最上御前 (義姫) − 実の子・伊達政宗に毒を盛った乱世の母

7dd4db87.jpg正宗の父・伊達輝宗は戦国には珍しいような温厚な人物と伝えられる。
奥州の暴れん坊・独眼竜政宗の気性は母譲りだというのが通例だ。

そもそもこの義姫の輿入れの理由が、凄まじい。
実家である最上家のため、隣国伊達の頭首・輝宗の寝首を掻くことを目的として嫁いだというのだ。
実際彼女は、戦場に出て大将首をとるような女丈夫であった。

当初の目的は果たせなかったものの、やはり武勇談を残さずに生涯を終える女性ではなかった。
副題にした事件である。
義姫はなぜ実の子である政宗を殺そうとしたのか?

お家安泰のため? 過去投稿で論じた北条政子や則天武后のパターンである。
確かにその説もある。小田原の秀吉の下に中々馳せようとしない政宗に伊達家を任せるに足りずと見切りをつけ、葬り去ろうとしたというものだ。
だが論者には、そうは思えぬ。
彼女にそれだけの情報収集力があったのなら、傑物・政宗の才能を見抜いていたばずだ。
第一、計算づくであるならば自らの手を汚しはしないであろう。
すばり、殺したいがために毒を盛ったと見るのが自然ではないか?

未遂に終わったこの事件であるが、政宗は首謀者として同腹の弟・正道を斬っている。
義姫はこの正道を溺愛していた、というよりは政宗のことを異様に嫌っていたのである。自らの手で殺そうと思うほどに…

これはある意味、非常に女性的だ。
下世話にも言うであろう? 可愛さあまって憎さ100倍と。
将しくそれである。
最上御前・義姫という人は、男性的な表向きとは裏腹に、内面は最も女性的な人物であったようだ。
そして、主観的には一番弱いものである自分の子供をサディズムの対象にしたのである。
或いは彼女は、自分に気性の似ている政宗に嫌気したのかもしれない。

きょうだいが多いと、どうしても差別が生まれる。
親に可愛がられる子と、そうでない子と。
人の子の親とて所詮は感情の動物である人間であるのだ。

そういえば、あの大家族。
かのオウム真理教の教祖・麻原彰晃の家では三女が大いに優遇されていたとのことだ。
これも、母親である松本知子の好き嫌いが大きな要因となっていたのであろう。





posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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