「変態であっても人格破綻者でありたくない」… 本当に分かって言ってるのか?

ネットに対してリアルという言い方をすることがあるが、これは正確ではない。何とならばネットもリアル社会の一部であるのだから…
論者が別ブログによく書いたことだ。
これには下敷きがある。格闘マゾとかギャルリンチマニアとか称する人種(勿論『一部〜』であるのだろうが)掲示板群サイト等の書き込みである。
彼らは女性が加害者となっている暴力事件が起こると、待ってましたとばかりに囃し立てるのだ。

言うまでもなく、被害者を悼み犯罪を憎むといった論調ではない。
その逆、加害者を勇ましいと誉めそやし甚だしくは被害者がうらやましいとまで書く。
昨年であったか? 富山で二人の女が男性を刺した事件が起こったときもそうであった。
そして、その種のサイトや掲示板の管理者に言わせれば、こうした礼賛者を咎めたてるのは「空気の読めない」ヤツなのである。掲示板荒らしなのである。それがネットマナーなるものなのである。常識なのである。
どうやら「リアル社会」とは別なる世界たるネットというものがあると本気で思っている人間が少なくない模様だ。

就中、論者が憤りを感じている例を論ずる。はっきり言う。個人攻撃、誹謗中傷と思われても構わぬ。
ここに一つの定番やり取りがある。
何かといえば、喧嘩で男性の内臓を破裂させたと触れ込む女性を囲み、マゾと称する男性取り巻き陣があれこれとちやほやするというやり取りだ。
妻子持ちと称する某ハンドルはこう発言した。

「是非とも子供の見てる前で蹴り殺してください」

…そうだよ!! マゾヒズムだよ!
そして、親子の情や父権のなんたるかも解っている。
だからこそ責め、だからこそマゾヒズム、だからこそ論者は激しく憤るのだ。

繰り返すが、人間心の中で何を思おうが自由である。
また口が裂けても言ってはいけない(本当の)ことというものがある。
子供の前で異性に蹴り殺されたい… もし本当にかかるマゾヒズム願望を持っているとしたのなら、それは一生涯心の中にしまっておくべき性質のものなのではないのか?

繰り返すがネットというのは仮想空間ではない。現実も現実、世界中の誰が見ているか判らない公の場なのである。
しかるにその公の場で、かかる不謹慎極まりない発言をするとは…
変態でも構わない、人格破綻者だけにはなりたくないものだ。

この種の発言に対しては、むしろ格闘マゾ・ギャルリンチマニアを受け手に想定するサイトの管理人こそが怒るべきだと思料するが如何?


posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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