宗教とサディズム

前・石井久子の稿で論者は、迷わずオウム真理教は宗教であると断じた。
全くの持論だ。宗教とはあのようなものだと固く信じている。

宗教は人を幸せにするためのものだ、などの奇麗事を論者は聞く耳を持たぬ。
お釈迦様もイエス様もそんなことは言ってない。
いやそれどころか。
人類発祥以来、人は宗教の力を借りてどれだけ多くの人を殺してきたかというのか?
人を殺すというのは抵抗があるものだ。人の性が善であろうが悪であろうが。
それが殉教のもとに戦いをするのなら、聖戦という名の人殺しとなる。
戦乱あるところに必ず宗教ありと言っても過言ではなかろう。

そして、同教徒・異教徒という明確なる壁で区切られた閉鎖空間の中で、人は内心に秘めている本性を現す。
例えば、持ち合わせているサディズムを爆発させる。
過去稿で論じたリンディ・イングランドの捕虜虐待の別側面でもある。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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