遠山左衛門尉景元 − ご存知刺青判官、してその実態は?

db17fb6c.jpg汚涜症の追加論説のため、また男性を主役とする。

遠山左衛門尉景元でわからなければ、桜吹雪の金さん、あのお奉行様である。
史実の景元については記録が少なく、トレードマークである刺青すらも疑問視する声も。
だが、ここはあったということで論を進めよう。

金さん、金四郎という幼名でわかるとおり、もともと彼は嫡男ではない。
その景元が旗本遠山家の家督を継いだのは兄達が次々病死したためなのであるが、彼の刺青もそこらの事情と関連がある。
つまり、遠山景元は義理ある弟に家督を譲るため、わざと無頼の徒と交わり放蕩三昧の生活を送っていたというのだ。

刺青…
一言で括れば、こうなるのであるが、入れ墨と彫り物は区別しなければならないだろう。
元々の刺青、入れ墨というのは文字通り墨を入れる、奴隷に対して所有者がその所有を示すためがに施したものだ。
今でもあるだろう。自分の女に○○命と彫らせる者が。
将にサディズムの一である汚涜症の典型ケースだ。
そして入れ墨は、囚人に対する刑罰や識別のために利用されることにもなる。刺青者というくらいに。
これらは非自発的な意思に基づきなされたものだ。

これに対し、景元もしていた彫り物というのは自発意思に基づく。
多分に自己主張。
梅之助を筆頭に多くの俳優が演じていたテレビドラマの金さんは、これを自慢げに見せびらかし啖呵を切っていた。
本当であろうか?

ここまでくると、完全な虚構であるようだ。
家督を継いだ後の遠山景元という人は、自分の彫り物を人から見られることを極端に嫌い、真夏でも長袖を着ていたという。
同じ虚構の金さんでも、千恵蔵演じた映画の金さん、「死ぬほど恥ずかしい思いで」と言いながらもろ肌脱いだ金さんの方がより史実に近い人物設定だということだ。
ともかく景元は文字どおり若気の至りで、文字どおり体を汚してしまったというわけである。

さて、汚涜症というのは外部に加虐性が向いたサディズムであった。
その加虐性が自己に向くとなると…
今度は自虐症というマゾヒズムである。
景元の事例もそうであるが、世の彫り物を入れている人々は自らの体を汚したい、というニーズ・欲求からそうしているのであると言える。

身体髪膚これを父母に受く 敢えて毀傷せざるは孝の始めなり… 商品化された刺青女王は真に痛々しい。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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