性同一性障害の対処方法に疑義あり

過去にも数回トピックスにした性同一性障害についてだ。
「心の性と身体の性が食い違った状態」であるか?
昨今、当人の認識性で扱おうという機運急である。
とうとう小学生にまで…

専門家がそれがよいとしているのであるのだから、口を挟む余地もないのかもしれない。
が、岡目八目ということもあろう。論者なりの考えを述べたい。
結論的には副題にしたとおりである。

人には全て個性がある。現行社会に受け入れられる個性もあり、受け入れられないそれもあり。
そして人は、受け入れられない個性を押し殺すことにより社会に適応する。
そう、数万人に一人の性格因子を持っているのは何も性同一性障害者だけではない。貴方も私も万人がそうなのである。
ましてや、性同一性障害は精神疾患だという。
ならば、尚のことぎりぎり最後まで、その克服に努めるべきではないだろうか?

例えば浪費癖。
これの対処法は、心がままに散財させることなのか?
例えば殺人淫楽。
これの対処法は、心がままに人殺しを重ねさせることなのか?

極論すればかくの如しだ。
正直に言ってしまえば、当人の認識性でと言っている専門家たちのことが、どうも信用できないのである。
SMは普通のものだといっている面々と同じ匂いが感じられて。

性同一性障害者の大半が『その関係の職業』についているのも気に掛かるところだ。




posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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