荒野の黄葉(もみちば)

黄葉旧暦10月といえば、初冬にあたりますよねえ。
めっきり冷え込みが激しくなってきました。

さて、花札10月は紅葉(もみじ)。
何度か話題にしたように、万葉時代は『 もみち 』と清んで読みました。
そして、『 黄葉 』(もみちば)、という書き方もあるんです。
そうです。投稿日付に拘らずずいぶん前に、紅葉の札は三原色全部揃っているといいました。
代表歌人、柿本人麻呂の歌を見てみましょうか。

   ま草刈る 荒野にはあれど 黄葉の 過ぎにし君が 形見とそ来し

どうです? モミジの光景に初冬の寒さが伝わってきましたか?
あまり、ピンとこない… うーん。
そうかもしれません。
これは、ある長歌の反歌ですから、これだけではピンとこないかもしれません。

おっと、長歌というのは、五・七を何回か繰り返し最後七音でとめるという歌体、そして反歌と呼ばれる短歌がセットになるのでしたよね。
では、件の長歌を全部見ましょう。きっとピンときますよ。

  軽皇子の安騎野に宿りましし時、柿本朝臣人麻呂の作る歌

 やすみしし わご大王 高照らす 日の皇子 神ながら 神さびせすと 太敷かす 京をおきて 隠口の 泊瀬の山は 真木立つ 荒山道を 石が根 禁樹おしなべ 坂烏の 朝越えまして 玉かぎる 夕さりくれぱ み雪降る 阿騎の大野に 旗薄 小竹をおしなぺ 草枕 旅宿りせす いにしへ思ひて

  短歌

 阿騎の野に 宿る旅人 うちなびき 眠も寝らめやも いにしへ思ふに

 ま草刈る 荒野にはあれど 黄葉の 過ぎにし君が 形見とそ来し

 東の 野に炎の 立つ見えて かへり見すれば 月かたぷきぬ

 目並の 皇子の命の 馬並めて 御猟立たしし 時は来向ふ


ほら、三番目に有名な歌があるでしょう?
中学の教科書にも出てくるので、、よくネット検索にも引っかかりますね。
そして、大概は単独でとりあげられてる。
蕪村「菜の花や月は東に日は西に」と同趣旨、雄大な自然の風景を歌ったものだ、的解釈になってますね。

ただ、(巻一−四五)〜(巻一−四九)一連で見れば全くそれが間違いであることが分かる、
先ずは背景から説明しましょう。

軽皇子の父、草壁皇子は事情あって天皇即位できぬまま28歳でなくなりました。
この歌は、その後日、軽皇子が父・草壁皇子ゆかりの安騎野をいわば「追悼狩」のために訪れた折の歌です。
時節は旧暦11月の半ば、一晩の野営が時系列的に歌い上げられていきます。

まず、長歌で全体像と安騎野に入るまでの時点が歌われ、そして、いよいよ4首の反歌へ。
まさに芝居で言えば、一景〜四景、時間的にも心情的にもどんどんと進んでいく様子が読んで取れます。

第一反歌で、「宿る旅人 〜 眠も寝らめ」亡き草壁皇子が偲ばれて寝ようにも寝られない、第二反歌で、荒涼たる周りの光景に目がいく、そして、第三反歌です。
これを天文学的に解析すれば、新暦12月21日の午前五時五十五分とのこと、もっとも冷える時分ですね。
冷える、冷える、身体も心も。
一晩中まんじりとして一睡も出来なかった一行の、おどろおどろしいばかりに荒涼とした光景に共鳴した心情を歌い上げたものといえるでしょう、この『東の〜』は。
そして、第四反歌、夜明けとともに野営を払って狩へと出かけるところを歌ってフィナーレとなるわけです。

まさに部分だけを見ていたならその真価は分からない、の好例ではないでしょうか。

と、この言い回し、



全部を見なけりゃなんともいえないさ と、この台詞『某画像板』に書き込みしてる人たち向け

を丸写ししました。
曰く因縁の『某画像板』…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。