ひいてはIT社会の有様に異議あり

昨今Blog業界の有様に異議あり の続編を挟もう。

果たして、「スパムなる絶対悪を拵えている」面々が意気揚々となる現況が繰り広げられている。
ライブドアスタッフブログに、つい先ごろこんなコメントがあった。

 「小学生のやってるブログに待望のコメントが来た。喜び勇んであけてみたらスパムだった…」

一理あることは認める。
認めるが故に、この意見のごとく子供を山車に使うようなやり口には猛反発を覚えるのだ。

子供ががっかりした。だからどうしたというのか?
言わせれば、可哀想でもなんでもない。
これがネットの現況、ひいては現在社会の赤裸々な姿、さらにひいては人の性そのものだ。
埒もない悪戯広告で済んだのはむしろ運がいいくらい! 奇麗事は沢山である。
がっかりしたというなら、それはそれ、ネットというものの危険性を教え込むいい機会ではないのか?
今更繰り返すまでもなく、ウェブをはるということは全世界の不特定多数を対象に情報を発信し、不特定多数から情報を受信するということだ。
それをやる以上、子供であろうが弱者であろうが最低限の現況把握のもとにやって貰わなければ困る。
困る、困る、誰よりも困るのはネットの危険を教えられることなくまた身をもって学ぶこともなく長じてしまう当の本人、そうなるほうが余程可哀想だ。

小中学生のネット利用率は60%を超えるとか。
そして驚かされるのは、家庭において何のルール付けもなく是認されているということである。
これでは諸問題が起こるもの無理からぬことだ。
ひとたび問題が起きたらば、関係者たちは責任のなすりあいの末、つまるところはネットそのものを悪者にして落ち着く。
何をかいわんやである。

火、刃物、乗り物…
人類は次々と便利なものを発見発明してきた。
そして、その都度、その危険性を学んできた。
便利なもの即ち危険なものなのである。
ネットも同じだ。
何故に危険性から目をそむけ玉虫色のパラダイスを作ろうとするのか?
子供をいとおしむならば、なぜネットを危険性を教え込み手綱を〆ようとしないのか!?

論者は、「明確なるルール付け」の元にネットを行っている少数派だ。
例えば、知らない人間とはメールのやり取りをしないとか、個人を特定できる情報は絶対に晒さないとか…
このように躾けられる機会を有したことは仕合せ、天に感謝するばかりである。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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