女伯爵サロルタ − 終始男装を通したハンガリーの貴族の末路は?

da626fdc.jpg余談から入ろう。
論題の人物は通例では、『伯爵夫人サロルタ』と呼ばれる。
これは誤訳であるが。
つまりは我彼の貴族事情の相違だ。日本の事情と異なり、ヨーロッパでは女性が爵位を継ぐこともあるのである。
だから、未婚の女性であっても邦訳は『伯爵夫人』となってしまうのだ。
と、そのような事情で、伯爵夫人といっても決して脂ぎったオバさんというわけではない。

本論に入ろうか。
終始男装で通していたサロルタは、ついに一人の処女と『結婚状態』に入る。
そして、人工陰茎をしていたことが1700年当時の法律に触れ、『ソドミー罪』で処刑されてしまうのだ。享年27歳。

このトピックス、サディズムの切り口からも切れるのであるが、今回は同性愛の検証事例としよう。
一口に同性愛といっても、意味はいろいろである。
生理学的に見れば件の事例、文句なしに同性愛の事例だ。

では、心理学的には?
同性愛のパターン、とりわけ女性のそれは、二大別できると思う。
先ずは、純粋な意味での同性愛、あくまでも互いに本来の性のままで愛し合うというパターンだ。
そして今ひとつは、擬似的に男役を定めての倒錯愛だ。
事例のケースは、そのパターンだ… と言っていいであろうか?

論者は否定的である。
注目点は、サロルタが終始男装で通していたという点だ。
それが、人工陰茎を装備して処女を貫いていたのである。
これは、心理的には彼女は男性そのものということに他ならない。

所謂レズであるのならば、少なくても時には男役を交代しなければならないはず。
でなければ、女役というのはなんなのか? いやいや、それ以前に、片方が『男』に徹してる以上『同性愛』では字面的におかしいではないか? ということになってしまう。

心理的には男性そのもの、というサロルタであるから彼女の男装は、男装癖でもない。
つまりはサロルタの倒錯性向は、性同一性障害、この一言に尽きる。
この言葉が出来たのはつい最近…

思えば心理学というのは非常に危うい学問である。
なぜならば、帰納の上に演繹的結論を積み上げなければならないから。
だからこそ語句の定義だけは、ゆめおろそかにできないのである。
どんなに時代や社会背景が変わったとしても、日の出は『東』、日の入は『西』。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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