軽大郎女 (かるのおほいらつめ) − 実兄・ 軽皇子と情を通じ流刑地で心中

9e079385.jpg三親等以内の相姦結婚が禁じられていたユダヤの事情とは異なり、わが国にこれと同内容の規定が出来たのは極々近世になってからである。
例えば、江戸時代中期以降にも三親等夫婦の例が見られる。
ましてや本稿の舞台は遥かに遥かに古代の記紀時代だ。オジ姪・オバ甥の夫婦など珍しくもなんともない。
だが、これが兄妹、それも同腹の兄妹となると…
少なくても、政敵に廃太子の口実を提供するスキャンダル種にはなったようだ。

軽大郎女の同母兄、軽皇子は皇太子であった。ところが、父・允恭天皇が崩じたのち、即位を前にして皇子は妹の大郎女と情を通じた。
民衆の心は軽皇子から離れる。
ということはこの時代においても兄妹婚はタブー視されていたということなのだが、ともかくこれを機に允恭第二皇子である穴穂皇子を支持する一派が勢いづく。
而して武力闘争に至り、結果軽皇子は破れ伊予に流されることとなる。

この間、彼女と兄との間の相聞歌は古事記にのこる。

  君が往き 日(け)長くなりぬ 山たづの 迎へを行かむ 待つには待たじ

副題のごとく、軽大郎女は兄であり思所(こいびと)でもある皇子を流刑地まで追い心中して果てるのである。
今尚、多くの物語にかたられる記紀の逸話である。
近親姦は『聖なる恋』… 恋とはすべて不倫… 前稿で述べた外野の喧しいおしゃべりはさておくとして、この稿では当事者の心理を検証してみよう。

近親姦というのは現在の価値観では異常性欲に分類される。
そして、俗に言われる正常性癖の持ち主は、それを忌む。
人間の直情・直感というのは、非常に正しいもの…
これは、見性院の稿の結びだ。決して矛盾しない。

いや、むしろ『おしゃべり』と『結び』は互いに補完し合うとさえいえよう。
どこぞの娘の火付けではないが、一旦恋に火がついてしまうと何もかもが見えなくなってしまうものだ。
特に本能的に (例.本稿ほか) 、或いは逆に打算的に (例.ロミオとジュリエット) 忌むべきものと分かっている場合はなおさらのこと、でなければこの世の中に心中などあるわけがない。
そうであろう? 死んでしまえば、恋も性愛も糸瓜もなくなってしまう。
恋と言うのは生殖に至るお膳立てであると同時に、死に直結する人生の落とし穴でもある…
本稿・古代の兄妹を見るにつけ、つくづくそう感じる論者だ。

さてさて、論者にも兄が二人いる。
軽大郎女たりうる形式的要件は備えている論者であるのだが、さてはて…



posted by homer_2006 | サディズムに花束を!
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