズムもトールフェチと並んで男性に多いフェチシズムであるから。
身長に関するフェチシズムはお市の方の稿で触れたので、ここでは髪フェチに進めよう。

ここで断っておかなければならないだろう。
『フェチ』と『魂の概念』の間に線引きをして論を進めたい。
例えば『遺髪』などはここでの範疇外となる。
「髪は女人の栄えなり」(キリスト) 、あくまでもリビドーの象徴としての髪の毛に対するフェチシズムを言っている。
そうなると、髪に関するフェチシズムは男性特有の心理といっていいだろう。
まあ、その点でもトールフェチと共通するのであるが。
そして、SMと結びつきやすい点も同じだ。

髪フェチとサディズムが結びつくと、『髪きり』『髪泥棒』、女性からリビドーの象徴を奪い取ってしまおうというのだ。
ここでは、あえて洋の伝承をあげよう。
ゲルマン神話の雷神トールの妻は大変美しい金髪をしていたとされている。
お馴染みいたずら好きのロキ神は、彼女が寝ている隙に丸坊主にしてしまうのだ。
以下は略すが、緑の黒髪ならずともリビドーの象徴足りうるということであろう。

リビドーの象徴に責められたい… 男性のマゾヒズム心理が入り込むと、メドゥーサのような怪物を生み出すことにもなる。
日本にもこの手の話はある。
苅萱道心の伝説によれぱ、その妻妾が仲よさそうにつきあっていながら、影法師をみると 髪は二区の蛇が噛み合っている姿になっていたため、男は世をはかなんで出家したという。

さてさて、男性がかくもこだわりを見せる女の髪。
持ち主のひとりである論者にすれば、こんなにもこだわるべきものなのかなあ? というところだ。
だからこそ、髪フェチは男性限定とまで言ったのであるが。
少なくても「髪は女の命」とまでは到底思えぬ。

論者の女性心理欠如なのであろうか?
時代の変化のせいなのであろうか?
兎も角、臍の尾切って以来一貫してショートヘア、と言えば聞こえもいいのであろうが早い話が『おかっぱ頭』で通している論者である。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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