雨など降るもをかし

雨光今更繰り返すもなく、花札11月・柳の別名は雨です。
空から降ってくるものは、なんで雨なんでしょうか?
地球は水の惑星、すべての生命体の命の源たるその水は天から降ってくるのです。
よくよく考えれば不思議なものでして。

そして、我々日本人の祖先たちはそれを風雅として楽しむこころを持っていました。
雨など降るもをかし、枕草子にもありますよねえ。
ああそうだ。この記事を書いているのは6月で真冬の話をしたあの日の翌日なんですよ。
バランスをとる意味で、今度は11月で晩春から初夏の話を書きましょう。
ということで、「香爐峰の雪」の続編です。
傘を持たず雨にあったとき、彼女たち一部女子高校生は「今日は山吹(の花)」というらしいでよ。

江戸城を築城した、あの太田道灌の逸話からきてるとお分かりになるかたも多いでしょう。
この話をするためにはまず元逸話である、「後拾遺和歌集 」兼明親王の話をしなければなりません。

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兼明親王(914-987)が京都の小倉に住んでいた頃、雨の日に蓑を借りたいと言う来客に、代わりに山吹の枝を折って持たせて帰らせました。
後日、その客が山吹を渡された意味が判らないと聞いて来たので、親王はこの歌を返したそうです。

  七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞあやしき

そこには、一重の山吹は実が成るけれど、八重咲きの山吹はいくら花が咲いても一つも実は成らない。
それから引いて、貸すべき蓑のひとつも無いのは心苦しい事だという寓意が含まれていました。

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その元逸話を引いたとこで道灌の逸話になります。

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あるとき、道灌は遠乗りに出ました。そこに降ってきた突然の雨。
困った道灌は、近くの民家を訪ね蓑を所望しました。
すると、応対に出た一人の娘、道灌をじっと見つめたのち、すっと外に。
やがてずぶぬれになって戻ってきた娘は、蓑ではなく「一輪の山吹の花」をそっと差し出し、無言でひざまづく。
何のことか分からない道灌は、憤慨して帰路に着きました。

その夜、道灌が近臣にこのことを語ったところ、近臣の一人、中村重頼が進み出て謎解きをしたのです。

  七重八重、花は咲けども 山吹の みの一つだに なきぞ悲しき

これを聞いた道灌は、名もなき少女ですら知っていた逸話を知らなかった不明を恥じ、詩歌の道を勉強することになるのです。

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と、まあ、こんな話でしたね。
正直僕は、少女がこの歌を詠んだのだと思ってたのですが。

馬鹿にしないでくださいよ。
胡桃沢耕史さんも同じ勘違いしてたんですから。
『夜明けを奔る旗手』読んでね。

と、この言い回し、今更断るまでもなく、



山吹の花

を巧みに丸写ししました。
ま、いつものパターンを崩したくないから、いきますか。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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