O嬢の物語

O嬢の物語

河出書房新社

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 ざっくばらんに言うなら、無垢な女性がサディストたちの餌食になりながら、マゾヒズムに目覚めさせられていく過程が描かれており、S男性なら言われなくても読みたくなるようなお話。そしてこの作品は、澁澤さんが熱心に絶賛していたこともあり、日本では仏文学愛好者の間で比較的よく読まれてきた。今さら僕みたいな知性と教養もない、しかもへたれM男の立場でなんだかんだ言える筋合いのものではなかろう、というご指摘はごもっともだと自分でも思います。

 だけど、マゾ男だからこの作品を読んではいけない!などとは誰が言えましょうや! ましてや理解できないなどとワッ!!!

 ついリキんじゃいましたが、とにかく、普通の女性が巧みにMに目覚めさせられていくプロセスは、SMとは無縁の一般読者にも、この世界の精神的理解の裨益となるはずと思うわけです。それ以上に、マゾヒズムを理解し愛するM男性にとっても、エレガントな感動が味わえる作品であることを強調しておきたい。

 ここには「鞭で打たれて喜ぶ変態マゾ」という通俗的な偏見はない。背徳的だが美しい愛の世界であり、クオリティの高い恋愛小説として読めます。

 ただ、発表された1954年(昭和29年)当時の日本には、澁澤龍彦以外にこの偉大な作品を正当に評価できる人はいなかった。全世界でセンセーションを巻き起こしていた「O嬢の物語」の作品世界が、この国で一般的に受け入れられるには、あと20年を要したのです。

 1974年「エマニエル夫人」の監督によって映画化され、エロティックな文学作品のひとつとしても広く世に知られるようになります。ここでようやく日本でも、SM文学のバイブル的ステータスを獲得するものの、依然として「S趣味のある男性向けポルノ」といった見方がやや優勢なのかもしれない。もちろんそのような楽しみ方も妥当だし、否定はしませんが、作者のポリーヌ・レアージュは、どちらかというと女性読者を意識してこの作品を、O嬢を描いているように感じます。「恋愛の過程で貴女にマゾヒズム願望が芽生えたとしても、それは普通の愛情表現となんら異なるものでありませんよ」というメッセージが受け取れます。これは FemDom 願望を抱くM男性の心にもしみる言葉です。僕としても自分のマゾヒズム願望の本質的な部分と重なり、「毛皮を着たヴィーナス」と並ぶ座右の書となっております。

 男女を問わず、読み手がSであろうがMであろうが、普遍的に優れて上品なマゾヒズムの入門書という位置づけで評価したい作品です。


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posted by homer_2006 | Comment(0) | マゾヒズムに花束を!
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