ショタコンなるものは性癖とは言い難い

前稿である一休宗純の投稿で、標題の言葉を思い出された向きも多かろうと思料する。
この俗称は、昔の漫画の正太なるキャラクターを冠してつくった、『ロリコン(=ロリータ・コンプレックス)』の逆概念、すなわち『少年愛』という女性心理のことらしい。

で、どうであろう?
この心理には、特異性はないと思えるのだが。
即ち、ロリコン=少女愛というのは、本来攻撃的である男性が大人の女性を攻撃できず、代償として少女に向かう、ということで倒錯心理であった。少なくてもその要素が。
これに対して女性はと言えば、再三繰り返しているとおりである。一言で言えば母性。
勿論『母性が故の(反撃たる)攻撃性』いうことで、サディズムと複合(というのも変な言い方であるのだが)することはあるまでも、これ自体はサディズムではない。
それが証拠に未だにショタコンなるものの精神分析学的研究は行われてはいない。

多分に商業主義が…
で結んでしまうと安っぽくなるので、別の方向で結ぼうか。
男女両性は、精子卵子の差で象徴される…
男性は(セックスだけでなくあらゆる面で)攻撃的・破壊的になりやすく、女性は防御的・建設的になりやすい…
論者も盛んに援用している、フロイトやフィレンツェが唱えた女性にマゾが多い理由、これに対する反論である。

同じ分析学派の中でも、カーレン・ホルナイ女史ら社会分析派は、フロイトらの説はあまりにも生物学的に決定されすぎていると非難している。
男女両性の歴史が、現在まで女性に隷属的マゾヒズムを押し付けていたため、まるでそれが本質であるようになったと主張しているのだ。

歴史もまたサイエンス。


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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