げにも奇なり『奴隷契約書』

ネット巷間を見回しているうちに面白いフレーズに出くわした。
『奴隷契約書』… いやSMと言う言葉さえ知っているのなら、これ自体は珍しい言葉でもなんでもないのだが。
よくよく、考えてみれば、非常に面白い、ああ、チンケ、自己矛盾的であるという意味でである。

これはSMプレーをするにあたっての、双方の同意の取り交わしである。
つまりは『奴隷』との『主人』の間で取り交わす契約書、
今、奴隷の方を先に書いた。そう、この契約においてイニシァティブを握っているのはむしろ奴隷の方なのである。
もう、これでお分かりであろう? 何が奴隷!

で、話は(ちゃんとした意味の)奴隷である。
言うまでもないことだが、そもそも奴隷は契約の主体とはなりえない物なのである。
所有者たる主人の契約の客体として契約書上に登場し、別の主人へと売り渡される。
つまり意思すら持ち得ない口をきく道具なのである。
それが主人と対等の立場で、いや対等以上の立場で契約を結ぶ…
なんとも評しがたいところだ。

現在は奴隷制度は存在しない。
何故だと思う?
それは(例え法規等でその制度が保証されたとしても)、そんな割高な労働力の買い手などは現れるわけがないから。
とてつもなく高い労働力だ。

人手が欲しければ、張り紙のひとつもすればいい。パート募集。
たちどころに、玉銭で使える労働力が手に入る。
奴隷というのは生身の人間、これを食わせ着せて、住ませるために一体いくら掛かる?
あまつさえ、不況で労働力過剰となったときも簡単には『リストラ』できないのである。

現在の労働搾取率は相当なものだということを詳述した。
論を転じよう。

援助交際というのは、英語でも援助交際だ。
英語圏にはない日本独自の文化であるか? 国辱ものだ。
なんでも、中には月130万のお手当てもあるとか。
テレビで聞いた。論説者は、何たる高額! と憤っていた。
だが、論者にはそうは思えぬ。

ここで再び『食わせ着せて』の話である。
実際に娘ひとり、着せて食わせるには幾らかかるというのか?
いや、月単位で計算してもらっては困る。
一生、少なくても結婚して独立するくらいまでの期間くらいは考えて計算されたい。

そうであろう?
援交契約ならば、いつ契約していつ解約しても構わないのである。
相手が生きようと死のうと全く知ったことではなし。死んだら死んだとき、また次のと契約すればいいのだ。
これが自分の娘ならば…
レンタル娘、いや娘プラス妾の二役をこなす女性のレンタル料としては、必ずしも破格とはいえまい。

と、論者もそれだけの金員をつぎ込んで育てて貰っているということだ。
安売りなどできまいて。そう、倫理云々以前に実利的な理由である。
月130万などという安い価格での切り売りでは、到底元手のとれる取引にはならない。
ましてや、ご丁寧にも刺青まで彫り自らを物に貶め、商品たるS女・『女王様という名の奴隷』を販売目的とした契約書に捺印するようなシチュエーションなど真っ平御免である。




posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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