SMにエロスは必要か?

 このようなタイトルは、できることなら、僕が考え出したと思われたい。
残念ながら、似たような議論は昔からあって、しかもテンプレートと思われる素材に三島由起夫の「芸術にエロスは必要か」という小論もあります。

 エロスというのはいつでも物議をかもすもの。SMとの関連で言うと例えばフェティシズムなどと一緒に議題のテーブルによくのる。

あるいは、例えばメイド喫茶にエロスはあるのか? などなど。

 エロサイトにある一つの確立したジャンルとしてSMが存在するからといって、SMにエロスが必要かどうかは一概には言えないと思う。マニアックに言うなら、エロにこだわらない愛好家もいるのだ。エロスを超えた、究極のこだわりの世界がSMにあるように思えてならない。

 これが、SMに興味も関心もまったくない人にとっては、たんなる悪趣味な世界に映るのであろう。かろうじてエロスを感じるところに、許容範囲の限界ラインがあるのかもしれない。


 巷に多くある「エロス論」によれば、まず「性欲を喚起」する何かがエロにはあるらしい。だとすれば、鞭で打たれて怒る人にとっては、SMにエロスは存在しないことになる。(わざと極端に言えばですが...)

 打つ側にしても、無実の人を鞭打つことに何かためらいがあるとすれば、そこにエロスの介在する余地はないであろう。
さらに言えば、マゾだからといって全てのM男が鞭で打たれて勃起するかといえばそうでもない。へたすると縮みこんじゃったりなんかして。


 これは要するに、人によってはエロスの判断規準が異なるということであり、もともと明確に定義できるようなものではないということではないだろうか。勃起すればなんでもエロスと定義してもいいけど、それだけではないような気もする。

 しかしとにかく、エロスとはなんだかよくわからないけれど魅力的なものではある。禁断の世界でもあり、宗教的には冒涜とみられる場合もあるのだけれど、芸術の世界では不可欠な要素として昔から重要なテーマとして用いられてきた。エロスが芸術として創作活動に関与するならば、SMにもそういう面がありそうである。

SMはアートだ! なんていう人もいるしね。SMはエロだとか、エロでないとか、いろいろなことを言う人がいますが、その人が納得、満足できるのであれば、あとはどうでもいいんでないかい? と思う今日このごろです。

 SMクラブなどでなおざりに行われるプレイに、はたしてエロスはあるのだろうか。人はエロスを求めてSMクラブに行くのであろうか? 

 少なくとも言えるのは、何かを期待して、ロマンを求めていることだけは言えそうである。


posted by homer_2006 | Comment(4) | マゾヒズムに花束を!
この記事へのコメント
また、あれですか? 純愛体験したければ(先ず第一義に)遊郭へ行くべし! 的な啓蒙をしますか。
言わせてもらえば貴男は、芸術観や性愛観を語る以前に、情緒的土台となる男女観(女性観)や更に大元の人間観が歪んでるように感じる。
妻子あり、独り者の2説の流れてる貴男ですけど、もし後者が正解なら。
とりあえずは嫁さん探すことでしょうなあ。
難しいだろうし、そんなことは真っ平なのかもしれない。
でも、その苦痛に見合うだけのものは得られると思う。
人類、いや生命の誕生以来、脈々として受け継がれてきた流れです。
Posted by マジレス at 2006年05月24日 07:19
こんにちはー最近疲れ気味です;;頑張りましょうね;;
Posted by あるかり☆ at 2006年05月24日 11:11

ついでだから『奴隷契約書』のレスもここに書いちゃおっと。

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 なんとも甘美なる響きのするこの言葉。「奴隷」というフレーズだけでもビビッとくるものがありますが、それに「契約書」という3文字がつくと、自分の中のマゾモードにがさらにパワーアップしてきます。

 知る人ぞ知る甘美会と呼ばれるSMサークルでは実際に会員同士で奴隷契約書のようなものを作成し、実践しているようです。その契約書のサンプルを 家畜人の森 の中で見ることができます。ここの「奴隷契約書」のページでは先日もご紹介しました「毛皮を着たヴィーナス」の中でワンダとセヴェーリンが取り交わす内容が紹介されています。作者のマゾッホはご存知のようにマゾヒズム文学の金字塔を打ち立てたのみならず、自分の作品世界を後に実人生でも追体験した希代な作家。おそらく現代のSMプレイにおける奴隷契約的概念のテンプレートがこの時に完成したと言えるのでしょう。
 
 だからなのかどうか、奴隷契約書の多くは「奴隷側」の視点から、マゾヒズムを満足させる方向で草稿が書かれているような印象です。例えば、 Shadow M というサイトでも「奴隷規約」として奴隷宣言や奴隷契約書のサンプルが紹介されていました。これもマゾ男性が作成されたものです。

