ネットにおける集団サディズム

鶏は残酷な生き物で血を流している仲間がいると全員で突付いて殺してしまう…
とある財界人が、このフレーズを基に著書を著している。勿論人間行動についてだ。
一言で言えば集団サディズムということになるのだが、ネット巷間において件の顕例行動を多々見ている論者である。

過去稿において「絶対悪・スパム」を論じた。
話は後先になったのであるが、先に論じなければならなかったのは、もっと前から用いられている用語である「荒らし」の方であろう。
果たしてどのような意味なのか?
この言葉を好まぬ論者がたった一度だけ使ったときは、管理する掲示板に違法広告を貼られたときのことをイメージした。
だが、これは一般的に用いられている用例からは距離がある。普通言われている荒らしとはもっと曖昧模糊とした意味であることは付け加えるまでもなかろう。
結論めいたことを言えば、つまるところ荒らしとは、「荒らし」と名指しする人間の気に入らない言動のことに過ぎないのである。
元より客観的な判定尺度などありえない。

そうであろう?
違法性があるとか、その他社会規範に反行する言動であれば、その旨を具体的に指摘すればよいだけだ。それがないものだから、「荒らし」などと声高にまくし立てなければならないのである。
『空気』ってのは何なのであるか!?
誤解なきよう念を押せば、あくまでも普遍的一般的に語義を述べるという前提の基の『結論』だ。

そこで「絶対悪・荒らし」に話が繋がるのである。
拵えたものだと承知の上でならいい。例えば、掲示板群サイトの運営陣のように。
だが、本気でそんなものがあると信じて「荒らし」「荒らし」とまくし立てるとなると…

そういった連中の行動心理は、ちょうど10歳内外の女児が意地悪するときのそれだ。
ほら、あるであろう? 「何々ちゃんは嫌いだから皆遊ばないようにしようね」
いや、決して侮ってはならない。
幼いが故の残酷さ、男性よりも女性の方が残酷なことを平気でする、何度か論じているとおりである。
それが証拠に、大の大人が平気で「荒らし云々」と口走る、「荒らしが入ってきたときは全員で撃退するシステムを開発しました」などというSEが出てくる。
児戯がそのまま共通認識(めいたもの?)となっているネット空間なのである。
「鶏は…」

魔女狩りという有名な史実がある。
閉鎖空間における集団ヒステリーの典型なのであるが、オープンなネット空間でこれが繰り広げられるとは?
やはり、ネットを閉鎖空間と錯覚している向きが多い証拠なのであろう。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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