光明皇后 − 名もなき婦人になじられた慈愛の人

2af53c8a.jpg今更であるが、論者は自他共に認めるへそ曲がりである。
へそ曲がりというのはいつの時代にもいる。
本稿の主役である光明皇后の奈良時代にも勿論。

光明皇后。奈良時代の人、聖武天皇の皇后。
仏教に篤く帰依した慈愛の人。貧しい人に施しをするための施設「悲田院」、医療施設である「施薬院」を設置して慈善を行った。

そんな彼女は下々からすれば、天女のような存在だったろう。
「大君は神にしませば」の天武持統時代からは時がたったとはいえ、壬申パワーの強烈なエネルギーは未だ継続中である。
その天女自ら傷ついた兵士の治療にあたる、手ずから傷口を洗い包帯を巻く…
もったいなや、ありがたや、と手を合わせる兵士や家族たちの姿がまざまざと浮かぶ。

ところが、その場に一人だけ例外がいた。本稿二人目の主役である。
その名もなき女は皇后を睨みすえ、こう詰問した。

「皇后様は本当に惨いお方だ。かつて貴女様は、そうやって私の父を戦に駆り立てて戦死させました。そして、今度は夫を… この次は同じ方法で息子を奪おうというのでしょうか?」

まあ多分なら後の時代の別逸話からの創作ではあろうが、目から鱗である。
特にこのブログとすれば、語るべきものが大きい。

慈しみ、慈愛ほど人に安らぎをもたらすものはないだろう。
そして恐ろしいものはない。
皇后は全くの奉仕の精神で下賎な兵士たちの治療にあたった。無償の愛だ、将しく慈母の如し。
ここに全く別の天邪鬼の虫が入る。
無償の愛に対して、人は恩返しをしたくなるものだ。
娘のことも忘れ、妻の嘆きも考えず、母の悲痛の叫びも耳に届かず、ただひたすら恩ある慈母・光明皇后ために命をも投げ出して報いる…

これぞ、Female Domination という感じだ。
意外や意外、この慈愛の皇后こそが最も過酷な支配者だったのである。

そしてそれを暴いたのが、へそ曲がりの精神、これもまた本稿の結論。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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