日本神話の創造者たち − 我々の祖先が抱いていた排泄物観は?

57366f65.jpgかつて成田空港反対闘争が華やかなりしころ、ある地元民が頭から屎尿を被り強烈にアピールしたことがあった。

「(我々)百姓はクソを被ることくらい全然平気だ」

この事実から二つのことが読み取れよう。
まずひとつは、農耕民族が先祖代々耕してきた土地に対する愛着の深さ。
そしていまひとつは、屎尿に対する感覚である。

結論を先に言うなら、そもそもの日本人は現代のように屎尿を汚わい視していない。
そこで本論は始まる。古事記の神代の巻だ。
創造主たる女神イザナミは、その屎のなかからハニヤスヒコとハニヤスヒメを、尿のなかからミズハヤノ女神とワタムスビの神を生み出しているではないか?
因みにワタムスビの神は食物生産を司る。これはわが国が、豊芦原瑞穂の国であるために生まれた神話だろう。
農業というのは、(肥料たる)屎尿を食物に加工する産業といえる。
つまりは、排泄物というのは決して残滓ではない。食物の原料なのだ。
であるが故に、空港反対派の農民の言動があったのである。

さて本ブログのテーマであるアブノーマルに話がつながるのであるが、所謂スカトロジー。
つい最近まで日本の主産業であった農業においては日常茶飯、屎尿と格闘することを余儀なくされるのである。
そこらの事情を頭にいれて(現代の)排泄物に対するフェチシズムも論じなければならぬのではないだろうか?
いきおい、ゲルマンの狩猟民族とは大いなる温度差がある。
彼らにすれば、他人に排泄物を飲食させることは辱め以外の何物でもない。

しかるに、わが国を始め諸農業国においては必ずしもその限りではない。
女性が屎から作った料理をふるまう逸話が、後期日本神話のみならず近隣他国にもある。
そう、女性が…

生命の源の生み手は女性なのである。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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