クララ・シューマン − 賢婦人? アマゾネス?

21cd2259.jpg本稿で論ずるのは、未亡人となったの後のヨハネス・ブラームスとの浮名についてではない。
おっと、突拍子もなかったか?
クララ・シューマン。かのロベルト・シューマンの妻。
自身もピアニスト、作曲家として名高い。

激動の19世紀、このように家庭人兼職業婦人として活躍したクララを賢婦人と称える声が高い一方、陰口も聞かれる。
「あれはアマゾネスだ」 多分毒舌家として『名高い』ベルリオーズあたりだったと思う。
まあ、歴史に名を残す業績を残したのだから、それなりの努力、このブログで再三引いている分析学上の用語を用うればサディズムの有効利用はあったであろう。

ただまあ。夫と並んだ肖像画を見る限り、彼女はそんな大女でいない。
アマゾネスというのは唯の悪口に近いと思料する。
そうであろう? アマゾネスというのは大女・筋肉女という意味合いが強い。
そして、その種の女性はとかく言われるもの…

平均身長ちょうど位の論者であるが、小学校のころは一番背の高い(背も高いと言うべきか?)部類だった。
結構暴れもしたのでクラスの男子たちにすれば、さしずめアマゾネスに思えていたに違いない。
この余談、例のマゾ男性向けSM創作短編集に書いておいた。
だが。

むしろ論者のケースは例外であると言える。
大柄な女性というのは、大概はおとなしいものである。過去稿・みよ女で触れた、最長身女性YMはどんなことをされても決して喧嘩をしなかったと聞く。
その相関(逆相関)は本質的なものであるのか?
まあ、190センチ小学生・YM女史は、そうならざるを得ないとしても、通常なら女性対男性、女性の方が2回り3回りくらい大きくてちょうど互角の体力勝負になるのではないだろうか?
大柄な男性ならいざ知らず、女性がおとなしくしなければならない必然性はない。

結論的に言えるのは、そのように育てられているから。
つまりは、
身体が大きくて(力が強くて)お嫁の貰い手がないのだから、せめておとなしくしなさい。
あの決め台詞を聞かされ続けたがために、後天的にそうなってしまっているのであると言えよう。

男女両性の歴史が、現在まで女性に隷属的マゾヒズムを押し付けていたため、まるでそれが本質であるようになった…
既出、カーレン・ホルナイ女史ら社会分析派のフロイドへの反論にもつながるこのトピックスである。




---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
御転婆天地驚動組合


余談 − 組合理事長の御転婆武勇伝





思いもよらぬ活発なアクセス、感謝にたえません。
さて。
あまり、ご期待には添える中味ではありませんが、、、


どこかで理事長である私の御転婆ぶりを知りたいというお声がありましたもので、お粗末ながら。
と申しましても、ストレートな私語りは素顔がばれる危険性がございますので、多少の脚色・設定変更はお許し願います。

中学のころのお話です。
校門前の生徒会掲示板に男性ヌードのグラビアが貼られる事件が起こりました。
その日のうちには、私の仕業であるという噂が全校に広まってしまいまして。
ぬれぎぬの4文字です。そのようなものは生理的に嫌いな私ですのに…
日頃の私の言動押して知るべしでございます。

これとは別の、あの終業式の日。
開放的な気分になった私は、男子の一部とじゃれあいケンカをやってました。
あるでしょう? 段々本気になってきて。
その時の私も、棒付モップまで持ち出して、彼らをポカポカひっぱたきだしたんです。

教壇の花瓶に引っ掛けでガチャーン!
折り悪く、ちょうど担任が戻ってきて…
私と目が合いました。と、

「あははは」

そして、男子のほうに向き直り、

「なにやってんだ、お前ら?! 早く片付けてやれ!」

むむ、この明らかなえこひいきの原因は?
どうやら、その直前の式で、私が学業関係の表彰を受けていたためと思われますです。

と、このようにいいことも悪いことも全て私がしたといわれることの多い理事長でございます。





posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。