淀の方 (茶々) − 親兄弟の仇である秀吉の側室となった秀頼生母

2e1bc7a9.jpgそもそも、秀吉は茶々の母であるお市に憧れていたということになっている。
主人筋である女性への憧憬… しかも片や秀吉は短躯のうえ痩せぎす、片やお市は超長身とあれば、それなりのシチュエーションも用意できよう。
お市の稿で述べたよう、彼女は浅井に嫁ぎその後柴田勝家と再婚し運命を共にすることになる。

さて、茶々からみた秀吉であるが、まず小谷落城の折に実父である長政と兄・万福丸を殺されている。
しかも万福丸は処刑である。
更に紆余曲折あった後、再び秀吉に北庄を攻められ、今度は母・お市と養父・勝家を殺されてることになる。

言ってみれば茶々にとって秀吉は、母と二人の父、兄の仇と言うことになるのだ。
その秀吉の側室となるときの彼女の気持ちはいかなるものであったろう?
テレビドラマで鶴田真由演じたところの茶々はこうであった。

 「知っておるぞ。そなた母に懸想していたであろう?
 主人に対し…汚らわしい …よかろう、側室にでも側女にでもなってやるわ。
 但し。そなたのことは草履とりとして扱う! 聞き入れられぬのならこの場で舌を噛み切る!!」

条件をのんだ秀吉との間に奇妙な主従関係が始まる。
「茶々様」「サル」と呼び合う逆転関係。
圧巻は「秀吉、馬になれ」お馬ごっこであった。
鶴田茶々は勘九郎(当時)秀吉の背に腰を下ろし這い回らせる…
痴人の愛を意識した演出であろうが、中々妖艶であった。

仇に身を任せるということがある。
女性はセックスに関しては受身、これを言い方を変えて言うなら男性を受け止める、吸収するということにもなる。
文字通り、男性の『せい』を己のなかに呑み込むのである。
古来より仇の子を生むことによって、復讐を果たすという事例は多々あり、将に強者への反撃たる女性型サディズムの典型例といえよう。

史実の茶々がどうであったかははかり知りえぬ。
ただ事実だけいえば秀吉の死後、茶々は世継ぎ秀頼の生母・淀の方、淀君として権勢を振るうことになるのである。
結果的には秀吉から全てを奪い返している。

もう少し、件のテレビドラマの話を続けよう。
場面は秀吉臨終の場である。北の政所・おねが淀の方・茶々に声をかける。

 「お前様、まだこの人を恨んでますかえ?」

激しく頭を振る茶々。ということでサクセスストーリー終劇となるのである。
本当に男女の気持ちと言うものは理屈では説明がつきにくい。
昨今では、セクハラだ、ドメスティクバイオレンスだと法が割り入る風潮にあるが、これは嘆かわしい事態だと評しておこう。

余談である。
薄幸の美青年として描かれる豊臣秀頼という人は、実際は体重160`もある力士のごとき男性であったと記録される。
痩せぎすの太閤とは正反対、それがために秀頼の父は秀吉ではない、一部には実しやかに同じくでっぷりと太った家康の子だなどという噂が流れた。

して、その真偽は?
これを考察するには、まだまだその道の修行の足りない論者である。





posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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