ライン・ダンサー − 漸く見つけた『職業ミストレス』

99ef688c.JPGライン・ダンスは何時ごろ、どこで発祥したものであろうか?
ざっと調べてはみたものの知りうるに至らなかった。
従って、地区も時代も不祥の歴史論である。

さて、否定が大多数の本ブログにおいて、珍しく肯定的な1稿となる。
副題にもしたように、ラインダンサー各位は『職業ミストレス』であると言い切れよう。
先ず、男性がこだわりを見せる女脚について論を展開する必要があるか。

足(脚)のフェチシズム…
これは男性に非常に多い事例である。
なぜか?
それは、足というのが女性の持つペニスだから。だから足のフェチシストの大部分は、踏みつけられたり蹴られたりしてよろこぶ被虐症者である、
と分析学の書にはある。
谷崎潤一郎は、その数々の作品の中で♀の足に随喜の涙をこぼす狂信者を芸術化してる。
「五本の指の整ひ方、江の島の海で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ爪の色合、珠のような踵のまる味、清例な岩間の水が絶えず足下を洗ふかと疑はれる皮膚の潤沢、この足こそは、やがて男の生血に肥えが、男のむくろを踏みつける足であった。……」。

件の分析学の書の引用を続けよう。
たとえ、「踏まれたり蹴られたりするのはいやだ。ただ脚をみているだげでいいのだ」という人があっても、その人は、やはりそういうひそかな願望をもつマゾ的傾向者だと断定してもよい。
ライン・ダンスなどで、ダンサーたちが、いっせいに脚を振り上げるのをみてニャニャしているような男は「女にもペニスがある!」と、振りかざされる代用品の前で、挨りを浴びながら脆拝しているのだといえよう。
かくの如しである。

そこで、女性たるライン・ダンサーに視点を転じよう。
このような職業である以上は脚には自信のある女性の筈だ。
女性の宿命ともいえる自らの肉体に対する潜在的劣等感を克服している。
『女性のペニス』である自脚を以て、男性に攻撃を加えている、攻撃的セックスを仕掛けているという意識があるかないかの如何に拘らず、足蹴にしていることは間違いあるまい。
そして、埃を浴びせかける、立派な汚物責めである。
更に言うなら。

ライン・ダンスというのは元々はフロアショウであったという記述を見つけたが、論者が知っているそれはステージショウだ。
その前提に立つ限り、彼女たちは観客よりも一段高い舞台の上から彼らを見下ろしていることになる。
SMプレーでもこの物理的に上にくるというのが重要な要素になる。特に女性がSになる場合は… 神功皇后の稿で論じたとおりである。

どうであろう?
サディスティンたる要件がそろったではないか。
早速実践を以て検証、と言いたいのは山々なのであるが…
論者の脚や運動神経、リズム感を鑑みれば、ライン・ダンスは自重するが賢明である。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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