見性院 (穴山梅雪室) − 味方に嫁いだ武田信玄次女の数奇な運命とは?

8bf93e6b.jpg先ほどまで国営放送の大河ドラマを観ていた。
奇しくも山内一豊の妻と同じ法号のこの女性の本名は不詳だ。
が名無しのままに、本日放送であった長篠の戦いの裏主役とはなりうるのである。

長篠の戦い…
一般には、鉄砲対騎馬の戦いと言われる。
そして、これからは鉄砲の時代である、という転機になった戦いと位置づけられている。
果たしてそうであろうか?
もしそうであるのなら、武田方の大将たちは馬囲いの柵の近くで討ち死にしているはずだ。
だが史実を辿れば、みな柵から離れたところで果てているのだ。
武田方の敗因は別のところにあり。すばり言えば、内部統制の不足である。
つまりは、頭首・勝頼が惣領として認められていなかったということ。
その立役者が親戚衆筆頭である穴山信君、見性院の夫、のちの梅雪入道である。
彼は山頂に陣取ったまま、一兵も動かさなかったのである。

所謂お家の事情なのだがもう少し見よう。
見性院は勝頼の姉だ。
彼女にすれば、他家である諏訪に養子にいった勝頼が信玄の後を継ぐことは認めがたいことであったろう。
即ち自分の子である信玄の嫡孫が正当であると考える。
事実、弟勝頼にはなんやかやと牽制球を投げていたようである。
そこらの事情がそこやの事情が重なった長篠当時の武田お家事情であった。

このようにやり手であった見性院は武田滅亡後も生き延び、後に江戸幕府において保科正之の養育役となるのだが、人物紹介ばかりに紙面を費やしていても何であるからここらにしよう。
親戚衆と言った。穴山家は武田の分家である。
筆頭と言った。穴山家嫡男は代々頭首である武田の姫を室にする慣わしである。
これが…

と続ける前に、一言お断りしよう。
いとこどおしで結婚なさっている方。
どうぞ、これから先は読まないで頂きたい。

と、前置きして論を進める。
このように、穴山家というのは代々いとこどおしが結婚して血筋が続いている家系なのである。
このブログとして論ずることといえば… 近親婚。

バカな! と言われるか?
四親等の親族とは結婚が認められている! とどやされるか?
だか、考えていただきたい。
四親等がオーケーで三親等がダメとする数的根拠はなんであるか?
いとこどおしが正常・正倫でオジ姪・オバ甥だと異常・不倫だとする論拠は法規以外のどこにあるのか?
逆にこう問いかければ、お分かりになると思う。

近親婚の害悪はといえば、遺伝上の問題であろう?
であるがゆえに、代々これを重ねてきた穴山家はかなり危険なはずだ。
事実、穴山梅雪という人は鼻がなかったと伝えられる。
疾病等後天的理由でそうなったか、はたまた先天的にそうであったのか?

で、ようやく結論となる。
近親姦というのは現在の価値観では異常性欲に分類される。
そして、俗に言われる正常性癖の持ち主は、それを忌む。
別に全ての人に遺伝学上の知識が備わっているわけではない。
遺伝学などというものがない昔から、脈々としてそう推移していた。

人間の直情・直感というのは、非常に正しいものなのである。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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