サイト主催者が「クレクレ君」と言うのは辻褄のあわぬ話である

この稿はネット巷間事情の考察にあてる。

さて、ネットの嫌われ者のひとつに『クレクレ君』なるものがある。
論者も別ブログのほうで題材にしたことがある。
で、これはどういう意味なのであろうか?

あの折、論者は情報交換目的の掲示板を頭にイメージした。
情報交換… 各自が手持ちの情報を提供し、ギヴアンドテイクの精神の元、必要とする情報を持ち帰る。
しかるに時折、こういった書き込みを目にする。

「○○について(情報があれば)お願いします」

仁義に反する。情報が欲ければ先ず自分の方から手持ち情報を提供すべきだ。
情報提供のためには、手間隙リスクその他の原価を払わればならぬ。
それをせずして、自分の必要な情報だけ得ようとするのは虫がよすぎる。
論者は、かかる連中を『クレクレ君』と揶揄した。

ところがである。
『クレクレ君』というのは必ずしもこのような意味だけで用いられる訳ではないようなのだ。
ときたまであるが、(情報交換目的の掲示板サイトではない) サイトの主催者や常連が一定の訪問者のことを『クレクレ君』と評することがあるのである。
結論から言えばおかしな話だ。『クレクレ君』なる言葉が出てこようはずがないと思料する。

そもそも、サイトの主催者は自コンテンツを他人に、それも不特定多数に閲覧させる目的で公開する。原価リスクが伴うことを承知の上で。
この出発点からしてヘンなことを言っている主催者もあるのだが、兎も角WEB公開は間違いなく当人の意思でされたもの、この事実だけは動かしがたい。
それを請けて訪問者が現れる、なんの問題があるというのか? 主催者の意図どおりだ。
にも拘らず。
何と、そうした訪問者に『クレクレ君』なる罵言を浴びせる輩がいるのである。
論者が知る限り、一部、特殊性癖創作サイトを自称するアダルトサイト主催者の専売傾向なのであるが。

卑近な言葉を使おう。
「こいつらこそが『見てクレクレ君』『買ってクレクレ君』!」
念のために言うがこれは、論者の価値尺度から出た発言ではない、彼らの価値尺度に当てはめれば上記発言が出てくるということなのである。

この世の中に金のとれるものを、只でくれるようなお人よしはない。
どこのどなたに見られるかもしれないネットという場所に、価値がある、金が取れる(と自分にも思える)ものを公開するバカなどいないのである。
つまるところ、そこらの公開サイトに展示されている作者本人曰くの創作物なるものは全くの無価値(少なくても経済的には)、敢えてここで断るまでもないか。

自分のことを棚にあげるつもりはない、論者とてそう。
いいものをWEB公開するつもりなど更々ない。(かと言ってデタラメなものという訳でもでもない、公開のために原価を払っているのだから)
だからこそ逆に、その一文にもならないものを見て頂けるならば論者至上の喜びであるのだが。
という具合に、この項を読んでいただけている各位と論者とは、ぴったり利害が一致、ギヴアンドテイク、全く幸せな"交換"が成立、『クレクレ君』なんて言葉が出てこよう余地もないのである。

『クレクレ君発言サイト管理人』とでも言っておこう。
その真意は知りえないし、さして知りたくもないのだが、これもネット人である以上彼ら彼女らの存在を頭の隅には置いておかなければならないだろう。



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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