昨今Blog業界の有様に異議あり

先ず断っておかなければならぬのは、日頃より繰り返している「論者はネット人格である」ということだろう。
誤解ないように願いたいが、架空人格であると言っているのではない。
そうであろう? 現にこうして投稿をしているのであるから、れっきとした実人格の裏づけがあるのである。
その実人格を前面に出したくないと言っているのだ。

そもそも、如何なる方法で実人格を前面に出そうというのか?
ハンドルしか名乗らないのがネットの慣例である。
それ故に、相手の年齢・性別・人種・国籍その他一切の個人属性は、煎ずれば知りえないのだ。
その一切を知りえない相手と、どこのどなたとも判らないままに情報交換できるのがネットの利点ではないか?
論者はそう考える、素顔を晒すなど真っ平だ。
これもまた責任逃れをしたいがためではない。
素顔を晒したらば得られるであろう特典の一切を放棄していることで、十分に責任を取っているであろうが。応能負担、費用収益対応の原則…
フェアなはずだ。

このところのBlogは、とみにソーシャルネットワークサービスの方向に傾斜しつつある。
論者はこのSNSというのがどうもよく分からぬ。
不特定多数の目に付くネットという場所に登場しておいて、何ゆえに同一地区・同一趣向等々近しき属性の相手を選って接触しようというのか?
効率の悪い取引である。不特定多数相手分だけ原価を払っておいて、利益は限定多数からしか得ようとせぬのだから。
なによりもつまらないと思うのは所謂リアルで会うことを目的にネット活動すること、出会い系というやつである。
それならば、初手から実名で行動を起こせばよいものを。手続きを踏む段だけの手間隙がもったいない。リスクも大きいし。
対人コミュニケーションなどというのは対面でするに限る。少なくても論者はそうする。
言わせれぱ、ネットコミュニケーションなどというのはマスのコミュニケーションだ。
いずれにせよ、素顔を晒すなどという行為は論者にとっては愚の骨頂なのである。

まあ、ここらはひとそれぞれの事情、経済学の用語を使って言えばインディヴィジュアルプレファランスに拠るところなのだが。(酒1瓶とマンハッタン島を交換したネイディヴアメリカン)
価値観を押し付けられることを余儀なくされるとなると…
で、最近よく目にするスパムという言葉である。

「(スパム、スパムって騒いでるけど、つまるところ)スパムってなんなのさ?」
皮肉を込めて、掲示板サイトに書き込んでみた。
大真面目な即レスが返って来た。とはいってもそこらにある説明の丸写しだが。

スパム 【SPAM】別名 : ジャンクメール, junk mail, バルクメール, bulk mail

 公開されているWebサイトなどから手に入れたe-mailアドレスに向けて、営利目的のメールを無差別に大量配信すること。インターネットを利用したダイレクトメール。

メールに関する記載は、まだいい。
何とならば「営利目的」という言葉が入っているがために、普遍的・客観的な説明がされているから。
『悪』と決め付けるも苦しかるまい。

では、Blogにおけるスパムコメント・スパムトラックバックとは?
ここらになると非常に怪しい。大概は「記事に関係がない」という記述で逃げてしまってるのが現状だ。
つまるところ、そこが限界ということであろう。
関係のあるなしは誰が決めるのか? 普遍的な尺度があるというのか?
結局は個々人の主観に拠るしかないであろう。
ここで話がつながる。価値観の押し付けに他ならないのである。

Blog運営会社の価値観や都合を押し付けられるのは我慢ならぬことだ。
ひどい例と思うところを実名を挙げて言う。
特定の発信元からの発信を一方的に止めたと堂々宣言する、忍者ブログ。
既に発信済みのものをスパムという名の下に勝手に削除してしまった、DTIブログ。
文書検閲ではないか!?
暗黒警察さながらの暴挙と名指しで非難したい。

何よりも業腹なのは、スパムという絶対悪をこしらえて、それに当てはめようと画策していることである。
この際であるから、その先棒を担ぐ連中にも拳をむけよう。

この面々にしてみれば、この種のBlog運営会社の行動はむしろ正義なのだ。敢て断るまでもなく。
それどころか、色々と注文をつける。禁止ワードを増やせの、ホスト情報を表示する仕様にせよと。
つまりは、自分の得たい反響だけが返ってくる環境が理想郷、自動的に理想郷になる環境を整えてくれるところがいい会社なのである。

今でこそコメント類の一切を辞退している論者であるが、かつては精力的に集めていた。
その際においては、広く声を集めたいということで別掲示板を用意してそこでやっていた。
いや、実はこの掲示板の管理こそが、論者が鼻にかけていることなのだが。
我ながら、よくあんなにもうまく出来たものよと感嘆している。
その際腐心したのが、論者主催の別サイト礼賛一色にならないように誘導することであった。

不特定多数に対し情報を発信している以上、反響も不特定多数から返ってくる。
自分にとって都合のいい反響もあれば、都合の悪い反響もあるのだ。
都合のいいものだけ拠って集めようとするのは、虫が良すぎる。
あまつさえ、Blogとはそんなものよ、「空気を読む」なる行動をして都合のいい反響だけを返すのがネットマナーよ、などと本気で言っている連中も少なくないとは!

最初から都合のよい反響だけが返ってくるように仕向けるなど論者の考え及ぶところではない。
イカサマ博打に勝ったことを手放しで悦べるほど無邪気ではない。
念のために断るが、「イカサマなしの博打で勝つ」ことを目的にしている訳でもない。
どこのどなたとも判らぬ方から、「素顔を晒してない私」を礼賛されても、それは詮無きことである。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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