菊は栄える

菊は栄える日本の秋を かざる花 〜♪

と文部唱歌に歌われた菊です。
戦後割愛されてしまった2番の歌詞、

あおぐ ごもんの 菊の花 〜♪

で歌われているように、かしこきあたりが家紋にしていることは、投稿日付に拘らずずいぶん前に話題にしました。

ところが、花札成立時期においては、この『かしこきあたり』はさしたる権威があったわけではありません。
勘太郎月夜歌』という戦前歌謡に花を散りばめたきれいな歌詞がありますので、ご紹介しましょう。

3 菊は栄える 葵は枯れる
  桑を摘む頃 逢おうじゃないか
  霧に消え行く 一本刀
  泣いて見送る 紅つつじ

考えてみれば幕末、薩長は徳川に替わる新しい権威を必要としていました。
そこではたと思いついたのが『菊のごもんのあのお方』ということなのでしょう。
話は突拍子もなくなりましたが、花札の9月菊はどちらかといえば中国の花と見たほうが、自然ということが言いたかったので、のっけからこう入りました。
そういえば、9月の節句は菊の節句ですものね。

さて、そのかしこきあたりですが、第二次世界大戦前に、その権威最高潮となりますね。
壬申の乱以来のことではないでしょうか?
そして、1945年8月15日です。

   堪ふること いまは暑さのみや 終戦日 (及川貞)

正直宮城前に土下座した人たちの心情はおよそ理解できない僕ですが、この句意レベルなら実感として理解できます。
もう一曲、戦前歌謡の歌詞をみてみましょう。『九段の母』

2 空をつくよな 大鳥居
  こんな立派な おやしろに
  神とまつられ もったいなさよ
  母は泣けます うれしさに

さてさて、それぞれの感性で色々感じ方はあると思います。
因みに僕は、これ、皮肉だと思うんですよ。いくらなんでもここまでねえ、って感じで。

戦後60年以上たった今でもやってますよねえ。
日本人のなかにも、靖国神社に参拝するのがけしからんという、僕に言わせれば訳の解らないことをいう人たちがいます。
この人たちは、くだん(←掛詞)の歌詞をどう感じるのでしょうか?
皮肉と感じなくてもいい、ただ世の中には「皮肉である」と感じている人間もいる、ということだけは意識において欲しいものです。

と、この言い回し、



あついあつい秋の季語

を巧みに丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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