進化するコミュニケーション

 フェティシズムというのは、ある種のこだわりの自己主張。

 だから個人差もあるだろうし、一概には規定しにくいものだと思うのですが、誰にもあてはまりそうな部分での普遍化を試みて、その数や種類をチャート化したのが先日のマップでした。これには当然のことながら、無数バリエーションがありえるだろうし、ある人だけに通用するカスタマイズも可能でしょう。実際、オリジナルサイトでは、このマップは変化し進化することを想定しているようです。

 このマップをしげしげと眺めていると、「なるほど!」と思えたりする部分もあれば、「え?なんでなんで?!?」みたいなところもあります。それはまた、人によって異なってくるんでしょうね。

 例えば、愛護と虐待が相関関係にあるというのは、「かわいさあまって憎さ百倍」的な感情の説明に合理的な裏付けを感じさせると同時に、不可解な人間心理の奥深さも物語っているようにも思えます。

 人の心の中というのは、


元来が不可思議なもの

なのであって、合理的な説明などそう簡単には出来そうで出来ないはずなのに、それを承知で悪あがきのように云々カンヌン言ってみたり、考えてみたりしてきたのが哲学や心理学の歴史だったのではないでしょうか...。
 
 人間のコミュニケーションのやりかたは時代とともに変化・発展してきました。

パソコン通信などから始まり現在に至る高度情報化社会の台頭により、その手段や性質も激的なうねりをみせてきているような印象です。

 な〜んて書くと大げさに聞こえてしまうかもしれませんが、噛み砕いて言うと、例えばmixiやブログでのやりとりの中には、普段の会話ではなかなか聞けない「本音トーク」的な部分が見え隠れして、

「云々カンヌン」レベルの内容がグレードアップ

してるのではないかな? ということです。
 
 濃いですよね。 少なくとも昭和の時代より。

 そこからまた新しい発見なり意識や思考の進展が期待できるような気がしています。


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花束を!
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。