 一般社会では、法律や契約書というのは弱者を守るために、支配する側の特権的で恣意的な影響を排除する機能を持たせるのが普通です。しかし「奴隷契約書」というのは、弱者である奴隷の立場をより不利に、よりみじめなものにするために存在している点でおもしろい。おそらくサディズムの視点から作られた奴隷契約書もどこかにあるのでしょうが、M奴隷側が自ら自分のマゾヒズム願望を満たすために作成する、または契約をお願いするパターンが多いような気がします。こういうのを読んだり、書いてみたりして興奮してしまうのは、マゾヒズムを理解出来る人だけでしょう。たとえ本来、身も心も女王様に捧げる決意は当然マゾヒストとしてはしているのだけれど、あらためて意識的に確認する作業は、マゾヒズムという精神的な礎なくしては出来ない。もしもノーマルな人がこういう奴隷契約を結ばなければならない状況に陥れば「冗談じゃない!」と不快感が先に来るのでしょうか? 最初はイヤだと思っていても、美しい女主人との契約にだったら、奴隷契約を結んでもいいじゃないかと思える日もくるのではないでしょうか。

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>>↑↑↑↑↑↑↑

法律や契約書というのは弱者を守るために、ですって?
一体全体、何をみたらそんな突拍子もないことが書いてある解説にお目にかかれるんでしょうねえ?
どこをどう読み間違ったか、その見当すらもつきません。

つーことで、げにも奇なり『奴隷契約書』

↓↓↓↓↓↓↓↓

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ネット巷間を見回しているうちに面白いフレーズに出くわした。
『奴隷契約書』… いやSMと言う言葉さえ知っているのなら、これ自体は珍しい言葉でもなんでもないのだが。
よくよく、考えてみれば、非常に面白い、ああ、チンケ、自己矛盾的であるという意味でである。

これはSMプレーをするにあたっての、双方の同意の取り交わしである。
つまりは『奴隷』との『主人』の間で取り交わす契約書、
今、奴隷の方を先に書いた。そう、この契約においてイニシァティブを握っているのはむしろ奴隷の方なのである。
もう、これでお分かりであろう? 何が奴隷!

で、話は(ちゃんとした意味の)奴隷である。
言うまでもないことだが、そもそも奴隷は契約の主体とはなりえない物なのである。
所有者たる主人の契約の客体として契約書上に登場し、別の主人へと売り渡される。
つまり意思すら持ち得ない口をきく道具なのである。
それが主人と対等の立場で、いや対等以上の立場で契約を結ぶ…
なんとも評しがたいところだ。

現在は奴隷制度は存在しない。
何故だと思う?
それは(例え法規等でその制度が保証されたとしても)、そんな割高な労働力の買い手などは現れるわけがないから。
とてつもなく高い労働力だ。

人手が欲しければ、張り紙のひとつもすればいい。パート募集。
たちどころに、玉銭で使える労働力が手に入る。
奴隷というのは生身の人間、これを食わせ着せて、住ませるために一体いくら掛かる?
あまつさえ、不況で労働力過剰となったときも簡単には『リストラ』できないのである。

現在の労働搾取率は相当なものだということを詳述した。
論を転じよう。

援助交際というのは、英語でも援助交際だ。
英語圏にはない日本独自の文化であるか? 国辱ものだ。
なんでも、中には月130万のお手当てもあるとか。
テレビで聞いた。論説者は、何たる高額! と憤っていた。
だが、論者にはそうは思えぬ。

ここで再び『食わせ着せて』の話である。
実際に娘ひとり、着せて食わせるには幾らかかるというのか?
いや、月単位で計算してもらっては困る。
一生、少なくても結婚して独立するくらいまでの期間くらいは考えて計算されたい。

そうであろう?
援交契約ならば、いつ契約していつ解約しても構わないのである。
相手が生きようと死のうと全く知ったことではなし。死んだら死んだとき、また次のと契約すればいいのだ。
これが自分の娘ならば…
レンタル娘、いや娘プラス妾の二役をこなす女性のレンタル料としては、必ずしも破格とはいえまい。

と、論者もそれだけの金員をつぎ込んで育てて貰っているということだ。
安売りなどできまいて。そう、倫理云々以前に実利的な理由である。
月130万などという安い価格での切り売りでは、到底元手のとれる取引にはならない。
ましてや、ご丁寧にも刺青まで彫り自らを物に貶め、商品たるS女・『女王様という名の奴隷』を販売目的とした契約書に捺印するようなシチュエーションなど真っ平御免である。

Posted by マジレス at 2006年05月28日 19:39
いや、耳が痛いなあ。肝に銘じます。

…弱者保護の件もお説のとおりですね。
一部の行政法にはそんな立法趣旨のものもありますが、契約に関する法律には関係ない話でした。お恥ずかしい、、、
Posted by Homer at 2006年05月29日 19:59
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