紅梅・黄鶯

梅鶯梅のタネ札は、鶯との『花鳥合わせ』、本当にベストな組み合わせです。

  紅梅わずかに開き、黄鶯しきりに囀る

これは百人一首選者・藤原定家がその日記である『明月記』に晩年書き残した一文です。
定家という人は病気のデパートといっていいくらい多くの疾病に悩まされていたらしいですよ。
おそらく、上の日記を書いたときには既に目も殆ど見えなかったと思います。
その殆ど見えない目にも、梅鶯はきちっと移っていたということですね。
若いころ、大いに楽しんだあの光景…

もう少し時代を遡りましょう。
万葉集は巻三.三三二&三三三。九州は大宰府の長官をやっていた時代の大伴旅人の歌です。

  わが盛り また変若めやも ほとほとに 寧楽の都を 見ずかなりなむ

  わが命も 常にあらぬか 昔見し 象の小川を 行きて見むため

旅人が大宰府に赴任したのは60過ぎになってからです。
生涯現役などと言われている現代でもそろそろ隠居かなあっいう年齢ですよねえ。
しかも、行き来だけで片道一月以上かかる鄙の地、妻に先立たれた旅人の心中は察するに余りあります。

「わたしの盛りの年が、またもどってくることがあろうか。ひょっとすると、奈良の都を見ずに終わることであろうか。」
「私の命も、いつまでもあってくれないかなあ。昔見た象の小川を、行って見ようために。」

昔見し 象の小川を 今見れば いよよ清けく なりにけるかも

  おそらく旅人自身、生きて都に戻れないことを承知してたんだと思います。

ところが、意外にも66歳のとき都に戻ることになるのですよねえ。

と、この言い回し、



望郷+都志向

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて〜!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


posted by homer_2006 | マゾヒズムに花札を!
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