令嬢モレル − 1835年、パリで起きたロンシェル事件

1c8b8b69.jpgあまり有名な話ではないのので概要を説明しよう。

この事件は、十六歳になる将軍の娘モレルが寝室に侵入した暴漢により衣類を裂かれ猿轡のまま強姦されたという訴えから始まった。
しかも強姦の後メスで刺されたので、悲鳴をあげて隣室の家庭教師を呼んだけが、犯人はすでに逃走したあとだったという。
一通の無名投書もあり、バリ警察はロンシェルなる元少尉を犯人として逮捕し、裁判の結果彼は10年の懲役刑に処せられた。

ところがこれが冤罪だったのである。
そもそもモレルはひどいヒステリー症であり、メスの刺傷も怪文書もみな彼女自身が発作的にしたことだったということが事後に判明したのだ。

これが、かのロンシェル事件である。
類似の事件は、現代も、いや現代ほどよくおきているであろう?
この種の事件の走りともいえる。

さて、本論。
このモレルは症状は典型的な自虐症であり、マゾヒズム心理である。
これが定説であり動かしようもないことだ。

が、少々検証する機会が認められるのなら。
彼女は刃物で人間を傷つけている。この点はどうであろう?

周りに誰か他人がいたなら?
そこまでいかないとしても、例えば犬猫のように確実に斬ることができるものが目にとまっていたとしたのなら?

ここで分析学でいうところのSMとは何ぞや? をいえば。
個の持つ攻撃本能の昇華、外に向いたのがサディズム、内に向いたのがマゾヒズム、である。
だが、この内外というのがそれほど絶対的な区分わけになろうか?
話を元に戻せば、モレルがメスで斬りつける対象はいかなる状況下においても彼女自身でなければならなかったのか? という問いかけをしているのである。

もうここまで言えばいわずもがな、論者の考えるところの答えはNOである。
自分よりも弱いもの、確実に斬りつけられるものがその場にいたのなら、彼女はそちらを傷つけに出ていたと思われる。
偶々周りが全て自分よりも強いもの(少なくても主観的には)であったがために、対象が自己自身になったのである。
今までの投稿で繰り返し論じているように、残酷好きな女性にむしろサディストが少ないのは、女性というのが弱い存在だから。
もし仮に、その前提が取り払われるようなことになったら…

下世話にも、「SとMとは紙一重」とか「自分はSM両刀使いだ」とか、よく言われる。
そのとおりだと思う。
かつて別な精神病とされていた躁病と鬱病は、一見正反対のこの2つが現在では、同一の疾病・躁鬱病ということで落ち着いている。
ことによれば将来、サディズムとマゾヒズムは同一症状、というのが通例になるのかもしれない。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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