リンディ・イングランド − 捕虜虐待で有罪判決を受けた米女性兵士

8cbfc17a.JPG再び、現代史の一稿を。
未だ記憶に新しい、かの女性である。

公開された数々の写真を見て論者も多くの驚愕を覚えた。
勿論彼女の行動の裏にあるのは、文句なしのサディズム…
現場写真という大きな証拠がある以上、いくら言を連ねたところで覆しようがないであろう。

ただ。
残念というのも不謹慎な言い方になろうが、これは戦時下で行われたことである。
永田洋子の稿で触れたごとく、殺伐とした殺し合いの場においては人は変わる。
同時に公開された写真でもっと衝撃的なものがあった。
何かといえば、敵兵の死体をアーミーナイフで傷つけながら満面の笑みを漏らす別の女性兵士。
この女性が、平時においても同様な行動をとるとは考えがたいのだが…
戦争が人を変えてしまうのか、はたまた平時が凶暴なる人間に猫を被せてしまうのか、古来より論議はつきない。

8cbfc17a.JPGさて、リンディの事例で連想されるのが、アーロン収容所の話である。
いや、連想というよりはそのものと言ったほうがいいであろうか? 女物のパンツを顔に被された捕虜の写真があった。
これがリンディのものであるか、別の女性兵士のものであるか、はたまた新品であるのかはわからぬ。
わからぬのであるが、ブルセラの稿で論じたように、女性には自分の汚れ物を隠したがるという本能がある。
論者とて自分の履いたパンツを男性の顔に被せるようとは思わない。男性の顔に被せてあったパンツを履くなど、想像するも鳥肌が立つ。
ただし、これが『人間』の男性であるならば…

アーロン収容所.jpgここでアーロン収容所と結びつく。
かの収容所の英国人女性は日本兵に裸を見せることなど平気のへいざ、そのくせ同国の男性にはちょっとでも肌を見られようものならひどく恥ずかしがったものだとある。
アーロン著者は「あの女どもは、日本人を人間と思ってないんだろう。人種差別だ」と憤っていた。
少々ニュアンスが違おう。
人間誰しも自分から遠いものは人間と見られなくなってくるのである。
人間と見られない存在であるから、虐待するのも比較的抵抗感が薄い、パンツを顔に被せるのもさしたる抵抗もないのである。
行き着くところは…

そして、ここにもうひとつ大きなファクターである宗教が被さる。
これについては、また本格的に論ずる機会もあろう。

注* 下2枚の画像は転載に際し追加したものです。元記事にはありません。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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