華佗 (中国・三国) − 世界で初めて麻酔を使った外科手術をした名医

2ce943e1.jpg本プログは女性のサディズムをメインテーマとする。
従って、ときたま男性を主役に論を進めることがあっても見かけとは裏腹、ちゃんと女性心理を論としていることをお含みの上お読み願いたい。

さて、三国志演義によれば華佗が処刑された理由はこうだ。
偏頭痛に悩まされていた曹操に主治医である彼は、脳髄を切り開き腫瘍の除去を勧める。
とはいうものの3世紀になったばかりの頃である。
曹操は「頭蓋を切り開かれて人が生きていられるものか!」と激怒し暗殺未遂の咎で処刑してしまうのであるが。

論者が推測するに、曹操は華佗の理論を理解していたと思う。
ただ当時の民衆はとなれば、脳腫瘍の摘出手術など理解できようはずもない。
曹操とすれば巷間に怪しげな風評が立つのを恐れ、心ならずも華佗を処刑せざるを得なかったのではあるまいか?
このように、医術とは常にその時代時代の価値観との相克を余儀なくされるのである。

さしずめ論者などは旧価値観の代表者の部類であろう。
各位は臓器移植をどうお考えか?
そして、ドナーとなってよいとお考えか?
論者は真っ平御免だ。例え死後といえどわが身を、いやわが身であった物体を切り刻まれるなど、考えるだけでも恐ろしくなる。

脳死だか心臓死だかは専門外だからよく知らぬ。ただ死体といえど、見た目では殆ど生体と区別がつかないものであることは知っている。
できるだけ新鮮な臓器を取り出すためには、まだ温かいうちにメスを入れねばならぬ。
紛れもなく死体損壊。キュリー夫人の稿ほかで論じたとおり科学とはサディズムの有効利用に他ならない、医学はその顕例といえよう。

一旦話を歴史上に戻せして、同じ中国はもっと前の時代、前稿のあたりまでスリップさせよう。
劉邦、漢の高祖だ。
高祖は宿病に取り付かれた際に主治医にこう質問した。
「余の病は治療すれば治るのか?」
はいと主治医。返して高祖。
「天命ということがある。手数を煩わせるには及ばぬ」

こうありたいと思うのだが、そうも行くまい。
臓器移植に強烈な拒否反応を示す論者であるが、いざ自分が移植手術を受けねば延命できない事態に遭遇したら?
多分なら、手術をしてくれと懇願するであろう。世界中の人々の中から自分に適したDNA構造を持つドナーを探し、一刻も早く移植してくれと泣き叫ぶであろう。
これが、一番恐ろしいのである。

いや、論者だけの事情でもあるまい。
事実、発展途上国では臓器移植目的の人身売買が絶えぬという。
自分よりも平均余命の長い子供が天寿をまっとうするのを待つ? おかしいではないか?
答えはひとつであろう。

さて少々転ずるに、標準的な夫婦を想定すれば、大概妻が夫を見送ることになる。
その標準的ライフスタイルにおける夫婦の夫に臓器移植により生存できる可能性があったとしたら?
夫自身は延命を望まなかったとしても、その時点ではもはや意思表示困難、従って妻が(移植用)臓器を欲しがるということになろう。
ここにまた女性のサディズムが存在したか? フィリピンで肝臓移植手術を受けたといわれるあの故人の妻の態度は…

この稿も奥歯にものの挟まったような言い方でしめねばならぬようだ。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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